第70話『三人で朝食を』
世界が色彩を取り戻しつつある頃、夜露にすっかり濡れてしまった三人は、大きな岩の陰からのそりのそりと、まるでトカゲの様に這い出て、その岩肌に寝転がって体が温まるのを待った。
木々の間より斜めに差し込む光は弱く、ドームの様に張り巡らされた枝は、徐々に輝きを増していく空を奪い合うかの様に折り重なっていた。
最初に口を開いたのはアーリアだった。
「お腹すいたね・・・」
「うん・・・」
「スいた・・・」
川の字になって寝てた三人は、思いっきり伸びをすると、よっこらせと起き上がり、そそくさと岩から降りた。
岩から降りると、その根元からずるずると麻の背嚢を引きずり出した。
パンパンに膨らんだその表面には、白いチョークでびっしりと文字が踊っている。小さな字、大きな字、几帳面な字、殴り書きの字、お祭り巡礼隊の丘小人達の楽しそうなメッセージだ。
「まったく・・・こっちは命がけだって言うのにね」
苦笑するアーリア。
「誰さ、このでっかくVって書いてる奴?」
覗きこむ様に、一番最初に書き込まれたらしい一文字を凝視するジミー。シルフーとアーリアも、言われてみてまじまじとそれを眺めてみた。
「馬鹿っぽい・・・」
「ホークじゃなイカ?」
失礼な話である。
今朝も暗い内に、試しにアポーツの魔法で、アーリアがお祭り巡礼隊で使っていた背嚢を引き寄せておいたのだ。
ホークとそういう手はずになっていた。
約束違わず、背嚢には何やらぎっしり詰まっている。
引き寄せの時、袋だけしか来ないなんて間抜けな事にはならない様に、いっぱい何かが詰まったイメージで引き寄せたのだが、これは一体何が入っているのだろう?
「姐さん、開けてみちゃくれないかな?」
「う・・・」
もうジミーに姐さん呼ばわりされるのを諦めたアーリアは、そっとその口紐を解いてみるのだった。
「ドレドレ・・・」
開けたそばから三人の手が突っ込まれ、中味を引きずり出す。
「ハムだ!!」
いきなりジミーが大物を引いた。
茶色く飴色に輝く、熟成された大きな肉の塊だ。表面には白いものが薄っすらとふいている。
その横から、シルフーがぶるぶるんと極太のソーセージを。
「おおオおオお」
器用にくるくると巻き上げ、終わると同時にシルフーは大きくしりもちをついた。
「あたタ・・・」
「も~、食べ物で遊ばない!」
固焼きの大きなパンを手に、口元を隠して笑うアーリア。その鼻腔に美味しそうな香りが広がり、うっとりと目を細めた。
「ほら、シルフー」
そう言ってアーリアは右手でシルフーを抱き起こす。
シルフーの腕がアーリアに絡みつき、二人はよっこらせと立ち上がった。
「は~、びっくりしたサ~!」
「本当にこれって、丘小人のびっくり箱だ!」
傍らでジミーは、次々と袋の中身を取り出しては並べている。
むいた胡桃の入った小さな袋。
ミルクの詰まった、牛の胃で出来た水筒。
使い込まれた、ちびたナイフ。
火口箱。
乾燥したハーブの入った小さな香り袋。
小さな岩塩。
古びた小さな鍋と三枚の皿。
スプーン3本。
大き目のフォーク1本。
何故か、小ぶりのバトルパン。
思わず顎に手を置き、思案するアーリア。
「う~ん・・・この場合は・・・びっくり袋?」
「シルフーもびっくりサ~」
肩をすくめて見せるシルフーに、二人の笑顔もこぼれ落ちる。
「じゃあ、ジミーは火を炊いて、シルフーはパンを分けて・・・出来る?」
はいはいと、二人に火口箱とナイフとパンを手渡すのだが、アーリアはシルフーにナイフを持たせて良いものかと躊躇した。
「・・・ヤル・・・」
シルフーは出来るとは言わなかった。
「ん~・・・」
「タ、タブンネ~・・・」
ふと目を逸らすシルフー。
(あ・・・駄目だ・・・)
「一緒にやろうか?」
「ヤルヤル~~!!」
パッと輝くシルフーに、アーリアもうんうんと頷き、ナイフの安全な使い方から伝授する事になった。
「じゃあ、姐さん。俺、薪を集めて来る~!」
「あ、気をつけてね~!」
「大丈夫~!」
振り向くと、ジミーの姿はもう藪の中。
小走りに駈けていくその背中を目で追ってから、アーリアは目の前の試練に立ち向かう覚悟を決めた。
「いくわよ、い~わね!」
「ドントこ~い!」
裏返しにした背嚢をパンパンとはたき、それを下敷きにして、二人の顔ほどもあろうかというパンを置く。
「先ずは二等分にして、更にそれを半分に。今朝、三人で食べるのはその小さく切った方を一つ・・・」
「うんうん! 早ク早ク!」
肩越しに覗き込むシルフーに、アーリアは先ずナイフの握り方を見せた。
「こう、刃を下に・・・片手は、パンを押さえる・・・でも、指先を切らない様に、気を付けるのよ・・・」
「う・・・ん・・・」
使い込まれたナイフは、何度も磨く内に本当に小さくなってしまっている。
そのキラキラした刀身に、シルフーの目が一瞬だが映り込む。そこでアーリアは違和感を覚えた。
「シルフー?」
「う・・・ん・・・」
見上げる様に振り向くと、シルフーはどこか遠くを見る様子で、心ここにあらずといった雰囲気だった。
「どうしたの? 何か見える?」
そこでハッと息を呑む。
「オークとか!?」
すかさず腰の小剣に手を置く。
油断していたと。
今朝の空気が、余りに清浄だったのと、人里からそんなに離れていない事から、徘徊する化け物達に対する警戒が、自分でも驚くくらいに薄れていたのだ。
そっと、刀身を引き抜く。が、ルーンは光っていない。
(あれ? 敵はいない・・・?)
「アーリア~? 何してルノー?」
拍子抜けするくらい、のん気なシルフーの声に、思わず何度も周囲を見渡してから、シルフーに目を戻した。
「アーリア~? ナイフの使い方はまだ~?」
「え?」
「あ、ソチを使うの~?」
アーリアの小剣を握る手に、シルフーの触腕が伸びてきた。
「ううん。これは使わないわ、これは・・・」
首を横に振って、更にもう一度周囲を見渡してから、それを鞘に収めた。
それから三人は簡単な朝食を楽しんだ。
薄切りの生ハムを固めの茶色いパンに乗せ、ソーセージを刻んで乾燥したハーブと、その辺に自生していた野草を入れたスープにミルクを加えたものが今朝のメニュー。
最後に胡桃の欠片を口に放り込んで、楽しいひとときは終了した。
「しかし、凄いなぁ~姐さん!」
ひとしきりジミーが感心していたのは、アーリアの泉の魔法だった。
「これなら、いつだって綺麗な水が呑み放題だ! いや、本当に凄いや!!」
「そう・・・かな?」
結構照れくさい。
岩の横に、アーリアが出現させた魔法の泉は、大体明日の朝まで残るだろう。
最後に、食器をそこで洗い、水を切ると背嚢へ詰めた。
いつかは、ジミーにアウリーリンの館がある水の世界の話をする事もあるかも知れない。
そんな予感を、水の煌きに覚えつつ、アーリアの一行はその大きな岩を後にした。
読んでくださり、ありがとうございます
えっと・・・すいません
外伝の「女勇者は振り向かない」の方についつい力が入ってしまい、こちらの更新がおろそかになってしまいました。
何しろ、あちらはあの女主教さんの初めての夜・・・
敵方の陣営で、敵のボスと・・・なんて、なんて~~~~!!とかあがいてたら、与太話で予定外に2話も後送りに(苦笑)。
いや、なんていうのか、キャラが踊り出してしまうんですよね、この猿蟹のピンク色の脳細胞の中で。
果たして明日、あっちのイベントにけりをつける事が出来るのか?
アーリアの更新は、その翌日、体調が宜しければ行う予定です。
今回は、結構間が空いてしまい、申し訳ありませんでした。
宜しければ、また次回にお会い出来れば幸いです。
今日もありがとうございました。




