第59話『SかMかと聞かれたら、どっちかと言うとM?』
待機していた学士達の奏でる音が、ゆるやかに流れている。
一時の熱狂も去り、砦の中庭は次への期待感にみちみちに満ち溢れていた。
それに呼応する様に、兵士達が酒樽を転がして現れると、それらは華やいだ歓声に迎え入れられ、人の群れの奥へ奥へと引き込まれてゆく。
女達は袖をまくり、給仕の手伝いに狂奔する。同時に運び出されるカップやら皿やらを受け取り、またある者は勝手知ったる厨房の中へと消えて行った。
そんな喧騒の中を、アーリアとガッシュは、ゆっくりと貴賓席へ向かって歩いていた。
「さて、ここで問題だ」
にやりと黒い流れ星『一番星』のガッシュが、よくよく見れば鎧下のキルト一枚にパンツ一丁という結構間抜けな格好でアーリアに語りかけてきた。
「今の試合には、俺の鎧が一式賭けられていたんだが・・・」
もじゃもじゃの黒ひげをぼりぼり掻きながら、ガッシュは少し意地の悪い輝きを瞳に。
「どうする? 俺の対戦相手のグルドって若造を、のしちまったよな?」
「はい?」
取り合えず立ち止まる。
最初、アーリアは何の事を言ってるのか判らなかった。
おもむろにガッシュが指差す先を見ると、貴賓席の下にどこかで見た黒い鎧一式がで~んと組み上げて鎮座している。
それから、改めてガッシュの顔を眺めた。きょとんと。
「はい?」
どうも興奮で、頭の半分くらいがどっかにいっちゃってる気分。
ガッシュは、首を僅かに傾け、両腕を少し開いて、どうするかい?とジェスチャー。
何だか、頭の中をゆっくり流れてきて、それがようやくある部分に達したみたい。
「あっ! あのですね!」
「どうぞどうぞ」
どうにも相手は大人の余裕。ちょっとくやしい。
「ありがたく頂戴致します!」
「おおっ、それはそれは」
少し楽しげに、驚いた表情を見せるガッシュに、アーリアは恭しく女性らしいお辞儀をしてみせる。
「されど、我が身はこの様にか細く、この薄布一枚がせいぜいの可憐なる乙女。どうか騎士様、あの鎧をまとい、悪鬼邪竜の凶刃凶牙よりか弱き民草をお守り下さいませ」
そう芝居がかった台詞を並べ立てると、アーリアはどうでしょうとばかりに伏せた目をぱちりと開け、ガッシュの表情を覗き見る様に見上げて見せた。う~ん、見る見る!
「合格!」
右手の親指と人差し指で、小さく丸を描き、ガッシュはくしゃりと泥だらけの顔を歪ませ、笑って見せた。
「うっ・・・」
(この・・・この笑顔で、アウリーリンを~・・・)
思わず頬が赤くなる。そんなアーリアに、ガッシュは更に恭しく一礼を返した。
「ありがたきお申し出、このガッシュ、騎士の誉れと受け賜る。されど我が剣、我が誓い、一人のレディに捧げたる身なれば、何時如何なる場合においても最優先にその方の下へ馳せ参ずるが騎士の務め。麗しくも可憐なる乙女よ、どうかこの点だけはご容赦戴きたい」
そしていたずらっぽく片目を開き。
「どうだ?」
と一言。
(大人じゃーん!!)
「ずっるーいっ!」
ぽくっと右が出た。
そして、くすっと鼻で笑われた。
ガッシュの胸板に突き付けた拳から、その筋肉量がふつふつと伝わって来る。これは元よりかなう訳が無い。
そこでアーリアは、ぷうっと頬を膨らませ、この時ばかりは子供側の立場に甘んじてみる。
「ずるいじゃないですか!?」
えいえい!とばかりに、パンチをお見舞いしてやるのだが、どうにもぽよんぽよんと肉の鎧に弾かれた。
「はっはっは・・・もう少し、当たる瞬間に、拳をこう内側に捻り込んでみろよ」
スパン!
(あれ?)
言われるがままに打ち込んでみると、今度は手応えが全然違った。
「次は、踏み込みだ。拳に体重を乗せる感じだが・・・これ以上は、痛くて相手をしてやれんな。あの若造みたいにのされたら事だ」
ガッシュは素早く、拳を出す時の動作を肩だけで見せ、上体の流れを一度だけ教えてから、例のにやにや笑いを浮かべてきびすを返す。
「おい! 行くんだろ!?」
ガッシュが手招きながら走り出す先には、貴賓席が、そこにはアウリーリンが手を振っている。
自分でも自分の顔が、パッと明るくなるのが判った。
「もちろん!」
「あ~っはっはっは! 来い来い!」
人を掻き分ける様に、ガッシュに続いてアーリアは走った。
不思議だった。
広場の噴水で初めて出会った時は、あんなにおっかなかった黒騎士が、今では普通の人に見える。
見る間にガッシュが一気に貴賓席の階段を駆け上った。弾む様な足取りで、まるで羽が生えてるみたいに。
そこへ、水色の風が吹き込んだかと思ったら、アーリアの目の前でガッシュとアウリーリンの二人は軽やかに抱き合った。
彼女の細い腰に、あの野太い腕が絡まり、まったく重さを感じさせない軽やかさで一回り。
幸せそうに目を細め、アウリーリンの豊かな胸に頬を埋めるガッシュ。その泥だらけの頭にアウリーリンも、うっとりした表情で頬を寄せて、愛し気に撫でている。
たちどころに、アーリアの心臓は沸騰し、頭のてっぺんまで吹き抜けた。
(うわあああああああああああああああああああああああああああっ!!!!!!!!!!!!!)
駆け上りかけたところで、ぴたり動作が止まったアーリアは、くるり360度~。そして更に180度~。
「あわわわわ・・・」
ドキドキする胸と、きゅっとなったおへその辺りをそれぞれ押さえ、もう胸いっぱいのアーリアは、背中全体にいちゃいちゃはふ~んなピンク色の怪光線を浴びてる気分で、思いっきりつぶっていた目をおそるおそる開いてみた。
「はは・・・」
目の前にいっぱいの人々。
皆、幸せそう。
子供連れの夫婦が多い。
泣きじゃくる小さな子を、母親があやしていたり、そんな平凡な風景が幾十幾百も繰り広げられている。
ドキドキがおさまってくる。
皆、それぞれがそれぞれの物語の主人公。
平凡な毎日の物語・・・
ふわっと、人々の汗やほこりを、様々な雑然とした匂いがこもる、ねっとりとした風が吹き抜けた。濃厚な風が。
アーリアは、ふと、それらの人々の日常的な当たり前の風景に、想いを馳せずにはいられなかった。
小さな小さな日々の暮らし。
今のアーリアには、とても縁遠いものに感じられた。
「・・・」
ふと、闘技場となったその中央に目を留めた。
(当たり前か・・・)
思わず苦笑してしまう。
そこには、あの男の姿は無かった。もうとっくにどっかへ行ってしまったのだろう。
ぐっと拳を握る。
ふふっと笑みが漏れる。
今なら、良いストレートパンチがお見舞い出来そうなものなのに。
それから思い出して、かぁ~っとなってわなないた。妙にリアルに、思い出してしまった。
「あ・・・あれは事故・・・そう、事故なのよ~・・・」
そして振り向こうとすると、そこには胸ズキュンの光景が。
(うわあああああああああああああああああああああああああああっ!!!!!!!!!!!!)
くる~り。
「何? 何? 何、このイメージ?」
何故か、最初に出会って手荒い乱暴を受けた時の事から、深夜に襲われて羽交い絞めにされた時の事やら、酷い思い出ばかりが走馬灯の様に駆け抜けて、アーリアの脳内をべたべたと蹂躙し始めたのだ。
「え?」
愕然として、アーリアは思わず自分で自分の身を、少し前かがみになって抱きしめた。
「私って、もしかして、そーゆー趣味?」
妙にどきどきしてる。
妙にどきどきしてる。
「いやいやいや。これは気のせい。気のせいなんだから・・・」
薄ら笑いを浮かべ、アーリアは頭を小さく左右に振った。
嫌な汗がた~らたら。
そこへ、あの女主教の笑顔がふうっと。
・・・腐れ縁になるから・・・
・・・腐れ縁になるから・・・
・・・腐れ縁になるから・・・
(気を付けた方がいいかもよって、あんたが、あんたが縁結んで回ってんじゃないでしょうねぇっ!!?)
「おいっ!!」
「うわっ!!?」
びっくりした。
心臓が、口から飛び出そうになった。
いつの間にか、目の前にホークがワインのカップを片手に立っている。
「な~にやってんだ。いくぞ」
こっちの気なんかお構いなし。無神経の塊みたいなホークは、しれっとした顔でアーリアの肩をぽんと叩き、階段を上っていく。
びっくりさせられた事には腹も立つ。
腹も立つのだが、幸いな事に、ホークに対してこの妙な感情は無いみたいだ。
読んでくださり、ありがとうございます
いやぁ~、アーリアがついに目覚めて・・・って、違う?
人生っていろいろっすね。
ぐるり360度~♪
アーリアも格闘レベルが順調に育っている様子。
The Roads To The Lordは経験した事が、スキルに結びついていくシステムなので、前々回の蹴りや、今回のパンチ指導で、格闘スキルへの個別経験点が加算されているって感じです。
ずいぶん前に、泉の呪文を使えたのも、水の世界でイメージを掴んでいたからって流れなんですね。ビヨンドやファーになると、もっとその辺がルール化されて細かくなっていくのですが、小説では結構アバウトになります。
感想やご指摘など、気になった事とかありましたら、宜しくお願い致します。




