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アーリア  作者: 猿蟹月仙
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第71話『シルフーがいない!!』

 三人の旅は数日を過ぎた。

 街道を避けた歩みは険しく、獣道を歩き、時には藪を払って進んだ。

 どこに錬金帝国の目が光っているのか判らない。街道沿いは要注意。

 しかし、食料が乏しくなると、人里に近付かない訳にはいかない。

 そんな時は、ジミーの出番だ。

 唯一、敵に面が割れていないジミーの存在は大きかった。

 時には旅の商隊の下働きを装い、時には旅の騎士の従者の振りまでして見せた。


 今日はそんな訳で、一人、途中で見かけた少し大きめの村に入り込んでいた。


 カシュッ!

 甘酸っぱい果汁が口いっぱいに広がった。

 お駄賃の先払いと勝手に決めた真っ赤なリンゴは、予想に違わぬ美味しさだ。

「う~~~~~ん・・・」

 身震いさせて、ジミーはその陽気な足取りを留めて見せた。

「な~~~~~んて、ここのリンゴは美味いんだ!」

 すっと目の前に掲げ持つ、食べかけのリンゴ。

 その歯型がついた艶やかな赤色にうっとり。

「うちの街の果物売りが持ってくるアレって何なんだ~!? こいつに比べたらスカスカの靴底か使い古しの靴下じゃねえか!? 感動した~♪ 感動だ~♪」

 思わず頬にすりすり。い~香りだ!

 これと同じ物が、何と6個も! 今のジミーが片手で背負ってる背嚢に入っている。その他にもパンやチーズと言った食料がたっぷりだ!

 絶対、姐さん達は喜んでくれる!

 そう確信していた。


 リンゴのへたまでも食べ尽くしそうな勢いでかっこむジミーは、不意にむせ返って背中を丸めた。

 ゲホッ!! ゴホッ!!

 涙を目に、ちらっと見た男に戦慄が走る。

(何であいつがこんな所に・・・)

 それはエルアラの街を牛耳るヤクザ者の中でも、とびっきりにやばい男。小剣使いのロイ!!

 薄ら寒い目つきの、殺し屋だ!

 連れのもう一人は見た事も無い奴だが、一目見れば普通の人間じゃ無い事は明らかだ。どう贔屓目に見ても、人を殴り殺す為に生まれて来た様な奴だ!

(見つかったらヤバイ!!)

 ジミーは咄嗟に、その異質な空気を放つ二人連れから離れようと、横の路地へと逃れた。


「どうした?」

 並び歩く男の気配がふと揺らいだのを感じ、グルドは右手一本で背中に担ぐ、麻のリュックを揺すって位置を直した。

「いや・・・見た顔だと思ってな・・・」

「知り合いか?」

「そんなんじゃない。それにあいつは、もう死んだ・・・」

 日に焼けた浅黒い肌のグルドと好対照に、ロイはまるで日陰にでもずっと居るかの白い肌をしている。冷徹な冷たい目と相まって、異様な凄みを帯びていた。

 これは、もう何人も殺してる男の目だと、グルドは直感で悟っていた。一人、二人ではこうはならないだろう。

「お前が殺ったのか?」

「いや。勝手に死んだらしい・・・」

「そうか・・・いつになく饒舌じゃないか?」

「俺はガキは殺さない・・・女もだ・・・剣に脂がのって切れ味が鈍るからな・・・」

「そいつぁ~一度、殺ってみて、そう思ったのか?」

「・・・そうだ・・・」

 そこでロイは、細目を更にすっと細め、ため息を漏らした。

「お前は、これまで何人殺った?」

「ふ~ん・・・覚えちゃいないな」

「俺もだ・・・」

 フッと不敵な笑みを浮かべ、男達は歩き続ける。

 当にジミーの逃げ込んだ路地は通り過ぎていた。



          ◇   ◇   ◇



 ジミーは、村はずれの木陰に二人の姿を見つけ、ふと周囲を見渡してから小走りに駆け寄った。

「姐さ~ん!」


「お帰り~! どうだった?」

「ばっちりさ!」

 アーリアにぽんと背中の背嚢を叩いて見せ、ジミーは早速に今回の目玉商品を紹介する。

 ごそごそと手を突っ込み、そこから一番大きくて見栄えのするだろう、真っ赤なリンゴを取り出して見せた。

「はい!」

「わぁ~っ! すっごく、綺麗~・・・ ね! シルフー! 見て、見て!」

 アーリアは真っ青な瞳をまんまるにして、それをうっとりと眺めてから、木の上にのたうってるシルフーへと掲げて見せる。

 ジミーはそんなアーリアの屈託の無い笑みを目の当たりにして、本当に心から晴れ晴れとした気分になれた。どんな苦労だって、この笑顔の前には溶けてなくなってしまう、そんな気持ちでアーリアの事をじっと見上げていた。


 しゅるしゅると巧みに這い降りてくるシルフーの半透明な身体は、その体表の色彩を鮮やかに赤く変えて、そのリンゴをアーリアの腕ごとぱくり。

「やだ!」

 ちゅるんとアーリアの腕だけ抜いて、体内にぷっかりとリンゴを丸ごと浮かべて見せた。

「アーリア、これうまうま・・・」

 たちどころにじゅくじゅくとその形は崩れ、消化されていく。そんな様に、アーリアは何度も驚かされてしまうのだが、もう今では笑うしかない。

「やだ、も~! シルフーったら、お行儀が悪いわよ!」

 メッとばかりに、鼻らしき部分を、つんと指先で軽くつっついた。


 ジミーもこの光景には何度も驚かされるのだが、今回ばかりはちょっとつまらなそうに、唇をすぼめてそっと呟いた。

「あ~あ・・・アーリア姐さんに、食べて欲しかったのにな~・・・」

「ん? ジミー、私に何か言った?」

「いやいやいや! 姐さん喜んで嬉しいって・・・いやいやいや!」

 いきなり振り向かれて、泡食ったジミーは、訳の判らない事を連呼してしまう。

「なあに~? なあにかな?」

 不意にアーリアの顔が覗き込む様に、ジミーの顔に急接近。それだけで真っ赤になったジミーは、前かがみになってすっと覗けてしまうアーリアの白い胸元の膨らみに、びっくりして顔をそむけ、尻餅をついてこれ以上の急接近を拒もうと腕をぶんぶん振り回した。

「何でもない! 何でもない! 何でもないです!!」


 そんなジミーにきょとんとするアーリア。

 全くの無防備なのは、ジミーがまだまだ小さすぎるのか、複雑な心境のジミーであった。

 のっそり、そんなアーリアの上にシルフーがのっかり、二人して手を差し伸べてくる。

「さ、起きて・・・」

「さ、オ~キテ~・・・」

 ちょっと戸惑う様に、その手を躊躇したジミーに、二人の手は強引に引き起こしにかかる。

 勢い、ジミーの軽い身体は、前のめりになってアーリアにしがみついた。


 何とも柔らかで温かく、爽やかなとても良い香りがした。



          ◇   ◇   ◇



 この日は、そこから少し西へ進んだ丘陵で見つけた、大きな木の下で野宿をする事とした。

 火を炊いても、遠目からは藪や岩で隠れて見えなさそうなのが良かった。

 それでも、巨木がぽっかりと闇の中に浮かび上がってしまったので、次からはもっと考えなければと反省。

 二人が小さな焚き火を中心に寝入るのを待ってから、アーリアはやおら起き上がり、火に数本の小枝をくべてから、少し離れた場所に立った。


 腰にはアウリーリンから貰った魔法の小剣。

 それを夜風に向かって抜き放った。

「やあ!」

 ルーンは浮き上がって来ない。という事は、敵意を持った者は、近くにいないという事だ。

 刀身を真正面にかざしてから、それをぎこちない動作で突き出した。

 ゆっくりと、刀身を右下に下げ、思いっきり斜め上へと切り上げる。

「ふん!」


 アーリアの脳裏には、あの地下の牢屋で見た、黒騎士ガッシュの剣捌きが思い浮かんでいた。

 背に、アウリーリンを庇い、左の盾で正面の敵を押し返し、右下に下げた切っ先で、脇をすり抜けようとする敵の一切を防ぎきったあの動きを。

「とう!」

 まだまだ全然、ぎこちない剣裁き。全然遠い、あの動きに・・・


 自分も誰かを守れる様になりたい!


 あの人みたいに、愛する人を守れたなら!!


 ガッシュのあの様を目の当たりにして、もうアウリーリンとの事を、とやかく想う気持ちはアーリアの中から失せていた。

 ガッシュの献身的な守りが、最終的にドクトルMの望んだ大破壊を防いだのだ。

 当の本人は、そんな事を微塵にも感じていない様子だったが、その後は持てる物の全てを出して、アーリア達を街から抜け出させてくれた。

 こうして、次の希望をつないで旅が出来るのも、みんなガッシュのお陰なんだ。

「私も、大人になったら、ああいう人になりたい・・・」

 思わず口にしてみる。それは、アーリアの個人的な剣の誓い。

 先ずは、この魔法の小剣を自在に操れる様にならなければ・・・


 そんな想いから、アーリアは時々、夜中に抜け出して、この個人的な練習に励んでいた。

 心の師匠は、あの時に見た、ガッシュの背中だ。


 汗がすうっと伝い落ちる。

 アーリアを襲い来る漆黒の風は、次々と飛来してはすり抜けていく。

 いくら斬りつけても、突いてみても、これといった満足のいく所作は出来なかった。

 まだまだだ。まだまだなんだ・・・


「やれやれ・・・一人で何をしてるかと思えば」

「ジミー!?」

 不意に声をかけられて、びっくりした。

 びっくりしたが、手足の疲労感でそっちの方を向くのに、えらく手間取った感じがした。

「どうしたの? おしっこ?」

「こらこら。人を子供扱いしな~い」

「いや、まだ充分子供だし」

「ひっで~!」

 そんな軽口を叩きながら、その場にへたり込むと、ぺたぺたとジミーは傍に歩み寄って、隣に腰掛けた。


「俺、知ってたよ」

「え~!?」

「え~じゃねぇよ! 毎晩、はあ! はあ! なんて、変な声あげてんだから、気付かない訳無いだろ!」

「なんじゃそれ~っ!!」

 ぷうっと思いっきり頬を膨らませて、全力の抗議。でも、暗いからあんまり良く判らないかも。

「この、おませ坊主・・・」

「イテテ・・・いてえ~よ~・・・」

 思いっきり、鼻っ柱をひねってやった。

 それから二人で笑った。


 ジミーの頭が、アーリアの右肩に当たった。

「姐さんはさ・・・」

「ん? 何?」

 少しトーンダウンした、ジミーの言葉が風に揺らいだ。

「シルフー姐さんを、元に戻したら、それからどうするつもりなんだい?」

「・・・」

 そう言われてしまうと、返答に困る。

 別に行く当ての無い一人旅が二人となり、ジミーを加えて三人に。だが、その先は・・・


「錬金帝国の・・・」

 アーリアは言葉を選ぶ様に、乾いた唇を舐める。

 その言葉に、ジミーはぐっと身を固めた。

「ドクトルMの野望を放っておく訳にはいかない・・・」

 一つの街を、まるまる破壊して魔界へ堕とそうとしたドクトルMの非道は、恐ろしいまでの巨悪に思えた。

 人々の幸せを破壊しても、一瞥にしようとしない恐ろしいまでの無関心さ。それがアーリアには赦せなかった。

「今回のシルフーの件だって、妖精の子供を異形の姿に作り変えるなんて、酷すぎる・・・」

「そうだね・・・まるで、御伽噺みたいだけど、本当の事なんだもんな・・・」

 ジミーとて、その化け物の餌食となって死ぬところだった。それをアーリア達に救われたのだ。


「そういえば、シルフーはぐっすり寝てた?」

 ふと話題に触れたので、当のシルフーが気になったアーリア。

「寝てたよ~、ぐっすりと」

「ちょっと様子を見に、戻ろうか?」

「ああ、そうだね。姐さん!」

 元気にぽんぽんと土ぼこりをはらうジミーに、やれやれと苦笑するアーリアだった。

「まったく、も~。私、ヤクザじゃないんだからね!」

「え~! 姐さんで、俺がその一の子分なんだから、姐さんでいいじゃんかよ~!」

 ととととと先へ走って行くジミーを追いかけ、充分に疲労の取れた感がしたアーリアは、ゆっくりと続いた。


「あれっ!?」

 すっとんきょうなジミーの声に、不意に不安をかられたアーリアは、その声のする方へ、少し前まで横になっていた焚き火の傍へと急いだ。

「いない! いないよ! シルフー姐さんがいない!!」

 その場に駆け込むと、目を見開いてさっきまで寝ていただろう場所と、次には周囲を見渡した。

 さっと駆け寄り、地面に手を置く。

「まだ、温もりが残ってる! そう遠くには行って無い筈!」

「姐さ~ん!! シルフーの姐さ~ん!!」

 口に手を当て、ジミーは暗がりへ叫んだ。ゆっくりと首を巡らせながら、四方八方へ。

「もしかして、二人ともいないから、探しに出たんじゃ!?」

 アーリアの胸中にどす黒い不安が、さあっと広がっていく。

「シルフー!! シルフー!! どこ行ったの~っ!!?」

「姐さ~ん!! 姐さ~ん!! シルフーの姐さ~ん!!」

 取る物も取らず、アーリアは闇の中へ駆け出した。

「あっ!? 待って!!」

 背後に引き止めるジミーの声を無視して、アーリアのほっそりとした身体は、たちまちに溶け入ってしまった。

「ジミーはそこで待機してて!!」

 それだけ叫ぶと、思いっきりの全力疾走。ある程度、離れてから、再び立ち止まって、荒れた息を整えてから、思いっきり叫んでみた。

「シルフーーーーーーーーーッ!!!!!」

 吟遊詩人の卵であるアーリアの声帯は、普通の人とは全然違うのびやかで大きな音を闇夜に響かせた。

 そして耳を澄ます。

 風の音だけが響いてくる。


「シルフー・・・どこかで迷子になってるんじゃ・・・」

 きゅっと胸が締め付けられる。

 起きた時に一人だった時の寂しさ。泣きながら、夜に飛び出してしまったその姿を連想して、アーリアは思わず涙ぐんだ。

「シルフー・・・どうして・・・ごめん・・・ごめんなさい・・・シルフー・・・」

 ぐっと腕で涙を拭い、あの半透明な姿を追い求めた。


 すると、視界の隅に・・・居た!!

「・・・はぁあぁぁぁぁ・・・」

 思わず、肺の中の空気が、全部抜け出てしまった。

「シルフー!! 待っててー!! 今、行くからー!!」

 それでもそれだけの大声をあげ、アーリアはその白い姿を追いかけた。

 シルフーの白い影は、闇の中をふわふわとさ迷っている。

「シルフー!!」

 アーリアは、その白い姿がシルフーのものであると、まったく疑う事も無く追いかける。

 その姿は、更に林の中へと消えていく。

 必死になって追いかけるアーリアは、シルフーの全力飛行に追いつける筈もないのだが、それでも呼びかければこちらを向いてくれるものと、涙交じりの声を張り上げた。


 シルフーの姿は、深まる木々の間にそそり立つ、岩の間へと吸い込まれていった。


「!?」

 その前で立ちすくむアーリア。

 大きな黒い影は、最初、自然な岩と思えたが、僅かに差し込む星明りに、巨大な石の建造物である事が判った。

「な、なんでこんな所に・・・?」

 戸惑いを隠せない。

 それでも、入り口の奥の方で、白い影が揺れているのを見て、アーリアは安堵の思いでそれに近付いていった。

 正にその姿は、シルフーそのもの。

 暗がりにあって、淡く発光する様は、既に見慣れたものだった。

「シルフー、どうしたの? 怖かった? ごめんなさい、あたし・・・」

 そう言って歩み寄るアーリアに、別の方から声がかかった。

「アーリア?」

 はっと息をのんで、その声がした方を見れば、確かにシルフーが居た!

 しかし、シルフーは一体だけじゃなかった。

 シルフーはもう二体のシルフーに抱きかかえられる様に、ふわふわと浮いていたのだ。

 更に、空気の動く気配に、振り返ると、もう二体にシルフーが!


 呆然とするアーリアを6体のシルフーが取り囲んでいた。

「これは・・・シルフーの兄弟!?」

 ドクトルMが口にしていた、M230号の兄弟達。

 にゅるりと、10本の触腕が蠢いた。

 真っ直ぐに、アーリアへ向かって。その片腕には、銀色に輝くスティックの様な物が握られて・・・

 ぞっとした。

「嫌っ!!」

 咄嗟に、アーリアはこの巨石の中を駆け出した。が、即座に闇の中で脚が宙を蹴ってしまい、まるで階段か何かを転がり落ちる様に、更なる暗がりへと落ちてしまった。


 思いっきり、石の床に叩きつけられたアーリアは、それでも立ち上がろうと。腰の剣を抜くと、それは青白いルーンを輝かせて、敵の襲来を告げていた。

「嫌!! 嫌!! 来ないで、お願いっ!!」

 両手で握り締めた小剣を、まるであざ笑うかの様に、10本の触手は襲い掛かり、一瞬だがバチッと強烈な火花が散った。

 銀色に輝くスティックから発せられたのだ。


 黒焦げになったアーリアだった死体は、目を大きく見開いた苦悶の表情で、ぱったりと倒れ伏した・・・

読んでくださり、ありがとうございます


とうとう、ドクトルMの死の罠が、アーリアを捉えてしまいました

可愛そうなアーリア

醜い苦悶の表情で横たわっています


TRPGのセッションでは、実際にPCが死亡した場面です

シチュエーションは、また大分違いますが


それでも、まだまだお話は続きます

良かったらまた読んでくださいね


本日はありがとうございました

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