第58話『馬鹿もん!! 爆破は最初で最後の演出だ! 我々はお祭り巡礼隊だ! その事を忘れるな!』
吹き上がる熱気が心地良い。
空を舞うシルフーは、気が付くとその渦中にあって忘却の彼方にあった。
何か大切な事を忘れている様な。
大切な・・・
あ・・・
あ~・・・
「アーリア?」
ぱんぱんに大気を孕んだ空気袋が震え、その名を響かせた。
ぎょろり。眼球が蠢き、体表の細やかな繊毛がぞわぞわと波打つ。
全ての知覚が、大地へと注がれる。
砂粒みたいな人の群れ。人の手による岩の壁。そのどこかに・・・
あ・・・
シルフーは、その中に何か懐かしい様な、それでいておぞましい様な、不可解な感覚を覚え、思わず身をよじらせた。ぬるりと。
◇ ◇ ◇
熱気のこもる巨大な厨房に、唐突に張りのある罵声が響き渡った。
「何だってぇ~っ!!? も~いっぺん、言ってみなっ!!」
湯煙の上がる鉄の大鍋。吹き上がる蒸気。人の数倍はある高天井。その中にあって、のっそりとした巨大な影が、その声の主をちらり、肩越しに覗き見る。
その大きな掌は、まるでそれら巨大な鍋釜をまるでおもちゃであるかにずらり並んだかまどへと並べ、器用な手つきで大きなひしゃくを使って水を張った。
「じょーだんじゃないよっ!! 約束が違うじゃないか、約束が!!!」
ガインと火花を散らし、カペラ婆のバトルパンが余韻に震え、その怒りを代弁するかに唸った。
「ですから・・・」
「あたしゃねっ!! 出来ないって言ってんじゃないよ!! 出来ないって!! 判ってんのかいっ!!?」
常連客は、この名物を肴ににやにや酒を呑む。
一方的にまくし立てらている街の兵士は、可愛そうに顔を真っ青にして半べそだ。
一回りも背の低い地の妖精、ノームのカペラ婆は赤鬼みたいに、今にも頭のてっぺんから蒸気が吹き出るんじゃないかってくらいに怒髪天。
とげとげだらけのバトルパンを相手の喉元にぐいぐい突き付けて、噛み付きそうな勢いで睨み付ける。
「ですから~・・・」
「ですからじゃないよっ!! 筋道立てなっ!! あたしゃ、筋の通らない事は死んだって嫌なんだよっ!!」
「か、勘弁して下さいよ~・・・」
あ~あ・・・とうとう泣き出した。どうなるどうなる?
にやにや笑いの酔客は、誰もこの気の毒な若い兵士を助けようとはしない。ここはそういう魔窟なのだ。
傍らの椅子に、どっかり座り込んだカペラ婆は、両腕を組んで更にねめつける。
すると、周囲からざわざわと・・・
座った・・・
カペラ婆が座った・・・
おいおい、どうなっちまうんだ~?
長期戦って事だよな!?
「あんだってっ!!?」
ギロッと睨むと、さっと潮が引くみたいに静まり返る。それを鼻息で吹き飛ばし、カペラ婆は改めて棒立ちの兵士を睨み付けた。
「何もあたしゃ、オーク鬼じゃないんだから、とって食おうなんて考えてないよ。あんただって女房子供が居るんだろう? ここは男らしく、ずば~んと話してみなよ」
急に優しい声になるが、もう手遅れで、若い兵士は引きつく様に泣きじゃくっていた。
「はっきりおしっ!!」
ガ~ンと分厚い板のテーブルを、パンのとげとげが突き刺さるくらいにぶっ叩くと、兵士の身体はびくんと跳ねて直立不動の構えを取るが、すぐさまその場にへなへなとへたり込んでしまった。
わななく口から、辛うじて人語らしき響きが漏れいずる。それを、深い鼻息を鳴らしたカペラ婆が、怪訝そうな表情で前かがみになって聞き取ろうと・・・
「しょうがないねぇ~・・・何々?」
「・・・で・・・あ・・・って・・・ううう・・・」
「はん!? 闘技場に~? 黒いドレスの~? 女の子が乱入~!? 大騒ぎ~? で、武闘大会が中止になって、宴会が早まったから仕出しの料理を今すぐ届けて欲しいってのかい!!?」
壊れた人形みたいに、かくんかくんと首を縦に振る兵士。
「最初っから、そう言いなよっ!! 言ってたぁ~? おや、そうかい?」
血の気が引いて、急にトーンダウンすると、カペラ婆は顎に手をやり、にやり。
「へぇ~、黒いドレスの女の子ねぇ~・・・」
やおら、前掛けのエプロンをたくしあげ、脱ぎ去るとくるくる丸めて周囲を見渡した。
「オッグ!! 配達だよっ!! おいっ!! そこのあんた!!」
びくり。
目の前の仲間、二人がサッと目を逸らした。
僕の事じゃ無いですよねぇ~、とおそるおそる振り向いた丘小人のヒースは、目立たぬ様にと被っていたローブのフードを、半分まくりながら手にしたカップを置こうと・・・
不意に顔面に、布を丸めたボールが直撃した。
「店番頼むよ!! 好きに飲んでな!!」
「へ? 僕?」
「何度も言わせんじゃないよ!! そこのちっこいの!! あんた、こん中じゃ一番まともそうだ!! 任せたからね!! 鍋、焦がすんじゃないよっ!!」
ちっこいのって、同じくらいじゃぁ・・・と、一瞬だけ反論が浮かぶのだが、問題はそこじゃない。
忙しそうに厨房へ飛び込むカペラ婆。すると、ズシンズシンと中に居た巨大な影もゆっくり奥へと引っ込んで行く。
ぽか~んと、手にしたエプロンを広げてみる。汚れてるなぁ~・・・
ワッと店内に歓声が響いた。
「来た来たぁ~っ!!」
「祭りだ!! 祭りだぁ~っ!!」
こちらでもポカンとした兵士の前に、飲みかけのカップがドカドカと、まるで叩きつけられる様に盛られて行く。
「兄ちゃん、災難だったなぁ~っ!!」
「飲め!! 飲んで~忘れろっ!!」
「ただ酒だぁ~っ!!」
ばんばん背中を叩く腕。まるで、兵士は嵐の波間に漂う小船の様。
そして、酔っ払い共の注目は、一斉にヒースへと向けられる。
「ヒース! ここは任せた!!」
「安心しろ! 応援を呼んで来てやる!!」
「え? ああ・・・待って!」
サッと姿をくらます二人。そこへ押しかける酔っ払い軍団。
「酒だ酒だぁっ!! 一番高い奴!!」
「出せ出せ!! 樽ごと出せ!!」
「む、無理無理無理!!」
「無理じゃねえっ!! 店番だろっ!!」
「む~り~!」
「「「「「ぎゃぁ~っはっはっはぁ~っ!!!!」」」」」
欲望の炎燃え盛るあまりの迫力に、たじたじとなったヒースは、勢いに押し捲られてエプロンに袖を通してしまった。
◇ ◇ ◇
「何だってっ!!?」
「ダンチョー!!」
その場に居た丘小人達の注意が、一斉に一人へと向けられた。
そこは丘小人の拠点とするスラムの一画。
たった今、飛び込んだ知らせに、男達は色めき立った。
「ふむ・・・奴らの拠点がカラに・・・」
肩で息する老いた丘小人二人は、何か言いた気に口をぱくぱくするのだが、それ以上は言葉にならなかった。
「ダンチョー!! 今がチャンスです!!」
「ボス!!」
「ダンチョー!!」
「今すぐ、爆破しましょう!!」
その一言に、ダンチョーの目はくわわっと見開かれた。
「馬鹿もん!! 爆破は最初で最後の演出だ! 我々はお祭り巡礼隊だ! その事を忘れるな!」
シーンと静まり返る天幕。
そして、爆破を口にした丘小人は、はらはらと涙を流して頭を垂れた。
「す、すいません!! 俺は・・・俺は一番大切な事を・・・大切な事を忘れてました・・・」
絞り出される懺悔の言葉。
それは、誰の胸にも染み入る様に響いた。
「うむ・・・派手な演出は最後の一手。明日の本番までとっておかねばならない。この事で、祭りが中断される様な事があってはならないのだ」
ぽんとその男の肩を叩くダンチョー。
「判ってくれるな・・・」
「はいっ!!」
この時、誰もが目を赤くしてうなだれた。
何も言わず、すっと差し出されたダンチョーの腕を、その丘小人はすかさず掴んだ。
涙でにじむ男の目を、ダンチョーも万感の思いで見つめ返す。そこに、横から誰かの腕が、次から次へと差し出され、その拳の上へ重ねる様に握られていく。
想いは一つだった。
「いや、違うんですよ・・・」
「今なら、そこは酒が飲み放題なんです」
何とか、息を整え口を開いた二人に、男達は一斉に向き直る。
「「「「「何だって!!?」」」」」
想いは一つだった。
読んでくださり、ありがとうございます
今回は・・・脱線しました(遠い目)
書こうと思っていたところまで到達出来ず、出勤の時間を迎えてしまいました。
ああ、明日こそは明日こそは・・・
今回のタイトルは、若い方には判らないでしょうが、もはや古典とも言える?『忍者部隊月光』のパロディです。笑ってお許し下さいませ。
ではでは、次のお話でもお会い出来ると幸いです。
宜しくお願い致します。




