第75話『自縛霊は見ていた!』
嬉しい・・・嬉しいよぉ・・・
うつむいて、顔を覆ったアーリアは、もうその場から離れられなくなってしまった。
その強烈な感情に囚われ、自縛霊になってしまったのだ。
だが、そんなアーリアの感覚を揺さぶる、強烈な光りが突如として出現した。
それは、正に生命の奔流。
命の輝き。
最早、影の存在となったアーリアには、眩しすぎるものだった。
そして、それを前に男が一人立っていた。
グルドである。
グルド・・・
グルド・・・
グルド・・・
アーリアは喜びに震えて、その男の背中を見ていた。
グルドの眼前に、それは輝き、瞬いていた。
「これを俺に試せって言うのか!? アーリアで試せって言うのか!?」
目を大きく見開き、グルドは何度もそれと腕の中のアーリアだった物とを交互に見た。
ロイも見ていた。
シルフーもいつの間にか、起き上がって見ていた。
煌く星が次々と流れ去る不可思議な空間で、それだけが確固とした存在感を示し続ける。
「びびってんじゃねぇぞ!! 俺ぁびびってんじゃねぇぞ!!」
「だったら、さっさと決めろ! やるならやる! やらないならやらない! つき合わされてる俺の身になってみろ!」
「う、るるせぇっ!! やってやろうじゃねぇか!! やってやろうじゃねぇか!!」
ロイにせっつかれる様に、グルドはそれに手を伸ばし、掴んだ。
「こ、こんなに面白ぇ事は、そう滅多にねぇからなぁ!!」
「いちいち、うるせぇ奴・・・」
「んだとこらぁっ!!?」
怒鳴り散らしながら、グルドはその手にした物を、そっと掌を開いて見てみた。
もしかしたら、全て悪い幻覚で、何も無いのではないかと思えたからだ。
しかし、開いた掌には、確かにあのドロップ状の光る結晶がちょこんと乗っていた。
「で!? これをどうするんだ!?」
その人に、飲ませて下さい・・・
グルドは、半分開いたアーリアの口の中へ、言われるがままにそっと滑り落とした。
それは、アーリアの口の奥の辺りで引っかかってしまった。
「あれ? おい!? こりゃ、どうすれば良いんだ?」
困惑したグルドは、何とか指を入れてどうにかしようとするのだが、どうにも上手くいかない。
息吹です・・・
貴方の息吹で、その人の身体の中へと吹き入れてあげるのです・・・
「吹き込むだぁ~!? おいおい、聞いてないぞ!!」
すっかり当惑したグルドは、ロイを、シルフーを見るのだが、助け舟は得られそうにない。
貴方の口から、息吹をその人の中へと吹き入れてあげるのです・・・
そうすれば、その人の中で私の命だったものが、拡散していき、新たな命として宿る事でしょう・・・
「う・・・」
まじまじとアーリアだった炭化した女を見た。
死体とキスした事なんか無かった。
気味が悪いとかそういう事ではなく、果たしてやっていい事なのだろうか、悪い事なのだろうか、そういう躊躇がグルドの中で犇いていた。
そして、グルドの腹は決まった。
すうっと息を吸い、ゆっくりと吐いた。
それを数度繰り返し、己の内なる気を充実させていく。
武闘家の基本的な呼吸法。
我流である無頼拳と称し、見よう見まねで技を盗み、人を殴り殺しては渡世の闇を生きてきたグルドが、初めて人の命を救おうとしていた。
ふぅぅぅぅぅぅ・・・
最初の一息で、その結晶がころころと奥へ転がっていく手応えを感じた。
と同時に、己の中の気が、一気に雪崩れ込んで行く、そんな恐ろしさを覚え、寸での処で唇を引き離した。
「はあはあはあはあ・・・ど、どうだ?」
随分と、奥へ送り込んだ感触があった。
「変らないんじゃないか?」
思わず非難の声をあげた。
まだまだです・・・
奥へ届きましたが拡散が起きていません・・・
貴方の息吹で、押し広げていくのです・・・
もっと、頑張って下さい・・・
「ま、まだやらなきゃならないのか!?」
どっと汗をかいた。
嫌な汗だ。
消耗した時に、かく汗に似ていた。
それでもと、息を整え、再び呼吸法で己の気を高めると、じっと炭化したアーリアの顔を見つめた。
「まったく、俺は何をやってるんだか・・・」
苦笑する。
どうせ助けた所で、憎まれてる相手だ。平手の一つでも喰らうだろうさ。
別に感謝してくれと願っての事じゃない。
所詮は世間の嫌われ者。
裏の世界の住人だ。
ふぅぅぅぅぅぅ・・・
するとどうだ、炭化した胸の辺りがふわっと人肌らしさを取り戻していくではないか?
「マジかよ・・・? たったこれだけ?」
淡い光りを放ち、人の肌らしく見える部分を、グルドはそっと触ってみた。
するりと滑らかで、まるで赤ん坊の様な触り心地。ぐっと押してみると、弾力があった。
それから、境目の部分に触れてみると、グルドの触れた先から人肌らしさがす~っと広がっていく。代わりに、グルドの指先から何かが抜け出ていく感覚。
ハッとして、抱きかかえている腕の部分を見たが、そこは変っていない。
押し広げるのです・・・
ぽたぽたと大量の汗が、グルドの身体から流れ落ちていた。
「ロイ・・・」
「お前が始めた事だ・・・」
そう言って、ロイは投げた小剣を捜し始めた。
それからグルドは、シルフーを見たが、代わってくれと言うのは諦めた。
ふぅぅぅぅぅぅ・・・
息吹を送り込むのと同時に、空いた左手で広がる先を更に押し広げていく。
腹、手、足、頭・・・徐々にその範囲は広がりを増し、最早先ほどまで炭の人形みたいだった身体は、女性らしいふっくらとしたそれにほぼ変っていた。
自縛霊のアーリアは、それを見ていた!
顔を覆う様にして、指の間からその光景を見ていた!
あるところから、身体のそこかしこがくいくいと引っ張られる様な、妙な力を感じていた。
不意にそれが強まり、逆らい様の無い勢いに、アーリアは吸い込まれてしまった。
目を開くと、もの凄く近くにグルドの、もの凄く疲れた顔が、目に入る汗に苦しそうに歪み、アーリアを見ていた。
「はあはあはあはあ・・・よう・・・」
笑っているのだろうか?
口の端を歪ませ、辛うじてグルドは声を漏らした。
アーリアは、何かを言おうと、口を動かすのだが、一瞬声の出し方を忘れて、口だけが動いた。
だらりと垂れた右腕を、まるで鉛入りの棒でも持ち上げるかの様に、辛うじて動かし、目の前で掌を開いては閉じ、ぐっと拳を握り締めた。
その様をグルドもじっと見つめ、小さく頷いた。
きっと、ぐーで殴られるんだと諦め、グルドはそっと目を閉じた。
汗でしみて痛かった。
だが、もう少し痛いのが来ると思うと、それくらい大した事では無かった。
ぺちん。
左頬に、女の細い指が触れた、こそばゆい感覚。
「おいおい・・・今日は、随分と優しいじゃねぇか?」
第二弾の襲来も考えられたが、この際どうでも良かったので、そっと目を見開いてみた。
まさか、目玉をえぐっては来まいと・・・
アーリアの青い瞳は、大粒の涙を浮かべていた。
そして、何かを苦しそうに訴えている。
そんな眼差しを向けられる覚えは、グルドの方には余り無かった。一応、助けてやったんだし、これまでの事をチャラにしてくれるというのなら、それはそれでありがたく受け取るのだが、そういう雰囲気でも無い。
何かを言いた気に、口をぱくぱくさせるアーリア。
「おいおい、余り無理すんなよ。こんなに頑張ったのに、このままぽっくりなんて、洒落にならねぇや」
そう言って、胸のつかえでも取ってやろうと、何気無しに、アーリアの胸元を上下に撫でてやった。
(あ・・・これって、殴られないか?)
全身をマッサージしてやってた様なもの。だからか、その流れで極自然にアーリアの胸を、心臓の上や肺をマッサージしたつもりだった。
驚く程滑らかな撫で心地に、グルドの掌は吸い付く様で、そうは思ったもののアーリアの胸部から離れられない。
(あ~、これは殴られる。殴られるが、まあいいかこれくらい・・・)
頬に触れるアーリアの指が、次第に鼻を、唇をと触れてきた。
そして、アーリアの胸を撫でていたグルドの腕に、そっと添える様にアーリアの左手が重なる頃には、アーリアの唇の動きが、三つの音を繰り返そうとしている事に、さしものグルドも気付き始めた。
ぐ・・・
る・・・
ど・・・
ぐ・・・
る・・・
ど・・・
声も無く泣きながら、アーリアはグルドを呼び続けていた。
そんなアーリアの様子に、グルドの中で、何かのスイッチが、カチリと入る気配が。
グルドは腕を撫でて来るアーリアの左手に、スッと掌を重ねると、しっかりと指を絡めあった。
別に今まで散々重ねて来た唇だったが、これは違うと確信していた。
アーリアも、声無き訴えを止め、真っ直ぐにグルドを見つめていた瞳を、ゆっくりと閉じる。
ぐいっと抱き寄せられ、アーリアは身を小さく縮めながらも、顔をすっとグルドのそれに近付け、最初はためらう様に、ゆっくりと唇を重ね合った。
読んでくださり、ありがとうございます
実際のセッションでは、蛇が絡んでくるまではこの様な関係には陥らなかった二人でしたが、このお話の中ではこういう感じで腐れ縁の反転イベントを敢行致しました。
「女勇者は振り向かない」に比べて、こちらはあっさり目ですが、勝負する土俵が違い過ぎるので、あちらはあちらでお楽しみ戴ける方に、と思っております。
それはそれ。
次回予告です。
いよいよ、次回はあのB君が登場予定!
頑張れB君!
燃えろ、燃えろ、真っ赤に燃えろ!
お前のパワーを見せてやれ!




