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アーリア  作者: 猿蟹月仙
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第55話『世界は間抜けで構成されてるらしい』

 空になった銅の酒盃を軽くかざす。

 すると、すかさず給仕が歩み寄り、恭しく一礼し、赤々としたワインを注ぎ込んでくれる。

 その芳香からして、まろやかに鼻腔を擽るかなりの上物だ。


 自然と満足に口元が緩む。

「兄貴の奴、すっかりアツくなっちまいやがって」

「だよなぁ~!! ありゃ、相当だぜ!!」

 割れんばかりガッシュコールの中、右隣りの席から雪崩れ込む様に酒盃をかち合わせて来るガンツの顎を二回ほど軽く叩き、押し返すゲイルは、ギロリとガンツを睨んだ。

「おめぇ~、出来上がるのが早くねぇか?」

「だってよぉ~、兄貴ぃ~! タダだぜタダ!」

 再度、間近に迫る喜色満面の赤ら顔。どうみても普通のペースじゃない。

「ばっかやろう・・・こ~いう時は、普段の半分くらいにしとくもんだ」

 ぷすっとガンツの馬鹿みたいにでっかく開いた鼻の穴に、下から指を突っ込んで追い返す。


「え~・・・?」

 無理矢理戻らされしょぼんとするガンツは、その巨躯からしてまるでおもちゃみたいに小さな杯をぐびっと空け、ちらっとゲイルの横顔を眺めてから、そっと手を上げた。

 すると、すかさず給仕が歩み寄り、恭しく一礼し、そこで巨大な掌に静止される。

 ガンツはとほほな表情で、人差し指と親指をL字型に開いて見せてから、それを半分のサイズに縮めてCの字型にした。そして、ぶっきら棒に空の酒盃を突きつけて、再度同じ仕草をして見せるのであった。


 またも歓声が沸きあがった。

 面白い様に、対戦相手の体が地面を転がる。

 だが、即座に止めを刺そうとしない。歓声で聞こえないが、ガッシュは何かを叫びながら、相手を再び立たそうとしている。

 酒盃を傾けながらゲイルは、ガンツとは反対側の、己の左側の席の人物へ。今は空席となっているガッシュの席との間に座る、一人の妖精族の女をちら見して、それからゆっくりと見直した。

(この女、何を考えていやがる・・・)


 深い水色のドレスに包まれた肢体は、その辺の淫売女が裸足で逃げ出すくらいにたっぷりしてて、その上、何とも涼やかで甘い香りをさせていやがる。場末の女共がしてる様な、鼻の曲がりそうなどぎついのとは全然違う。そりゃ、俺だって一度くらいは楽しんでみてえと思わねぇでもねぇが、横から見てもこの女、妙に整った顔立ちで人間くささが感じられねぇ。ぎゃあぎゃあきゃあきゃあした所がねぇってのも気に食わねぇ。もっとこう~ガツガツした感じが・・・


 ゲイルの目線に気付き、アウリーリンはそっと会釈。

(そういえば、覚えたての言葉・・・試してみようかな? 確か・・・ゲイルさんだったわね・・・)

 そう思い立って、口を開きかけたら、相手の男は会話を拒否するくらいの速度で、闘技場へ顔をそむけてしまった・・・

(しょぼ~ん・・・)

 出鼻をくじかれた気分で、アウリーリンはもう一度前を、楽しそうに殴り合ってるガッシュの方を・・・

(・・・もしかしたら、照れ屋さんかしら?)

 ちらり。

 ちら。

 ぴったり目が合って、ぷいっと逸らされる。

 これには目をぱちくり。


「ぷ・・・」

(砂から頭だけ出してる太刀魚さんみたいで、可愛い~!)

 普段だったら、手足をばたつかせ思いっきり笑い転げるところだけど、今はガマンガマン・・・

 く~っくっくっくと口元を押さえ、背中を丸めて震わせる。

 ちらっと見ると、やっぱり変な顔をしてる。

「く、くく・・・」

 いけない。

 水の中と違って、空気は軽いからちょっとおっかない。

(笑った時って、私、どうなって見えるんでしょう?)

 頭の隅の方で、今更、ちょっとだけ考えるアウリーリンだった。


(何なんだこの女・・・)

 自分でも変な顔になってるのが判る。

 頬が熱くて変な気分だ。

「ったくよぉ~・・・」

 試合はガッシュの圧勝ムードで見てても大して面白いものじゃない。

 右に酔っ払い、左に変な女、とどっかに救いは無いものかと、ゲイルは周囲を見渡すのだが・・・

 ふと、その視界の隅の方で、目に留まる動きがあった。

「ん? んん~~~・・・?」

 凝視するにつれ、なんとなく判る。

「ま、いいか・・・」

 ゆるゆるっと力が抜けた。

(まあ、こっからじゃ、ど~しようも無いしな・・・)

 ゆっくりと背もたれに身を預け、成り行きを見守る事にした。



          ◇   ◇   ◇



 三日間開放されているという砦の門は、既に押しかけた人々の群れに占拠され、先ほどまでアーリア達が居た広場に溢れかえっていた。

 それを、翌朝の公開処刑へ向けて処刑台を組み始めた人足達や、警護の兵士達が更に押しやっている。

 外まで歓声が聞こえて来るのだが、その歓声にアーリアは眉間に深いしわを刻まずにはいられなかった。

「ガッシュって、あの黒騎士よね?」

「そうですね。気前の良い方でした」

 にこやかに答えるのは、吟遊詩人のルイス。あの時のちょっとしたお仕事で金貨3枚という謝礼に胸アツ。


「そりゃぁ~・・・」

(綺麗な妖精さんを一人ゲット出来てお持ち帰りしたんだから、気前も良くなるわよね~・・・)

 まさか、あんなにあっさりと男の人についてってしまうとは、思ってもみなかった。

 アーリアは今でもあの瞬間を思い出すと、ふぅ~っと気が遠くなる。


「そのお陰で、もしかしたらすんなり話が通るかも知れないのですから、不思議なものですね・・・」

「本当に・・・」

 一人だったら泣きたい気分。本当に何が何やら・・・

 そして、目の前で四つんばいになってるホークのお尻を眺める。


「本当に・・・何やってんの、あんた!?」

「何って、お前もさっさと来いよ!」

 振り向くホークは、本当に怪訝そうにアーリアを見上げてくる。

「来いって、まさかあんた・・・」

 ハッと息を呑んで顔を赤らめる。そんなアーリアに、ホークはお尻を左右に振って訴えた。

「も~、行くぞ! これっくらいで、恥ずかしがってんじゃねぇよ! 女子供じゃあるまいし!」

「馬鹿ぁ~っ!!」

 思いっきり蹴り上げる不意打ちに、ぐにゃり・・・


「今のはホーク君がいけませんねぇ~・・・同情は致しますが・・・」

「・・・お・・・う・・・」

 言葉少なにのたうつホークを、覗き込みながらルイスは残念そうに首を左右に振った。

「我々は丘小人じゃないのですから、脚の間を掻き分けてなんて事、出来ませんよ」

「わ、忘れてた・・・色々と・・・」

「デリカシー無いだけ!! 馬鹿ポーク!!」

 ドレスの前と後ろを押さえ、真っ赤になって言い捨てるアーリア。

 そんな三人を不思議そうに眺め、シルフーはちょこんと座り込む。ホークの前に。


「デリカシー、何? 美味しい?」

 どうみても、ホークは大事な何かを必死に隠している様子。

 取りあえず、手をどけてみる。

 どうやら、ズボンの中にあるらしい。デリカシーとは。

「ひゃっ!? やめっ! こら! お~~・・・」


 聞き慣れぬホークの声に、ハッとなってシルフーを引き剥がしにかかるアーリア。

「無い無い!! そこには無い!!」

「シ、シルフー・・・恐ろしい奴・・・」

 ズボンを履き直し、後ずさるホークに、ルイスはまたも同情を・・・いえいえ・・・

「デリカシー、どこニある?」

「無い無い!! ここには無いの!!」

 うにょにょ~んとのたうつシルフー腕。それはまだ諦める事無く、ホークを求めていた。

「そうですね・・・」

 アーリアの言葉を継ぐ様に、ルイスは大人の余裕で答えてみせた。

「そう、デリカシーとは、皆さんそれぞれの心の中にあるのです。無論、シルフーさんの中にもですよ」

「「「お~・・・」」」


 何だか良く判らないが、説得力がある!


「じゃ、じゃあ、俺は先に行ってるぜ!」

 今だ!とばかりにそそくさと逃げるホーク。あっと言う間に、人の間に消えてしまった。

 それを見送ったルイスは、ほとほと感心したとばかりに口を開く。

「さすがは丘小人。古来、賢者の弁によれば、彼らは生まれながらの『しのび』だと言います」

「「『しのび』?」」

 シルフーを抱っこした格好のアーリア。二人して聞き返すと、ルイスはにっこりと頷き。

「ええ。物陰に隠れて気配を消したり、人知れず狭い場所や高い場所に入り込んだり・・・」

「高い場所! シルフーも行く!」

「そう・・・ですね」

 少し言い淀むが、満面の笑みで頷くルイス。

 それはかなり違うんじゃ・・・と、ルイス、アーリア二人して思うのだがそれはそれ、これはこれ。

 しかし、シルフーはなんだか褒められた気分で、とっても嬉しい。

 嬉しい!

 嬉しい!!

 とっても嬉しい!!!

「シルフーもしのび! シルフー、高いトコ行く!」


「シルフー・・・」

 そんな無邪気さがかわいくて、よしよしと頭を撫でるアーリアだったが・・・

「アーリアも、高いトコ行く!」

「え?」

 のたうつ無数のシルフー腕が、サッとアーリアの全身を絡め取ると、その本体を一気に膨張させた。

 空気袋に、思いっきり吸い込んだシルフーは、ジェット噴射さながら吐き出すと、ふわり空を舞った・・・


「あ~!?」

「アーリア!?」

 びっくり口を大きく開いて見送るルイス。

 だが、どうみても力不足。

 ぐるぐるっと。

 たちまち失速して、地面が、石畳が、そこに集まる人々の頭が!


「ごめんなさい!!」

 アーリアは思いっきり、誰かの肩を蹴った。

「うおっ!? この俺を踏み台にしたっ!!?」

「きゃはははははっ!!」

 はしゃぐシルフーが全身を震わせて喜んでる。

 空気袋を縮動させ、小さな噴射でそのつど浮かび上がるのだが、たちまち失速してしまう。

「アーリア! アーリアもしのび! しのび!」

「全然、しのびじゃな~~~~いっ!!」


 中に入れないでいる人々は、その光景を呆然と見上げた。

 黒いドレスの美しい少女が、すらっとのびた白い脚を大きく振り回し、不思議な生き物と共に空を跳ねて行く姿を。


「や~~~~!! 見ないで見ないでぇ~~~~!!」

 股間を押さえて、良く通った美しい声で叫びながら行く様を、人々の脳裏に焼き付けながら・・・



          ◇   ◇   ◇



 土煙を上げ、そこでは男二人がくんずほぐれつの息詰まる戦いを繰り広げていた。

 若い男を背後から抱き締めた中年男は、上体をふいごの様に上下させ、鍛え抜かれた上腕筋で相手の首をぐいぐいと締め上げる。

「ひっかき! かみつき! 目をえぐる! 手近な物で刺す! 組み合った時が一番やっかいだ!」

 パッとグルドから離れると、ガッシュは息を整えて身構える。

 締め上げられた首と腕をさすり、グルドは口の中の土をペッと吐く。


「どうした!? 瞬間、決めた程度じゃ・・・」

「まだまだ!!」

 ぺろり。腕の引っかき傷を舐めるガッシュは、その身を右へ振った。

 ばっと舞い上がる土ぼこり。

 体制不十分のグルドが投げた土をかわし、ガッシュは鋭いスライディングキック。

 それを受けながら足首を狙うグルドに、身をよじってもう片足を振り下ろすと、寸でのところ掠めて転がり逃げる。だが、ガッシュは予測してたかわずかに早く立ち上がり、土煙を割ってグルドに襲い掛かった。

 全体重を乗せた飛び膝蹴り。

 腕を十字に組んで、胸で受けるグルド。肉が打ち合い、汗が飛ぶ。

「甘いわっ!!」

 勢い、後ろへよろける所へ、ガッシュは更に踏み込み、肩からぶちかます。

 やや下からの突き上げに、たまらずもんどりうつグルドは、二転三転、大地に叩きつけられた。


「イメージだ! 相手の動きをイメージするんだ!! 戦場では考えてる暇なんかくれんぞ!! 感じて体を動かせ!! 早く!! 早く!! 休んでいては死神に持ってかれるぞ!!」

 肺の中の空気が全部叩き出されたみたいだ。

 大地に転がったグルドは、何とか体を動かそうとするのだが、体がひいひい勝手に悲鳴を上げて言う事を聞かない。

(どいつもこいつも・・・)

 なじる様な気分で、目の前に仁王立ちする男を睨んだ。気力で。

 それを不敵な笑みで受け止めるガッシュ。

「戦場なら、お前はここで終わりだ! グルド!!」

 ぐっと右腕の親指で、喉元を掻っ切る仕草。これはには観衆も熱狂的な声援を送った。


 すると。

「くっ・・・おおおおおおおっ!!!」

 どこからそんな力が沸いたのか、グルドは辛うじて立ち上がる。

 よろける身体。震える四肢。腫れ上がった目は汗と血で半開きとなり、それでも相手を睨む。その闘志は失われていない。


「ふ・・・ふはははははははっ!!」

 一歩、愉快でたまらんと言った風情のガッシュが前に出る。

「・・・」

 じりり、引きずる様に前へ出るグルド。

 たちまち静まり返る観衆。

「街の暴れん坊は、もう終わりだな!! 今は一人の『戦士』としておくってやろう!!」


(そいつは、ありがたく無ぇ・・・)

 グルドは、霞む目で、ガッシュの拳がゆらり陽炎の如き大気をまとっているのを感じた。

 それでも拳を辛うじて握る。だらんと下がった腕を、何とか右腕だけでもと、前かがみによじり、泳ぐように。

 今はただ、無性にあのひげ面に、自分の右拳を叩き込んでやりたいだけだった。

 恥も外聞も無い。

 ただ、届けば良い。

(おいおい、神さんよ・・・今だけ力、貸してくれって言っても・・・無理な相談か・・・)

 何とか胸元に持ち上げた拳を、今度は滑稽なくらいに全身全霊をかけて後ろへ引く。


 すると、どこからか悲鳴が聞こえてきた。


 相手のひげ面も、どこか間抜けな表情で、こっちを。いや、こっちを通り越して、どこか遠くを見ている気がする。

(こりゃ、いよいよ。俺も気が狂ったかな?)

「へ・・・へへへ・・・」

 思わず自嘲的な笑みが漏れた。

 こんなところで、女の悲鳴が聞こえてくるなんて・・・

 それも、どんどん、近付いて来る様な・・・

 近付いて来る?


 世界は間抜けで構成されてるらしい。

 目の前のひげ面も間抜けだし、俺も大概に間抜け野郎みたいだ。

 当然、ここにいる観衆共も間抜け共に確定だ。


「見ないで見ないで見ないでぇ~~~~!!!」

「あはははは~~~!! しのびしのび~~~!!」

 振り向くと、そこに奴が居た。

 正確には奴らだ。


 嫁入り前の娘が、こんな真昼間から、下半身丸出しで、でっかい大きな黒い花みたいにドレスをはためかせて、飛来する。

 まるでカタパルトで打ち出されたみたいに。

 どっかで聞いた声・・・あ~あ・・・あの・・・

「見るなっつってんだろ、この腐れグルドがっ!!!」

 見る間に間近へ迫った二本の脚は、瞬間、ねじれ込む様に、グルドの顔面を強打した。


(えらい、腐れ縁だ・・・)

 大地に叩きつけられるよりも早く、むにゅっとした感触に押し潰されそうになり、グルドは瞬間そう思った。

読んで戴き、ありがとうございます


今回、かなりギャグに走ってしまいました

どう会場にいるアウリーリンに会いに行かせようかなと考えていたのですが、当初口八丁手八丁で活躍させようとしていたルイスさんを置き去りに、シルフーのぼ~ぎゃくぶじんなシルフーぱわあ炸裂です(苦笑)

楽しんで戴ければ幸いです

&

怒っちゃや~よ♪


感想戴けると嬉しいです

今後とも、宜しくお願い致します

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