↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アーリア  作者: 猿蟹月仙
63/102

第62話『いてこましたろか』

 ぷるぷると震えながら、扉の覗き穴から入り込むゼリー状の物体は、そのまま伝い落ちると床面に対して広がる事は無く、そこに留まり、ゆっくりとだが人の背丈くらいの塊へ成長していく。

 ジミーは目の前で起きているあり得ない光景に、呆然とだが目を逸らす事無く見据え、その身を僅かでも遠ざけようと、半分感覚が麻痺した様な手足で、牢屋の壁へ壊れた自動機械の如く押し付け続けるのだった。

「ひい・・・ひい・・・ひ・・・」


 別の部屋でも同じ出来事が起きているみたいだ。

 そんな気配がひしひしと伝わって来る。

 誰も助けちゃくれない。

 助けちゃ・・・


 さっきの女司祭が現れてくれないかと願ったが、これが試練だとか言うのなら、全て予定の事なんだろう。

 という事は、これもあの女の仕業?

 これと戦えって事なのか?

 生き残ってみろって事かよ!?


「くっ・・・」

 改めて握り締めた拳で、ジミーは己の脚を叩いた。

「しゃんとしろ! しゃんと!」


 先ずは立つ!


 すっかり狂ってしまった己の感覚で、まともな部分を総動員して無理矢理元に戻そうとする。

 床石を脚で押し、石壁に押し付けた身体をせり上げさせる。

 手を着き、歯を食いしばり、何とか立ち上がる頃に、あの光を浴びた。


 目の前で、自分の姿に変容していく化け物。

 その表情は、虚ろで、真っ直ぐにこちらを見つめている。

 そしてすっかりこちらの姿を写し取ると、ぺたりぺたりとゆっくり歩み寄るのだ。手を大きく広げ、まるで獲物を追い込むかの様に。


「なめるな!」

 パッと石の寝台を蹴って、素早く横に回りこむと、ジミーはその脚を思いっ切り蹴った。

「いいっ!?」

 ぺちゃりとした手応え。蹴りこんだ足は、見事にめり込んだ。

 まるで、最初からそう招き入れた様に。

「な、なんだこりゃぁっ!?」

 慌てて足を引っ込めようとするジミーだが、めり込んだ部分からぐいぐいと引っ張られる。接触した部分が大きなこぶみたいになって、ぬるぬると蠢いているのが判った。

「放せ!! 放せよっ!!」

 残った手足を総動員して突っ張るのだが、化け物は無表情にその脚を軸にして、まるで関節が存在しないかの動きでゆっくりとだがジミーの方へと身体を移動させる。

「くそっ! くそっ! くっそぉ~っ!! くんじゃねぇっ!!」

 のしかかってこようとする自分を、追い払おうと手を振ると、前に出された両腕に当たり、そこからぐんにゃりと巻き込まれ、動きを封じられてしまう。

 化け物はそこから這い寄る様に、ますます圧倒的にジミーの動きを封じ、ぷよぷよと震えながら足から、手から、胴体からと取り込んでいこうとする。

「い、嫌だ! 嫌だぁっ!! か、かあちゃぁ~~~~ん!!」

 ジミーの顔にジミーの顔が文字通り張り付いた。

 耳から、鼻から、口からと、おぞましい物体が侵入を開始する。


 食われる・・・


 被捕食者の感覚が、全身からの悲鳴が、ジミーの脳裏に響き渡り、はちゃめちゃに暴れまわった挙句に、頭の中が白い光でいっぱいになった。

 その光の中、ジミーはあれほど嫌って、憎んで、さげすんでいた、男狂いの母親の、とても優しい声を聞いた様な気がした。


 ああ、これって・・・


 とっても、ちっちゃい頃の・・・


 なんだっけな・・・



          ◇   ◇   ◇



「ありがとう」

 パチンと、ガントレットの金具を締め、指先の動きを確かめるガッシュは、次にアウリーリンが差し出したフルフェイスのヘルメットを受け取ると、それを小脇に抱えて彼女を引き寄せた。

 素早く、二度三度とついばむ様なキスを交わし、にこやかにウインクすると、ようやくこちらへ向き直る。


「どうした?」

「ど~も」

 口をへの字。ぷいっと横を向くアーリアに、完全武装の黒い鎧に身を包んだガッシュは不思議そうな顔をした。

「なんだ、お前もして欲しいのか?」

 楽しそうに唇をきゅっとすぼませるガッシュ。

 その耳を、こういう事はニュアンスで通じるらしく、アウリーリンが笑顔で引っ張った。

「いたたたた・・・」

「いてこましたろか」

 また一つ、彼女に似つかわしくない単語が、その口から飛び出した。


「おっさん、いちゃつき過ぎ。遊びじゃね~んだからな」

 腕を組んで、憮然とした表情のホークが見上げてる。

 愛用の小さめの弓を左腕に通し、背中に矢筒が揺れている。茶色い革のチョッキの下、ぷっくり膨らんだ丘小人特有の下腹から胸にかけて、成人男性の証だろう胸毛がさわさわと伸びていた。


「では、騎士殿。参りましょうか」

 その場を取り繕う様に、にこやかな吟遊詩人のルイスが促した。

「いてこまシたろカ。いてこまシたろカ」

 早速に、声色を真似するシルフーが、アウリーリンに駆け寄ると、アウリーリンもにこやかに一言。

「いてこましたろか」

 そう言って、シルフーの頭を撫でると、シルフーは嬉しそうに体内の発光器官を明滅させて、その触腕をゆらゆらとさせる。


 その光景に、くらっと眩暈がするアーリア。

(何してくれちゃってるですか、この人!)

 キッと見据えるアーリアの視線に、どこかすっとぼけた表情のガッシュは、腰の長剣をガシャリと鳴らし、恭しく一礼して見せた。

「では、参りましょうか乙女どの。ご同行仕る」

(もー騙されない!)

 ぷうっと頬を膨らませるアーリアに、左手を差し伸べたガッシュ。

 だが、その腕を。アウリーリンが横から抱える様に身を寄せた。


 ちょっと驚くアーリア。目をぱちくり。

「アウリーリン・・・」

「お前も行くのか?」

「なんだ、バカヤロー」

 あ、肯定の意味ね。


 くすぐる様な笑み。

 アーリアとガッシュは、二人して苦笑する。



 一行はぞろぞろと案内の兵士に続いて、砦の簡素な廊下を歩いた。

 軍事拠点らしく、普段なら特に飾り付けられる事も無いのだろうが、祭り当日とあって、ところどころに白い布でリボンが結ばれている。

 奥方のせめてもの抵抗の証と言った処か。


 腕を組むガッシュとアウリーリンが先を行き、続いてアーリアとそれにまとわり着くシルフーが。なんか間違った取り合わせっぽいが、それにホークとルイスも続いていた。

 意外な事に、最後尾を歩くのはゲイルとガンツの二人組み。どこか退屈そうに、それでいて酔っ払いらしくふらふらと、窓の外を眺めながら歩いていた。

「兄貴ぃ~、何で俺達まで・・・」

 どちらかと言うと、あの場で酒を飲み倒していたかったガンツが、しぶしぶ顔で囁くと、ゲイルも声のトーンを大分落としてねめつける。

「ばっかやろう。俺たちゃ三人で一組の無敵の騎士様だぜぇ~。ガッシュの左腕が使えねぇって時は、俺達がカバーしてやらなきゃ駄目だろが」

「え~・・・こんなトコで何かある訳ないだろうに・・・」

「何か言ったか?」

「別に・・・」

 その巨漢をしょぼ~んと小さくするガンツに、やれやれと肩をすくめるゲイル。

 そのゲイルが、眉をぴくりとさせた。


「待ちな!」

 廊下を静かに歩く三人組みとすれ違う。

 ゲイルはそれを呼び止めた。

 三人組の先頭を行く男は、どうも道化師らしく、色鮮やかな服装をしていて、踊る様な陽気なステップで、音も発てずに歩いていた。

 続く二人は、ひょろっとした感じの男と、ガンツに負けず劣らずの筋骨隆々とした巨漢である。

 二人とも質素な冠頭衣に身を包み、頭からフードを被っていて素顔は見えない。


 三人はピタリ立ち止まると、先頭の男がにこやかに振り向いて、道化師らしくひょうきんに挨拶をしてきた。

「これはこれは黒騎士殿。ご機嫌うるわしく・・・」

 そんな作り物めいた笑いを一瞥し、ゲイルは床を指差した。

「濡れてるぜ・・・」


 見れば、道化師に続く二人の体からは、まだぽたぽたと水が滴り落ちていた。

 身にまとう衣服も、何故かびっしょりと濡れて、立ち止まった今では床に小さな水溜りを作ろうとしていた。

「おかしいなぁ~・・・お前ら、武闘大会じゃ見た覚えが無いし、どういう事だ? 何故、そんなに濡れたままで、この砦の廊下を歩いている? ヘブンリー卿は、祭りだからと言って、そんな不調法を許すとは、俺にはとても思えないんだがな・・・」

 ゲイルのニヒルな瞳が、三人の顔の部分をゆっくりと見て回る。その横で、ガンツは何が何なのかまだ判らずにいた。

 急激に、廊下の気温が下がる感覚。

 ピンと張り詰めた空気は、廊下の先を行くアーリア達には届かなかった。

読んで下さり、ありがとうございます。


ジミー君、大ピンチ!

自分で書いてて「かあちゃぁ~~~~ん!!」のとこで、思わずほろりとしてしまいました(苦笑)。

いけませんいけません。


ちょっとゲイルがかっこ良過ぎる感もありますが、これが三人組の役割分担って奴でしょうか。まずいぜ、ほれちまいそうだ(^^;;;。



ご意見、ご感想、御座いましたらお気楽にお寄せくださいませ。

今日もありがとうございます。

ではでは・・・

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。