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アーリア  作者: 猿蟹月仙
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第65話『Mの狂気』

「シルフー! お前は私だ!! 私はお前だ!!」

「アーリア・・・何言ってるの?」


 閃くルーンの輝きは、薄闇に滑らかな弧を描き、刹那に一閃、振り下ろされていた。


<M1051号~っ!!>


 少年の姿を模した怪異が、アーリアの目の前で真っ二つ。それは見事な切り口で、すぐ傍の牢の覗き窓から上半身を乗り出す形で、左右にしおれる様に崩れた。


「はっ! はっ! はっ! はっ!」

 アーリアは剣を振り下ろした姿勢のまま、肩で短く息を吐く。

 初めて斬った!

 初めて殺した!

 初めてっ!!


 それはウサギやイノシシを殺すのとはまた違った、嫌な手応えだった。

 食う為に殺すのでは無い。

 生き残る為に殺す。

 命を奪う。

 立ち塞がる者を、退ける為に・・・


 ギラリ。

 瞳に剣呑な光が宿る。

 興奮がアーリアの四肢を支配し、突き動かす。

 絡みつくシルフーを小脇に抱える様に、アーリアはその扉へ駆け寄り、つま先立って中を覗き込んだ。

 その青い瞳を大きく開き、牢に化け物がまだ潜んでいないか、左右に走らせ、その片隅でぴたりと止まる。

 向こうから見返す二つの眼。怯えた光を宿す茶色い眼。たった今、切り殺した相手に酷似した、半分溶けかかった様な少年のシルエット。


 違う!!


 アーリアは本能で扉から離れた。


 あれは敵じゃない!!


「あ~りあ~?」

「離れるな!」

「どうシたの?」

「手を離すな!!」

 残る左の腕で、ぎゅっとシルフーの柔らかな身体を抱き締めた。

「私から離れるな・・・」

「うん・・・」

 そこで、シルフーは質問する事を止めた。


<M1052号! M1054号! M1055号! M1056号! 左右に分かれて床を這いなさい! 相手の側面に回りこみ、挟撃を仕掛けます! 目! 鼻! 口を塞ぐのです! 視界を奪い、息を止めるのです! 押し包みなさい!!>


<<<<ヤー!!>>>>


 不意に、四体の影が解け崩れた。

 ハッと見開くガッシュの視界を、その隅を、左右に分かれて縮動する化け物達。

 咄嗟に、右下段真横へ突き入れた長剣を、振り切るのと同時に左の盾を、反対側からの衝撃に備えて突き上げ、左右に大きく手足を開く様にのびきった。

 無様!

 だが、背中の人を護る為には、全てを全身で受け切る、その覚悟に迷いは無かった。


「ひぃぃぃぃぃっ!!?」

 左手の牢の扉に、その僅かな壁との段差に身を張り付かせて怯える兵士は、たちどころに全身をゼリー状の怪物に覆われんとして、激しく扉へ後頭部を打ちつけた。

 ひょうと風音を発て、一本の矢が、正に覆いかぶさらんとした怪物に突き立つと、更にもう一矢。

「馬鹿野郎! 立って戦えっつーの!!」

 悪態をつく間も惜しむかに、ホークは矢筒より同時に二本の矢を引き抜き、一矢を番えて射るや即座にもう一矢を番えて放った。

 ぷすぷすと、兵士の身体を乗り越えようとするもう一体に突き立って、その勢いを殺しにかかる。


 ルイスは、それらの様をつぶさに見つつ、ホークへと背を向ける様に、廊下に対して真横に立ち、背後からの挟撃に備えて右のナイフを逆手に構え、残る左手で懐のモノを、いつでも引き抜ける様にと指先でその感触を確認する。


 アーリアの剣は、面白い様に、そのまといつく透明の身体を断ち切った。

 悲鳴の如く嘶き、不気味に全身を震わせて解け崩れる化け物。

 消耗している。

 もう、魔法を使うだけの余力は残って無い。

 この剣だけが唯一無二の武器。

 剣にまとわりつく体液を、ひゅんと吹き飛ばし、アーリアは向き直る。


 敵の勢いが止まった。


 誰もがそう実感した。


「ぬああっ!!」

 盾で目の前の一体を押し返し、それがびちびちとのたうちながら、廊下の向こうへ転げていくのを見据え、ガッシュはその向こうに集結している敵の群れに吼えた。

「どうした!! もう終わりか!!? こっちは、まだ誰も倒れてはおらんぞっ!!」

 大きく全身を上下させ、啖呵を切るガッシュ。

 すると、それに応える様に、向こう側から妙な音が響いて来た。


 パチパチパチパチ・・・


 それはまるで拍手をするかの響き。

 そして、向こうから不気味な光が明滅しだした。


 四角い光源がにらにらと輝き、それは次第にサイズを小さくし、まるでガラスのモザイク壁画の様に、明確な像を空間に描き出していく。

 否、空間に描くのでは無い。

 化け物の体が、まるで一枚の壁画の様に、一人の男の顔を、この廊下いっぱいに大きく映し出したのだ。

「素晴らしい! 諸君、実にすっばらしい戦いぶりだ!」

 どうやら、男はその映像の向こうで拍手をしている様だ。


「何者だっ!!?」

 吐き捨てる様なガッシュの声に、その男は臆する事も無く、何やら椅子にどっかりと座り込んだ様子で、少し後ろに下がった。

「先ずは、誤解があった様だ。それをお詫びしたい」

 えらく尊大な態度で、ふんぞり返る男。ひょろりとした風貌で、黒いぼさぼさ頭に銀縁のメガネをかけていた。その衣装は質素な物で、飾り気の無い白い衣を身に着けているのだが、どうにもそこかしこに汚れが目立ち、よれよれと着古した物の様に見えた。

「そして、一言お礼を申し上げたい。騎士殿。私の大切な検体を保護して戴き、感謝致します」

「検体・・・っ!?」

 ガッシュは、その言葉に改めて後ろのシルフーに目をやった。

 そして向き直ると、剣を縦に立て、その柄に両手を置いた。

「先ずはその誤解とやらを伺いたい」


 それに僅かでも身体を休める事が出来る。

 その傍らで、気絶した兵士の周囲から、ホークが矢を拾っている。

 どれだけの数が潜んでいるか、検討もつかないが、もし話し合いで現状を打開出来るとすれば、それはそれでありがたい話だった。


 映像の男は、満足気に頷き、とんでもない話を繰り出し始めた。

「そうですな。今は、錬金帝国総帥ドクト~ルMと名乗っておきましょう。次までには、もっとスマートな名称を考えておくとしますよ。さて、今回の誤解は、私の大切な友人であり協力者でもある二人が、悲しいかな大きな誤解から明日にも処刑されてしまうという境遇に陥ってしまった事から始まりました」


「おいおい、そりゃ俺の言った話じゃ・・・」

 ひそひそと話しかけるホークに、ルイスはそっと自分の唇に人差し指を縦に添え、静かにする様目配せした。


「うむ。その話は聞いている。とんでもない殺人鬼だと・・・」

「そこが誤解なのですよ。えっと・・・黒い流れ星『一番星』のガッシュ卿」

「ん~・・・?」

 ガッシュは、その時、Mにそっと耳打ちした男の姿に、目を細めた。一瞬、画面の縁に現れた戦士風の男。どこかで見た様な気がしたのだ。


「その救出の為に、ひそかに手のものを送り込んだ。男爵殿の誤解を解くだけの時間が、もう私達には残されていなかったのです。その辺の事情を、汲み取って戴きたい」

「そして、その為に足止めをしたと?」

「左様。流石はガッシュ卿」

 おべんちゃらはいいとばかりに、手を払うガッシュ。

「既に救出を終え、遠くにその身は離れている筈。最早、馬では追いつけません」

「魔法か・・・」

「如何にも。それら置き土産も時間稼ぎ。もう役目は終わりました」

「では何ゆえ?」

 話半分に聞き流すガッシュは、目を細めて映像の男と、その傍らに居るだろう男、そしてその背後の空間に神経を尖らせた。


「実は、ず~~~~~~っと心配していた、行方不明の検体が。ほれ、そこに!」

 Mはサッとシルフーを指出す。

「私はその検体ナンバーM230号の行方を、ず~~~~~~~っと追わせていたのです。それが、たまたま! たまたま、ここで発見されたとの報告を受け、私は大慌てで連絡を取らせて戴いた。本当に大慌てで・・・」

「M230号~?」

 ガッシュは、忌々しい言葉を口にする様、その記号を噛み締めた。


 誰もが、シルフーの事を見た。

 だが、シルフーは首を左右に振った。

「シルフー知らなイよ。シルフー、風の妖精シルフだもン」


「ご覧下さい。すっかり壊れてしまっています。どうか、可愛そうなM230号を、私の元に返して戴きたい。謝礼は十分にさせて戴きます!」

「シルフー知ラなイ! シルフー知らナいヨ!」

「どうです。記憶に障害。言葉も。第一に、コントロールが効きません。原因を追究しなければいけないのです」

「シルフー! しるふー! し、しラな!」

 がくがくぶるぶると、アーリアの腕の中で小刻みに震え、シルフーは最早立っていられない程に。

 ずいっと、ガッシュはMの視線から隠す様に立った。

 そして、その背後に護られていたアウリーリンも、そっと寄り添ってシルフーを慰める。

『大丈夫よ、シルフー』

「シルフーはシルフーだよ! 私達の知ってるシルフーだよ!」

「し、知、シ・・・」

 二人の間で、壊れた機械の様に震えるシルフーの大きな、つぶらな瞳からぽたぽたと涙がこぼれ落ちる。

 このままでは、シルフーの心が壊れてしまう。

 そう想えて、二人も涙がこみ上げて来た。


「シルフーは! シルフーは治るのっ!?」

 思わず叫んだその声に、Mはとても残念そうに答えた。

「それは判りませんね。『見て』みない事には『直し』様がありませんな」

 そのニュアンスに、アーリアは言い知れぬ不安を覚えた。

「だって、Mさんがシルフーを創ったんでしょう!?」

 その問いに、Mはとても満足そうに頷いた。

「確かに。M230号は私が錬金合成した改造体です。シルフの子供をベースに、この私が自ら他の生物との合成を行いました。数々の失敗を乗り越え、ようやく成功したと思っていたのですが、とんだ失敗作だった様です。同タイプの固体は、あと5体おりますが、同様の欠陥が発見された場合、実験終了後には殺処分を考えなければなりませんな」

 空気が凍り付いた様な気がした。


「ああ、でも今回の検証を行わなければなりませんから、M230号を含めてしばらく寿命が伸びた訳ですね。きっと、あの子らも喜ぶ事でしょう。そうそう! アーリア君とか言ったね? 君、その若さで『アポーツ』が使えるなんてなかなか優秀じゃないか。良かったら、M230号と共に、私の元へ来ないかね? より完璧な改造体を創造する為には、優秀なアシスタントが一人でも多く必要なんだ。それに、M230号も喜ぶと思うんだよ」

 アーリアは、唇をきゅっと噛んだ。

「じゃあ、Mさんはシルフーをどうするの?」

 こうなってくると、Mはもう得意満面に、身振り手振りを交えて説明を懇切丁寧に始めてしまった。

「んん? そりゃぁ~、ばらばらにした上で、各部の生体反応を確認する事になるのかな? 特殊な培養液の水槽に浮かべてだね、全ての細胞が生きたままに切り開く事が出来る。これはとても凄い事なんだよ。正に、錬金術の奇跡の一端と言っても・・・」

「冗談じゃない・・・」

「・・・過言では無いのだよ。それをその若さで経験出来るとは、君は末恐ろしい魔道師であり錬金術師であり賢者にだってなれるかも知れない! いや! もしかしたら、ロー・・・」

「冗談じゃないって言ってんだよ、このゲス野郎っ!!!」

 手足をばたつかせ、天を仰ぐ様に、己の思考に陶酔してしまったMは、アーリアの叫びに打たれ、硬直した様にその動きを止めた。


「何だって?」

 化けの皮がはがれたか、憎々しげにアーリアを睨もうとするM。

 だが、その視線はガッシュの黒いマントにさえぎられていた。


「大事な、大事な人をばらばらにされて、喜ぶ~!? 手伝う~!? 頭、おかしいんじゃねえのっ!!」

 力無く、魔法の剣は床石に転がっていた。

 両腕で、かき抱く様に、力を失ったシルフーの肉体を支えるアーリアは、その身に顔を埋めて泣いていた。


「錬金術における真理への探求は、最も尊い行為であり、何事においても優先されるのだよ! その事に比べれば、そんな妖精もどきの一匹や二匹、どうなろうと何の事は無い!! 真理への探求!! その為に、私はこの錬金帝国を築いた!! そして、いまやあらゆる諸勢力をしのぐ勢いで、この地に存在する!! その僕に逆らう事が、どういう事か思い知らせてやろうか小娘がっ!!!」

 歯をむき出しにして凄む様は、見る者へ余りにも滑稽に映った。が、その力は侮るべきものでは無い。

「折角! ばらした細胞を! つなぎ合わせて! まったく同じ固体を! 君に与えてやっても良かったのになっ!! 残念な事をしたねっ!!! ははっ!! ざまぁあ~っ!!」


 アーリアは、もうこの男の声を聞きたく無かった。

 記憶から抹消したかった。

 この世から、消えてくれと願った。

 声にならない願いを。


「M殿・・・」

 そこで改めて、ガッシュは口を開いた。

「おお、騎士殿! ガッシュ卿! もうそんな小娘はどうでも良い。貴方だ! 貴方なら、この私の願いを・・・」

「M殿!!」

 野太い声で、その言葉を遮り、ガッシュは表情を殺して相手を睨んだ。

「敢えて言おう! お前の言葉を、聴くものはここにはおらんっ!! 早々に立ち去れい!! その化け物どもと共にな!!」


 ガッシュの割れ鐘の様なだみ声に、目を大きく見開いたMは、そのメガネを外して、曇りを指で拭った。

「ふ・・・ふふふ・・・ふ・・・そ、そんな、そんな口をこの僕に利いて良いと思うのかな思う思うのかなあ~・・・」

 ぽろり、その指からメガネが落ち、Mは慌ててそれを拾った。

「金だ、金をやろう。望むがままの金額を言いたまえ。払ってやろう。野良犬の如き、放浪の騎士では目にする事も出来ない金だぞ」

「そういうのは見苦しいと、ママに教わらなかったのかな?」

 醜く歪んだ表情が、その一言で凍り付く。


「野良犬の如き、放浪の騎士とて、犬畜生では無い。成る程、犬畜生を集めておられる訳か。男爵殿が誤解しておらぬ事が判って安堵致した。流石はヘブンリー男爵と、戦友を褒め称えたい」

 そう言って、ガッシュは己の剣を、両腕でその切っ先を天に向けて掲げ持った。

「我が剣に賭けて、うぬの如き犬畜生をこの世より退治してくれん!! この誓い!! 大霊デュールよ!! ご照覧あれ!!」


 Mはすっかりうなだれてしまった。

 が、小刻みに震える映像から、次第に笑い声が。それは高笑いへと変貌していく。

「馬鹿が!! 安っぽい三文芝居を見せてんじゃねぇよっ!! お前ら!! お前らはここで死ぬんだぜ!!」


「はは・・・」

 乾いた笑いを浮かべるホーク。

「これは酷い三文芝居ですね」

 ルイスもMをそう評した。


「お前らだけじゃねぇっ!! このエルアラの街、全部がぶっとぶのさ!! ああ~ん、最高だろ?」

「これ以上、薄汚い言葉を口にしないで戴こう。我がレディが覚えると適わぬ故」

 そう告げて、剣を水平に構えるガッシュ。

 アーリアも、慌てて床の剣を拾い上げた。


「この2033と2034は、この僕の最高傑作・・・」

 得意満面のMは、己の映る『超汚染ヒトモドキ』2体を、腕を左右に開いて紹介した。

「どういう事か、アホのお前らに懇切丁寧に教えてやろうって話さ!! この2体の体液は特別製でね!! 混ざると・・・どか~ん!! 大爆発!! こんなちんけな砦なんて、一瞬で消えて無くなるのさ!! おまエラ!! 最初から詰んでたんだよぉっ!! ば~かば~か!! 死ねっ!! 糞ビッチ共!!」

「「「「な、なんだってぇ~っ!!?」」」」

 ガッシュ、ホーク、ルイス、そしてアーリアの四人は、びっくりして声をはもらせた。

 アウリーリンと半分気絶してるシルフーは、何の事やらさっぱりだった。

「ではあらゆる言語で、さようなら~♪ 『燃えてサヨナラ』【破裂してサヨナラ】≪ばらばらになってサヨナラ≫~♪ ひゃっはぁ~~~~~~っ!!!!」

 人語、妖精語、古代語、古代神聖語と、どうせ判らないだろうと馬鹿にしたMは、その起爆指令を2体の『超汚染ヒトモドキ』へ指示した。

読んで下さり、ありがとうございます


今回は、一日更新が遅れてしまい申し訳ありませんでした

ちょっと、時間の管理に失敗しまして・・・orz

後半、汚い言葉の連呼になってしまって、申し訳ありません

と、謝ってばっかりですね(苦笑)。


今回の遭遇戦で、アーリアは0レベルから1レベルにレベルアップします。

レベルアップするとどうなるかと言いますと、ゲーム的にはパラメーターの成長があり、魔法の使用回数制限が少し増えます。

ま、某女司祭と言いますか女主教と言いますか、アレは特殊ルールの中にありますので、お許しいただければ幸いです。


今回は、ちょっと長くなっちゃいましたね。

これに懲りず、また読みに来て下さい。


ありがとうございました。

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