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アーリア  作者: 猿蟹月仙
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第61話『男の影』

 どお~ん・・・


 そんな重々しい擬音が似合う気分のアーリアは、ギシリと木をきしませ貴賓席の階段を一歩踏みしめる。

 内なる響き、己の望みと最も遠き冥府魔道へと続く修羅の道。己が身を滅ぼさんばかりに情念の炎果つるまでの破滅的な衝動。歌の中でも悲劇的な愛の歌は数多あり、色々と教わって来てはいたが頭でそうと理解するばかりのイメージでしかなく、全ての恋歌も擬似的な恋愛感情をイメージするだけのものだったが、昨夜グルドによってアーリアの心へとひそやかに滑り込まされた毒の種子が、それと判る様に禍々しい双葉を艶やかに開かせたのか。

 否、既に吟遊詩人となるべくアーリアの内へと注ぎ込まれた数多のイメージが、豊穣な養土となり、恐るべき短期間にて枝葉を伸ばし、怪しくも瑞々しい大輪の黒い花弁を花開かせていた。

 最早、誰の手であろうと荒々しく摘み取られた後には、忌むべき果実が結実し、収穫さるれば、無垢なる処女地に破滅の種子がばらまかれ、まれなる毒婦の誕生となる。

 そして、その花は、たった一人の男へと芳しい香りと、妖しい蜜を滴らせている。そのイメージが、その人格が、アーリアには理解出来た。

 そは無限の荒野に咲く黒い葬列。己の身も、相手の身も、その心も、ずたずたに傷つけずにはいられぬ破滅のロンド。


 『幸せな家庭』など夢幻。


 ゆめ・・・


 まぼろし・・・


 絶望


 破滅


 がらんどうになる瞳の奥へ、サッと青い輝きが差し込んだ。


 アー・・・


 アーリ・・・


「アーリア!」


 ゆっくりと意識を引き戻すと、そこには煌く小川のせせらぎが視界いっぱいに。流れる清水そのものの、水の妖精アウリーリンの笑顔が、ガッシュの腕に抱かれたままにアーリアへと降り注がれていた。


「アウリーリン!」

 救いを求め、その千年変わらぬであろう水の乙女の胸へ、アーリアは飛び込んだ。


「アウリーリン! アウリーリン! アウリーリン!!」

「アーリア・・・」

 涙で滲むその姿を、その優しい指先が慰める様に触れると、輝かしくもいつくしむ眼差しがアーリアの心の奥まで行き届く様。

「なんだ、バカヤロー」

「え?」

 次の瞬間、アーリアの水色の世界がビシッとヒビ入った。

 アウリーリンの胸で硬直するアーリア。

 そんなアーリアを、アウリーリンは不思議そうに眺めた。そして、もう一度、どうしたのと言った表情で、その見惚れてしまいそうに美しい唇を滑らかに開く。

「なんだ、バカヤロー」

 まだぎこちない発音の人の言葉。

 ガラガラと、アーリアの脳裏で音を発てて崩れゆく美しい世界。

「おめえ、バカじゃねーの」

 そういって、アーリアの鼻をつんと指で突っつくアウリーリン。

 あまりに出来事に、アーリアは口をわななかせてその場にへたり込んでしまった。

「アーリア、腹いてえのか?」


 頭を両手で抱えて、その言葉を耳から追い出そうと追い出そうと・・・あ~~~~もう我慢の限界だぁぁぁぁぁっ!!

「アウリーリンが・・・アウリーリンが・・・変なおっさんの汚い言葉を覚えたぁぁぁぁぁぁっ!!」

「なんだ、バカヤロー! 変なおっさんって俺の事か!?」

 天にも届けと叫ぶアーリアに、間髪入れずにガッシュが突っ込みを入れる。

 そんな二人に、当のアウリーリンは満面の笑み。

 右手の人差し指で、ガッシュの左頬をつんつん。

「なんだ、バカヤロー」

「なんだ、バカヤロー」

 これにガッシュもでれでれっとやり返す。

「なんだ、バカヤロー」

 つんつん。

「なんだ、バカヤロー」

 つんつん。


 あ~あ・・・

(いわゆる、一つの、愛情表現って奴ね・・・)

 げっぷが出る程の熱々ぶりに、アーリアは目の前であまりにも簡単に手に入れてしまった二人の姿に、遠いモノを感じずにはいられなかった。



          ◇   ◇   ◇



 忙しく宴の準備をする大人の間で、陽気にはしゃぐ小さな子供達は、何かを見つけたのか、一斉に一つの方向へ走った。

 大きな木のテーブルが、まるでおもちゃの様にひょっこりひょっこり運ばれていく。その下には、一人の赤い僧衣の女司祭がいた。

「司祭様! 司祭様!」

「お~、糞ガキども。元気してたか~? 腹減ってんだろ~? も~ちょっと待てよ~」

 随分とぶっきら棒な言葉だが、響きに温かみがある。

「また今年もアレやって!」

「やってやって!」

「また見せてくれよお~」

 わらわらと僧衣の裾を無数の小さな手に引っ張られ、肩に担いだ十人座りの大テーブルもゆらゆら危なげだ。

「こらっ、悪ガキども! 親の手伝いしねぇのかよ!」

「だって、邪魔だって言うんだよ~」

「そうそう!」

「ね~、見せてくれよ~! ちょっとで良いからさぁ~!」

 ん~・・・と身動き出来ない状況に、さしもの女司祭も降参だ。

「判った判った・・・判ったからな。その辺、ちょっと開けてな。そこにこれ降ろすからさ」

「「「「「はーい!!」」」」」

 とても先ほどの暗闘で、悪魔を素手でねじ伏せた女には・・・まあ見えなくもないか。

 どすんと大テーブルを苦も無く降ろすと、ぱんぱんと手を叩いてから子供達を一箇所へ集めた。


 二十三十の幼い瞳が好奇の輝きで見入るさなか、女司祭は腰に手を置き、よく通った声で口上を述べる。

「さあさあ、見てのお立会い!! お代は見てのお帰りだよ~!!」

「待ってました~!!」

「いよっ!! エルアラ一~!!」

 ぱちぱちぱち。

 大人顔負けの合いの手に苦笑しつつ、女司祭は冠頭衣の前をそっとつまみ、ゆっくりと持ち上げた。

「さ~て、ここに御座いますのはただの一枚の布切れ。何の仕掛けも御座いません!!」

 肩幅より少し広いくらいに開いた二本の白い足が、ひらひらと左右上下に舞う布の下から覗いている。

「ぼーぼー!!」

「かーちゃんといっしょだ!!」

「こらこら!! そこは追加で戴くよ~!!」

 一体子供達に何を見せているのか。

 わっと沸き立つ笑いに、顔を隠して照れる男の子。真っ直ぐに指差していた手を引っ込めて、頭を丸めて赤い舌を出す。


 それから女司祭は布から手を離し、その手をくるくると、まるで別の生き物かの様にくねらせて、不思議な呪文を唱えた。

「何かな何かな~?」

「「「「「何かな何かな~?」」」」」

 楽しそうに復唱する子供達。

 掌に何も無い事を十分に見せてから、女司祭はその手をゆっくりと腰紐の下へと、冠頭衣の下へと潜らせた。

 子供達の視線が、一点に、その布の向こうへ注がれる。

「何かな何かな~?」

 にゅっと布の下から突き出る形は、まるで何かの頭の様。

 せわしなく嘴を動かしては、餌を突っついてるみたい。

「「「「「あ~ひ~る!!」」」」」

「正解~!」

 その答えに、わっと子供達から歓声があがり、女司祭はにこやかに突き出した腕を引っ込める。

 そして、再び布の下で何かがいるみたいに、せわしなく動かして見せた。

「次は何が出るかな~? 何かな何かな~?」

「「「「「何かな何かな~?」」」」」


「何かな何かな~?」

 そう言いつつも、女司祭は千里眼の魔法で、遙か彼方の南方の海へ、一つの小島へと知覚を放っていた。

 そこは、かつてマーメイド達と共闘して、暗黒の島ヒュノーの私略船と戦った時によく身を寄せていた懐かしい地。食料が簡単に手に入ったので、足がかりに丁度良かった。今回の目当てもそこにある。


「「「「「ユニコーン!!」」」」」

「正解~!」

 ぴんと一本、どうどうとした角を突き出した馬の首が、まるで魔法の様に解け崩れて一枚の布になる。

 伝説の珍獣の登場に、小さな乙女も胸をときめかせ、両手を前に合わせほうとため息を漏らす。

 身近な生き物から始まった布芸も、五匹目にしてユニコーン。後は、判り易いのはドラゴンくらいかと思われた頃、女司祭が待ちに待った瞬間が訪れようとしていた。


「さあさあ、老若男女の皆々様。かくも暖かきご声援を戴き、真にありがとうございます。楽しくも短い時間はあっと言う間に過ぎてしまいます。さても次に出ますのは、世にも珍しい奇妙な生き物。白きこと白鳥の如し。されどその翼は小さく、めったやたらに飛ぶ事は出来ないのです。島の斜面を駆け下り、ようやく飛べる馬鹿な鳥。良かったら、一羽捕まえて、お父さんお母さんに料理して貰ってみては如何でしょうか? さあさあさあさあ!!」

 ぶわっと、女司祭の方から風が、生暖かで生臭い潮風が吹き出した。

 だが、悲しいかな海を見た事の無い子供達に、それが潮風だと理解する事は出来なかった。


 唐突に、女司祭の股間から白い塊が一斉に飛び出した。

 一瞬、風にはためく様を注視していた子供達はびっくり。

 まったく違う日差しの向こう、真っ直ぐに駆け下って来る無数の白い鳥。

 それが、ギャーギャーと泣き喚きながら、自分達目掛けて襲い掛かってくるのだからたまらない。

 悲鳴を上げて逃げ惑う子供達。

 わんぱくにもこれに挑む子供達。

 逃げ惑う何十羽もの白い鳥に、大人たちもびっくりした。


「あ~っはっはっはっは!! そいつらは、脂がのってて美味いぞ~っ!!」

 正にお祭り騒ぎ。

 やはりこうでなくては。

 だがしかし、毎回同じ様な目に合って、どうして今年もと言って来るのか、結構不思議な女司祭であった。

(だがしかし、そろそろ来年からはちゃんとネタを考えておかなきゃいけないかな? アドリブもそろそろ引き出しが・・・)

 はっと我に返って、女司祭は股間に開いたゲートを閉じた。

 両足と大地で描く、最も基本的な魔方陣。三角形。そして、最も下品な使い方だなと、知り合いに見られてないよなと、思わず周囲を見渡す女司祭であった。

(特にあいつに見られてたら・・・あと何十年言われ続けるやら・・・)

 股間がむずむずして来るのは、海鳥の羽や潮風のせいばかりじゃない。

(いかんいかん。呼んだ?とか言われて、連れ戻される!)

 あわてて『あいつ』から意識を戻す女司祭。心の距離はあって無きもの。ぴぴ~んと来られたら厄介だ。


 そう! この手の小ネタは、この時空の危機に直結する危険を孕んでいるのだ。間違いない!


 女司祭の瞳が、水晶の様に輝きを帯びる。

 丁寧に、ウイザードアイで周囲の空間をサーチした。サーチした。サーチ・・・

「・・・あれ?」

 変な奴が居る・・・

(ま、いいか。お祭りだし)



          ◇   ◇   ◇



 緩やかなジェット気流を吐き、垂直に降下するシルフーは、貴賓席に陣取るホークやアーリア、ルイスの姿を認めるとその傍らに降り立った。

 シャキーンと右手、左手、右足、左足と出して、さっと頭髪を風になびかせる。

「や・・・」

 目をまん丸にする領主を尻目に、軽く手を振るシルフー。

(この登場の仕方はなかなか・・・次からはこれでいこう・・・)


 さっと前に立つアーリアは、大慌てでシルフーの姿を領主から隠した。

「き、気になさらないで下さい! ちょっとだけ、この子は変わってるだけなんです!」

「そ、そうかね・・・?」

 動揺を隠そうともしないで、アーリアの背後を凝視する領主は、はっと我に帰った様子でアーリアへと目線を戻した。


「地下牢を見てみたいとはおかしな希望だが、それでよいのか?」

「はい」

 頷くアーリアに、傍らのホークが補足する。

「領主さんよ。さっきこいつが話した通りで、おかしな幻影を使うテロリストがこの町の平和を脅かそうと狙ってる危険性があるんだ。その目的の一つに予想されるのが、明日公開処刑されるってぇ~話の殺人鬼二名の救出だ。何の目的で、こっちと山小人の決闘に首を突っ込んで来たのか、良く判んねぇんだが、念には念をで確かめて貰いてぇ~し、俺もガキの使いで帰るつもりは無い。一緒に確認させてくれ」


 どっひゃー!


 えらい口の聞き様にびっくりするアーリアだが、願いは聞き届けられた。

読んで下さり、ありがとうございます。


今回は、ようやく考えていた小ネタに走る事が出来て大満足です!

一つは、アウリーリンに変な人の言葉を教えてしまう件。

そして、もう一つは女司祭が変な芸を・・・これって、江頭2:50さんのストッキングから腕をぐーんと突き出すアレなんですよね(苦笑)。


笑って貰えるかなぁ~?

あきれてしまわれるかなぁ~?

不安はつのりますが、皆さん、どうかご笑納下さいませませ。


ご意見、ご感想いただけると嬉しいです。

何か御座いましたら、宜しくお願い致します。


ありがとうございました。

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