第68話『一の子分』
『私の騎士殿』
戸口に立った男に、女はそう告げて駆け寄った。
アウリーリンの淡い蒼が、ガッシュの闇に溶け込む闇色に合わさり、薄闇にあって一輪の華となる。
「ガッシュ・・・」
「助かっ・・・たのか・・・」
突如として沸いた、牢内の嬌声に、慌てて駆け戻ったガッシュは、その奇跡とも呼べる瞬間の、末席に座す機会を得た。
闇の中にあって、ただ一つの希望を見出せば、かくも輝きを取り戻すのか。
花のしおれるが如く、喜びを失ったマイ・レディが、あまたの命が失われる中よりたった一つの若い命が救われる事により、その魂を救われた。
何と剣で護れるものの少ない事よ。
腕の中の温もりを喜び、そして廊下に立つ異形の少女の絶望に、未だ完全では無いと実感する。
やおら、止め具を外し、マントを脱ぐと、ガッシュはアウリーリンと共に少年へ歩みより、それをその者の身体へとかけた。
「大丈夫なのか?」
恐々と、まるでそれが己の四肢であるのかを確認するが如き、線の細い少年の仕草に、目を瞑る。
そして、それが開かれた時、そこにはある決意が宿っていた。
足元では、少年の身体を確認していたアーリアが、そのマントを少年の身体にまとわせている。
「さあ、もう大丈夫よ。自分で立てる?」
「い、いいよっ・・・い、いいです・・・」
生来のはねっかえりなのだろう。少しバツの悪そうに、抵抗を試みようとするのだが、即座にそれを自ら放棄して、半ば受け入れてされるがままを選ぶ。
「ふ・・・」
可愛いものよ。
子供か・・・
果たして俺は、この方との間に、子をもうける事が叶うのだろうか?
一瞬、甘い想いに身を委ね掛けたガッシュは、腕の中より見上げる青い瞳に全てを見透かされてしまったかの感覚を覚え、ハッと我に返った。
幸い、伸ばし放題の髭が、その表情を相当に隠してくれている。だが、目は正直だ。この方なら・・・
いや、今はやるべき事をやろう。
「アーリアよ。そのままで良い。俺の話を聞け」
ふと見上げたアーリアは、そっと立ち上がり、傍らの黒騎士と、その腕に護られる青い淑女を交互に見た。
「お前はこれより、王の道を目指し西へ行け。大河と交わる地、ブラウボウ伯の所領に、一人の偏屈な魔道師が居る。蛇と呼ばれる食えぬ老人だ。その男に、あの娘を視て貰え。食えぬ男故、あの様な軽薄な錬金術師に組するとはとても思えぬ。それが嫌なら、遙か東の地、ファライゾンの旧都ぐらしか思い至らぬが、その道は遙かに至難の道。アーリアよ、俺の言葉に従え。今すぐ、あの娘を連れてこの地を離れよ」
一気に用意した台詞を口にすると、ガッシュは懐から黒革の巾着袋を取り出して、それをアーリアの手へ、ずしゃっと渡した。
「路銀の足しにしな。何なら、俺の馬も連れて行け。だが、こいつは連れて行かせぬ」
そう言って、アウリーリンの腰をぐっと引き寄せ、軽く彼女と目配せしてから、アーリアへウィンクして見せた。
あの武闘会の会場で見せた、やんちゃそうなウィンクだ。
「こんなに・・・あんたはどーすんのさ?」
半分呆れた口調で、アーリアは手の中に落とされたずっしりと重い財布を持て余す。
「なぁ~に、何とか男爵様にたかるさ」
「うわっ! 悪い大人ぁ~・・・」
「悪いから、強いのさ」
ふふんと鼻で笑われ、今は子供の立場に甘んずる事とした。
「俺は、ゲイルとガンツで、派手に動いて見せる。連中の目を引き付ける役ってところだな」
急に、真面目な話となる。
ゲイルとガンツの了承も無しにというところが、如何にも悪い大人だ。
間近で話を聞いていたルイスが、ガッシュに一礼してから口を開いた。
「では、私は東へ向かいましょう。アーリア達が旧エンダルノウムから、さもファライゾンを目指しているかの様に・・・ついでに連中の噂話もばらまいてやりましょう」
「詩人・・・危険だぞ・・・」
ガッシュの鋭い目が、命の危険を訴えている。だが、吟遊詩人のルイスは例の涼しげな笑顔で、首を左右に振って見せた。
「私は彼女の師匠に大きな恩があります。それを少し返すだけです。それに、私とて、五つくらいは名前と顔を使い分ける事が出来る。うまくかく乱して見せましょう」
最後に、少し芝居がかった一礼。
いかにもルイスらしい、余裕のある仕草に、ほっと空気が和む。
まだ、色々教えて貰いたい事がいっぱいあった。だけど、仕方ないと諦めるしかないアーリアだった。
すると、その空気をぶち壊す者がいた。
「俺はいかないよ・・・」
石の寝台に腰掛けていた丘小人のホークが、膝っこぞうを抱え込んで前を見据えていた。
「俺は祭りの巡礼に来てるだけだし、明日は山小人どもといよいよ決戦ってところだ。仲間を置いて、抜ける訳にはいかない。ま、せいぜい俺らの中にまだ混じってるふりでもして、旅を続けるさ」
言うだけ言って、ホークは目を閉じた。
「ホーク・・・今までありがとう!」
きっぱり、断ち切る様に、アーリアはホークへと手を差し伸べた。
だが、ホークはそのままごろり、背を向けて寝台へ横たわってしまった。
「出るも自由。入るのも自由のお祭り巡礼隊だ。ボスには報告しといてやるから、またどっかで出会ったらひょっこり混じって歌でも披露してくれよ。それより、簡単に死ぬんじゃねーぞ・・・もう、お前を負ぶって走ってやる事は出来ねぇんだからな・・・」
「ホーク・・・」
途端にじんわりと、アーリアの眼が熱くなり、涙があふれ出て来てしまう。
口がへの字によじれ、我慢できずにむせ返る。
「ボ、ボーグゥ~・・・ごべんべぇ~・・・」
「うわっ!? な、泣いてんのかよ、みっともねぇ!」
余りの酷い声に、びっくりして起き上がったホークは、とてもバツが悪そうに見上げてきた。
「まったく・・・そんなんだから、ろくでもねぇ男しか寄って来ねぇんだよ! もっと、良い笑顔で良い男を捕まえて見せろいっ!」
「うん! うん! ぎっどで! づぎびばぶどぎぎばべ! ぎぎびぼぎょぐがぎぐぐががげ! ああ~~~~~~~ん!!」
ぐっちゃぐちゃの泣き顔に、苦笑するホークは、涙で滲んで良く判らなかったが、とても優しい目をしていた様な気がした。
「あ、あの~・・・」
まさに恐る恐ると言った感じで、少年が手を挙げて発言の許可を求めてきた。
「おお! すまんすまん。関係の無い話を延々としてしまってな。悪かったな小僧・・・で、何だ?」
そうガッシュが答えると、男達の視線が一斉に少年へと注がれてしまった。
これにはちょっとした威圧感を覚えたものの、それでもジミーは言い出さずにはいられなかった。
「その・・・俺も、仲間に加えてもらっちゃ駄目ですか?」
「我々が命の恩人だからって、自分の命を粗末にする事は感心せんな。小僧・・・」
軽くしかりつける様に、ガッシュはこの向こう見ずな少年に釘を刺した。
「君はここでの事は、さっさと忘れるのが懸命だと思うよ」
うんうんと頷くルイス。そしてホークが止めとばかりに。
「母ちゃんが居るんだろう? 帰んな! くそガキ!」
「いや~まぁ~そうなんですけどねぇ~・・・どうも・・・」
取り付く島の無い様子に、ジミーはすっかり困ってしまった。
「ああ~、でも完全に無関係って訳じゃなさそうですよ。俺・・・」
そう言って、相手の反応を見る。
確かにそうだ。
あの女司祭は、試練を与えると言っていた。そして生き残り続けて『ロード』を目指せと。
「どういう事だい?」
一番、温厚そうな緑一色のお兄さんが、優しく問いかけてきてくれた。この人は好きだな。
「俺、この牢屋で死に掛けてたんだけど、悪魔がやって来て俺を地獄へ連れてこうとしたんだ。そうしたら、赤い僧衣の女の人がやってきて、その悪魔とやりあった挙句に殴り倒して、追い払ってくれた。その上、怪我の治療まで魔法でしてくれて、俺にロードになれって・・・ロードを目指せって・・・頑張る人にはガルパニは支援を惜しまないとかも言ってたな。あの姉ちゃん。その上で、俺に試練を与えるって言うんだ。たぶん、兄ちゃん達の巻き込まれてるトラブルって奴は、あのガルパニの姉ちゃんが言ってた試練だと思うんだ。だからさ、俺も連れてっておくれよ~」
きょとんと聞いてた男連中は、一斉に大笑い。
失礼な話だ。
こっちの綺麗な姉ちゃんは、すっかり泣き止んだみたいで、きょとんとしてやがる。どうにも話が判る状態じゃ無さそうだ。というか、こりゃつけこむ隙ありありだな!
「姉ちゃん! 俺を、俺をあんたの子分にしてくれよ!」
「え!?」
「俺、ジミー! 姉ちゃんは!?」
「ア・・・」
赤く泣きはらした顔を、恥ずかしそうにしながら、呟く様に言った。
その表情がびっくりするくらい、綺麗に見える。
「アーリア・・・」
「よし決まった!」
ぽんとジミーは手を叩く。
「今日から俺はアーリア姐さんの一の子分だ! 異存は無いよな!?」
「え? え? ええぇ~~~~っ!!?」
わたわたと焦りまくるアーリアに、笑いを堪えるルイスも頷いて見せた。
「どうやら、この子は、旅の女吟遊詩人の守護者である『勇者ミルティア』の送り込んだ使徒の様ですよ。連れて行きなさい、アーリア。ガルパニの神官戦士だった『勇者ミルティア』は『賢者』とも『拳聖』とも謳われた謎の多い人物ですが、伝承では独自の拳法を編み出し、素手で魔王の片腕と呼ばれた邪竜王を殴り殺したとも言われています。眉唾ものですがね。悪魔程度なら、素手で殴り殺してもおかしくありません」
「え~・・・」
まだ返事に迷っているアーリアを前に、ルイスはちょっとだけ確認してみる事にした。
「そのジミー君を助けてくれた女の人は、目は青くて、髪は金髪じゃなかったかい?」
「そうだよ。良く知ってるね? 自分で『天使の如く美しいガルパニの使徒』って言ってたけど、まぁ~冗談じゃ無かったね」
ほらね、とダメ押し。
「ホントかなぁ~・・・」
しぶるアーリアを尻目に、ガッシュは跪いて右のブーツからホルダーごと、黒い握りのナイフを外してみせた。
「小僧。ならこれを持って行け」
「う・・・」
それは、ジミーにとって因縁浅からぬ黒いナイフだった。
「これは俺達、流れ星の三騎士が剣の誓いに次ぐ仲間の誓いを立てた大事なナイフだ」
「そんなの貰って、い、いいのかよ・・・」
なにやら、とても大事な物だったらしい事に、冷や汗をかくジミー。
受け取り、早速引き抜いてみた。
手入れの行き届いた、滑らかな抜き心地。刀身には、流れ星をデザインした数字の1が彫られていた。
「わぁ~・・・一の子分にふさわしいぜ!」
「だろう?」
ジミーの子供らしい笑顔を、まぶしそうに見つめるガッシュ。
「何か困った時には、騎士や領主にそのナイフを見せて、俺の名を出しな。場合によっちゃ、牢獄行きかも知れねぇが、大概の奴なら助力してくれる筈だ」
「え~? 牢屋にぶち込まれる確率の方が高くないの?」
「こいつ~!」
笑いながら、ジミーの頭を小突くガッシュ。
「まあ、便宜上、俺の一の子分を名乗っても良いんだぜ」
「便宜上な~!」
ドッと笑いの渦が、殺伐とした牢獄に響き渡った。
読んで下さり、ありがとうございます
先ずは、外伝に手を出してしまい、更新が遅れている事をお詫び申し上げます
やはり勇者ものともなると、こちらの低レベルな冒険とは話が違って、ハイパワーな展開に心躍るものがあり、またちょっとエッチな話だったので、おっさんらしさが出てしまいました・・・orz
今回は、こちらでも『勇者ミルティア』の話が出ていますが、エッチ系に抵抗が無ければ『女勇者は振り向かない』にも目を通して戴けると嬉しいです。
ま、それって、書いてて、以前読ませて戴いた真鍋譲治先生の漫画にデジャブを感じてしまい、えらく久しぶりに先生のブログへアクセスしてご挨拶してしまったのですが、相変わらずのご様子で安堵いたしました。
やはり読んで戴いて、時折反応があるのが嬉しいよね~と(^^;
という訳で・・・
ご意見、ご感想がありましたなら、宜しくお願い致します
ありがとうございました




