第60話『ヒトモドキ』
外の賑わいは、華やかさを増している様に思えた。
薄暗く冷たい石の牢獄からは、高い所にある小さな明り取りの窓から響いて来る。
当然、そこから外の様子を確認したいのだが。
「ちっ! 届かねぇや!」
小さく悪態をつき、その下へ座り込むジミー。何度かその縁に飛び付いてみたのだが、どうにも無理だった。
こうしていると、背中から石壁を伝って、大勢が動き回っているのが伝わって来る。
「ちくしょう・・・」
最悪だった。どうにも八方塞がりだ。
膝っこぞうを抱え込み、勝手ににじんで来る視界を腕で拭った。
ガシャン。キィィィィ・・・
どこかの扉が開かれる気配。
思わずビクリと身体を震わせ、何か嫌なものが自分を目掛け歩み寄って来るんじゃないかと、目の前の扉を凝視した。
分厚い木の板を組み、鉄の枠で補強したいかにもな扉だ。
下には、食事を配膳する為の物か、僅かなスリットがあり、上の方には覗き穴がある。こちら側には、取っ手など上等な物は無い。
カツンカツン
ペタペタ
ぺったんぺったん
複数の足音が近付いて来る。
サッと炎らしき光が牢内に差し込む。
ジミーは、なるべく音を発てぬ様、じりじりと部屋の隅へと身をよじらせた。何故なら、その光が不意に虹色の光彩を帯びたからだ。
明らかに普通じゃない!
「はっ・・・ひ・・・」
短く息を吐いて、吸った。
なるべく音を発てぬ様にと思ったが、思った以上にそれは響いて聞こえる。その事が、ジミーの心音を異様に高くさせた。
ぬっと、虹色の光を帯びた、透明なぬるぬるとした物が、ふよふよと揺らめきながら覗き穴の前に立つ。明らかに、ある意思を持って。
「ううっ・・・」
思わず、下腹が肺に突き上がる感触。
(早速って、早速って事かよ!?)
あの暗闇の不可思議な空間で、あの赤い女司祭がジミーに告げた事を、頭の中で反芻した。
試練。
身体は動く。
だが、得物が何も無い・・・
ジミーはぎゅっと拳を握り締めた。
「そこかね?」
楽しそうな声が、扉の向こうで静かに響いた。
「違う・・・」
こちらを覗き込む不気味な物体が、どうその声に返答したのか、ジミーには判らなかった。
ただ、判るのはそれがジミーの事をじっと凝視しているらしいという事。目というものが、どこにあるか判らないが。
「お~い。人喰らいに引き裂き魔~♪ ありがたい事に、この俺様が直々に来てやったぞ~♪」
カッツンカッツン。
硬質な靴音が、廊下に響く。実に楽しそうなステップ。
虹色に輝く怪人は、暗闇をニラニラと照らしながら、悠然と進み行く。
すると、廊下のず~っと奥の方で、覗き穴から汚い指が何本も突き出て、滑稽にもしきりに振られているのが見えた。
にんまり。怪人は極上の笑みを浮かべ、そこへと歩み寄る。
「そこか~♪ お前らにお似合いの、ド汚い別荘じゃないか~い♪」
手にした鍵束をじゃらじゃら鳴らし、背後に続くぷるぷるとした怪物達を顎で招き寄せる。
「おせぇ~じゃねぇ~か・・・」
暗がりの中から、血走った目だけが、相手をぶち殺しかねない勢いで睨んでくる。
だが、当の怪人は涼しいもの。
「こっちにも都合ってものがあってねぇ~♪ だが、間に合ったろ~う♪」
ガチン。
錠が開き、ゆっくりと扉は内側から押し開けられる。
「ふぃ~・・・」
ガラガラと足に括り付けられた金属球を引き摺りながら、巨漢の男がぎょろぎょろ周囲を伺いつつ顔を出す。
「ほ~い♪」
怪人が別の鍵を放ると、それを受け取った巨漢の男は、早速足かせを外し、忌々しげにその鍵を廊下に叩き付けた。
ガシャンガラガラガラ・・・
「おいおい、それはまだ使うんだぜ~♪」
中年太りの虹色に輝く怪人は、にこやかにそれを拾い上げる。
「馬鹿野郎! だから、お前はおつむがちょっと足りねえってんだよ!」
「んだと~っ!?」
ガシャガシャと扉を揺するもう一人に、虹男はしぃ~っと口元に人差し指を立て、静まるのを待った。
それから耳をそばだてる。
そして、うんうんと満足げに頷いた。
「まったく~♪ 脳みその大半をお袋の腹ん中に置き忘れてきやがって♪ 別にお前だけ置いて帰っても、い~んだぜぇ~♪」
そう言いつつも、もう一つの扉に近付くと、ガチリと鍵を開けてやった。
「まさか、おめぇ~にこんな借りを作っちまうとはなぁ~・・・」
のっそりと顔を出した、ひょろりとした男は、黄ばんだ歯をがちがち鳴らし、虹男をねめつけてみせた。
「お~~~臭い臭い♪ ほらよ♪ ついでに、その着てるのを脱ぎな~♪」
足かせの鍵を放って、それ以上は近付こうとしない虹男に、多少恨みがましい目線を送りながらも、男はそそくさとそれで足かせを外した。
囚人服を脱いだ男達の前に、例のぶよぶよした半透明の物体がぺったんぺったんと歩み出る。
「お前ら、目を閉じんなよ~♪」
「おい、こりゃ・・・」
巨漢が唸り、やれやれと一体の前に立つ。
「ヒトモドキか?」
とても嫌そうな顔で、歯をがちがち鳴らし、ひょろりとした男もこれに倣った。
「タダのヒトモドキじゃないぜ~♪ こいつらは特別製さね♪」
パシャ!
一瞬、強烈な光を放ったかと思うと、それら二体の姿は、目の前で男達のそれとほとんど同じに化けていく。
「特別製?」
「じゃあ・・・」
「ああ♪ 『M』様のな・・・」
虹男は、その名を口にした時だけ、声色から遊びが消えた。
そしてそれは、一瞬だけの事。
「そいつをこいつらに渡しな~♪ お前らの匂いだけは、盗めないからな~♪」
「ああ・・・このかぐわしさは・・・」
「半年もんだからなぁ~・・・」
くっくっくと笑いながら、それを投げつけると、ヒトモドキ達はそれを器用に着込んでいく。
それらを確認しながら、虹男はそれぞれに二本の指を突き付けた。
「目ぇ~つぶりな♪ ダブルでシャワー♪」
ぶしゅう!
虹男の指先から、霧状の水が吹き付けられ、たちまち二人をさっぱりさせてしまった。
「その髭面と髪はこれで隠すって事で~♪」
まだぽたぽたと水が滴る二人に、虹男はぽんと黒い冠頭衣と茶色いフードを渡す。
「後は元に戻してぇ~♪」
人喰らいと引き裂き魔は、長年愛用して来た足枷をヒトモドキにはめて、そっと牢内へ戻してやった。
「そしてずらかる♪」
「グッド・・・」
巨漢の引き裂き魔は、肩をすくめて虹男に続く。
ひょろりとした人喰らいは、たまんないとばかりに顔を歪めた。
「しびれるねぇ~・・・」
だが、まだ廊下には何体ものヒトモドキが残っている。
ジミーの部屋の前にも。
「お、お~い! 俺も出してくれよ~!」
震える声で、ジミーが叫ぶと、他の牢屋からも同様の声が響いた。
「あ~悪い♪ 悪い♪ 本当に悪~い♪ すっかり忘れてたわ~♪」
くるりきびすを返す虹男は、陽気にその声に応えた。
「おまエラ、そいつら食って化けてな~♪ 血の一滴も残すなよ~♪ おっと、化けてから食うんだよな? 人喰らい?」
「そうだな。そいつが正しい、人喰らいのマナーだっぜ」
ガチガチ歯を鳴らし、フードの下でせせら笑う人喰らい。
「まあ、今死なせてやるのが、長らく隣で生活していた者の、せめてもの情けって奴だな」
引き裂き魔は、両の掌のがっしりとした指を、ゆるやかに動かしてその感触を確かめつつ、静かに瞳を閉じた。まるで、黙祷をささげるかの様に。
「じゃぁ~、そういう事で♪ おまエラ、目の前の奴に化けてから食え!!」
くるり一回転。虹男は楽しそうに、牢屋の鍵をぽーんと放ると、それは壁の鍵掛けにすっぽり収まる。
一斉に、ぶよぶよしたヒトモドキ達は、小さな覗き穴へ頭を突っ込み、そこからとろ~りと進入を開始する。
各牢屋から悲鳴が響くのだが、それはいかんせんくぐもってしまい、祭りの喧騒に賑わう表へは届きそうに無い。
不意に、虹男の光が消え、次いで各牢屋から白い発光が次々と。
そして、薄い暗闇の中、それぞれの戦いが始まった。
読んでくださり、ありがとうございます
いよいよ虹色の怪人が、ジミーのいる牢屋へと現れました。
人々がお祭りに賑わう中、悠然と脱出する殺人鬼達。
果たしてどうなる事やらです。




