第73話『死霊のアーリア』
ぼんやりと見下ろす先には、最早自分と思えぬ程に変わり果てた黒こげの死体。
炭化した四肢は、まるで棒の様。
アーリアは、それをただ見つめるのみ。
心の中はがらんどう。
死んだ時の感情が、そのまま延々と響き続ける。捕われ続ける。
死霊と化したアーリアには、ただそれしか無かった。
幽玄なるメディートの世界。
死者の魂が、次なる輪廻の輪へ返るその一時を過ごすと言われる。
肉体より魂の緒が切れた状態で抜け出た魂は、普通ならばもう二度とその肉体へ戻る事は出来ない。
アーリアの霊的な視覚の端を、不気味な虫の様なものが這い回る。
どの様な生き物にも、魂が存在する。
虫や鳥や、四足の獣、草花さえも転生を繰り返す。
次なる魂の器へと、その行く先は神のみぞ知る。
暗がりに光りが射す。
アーリアは、誰かに名を呼ばれた様な気がした。
今のアーリアには思考は無い。
肉体に、おいてきてしまった。
あるのは感情のみ。
アーリアは叫んだ。
見ないで・・・
見ないで・・・
見ないで・・・
初めて自分の意思で動けた。
死霊のアーリアは、己の肉体を隠そうと、その透明な身体で自分だった物に覆いかぶさった。
「本当に、ここにアーリアの死体があるんだろうな?」
「た、たぶん・・・」
シルフーは、ここへ戻ろうと思ったら、不思議とすんなり戻る事が出来た。
一切、迷う事無く。まるで招きよせられるみたいに。
最初、ここに来た時は、不意に目が覚めたみたいにこの前に立っていた。
そして、忘れていた仲間の顔が、五つ。暖かに迎え入れてくれた。
その仲間が、まさかアーリアをあんな風にしてしまうなんて。
そうなるまで、まったく意識していなかった。
グルドとロイの二人は、まったくの迷いを見せないシルフーの案内に、反面とても不気味なものを覚えつつ、その後に続いていた。
そして、森の中で巨大な建造物を目の当たりにすると、警戒を強めるしか無かった。
何故に、迷わずに来られたのか?
招きよせられたのではないか?
誰に?
それは、もしや・・・
二人には、警戒すべき敵があった。
人知を超えるであろう、不可思議な力を振るうと予測される敵だ。
裏の世界にも秩序がある。
だが、最近、それを覆そうとする新しい動きがグルドやロイの組する組織に挑んで来ていた。
ロイがグルドと共にあるのは、それに対抗すべく、横の繋がりを強化する為のものだった。
二人は互いに目線を交わし、互いの腹の中を探り合った。
逃げるんじゃないか・・・
見捨てるんじゃないか・・・
二人の付き合いはまだ数日だ。
いざとなった時、どう動くか良く判らない相手だった。
「行くぜ・・・」
「お前が決めた事だ・・・」
ロイは行動の責任を、グルドに押し付けた。
だが、それは最初から言っていた事。
二人は互いに不敵な笑みを浮かべ、それから真っ直ぐに目の前に広がる、ぽっかりと開いた闇の口へと真剣な目線を注いだ。
持っていたカンテラに火を灯し、闇の中へ先陣を切るのはグルドだ。
「ちっ! これじゃ、まるで冒険者だぜ!」
自分で自分の行為に悪態をつき、ぐっと明かりを持ち上げて、その奥を覗き込む。
だが、そこには何もいない様だ。
「おい、行くなら早く行け。びびったなら、さっさと根をあげな」
「おっと~・・・まさか、それはこのグルド様に言ってんじゃねぇ~よなぁ~?」
くるっと振り返り、ドスの聞いた声をあげるグルドに、ロイは冷徹な表情を崩そうともしないで、静かに言い放った。
「さっさと行け!」
シルフーは、いつどこから仲間が飛び出して来るかも知れない恐怖に怯えながら、グルドの後ろについた。
長い触腕を伸ばし、更なる地下へと続く階段を指差すと、グルドは静かにそこへ歩み寄り、更に覗き込んだ。
「階段がある・・・あれは・・・」
グルドが発見したのは、異様に幅の広い階段だった。
何の為にこんな幅が必要だったのか。
大人三四人が横になって剣を振るえそうなくらいに広いのが印象的だった。
そして、その先には何か黒い物が転がっていた。人、一人ぶん位の大きさの黒いもの。まるで人の形を模した炭の人形の様・・・
「まさか・・・」
嫌な予感が、グルドの中にぞわりと広がった。
「アーリア・・・死んじゃった・・・」
シルフーが、その背後でぼそりと呟いた。
「あれが・・・アーリアなのか・・・?」
そこからは押し黙って、この階段を降りた。一段、一段、慎重に音を発てない様、静かに降りた。
死霊のアーリアは、一層に泣き叫んだ。
見ないで・・・
見ないで・・・
見ないで・・・
そこは異様に静かだった。
グルドはその手足から胴、そして顔を覗き込むと、思わず手を合わせた。
「はかない物だな・・・」
「おい。気は済んだか? こいつをそんなにした奴が来ない内に、ここをずらかるぞ」
ロイはグルドの肩越しに、そっと覗き込み、余りの凄惨な死に様に僅かに眉をひそめた。ロイにしては珍しい事。
やめて・・・
やめて・・・
やめて・・・
死霊のアーリアの悲痛な叫びは、誰の耳にも届かない。
グルドは、おもむろにアーリアの醜く歪んだ顔に手を差し伸べ、その目蓋を閉じてやった。
炭化した筈の目蓋が、不思議と柔らかで、あっさりと閉じる事が出来た。
それから、黙ってそのアーリアの炭化した身体を持ち上げると、軽々と抱きかかえた。
炭化した皮膚が、かさかさと乾いた音を発て、実に軽かった。
とても軽かった。
「おい? どうするつもりだ?」
周囲を警戒するロイに、そう訊ねられると、グルドはこれまでの経緯が抜け落ちた気分になって、ぼそりと呟いた。
「いやな・・・こいつも色々苦労してたんだろうと思ってな・・・せめて埋葬くいらいはしてやろうってな・・・」
「だったら、行くぞ」
そう小声で言い放って、ロイがきびすを返そうとすると、その足にこつんと当たる物があり、思わずそれに目をやった。
驚いて、ロイはそれを拾い上げる。
それはアーリアの、魔法の小剣だった。
傷一つ付かず、ぴかぴかの。
どうして、今までこれが転がってる事に気付かなかったのか、ロイはとても不可思議な違和感を覚えたが、稀に見る名品に、ロイの魂は吸い込まれた様にそれに見入ってしまった。
「なんて・・・美しいんだ・・・」
優しい・・・
優しい・・・
グルドが優しいよぉ・・・
グルドが優しいよぉ・・・
アーリアは泣いていた。アーリアは泣いていた。
グルドが、アーリアの目蓋を閉じてくれた事が、たったそれだけの事がとても嬉しかった。
とても嬉しくて泣いてしまった。
座り込んで泣いてしまった。
嬉しい感情に捕われ、そこから動けなくなってしまった。
アーリアはの魂はその場に捕われ、自縛霊と化してしまった。
グルドが優しいよぉ・・・
アーリアは泣いていた。
読んでくださり、ありがとうございます
猿蟹は時折、ゲームのセッション中に死んでしまったPCに死霊からの視点で個別に情報を与えたりする事があります。人の目に対して偽装していても、死者の目からは丸見え、という事もあるんですよね。
そういうときは、紙にそっとメモ書きして、個別の情報を与えたりするんです。そのプレイヤー情報を、どうゲームに生かすのか、死亡状態から蘇るか、そのまま死んだままでいるのか。それはプレイヤーの腕次第ですよね?
宜しければ、続きを読みに来て下さいね
今日はありがとうございました




