第74話『星の囁き』
待って下さい・・・
唐突に、その言葉が全員の脳裏に走った。
お願いです・・・
カンテラの小さな明かりに映し出される石組みの建造物は、その灯りの瞬きに応じて、まるで生きているかの様。
「誰だ!?」
グルドはカッとなって叫んだ。
何故か怒りを覚えた。
ほんの数日の、嫌な関わりを持った少女の死に、憤りを感じていた。
「馬鹿・・・」
ロイは、そんなグルドの迂闊さを小さくなじる。
手にしたアーリアの小剣を、軽く握り、その手に馴染まぬ感覚に舌打ちした。
「そこ!」
ひょうと投げつけた小剣は、壁面に当たって火花を散らす。
その時、光りがあふれ出た。
この暗い建造物の中で、まるで星の囁きを間近で目にした様な、キラキラと瞬く光の連続を全員が目にした。
助けて下さい・・・
その澄んだ女性的な声は、耳では無く、直接心に響いて来る様だ。
「誰だ!? どこにいる!? お前が、こいつをこんな風にしちまったのか!?」
腕に抱えた、炭化したアーリアの死体を、まるで壊れ物でも扱うかの様に、おそるおそる抱き直し、グルドはその野太い声を響かせた。
「迂闊だぞ、グルド! どこに敵が潜んでいるかも判らないというのに!」
その光りは、次第に速さを増して、全員の身体を突き抜ける様に、流れ去る。
この輝きの洪水に、全身を吹き飛ばされそうな感覚に驚き、酔い、次第に上下左右の感覚も狂いだす。
助けて下さい、人の子よ・・・
その輝きの中心に、その女は居た。
まるで両手を前に、祈る様に佇むその美しい女は、まるでこの世のものとは思えない程の神々しさで、ただひたすら祈る様であった。
「お前が!! お前がやったのか!!?」
グルドは、ロイの叱責などまるで無視。歯をむき出しにして、その女を問い質した。
お願いです・・・力を貸して下さい・・・
「違うというのか!!? お前がやったんじゃないのか!!?」
私ではありません・・・私は捕われの身・・・
「じゃあ、誰がやった!!?」
グルドは、問い質す度に、その女に近付いている様な、そんな奇妙な錯覚を覚えた。聞き返せば聞き返す程に、その女の声は明瞭になり、その輝きの中心にある姿が、次第に近付いて来る様な、そんな不思議な感覚にさらされていた。
おそらくは、私をこの星の井戸の罠に捉えた、錬金術師によるものでは・・・
「どういう事だ!?」
私は、この建物全体に捕われてしまっているのです・・・
この建物自体が、私を捉える為の罠・・・
地・水・火・風の四つのエレメントの力が、星の精霊である私を、この地に縛り付けているのです・・・
私は星の精霊のルリ・・・
このままでは、私はあの邪悪な錬金術師の物になってしまいます・・・
その前に、どうか・・・私をこの地から開放して下さい・・・
もう時間があまりありません・・・
捉えられてからの一年・・・
私は星の周期から大きく外れてしまいました・・・
このまま、この地に縛られ続けていると、もう元の座へ帰る事が出来なくなるのです・・・
グルドはロイを見た。
ロイは首を左右に振る。
俺達にそんな時間は無い。
それはグルドも同じ事。
だが、今や上下左右の感覚も狂ってしまっている。
足元の不安定さは、この圧倒的なイメージの奔流に、四肢の感覚が乗っ取られてしまっているからだろう。
このまま、無難に開放して貰えるとは思えない。
が、邪悪な存在である雰囲気は無い。
もしかしたら、交渉の余地があるかも知れない。そう考えたグルドは、意を決して口を開いた。
「俺達はとても急いでいる! ここはとても危険だからな! このチカチカをさっさと止めて、俺達を解放しろ!!」
お願いです・・・
本当にもう余り時間が無いのです・・・
「時間が無いのは俺達も一緒だ! この女を、こんな風にしちまった連中が、どこから襲って来るか判らないんだからな!」
それなら、大丈夫です・・・
「どうして!?」
あの者達は、私をここに縛り付けている魔道装置の管理者・・・
その為に、造られた者・・・
今、再びフル稼働で動き出しています・・・
先ほど、停止していた風のエレメントが復活したのがその証拠・・・
私は、その僅かな時間のお陰で、こうしてあなた方と会話が出来る様になりました・・・
本当にもう時間が無いのです・・・
どうか、この地下にある、錬金術師の魔道装置を破壊して、私を解放して下さい・・・
「そんな事をしている暇は無い!」
グルドはきっぱりと断った。
「それなら、尚の事! 俺はこの女を連れて外に出る! あんなに元気だったこいつが、あっさり殺されちまった! そんな危険な場所へ、のこのこ首を突っ込んでられるか!? どっちにしろ、俺はこいつを埋葬してやらなきゃならないって気分なんだ! このチカチカをさっさと消しやがれ!!」
ロイは余りの強引な言い分に、頭が痛くなってきた。
シルフーなどは、はなっからキャパシティをオーバーして、へろへろと横たわっていた。
そしてグルドは、充分なくらいに自分の言い分をぶつけてやった満足感に、にやりと笑った。
では、こうしましょう・・・
「ん?」
グルドは意外だった。この手の人の良さそうな奴が、まだ粘って来るとは、余程の隠し玉があるのか、余程の見境無しの馬鹿なのかと。
私は命を三つ持っています・・・その内の二つを、あなた方にあげましょう・・・
「はぁ~!?」
その申し出は、グルドの予測の遙かに斜め上を行っていた。
命をあげる!?
何じゃそりゃ!?
私は命を三つ持っています・・・その内の二つを、あなた方にあげましょう・・・これは成功報酬です・・・
「ちょ、ちょっと待てよ! 命をあげるなんて、そんなほいほいやりとり出来る物なのか!? 聞いた事も無いぞ!」
何かえらく嘘くさい事を言い出して来た。
きっと、騙しにかかってるに違いない。こちとら、そんな嘘にほいほい引っかかる様な、お上品な生き方はしていない。はてさて、どうその嘘を看破して、この状況から抜け出せるか・・・
いや・・・いやいやいやいや・・・万が一に本当だったら、どうする?
アーリアが・・・アーリアが甦るって事か?
いや、なんでまたそこまでこいつの為にしてやらなきゃならないんだ? この小憎たらしい女の為に・・・
どうですか・・・その死んでしまった娘も、生き返るのですよ・・・?
あなたの大切な人だったのでは無いのですか・・・?
「それは誤解だ! 俺とこいつはそういう仲じゃねぇっ!!」
「ほぉ~・・・」
「ロイ! おめぇは黙ってろ!!」
一瞬で頭に血が昇った。こういう交渉ごとには、あってはならない事だ。それが判っていたからこそ、思わぬちゃちゃに怒りが爆発した。
グルドはそのルリと名乗った女に向き直ると、つとめて冷静に振舞おうとした。
「証拠だ! その証拠が無けりゃ、信じる事は出来ねぇ! あんたのくれる命って奴が、本当にこいつを生き返らせる事が出来るってぇ~なら大したお宝だ! 充分に価値があるだろうよ! だが、本当かどうかは確かめてみなきゃ判らねぇ! 判らねぇ物に、俺の命を賭ける訳にゃいかねぇな!!」
それは尤もな事です・・・
すると、グルドの目の前に、くるくると輝いて回る、ドロップ状の結晶体が忽然と姿を現した。
「これは・・・?」
私の命・・・
グルドがそれに手を差し伸べるよりも早く、その結晶はグルドの元へ、その抱きかかえるアーリアだった物の元へと、勝手に近付いて来るのだった。
読んでくださり、ありがとうございます
ようやく、星の精霊までお話を進める事が出来ました
錬金帝国は、天に浮かぶ星の世界まで、その魔手を伸ばしていたんですね~
さて、次回はいよいよ復活となるでしょうか?
それでは、また宜しければ続きを読みに来て下さい
今日はありがとうございました




