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アーリア  作者: 猿蟹月仙
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第76話『無敵鋼人B』

 胸の奥の奥からときめいてしまった。

 唇と唇が触れた瞬間から、はち切れんばかりの感情の奔流にその身を委ねたアーリアは、生まれ変わったばかりの全身の細胞一粒一粒でグルドを感じようと求めるのが全てとなった。

 グルドもまた、己の精魂を注ぎ込んだ結晶が花開く、が如き艶やかな変化をその腕の中に感じ、この瞬間にも粉々に砕け散ってしまうのではないかと、その余りにも柔らかなもろさを全神経が悲鳴を叫ぶ程の切なさで抱き締めていた。


 言葉を失った二人は、求めるがままに抱き締め合い、そして動かなくなった。動けなくなった。喪失感。虚無感。空虚感。ありとあらゆる隙間が感じられなくなり、満たされてしまった。


 和合。融和。二つの生命が、溶け合って一つとなる感覚。アーリアはグルドであり、グルドはアーリアであった。


「な~んだ、やっぱりおめぇ~のスケだったんじゃねぇか!」

 不意に投げつけられたロイの雑言に、二人はアーリアとグルドに引き戻された。いや、引き戻して貰えた。


 ふと、間近に見詰め合う二人。互いの思慕の情が、溢れんばかりに見詰め合う。

「アーリア、おめぇ・・・俺の事が憎かったんじゃねぇ~のか?」

 そんな答えが判り切った質問を口にし、その回答とばかりに二人の唇を再度重ねあった。


 おめでとう御座います・・・


 星の精霊のルリも、この二人を祝福せずにはいられなかった。

 はらはらと何故か涙を流しながら、パチパチと手を叩くビジョンを伝えて来る。

 そして、シルフーも涙でぐしゃぐしゃになりながら、その全身をびた~んと二人に浴びせて来た。

「良かったヨ~! 本当に、良かったヨ~!!」

(あ、こら! シルフー!)

 笑いながら、そういさめようとして、アーリアは声が出ない事に気付いた。

 ハッとして、自分の喉を押さえるアーリア。

 その様子に驚いて、グルドもアーリアを抱きかかえながら、再び喉の辺りから胸へかけて撫でてあげた。


「どうした? 声が出ないのか?」

 グルドは相当に焦った。

 何故なら、一度喉の辺りで結晶がひっかかり、指で無理矢理押し込もうとしたからだ。

 もしや、その時に大切な部分を押し潰してしまったのでは無いかと、ぞっとした。

「痛いのか? どこか痛むか?」

 そう言って、撫でるのを止めて、指の先で少しずつ押しながら、その押すポイントをずらして反応を見る。

 アーリアはその真剣な行為に身を任せ、驚きを隠せない表情で首を小さく左右に振り、痛くない痛くないと答え続けた。

「不思議なもんだな・・・お前と最初に出会った時は、この綺麗な細い首を締め上げて、苦しめようとしたんだからな・・・本当にすまなかった・・・」

 そんな事はもう気にしてないのよ、とばかりに微笑むアーリアに、グルドもうんうんと頷いて微笑み、そんな二人にロイとシルフーはうわぁ~っと蚊帳の外。


 喉から鎖骨、胸骨、左右の乳房と触診の真似事を続けても、素人の悲しさか異常を発見する事は出来なかった。

 人の急所を破壊する技には長けていたが、微妙な変化を探るには、まだグルドの技術は未熟だった。


 あの~・・・もしかしたら・・・


「何か心当たりがあるのか!?」

 そっと己の胸にアーリアの頭を抱き寄せたグルドは、もし取り返しのつかない事だったら、アーリアの耳を塞いでも聞かせない様にしようと、無意識に身構えてしまった。

 アーリアを守ろうと、無意識の行為だった。

 それを感じてか、アーリアもその動きに従い、星の精霊のルリに対し、二人で向き合おうとした。


 とてもびっくりする様な事があると、無意識に声を出せなくなるという話を、どこかで聞いた事があります・・・


「そ、それは治るのか!?」


 そうすると、ルリは申し訳無さそうに告げた。


 人のお医者様に、診て貰うのが一番では・・・?


 魔道に通じたお医者様なら、尚良いのでは・・・


「そ、そうか! で、確実に治るのか!? 前みたいに歌う事が出来るのか!? こいつは、吟遊詩人なんだ!! 歌を歌って生きて来たんだ!! それが歌えないなんて事になったら!!」

 一気にまくしたてたグルドを、アーリアの細い腕がぐっと抱き締めて、引き止めた。

 首を思いっきり左右に振って引き止めた。

 そして、潤んだ瞳を微笑ませ、気にしないでとばかりに小さく首を左右に振った。

 それから、ぎゅっとグルドの大きな背中を、力いっぱいに抱き締める。


 アーリアは、グルドが居てくれるなら、声を失っても構わないと想った。

 それに診て貰えそうな人に、心当たりもあった。

 きっと大丈夫。

 心配しなくても大丈夫。

 気にしなくても大丈夫。

 私は、グルドが居てくれれば、大丈夫だよ。


 そんな想いは、不思議とグルドの胸に欠片も歪む事無く届いていた。

 そういえば、一人だけそんな変な奴が居たな・・・

 だが、あの女が居たエルアラの街へ直ぐに戻る訳にはいかない。

 それでもいいのか?


 そんな苦さを胸に、アーリアの細身を抱き締めたグルドは、それが伝わっているだろう事を、不思議と確信していた。


「よし! それじゃあ、行こう!」

 そのまま、アーリアを抱きかかえる様に立ち上がったグルドは、アーリアをそっと立たせてあげた。

 その上で、上着を脱ぐと、ぎゅっと絞る。

 大量の汗が、ぼたぼた落ちるのだが、それをパンと打ち鳴らすと、それをぐっとアーリアの胸に押し付けた。

「すまない。今はこれが精一杯だ」

 はい。

 そう口を動かして応えたアーリアは、それをとても大切な物の様に受け取り、大きなだぶだぶのシャツを頭から被って見せた。

 むせ返る様なグルドの体臭が、むっとアーリアの胸いっぱいに広がり、アーリアはとても幸せそうに深く息を吸った。


「やれやれだな・・・」

 呆れた口調で、ようやくロイが声を漏らした。

 そして、アーリアの前に進み出、アーリアの小剣を、柄を向けて差し出した。

 ありがとう。

 そう口を動かして、アーリアはそれを受け取った。

「違う。そんな持ち方じゃ駄目だ・・・」

 冷徹に、ロイは言い放ち、その刀身から手を離そうとしなかった。

「この剣は、もっと軽く握る。長剣やもっと大きな武器の様に、力任せに振るう武器じゃない」

 アーリアは、ガッシュの様に大きく振るう練習をしていた。それを握りから真っ向に否定されてしまった。

「人の急所は、体の中央から、内側に広がっている。そして相手の武器を持つ手の指。手首の腱。足首。鎧の隙間。そういった類を引っかき斬り、突き、払う為の武器だ。覚えておけ。力任せに振り回したり、真っ向から打ち合ったりする武器じゃ無い」

 そっと力を抜いて柄を握る。その上から、ロイの指が力の入れる箇所を直していく。


「次に時間があったなら、びしびしそいつの使い方を教え込んでやる。もし、その気がないなら、その剣を俺に寄越せ! 剣が可愛そうだからな」

 それは人殺しの技を伝授するという意味。

 アーリアは、一瞬だがポカーンとしてしまい、だがそれは生きる為に必要な技術だと悟った。

 だが、この見知らぬ男は、どうしてそこまで私にしてくれようと言い出したのだろう?


「ありがとよ・・・」

 そんなグルドに、一瞥くれて、ロイはぷいっとそっぽを向いた。

「お前らの為じゃない。その剣の為に、使い手を仕込んでやる。そんな素晴らしい剣が、使い手に恵まれないというのは、悲劇だ!」

「お前らしいよ」

「知った様な口をきくな。俺はお前の女を殺人者に仕込もうってんだぜ。せいぜい寝首を掻っ切られない様にするんだな」

 フッと笑う両者。

「あり得んな」

「どうだか」

 またもフッと笑い合う。


 そんな二人をぽかーんと眺めていると、シルフーがちょいちょいと腕を引くので、アーリアは無造作に振り向いた。

 鋭い小剣の切っ先が、シルフーに差し向けられる。

「うひぃ~っ!!?」

 悲鳴を上げて、アーリアから飛び退くと、シルフーはずりずりと後退した。

 あ、ごめ~ん。

 そう口を動かして、小剣を背後に隠すと、笑顔でシルフーに近付くアーリア。

 その無言の笑顔が、とても怖くて、シルフーは二歩三歩と下がってしまう。

 やだな~。何もしないよ。

 そう口を動かして、アーリアは無言でシルフーに押し迫った。

 その時である。


「止め給え!!」

 アーリアを制止する野太い声がした。

 カツーン。

 カツーン。

 硬質な音が、この空間に響き渡る。

 いつの間にか、不可思議なビジョンは立ち消え、ルリの声も止んでいた。

「それ以上は、このB(ベー)様がさせないぞ!! とうっ!!」

 黒い塊が、カンテラの小さな灯りの中を、颯爽と飛来し、アーリアとシルフーの間に割って入った。

 異様に黒い巨漢の男。

 まるで、その肌は鉄の様な黒さ。

「もう大丈夫だ、検体M230号!! この錬金帝国のアルファベットエージェント!! B様が来たからにはなっ!! お前に指一本触れさせん!!」

 そう言い放つと、Bは左の腕を右の肩口へと振り上げ、拳の裏をアーリアの顔面向けて振り下ろした。

「この毒婦めっ!! 貴様が背後に隠し持つ剣に、気付かぬB様と思ったかっ!!」


 頭蓋が砕け、ひしゃげたアーリアの体が、くるくると独楽の様に回って、石の床に叩きつけられる。筈だった。


 寸での所で、アーリアの身体はグルドの腕の中へと引き戻されていた。


「なんだ、貴様らは!? さては、ドブネズミが紛れ込んだ様だな!! だが、ここでこのB様に遭ったのが運のツキだ!! 浅ましい盗人共めっ!!」

 そして、ビシッとグルド達を指差した。

「観念するが良い!!」


 Bは己のかっこよさに感動を禁じえなかった。

 その決めポーズのまま、そっと背後のM230号を後ろに逃がしてやる。

 正に俺は錬金帝国一のヒーロー!!

 弱きを助け、強気を挫く!!

 目の前のド外道共を成敗し、任務を完遂し、ドクトルM様にお褒めの言葉を戴くのだ!!!

(・・・あれ? なんか忘れてなかったかな?)


「おい、聞いたか?」

 グルドは、そっとアーリアを背後に押しやった。

「ああ、確かに聞いた・・・」

 ロイは、己の小剣を引き抜き、低く身構えた。


「ああ、そうだ! このフロアに、炭化した女の屍骸があった筈だ! おかしいな!? 見当たらない・・・この薄汚いゴブリンの生まれ変わり共が!! 隠したなっ!! 言えっ!! どこに隠したっ!!」

 ずいっと前に出るB。

「この野郎っ!!」

 グルドは吼えた。二人は、一斉にBへと襲い掛かった。

 キ~ンと、鋭い金属音が鳴り響き、ロイの小剣は火花を散らし、グルドの拳もBの顔面を捉えるのだが、Bはそのまま目を右左と動かし、その両腕を下から振り上げた。

「効かんなぁ~っ!!」


 ぶわっと風が唸り、グルドとロイの身体は二転三転して後ろへと転がった。

 悲鳴の様に、息を吸うアーリア。

 だが、それは安堵の息に変わる。

 二人とも、自ら飛び退いていたのだ。

「ちぃっ! 俺の小剣で傷一つ付かない!」

「殴ったこっちの手が痛ぇ~くらいだ!」

 悪態をつく二人に、Bはゆっくりと近付いて来る。

「そうだ。己の無力を悟ったのなら、黒焦げの死体をどこに隠したか、正直に言うのだ。せめて、一発で苦しまない様に殺してやろう」

 そこで、立ち止まり、フッと笑う。

「俺様は寛大だからな!」

 くっと右手の親指を立て、己を指差す。そしてウィンク。笑顔が決まった! 俺、かっこいい! 俺様、TUEEEEEEE!!


「目だ!」

 ロイの小剣が飛び、それを払うB。

 その時、Bの背後にグルドの体がもぐりこんでいた。

「こいつは・・・どうだっ!!」

 左腕を、Bのまたぐらに回し、一気に後ろへ放り投げる。

 思った以上の重さに筋肉が悲鳴を上げ、投げるというより半分持ち上げて、体制を維持出来ずにそのまま逆さに落とした。


 ガイン!!


 石畳を突き抜けて、斜めに突き刺さるBの巨漢。

「やったか!?」

 すかさず、己の小剣を拾うロイ。

 だが、早くも息の上がったグルドは、よろよろと首を左右に振って立ち上がり、後ろに下がった。


「なかなかやるではないか・・・ゴブリンは訂正して・・・ホブゴブリンくらいにしてやろう・・・」

 そのままブリッジで立ち上がるB。

 ぽっこりへこんだ顔を、拳でガインガインと叩いて直し、首の間接をぐぎぐぎ鳴らして調整を行った。


「逃げろ!」

 グルドは背後のアーリアへ向けて叫んだ。名を呼ばなかったのは、死体の名をこいつが聞いていると不味いからだ。

 だが、アーリアは口を「いや!」と動かして、頭を左右に振った。

 このままだと、消耗していたグルドは死んでしまう。

 そうなったら、私も死のう。そう想って、手の内の光る小剣を構え直し、グルドに歩み寄る。

 それを判っているのか、グルドも油断無く後ずさりし、アーリアと肩を並べた。

「馬鹿だな。俺は死なねぇよ・・・」

 こくり頷くアーリアだった。


 だが、それを聞いてBは思わず爆笑してしまった。


「あ~っはっはっはっは!! 貴様ら、生き残れるとでも思ってるのかっ!!? 滑稽過ぎて、頭で茶が沸くぞ!!」

 ぴーっ!!と軽快な音が鳴り響き、Bの頭部から白い蒸気が噴出した。

 本当に、茶が沸いてる様だ。

 すると、右の掌を丸めると、それはジョッキ状になり、頭を傾けたBは、右の耳からとぽとぽと何やら熱い液体を注いで見せた。

 そして、芳醇な茶の香りを楽しむ様にして、それを一気にあおった。

「美味い!! これぞ、勝利の味だ!!」


 何という出鱈目さ!

 これはとんでもない化け物だと、全員が確信した。

「こりゃ、作戦案Eだな・・・」

 それでもグルドが不敵な笑みを浮かべると、Bを中心に反対側に立つロイも不敵に笑って見せた。

 そして、アーリアもグルドのニュアンスが何となく判って、その身を身構えた。


「さあさあ、かかって来なさい・・・手足をもいで、黒こげ死体の隠し場所を聞き出したら、ゆっくりと殺してあげるからさ・・・」

 余裕のBは、左右に向けて手を差し伸べ、優しく手招いてあげた。


読んでくださり、ありがとうございます


今回は予告どおりに、錬金帝国のエージェント、B君の活躍です。

俺様、TUEEEEEE!!なB君のご活躍をご期待下さい。

なんちゃって・・・



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