第67話『命』
牢の扉が開かれる。
薄汚く淀んだ空気が僅かに揺れた。
何とか薄目を開けたジミーは、足早に駆け込んで来る闇色の天使に、魂が抜かれる気分で見惚れた。
今日は天使の大安売りかな?
論理的思考の欠如した脳が、赤い天使と黒い天使の乱舞を見せる。
「良かった! やっぱりまだ息がある!!」
凛とした美しい声が、朦朧としたジミーの意識を現実へと引き戻す。
(ああ、あの時、この部屋を覗いた人だ・・・)
「触ってはいけない! ヒトモドキの溶解液が、全身を溶かしてしまっている。このままでは・・・」
駆け寄ろうとするアーリアの腕を引き、無理矢理引き戻し、ルイスは沈痛な面持ちで首を左右に振った。
「このままでは、とても助からない・・・」
「そんなっ!?」
悲痛な青いまなこが、ジミーの心の奥までも貫き通す様に向けられる。
(まあ、一度死に掛けたんだし・・・こんな感じで、綺麗な姉ちゃんに看取られるなら良い方かな?)
思わず微笑が浮かぶ。
(笑って死ねるなら、本望さ・・・)
すると、二人の背後から青白い光が。
『先ずは全身の毒を洗い流しましょう』
美しく響く妖精の言葉。
薄暗い地下室に、流れる水面の揺らぎの如く、アウリーリンの青白い腕が弧を描くと、その辺りから渦巻く霧が噴出した。
たちまち、ジミーの全身を洗い流すシャワーの魔法。
心地よく吹き付ける霧に、全身のひりつきが溶け流される様。思わず目を閉じ、うっとりとされるがままに任せた。
『次は応急手当を』
『判りました。私が』
そう言って、懐に手を入れ、ルイスが屈み込むと、ジミーへ一本の細いガラス製の瓶を取り出して見せた。
「これは魔法のヒーリング・ポーションです。これだけで足りるか判りませんが、お飲みなさい」
ルイスは拒む余裕も与えず、サッとジミーの頭を持ち上げると、ずるりと頭髪が抜け落ちるのも構わずに口へと注ぎ込んだ。
ポーションはジミーの喉から体内へ、本当に染み入る様に広がっていく。
ほうっとため息をつき、声を出してみた。
「あ・り・が・と・う」
「いいんだ。楽になったかい?」
こくりと頷くジミー。涙の性か、視界が滲んで来るのだが、それを拭おうにも全身が固まったみたいに強張って動けない。
それもその筈。
ジミーの皮膚という皮膚は、ほぼ溶け落ちて、赤くずるむけていたのだ。
「酷い・・・」
顔を覆って振り向くと、ホークにぶつかった。
「ごめ・・・」
「別にいいさ」
ぽんと肩を叩かれ、そのままぐいっと引き寄せられた。
「仕方ないって・・・」
頭を左右に振って、いやいやをするアーリアに、ホークは黙ってその身を支え続けた。
「おお~い、他の牢は全滅・・・」
戻って来たガッシュが、戸口でこの気配に気付き、口を閉ざした。
今すぐに司祭を呼べば、助けられる可能性はあるのだが、唯一の出口は外から鍵がかけられている。
その内、ゲイルやガンツがやってきてくれると思うのだが、それを待つには余りに酷い。
「・・・」
ガッシュは黙って歩き出す。
そして、牢屋の出口へ。外から鍵がかけられた扉に向かい、いきなり体当たりをかました。
どおんと響き渡るのだが、びくともしない。
次に、腰の剣を抜いて、切りつけた。突いた。払った。蹴り込んだ。
木片が跳ね返るのもいとわず、腕を振るい続けた。
(俺は、勇者じゃねえ! こんな扉一枚も、砕けやしねえっ!!)
その気配は、皆に伝わっていた。
誰もが目を閉じ、奇跡が起こるのを祈るしかなかった。
(こんな時、あの人が居れば・・・)
アーリアは、思わずあの女主教の事を思い出してしまった。
目の前で、自在にあらゆる魔法を駆使して見せた、不思議な人。
だが、たった一振りの剣を呼び寄せるだけで、アーリアの消耗は相当のもの。人、一人をと思うと、計り知れない。
(この想いが、伝われば良いのに・・・)
アーリアの切なる願いは、遠く闇の帝国へ帰還してしまった彼女に、と~っても忙しい彼女に届く筈も無かった。
胸が痛む。
己の無力さが、恨めしい。
ぎゅっと、己の胸を掴んだ。痛いくらいに・・・
痛い・・・
あれ?
そういえば、私って大怪我をして・・・
思わず、アーリアはドレスを捲し上げて、矢傷の跡を確認した。
「お、おい!」
「ねっ!? ホーク! 私って、大怪我したんだよね!?」
「そんなもん見せんじゃないって! 俺は丘小人の女しか興味無いっての!」
「大怪我したんだよね!?」
「あ、ああ・・・」
アーリアの余りの勢いに、気押されて辛うじて頷くホーク。
くるっと振り向くアーリアは、サッとジミーの傍らに屈み込み、己の記憶をさかのぼる。
(あの怪我の治療を受けた時・・・あの・・・あの歌は・・・)
鼻歌交じりの女主教の囁き。
アーリアは、その丸い目を更にまんまるに見開き、ジミーの痛々しい姿へと手をかざした。
すると白い光が、アーリアの手から放たれた。
それは淡い光だった。
女主教が某所で放った、強烈な白熱光と比べようも無いが、調和神イーヴォの白き輝き。
あるべき姿であれと、たちまちジミーの全身を、健康的な肌の色へと引き戻してゆく。
アーリアがヒーリングの魔法を、習得した瞬間だった。
読んで下さり、ありがとうございます
猿蟹、ちょっと浮気しておりました
すいませんすいません
例の女主教であり司祭であり~~な彼女の外伝的な話に手を出してしまいました
いきなりエロスなプロローグに驚かれた方もいらっしゃるのではと・・・
なにはともあれ、のんびり投稿させていただきます
よろしければ、アーリアの外伝ともなります「女勇者は振り向かない」も宜しくお願い致します
ありがとうございました




