第54話『武闘会の貴婦人』
人気の少ない、汚い裏路地。
目のすぐ先で、矢筒に入れた十数本もの矢羽が揺れている。
「どっから、そ~いう話、出て来たのかなぁ~?」
ひたひたと足早に歩くホークの後を追う様に、アーリア達は先を急ぐのだが。
「ん? そりゃぁ~・・・」
軽く振り向いたホークが言いよどみ、目線を肩口から上へ・・・
「何となく、繋がってだな・・・」
「あ~、こら! シルフー!」
はっとその視線の先を追って、アーリアは空を見上げた。
見れば、既に空気袋を大きく膨らませ、ふよふよと飛び上がりつつあるシルフーが。
どっと疲れが。
(ど~んだけ、街の人をびっくりさせりゃ気が済むのやら・・・)
「あ~、こらこら。怒らないから降りておいで~」
立ち止まって、握っていたシルフーの最も長い触腕を引っ張り、アーリアの元へと手繰り寄せる。
シルフーは、特に抵抗する事無く、ゆっくりと引き寄せられていくのだが、何気に遠くを見る様子でこっちの話を半分も聞いて無いみたい。
「シルフー?」
「・・・」
返事が無い。まるで・・・
「シルフーちゃん、どうしたんだい?」
「ん~・・・私に聞かれても・・・」
ちょっと困ってますと表情でルイスに返すが。
「聞こエる・・・」
ぽつり、萎ませた空気袋を震わせて、シルフーが答えた。
「何が聞こえたんだい? シルフーちゃん?」
「あノね! 聞こえたノ・・・」
ちゅぷり。まるで指をくわえる子供みたいに、短い触腕を口に、空気袋だった器官に差し入れ、ゆっくりと人の形に戻っていく。
「わかんなイ・・・」
ふふ・・・と鼻で笑い。
「判んない事だらけだな、こいつは」
「ホーク!」
アーリアの非難に軽く肩をすくめ、左腕に通した短い弓の先で頭を掻く。
「判んない事だらけだから、旅をして回るんだがな、俺は」
「彼女の存在は、実に驚嘆すべき事なんですよ。新種のシルフを、我々は発見したのかも知れない」
「大人の人は、そういう目で見るんですか?」
地面に固定するかの様に、軽いシルフーの体を抱えるアーリアは、横目でルイスを睨むのだが、頭の片隅で色々と考えてしまった。
(ホークもルイスさんも、初めて見るって言ってるけど、あっちの世界じゃ別に不思議じゃ無いような・・・)
アウリーリンの宴会にやって来た、遠い海の精霊達。
理解し難い異形の姿。
めくるめく色彩の乱舞。
めくるめく色彩・・・
アーリアの脳裏に、あの時の光景が、イメージがよみがえる。
(あれに比べたら、シルフーなんて、全然大した事無いんだから!)
きゅっと抱きかかえる腕に力が入る。
「アーリア?」
腕の中で、シルフーの不思議な色合いの目が、きらきらと陽光を跳ね返し、虹色に輝いて見える。
「大丈夫!」
「な~ニが?」
「大丈夫だよ~」
頭の頭皮らしき部分をなでなで。するとまぶたらしき薄皮を何度もしばしばさせてシルフーは微笑んでる様だ。
「だからかな~?」
「何が?」
アーリアが思わずこぼした言葉を、ホークが拾う。
「アウリーリン・・・」
「ああ、あの・・・」
「・・・」
妙に納得。
何で、あのがさつな騎士に彼女がついて行ってしまったのか。あんなたおやかな彼女が・・・
ほのくらい水底で微笑んでるアウリーリン・・・
水草の狭間より差し込む陽光がキラキラと・・・
「ああっ!!?」
「今度は何だよ?」
苦笑するホークに、アーリアは目をまんまるにして訴える。
「・・・・・・・・・ああっ!?」
それがホークに感染し、続いてルイスも。
「・・・・・・おお~♪」
たまらず素敵な笑顔をもらす。
「「「アウリーリン!!」」」
「何ガ~?」
◇ ◇ ◇
その名が呼ばれると、観衆は一斉に立ち上がって腕を振るった。
「「「「「ガッシュ!!!! ガッシュ!!!! ガッシュ!!!!」」」」」
大気が震え、足踏みに地鳴りが伝わる。
まだまだ祭りは初日。武闘大会でも予選の予選も良い所に、大大大サービスか、流浪の黒騎士、黒い流れ星、そのリーダー格の【一番星】のガッシュの名が呼ばれたのだから、これは驚きを通り越して驚天動地。
貴賓席の末席よりすっくと立ち上がった黒騎士の勇姿を、人々は熱狂で歓迎した。
黒いヘルムを小脇に抱え、右腕を高々と掲げ、観衆に応えるガッシュ。
ゆっくりと、右に左に体を向け、やがて歓声が静まる頃に、傍らに座る水色のドレスをまとう貴婦人に一瞥してから、深々と主賓席に座す領主へと頭を垂れた。
彼女が、水の妖精アウリーリンが微笑んでこちらを見つめている。その事が、今のガッシュの胸中を占めるところ大であり、この歓声はあくまで添え物だった。
スッと領主の手が上がり、出場の許可が下りる。
その事に、また観衆の熱狂は再燃し、砦全体が震えた。
「けっ! こーいう事かよ!」
会場の中央。一人つば吐くグルドは、あの女の言った『面白いカード』とやらの意味を呪った。
先に呼び出されて、これじゃ良~い晒し者だ。
「ほんと、むかつくぜっ!!」
どんなにわめこうが、この大歓声の中ではかき消されてしまう。
だが、今は待つしかない。
さっさと勝ち進んで、行ける所まで行ってやる、と逸る気持ちがじりりとじれる。
そして、これが結構待たされる。
歓声が再び収まるにつれ、ゆっくりと頭を上げたガッシュは、次にアウリーリンへと向き直り、右腕を胸に、ガシャリと片膝を着いた。
なんとも言えぬため息が漂い、人々がこの二人の動きを見守っている。
その上で、ガッシュは真っ直ぐにその青い瞳を見上げ、揺るぎの無い意思で口を開く。
「我が淑女、アウリーリンよ。どうかこの身を、貴方の為に戦う騎士を祝福したまえ」
不思議と、その声は会場に響いた。
『ガッシュ。我が騎士殿』
妖精語の滑らかな響きが、人々の耳へするりと流れ、試合の興奮も助けてか、うっとりと魅了せずにはいられなかった。
差し出されたガッシュの手を取り、アウリーリンは淀みの無い仕草で立ち上がり、次にはドレスの裾を少し持つ様にして、この席に集う人々へ向けてたおやかに礼をする。
人のそれとは少し違う、透き通る様な微笑の淑女は、スッと右の手を掲げると、木で組まれた貴賓席にもかかわらずその足元より泉を噴出させ、それに濡れる指先を唇に添えると。
『貴方に栄光あれ』
そっとガッシュの額に口付けを。
さざ波の如き拍手と共に、ゆっくりと屈めた上体を起こし、アウリーリンはしゅるりとその身に帯びた薄い水色の腰布を外し、ガッシュの右腕に巻きつけた。
「うむ。我が淑女よ」
『我が騎士殿』
瞬間、静かに睦みあう互いの目線。
音は意味を失せ、内なる響きが全てとなる。
どよめきと共にガッシュは立ち上がり、晴れがましい表情でその腕を更に天へと誇示した。
「いざ、参る!」
破裂した拍手と歓声の中、一歩踏み出したガッシュは、眼下でにらむ若者を、その荒々しき眼光を初めて見据えた。
「ちっ! 舐められたもんだぜ!!」
つばを吐き、四肢を奮い立たせようとするグルド。
その憤りを、真っ向から受け止める黒騎士ガッシュ。
大地に降り立つと、傍らから差し出された武具を全て拒み、ガッシュは己の帯剣をも係りの者へ渡した。
(あの野郎、何してやがる!?)
いぶかしむグルドを睨みつつ、人々の見守る中、ガッシュは己の手甲の金具を外した。
再び、どよめく場内。
見る間に外されていく、黒い鎧。
最後に、鎧下の鎖帷子をどさりと大地に放ると、首をぼきぼき鳴らしては拳を鳴らした。
「さて・・・」
「どーいうつもりだ!!? 俺なんか素手で十分だって言うのかっ!!? 馬鹿にするなっ!!!」
ひときわ吠えるグルドに、ガッシュは涼しげな顔で右腕に巻かれたアウリーリンの腰布を直す。
「そうせくな、若き戦士よ」
ギロリ。真っ直ぐにグルドを見据えると、不敵な笑みを浮かべた。
その威圧感に、グルドはハッと息を呑んだ。足に震えが・・・無様な!
唇を噛んで睨み返すグルド。だが、相手はまったく動じる事無く静かだ。
「お前は、俺の若い頃に良く似ている・・・野心に燃え、その手で何もかもが掴めると信じている目だ・・・」
そして、くいっと右手の親指で背後を指し、こう告げた。
「この俺に勝てたなら、あの鎧はお前の物だ。だが、お前は勝てない」
「何っ!!?」
荒々しく風が吹き抜ける。
人々は、今か今かと試合の開始を待ち受ける。
だが、ガッシュはそれを手で制してから、ゆっくりとグルドを指差した。
「判らんか? お前には何も無い。今日明日、命を落としても構わないという目をしている」
「それがどうした!!? 当たり前だ!! 俺はいつだって命がけよぉ!!」
ぐっと胸を張って己を指差すグルドに、ガッシュは含み笑いを浮かべる。
「ふっふっふっふっふ・・・」
「おかしくねぇっ!!」
その答えに、ガッシュの体は数倍に膨らんだかに吼えた。
「ふ・・・はぁ~っはっはっはっはっはっ!!!」
ガッシュは一呼吸おいて更に吼えた。
「それでは勝てぬ!!!」
「うう・・・」
一歩、また一歩と近付くガッシュに、グルドはにじる様に後ずさった。
まるで筋肉の塊が歩いて来る様な・・・
「所詮はやせ犬の遠吠えよ!! お前に命がけで守る仲間はおるか!!? 友は!!?」
「い、居るに決まってんだろっ!! なんで、お前ぇ~みたいな奴にそんな事、言われる筋合いあんだっ!!!」
そして、ガッシュはグルドのすぐ目の前で立ち止まった。
「俺には居る!! 仲間が!! 戦場で命を庇い合った仲間が居る!! そして・・・」
ゆっくりと右腕を胸の前に。
「今は護りたい女がいる」
「う・・・」
「お前が護りたいものは、自分だけじゃないのか?」
「ううっ・・・」
「ハンデをやろう。俺に参ったと言わせればお前の勝ちだが・・・この腰布を奪い取ってもお前の勝ちだ」
「馬鹿じゃねぇかっ!! 頭おかしいだろお前ぇっ!!? そんなの関係無ぇんだっ!! 強い奴が勝つ!! 弱い奴が負ける!! 地べた這い蹲って泥水すすってりゃいいんだ!! 俺は違う!! 勝って勝って勝ちまくってそうして!!?」
そこでグルドは言い淀んだ。その先にある未来が、何も思い浮かばなくて。
(あの糞アマ~っ!! ふざけやがって!! この俺様に、この俺様に、こんな事をぉぉぉぉぉ~~~~~っ!!!)
言葉を失ったグルドは、両の拳を握り締め、歯噛みする様に身構えた。
それが、試合開始の合図となった。
読んで戴き、ありがとうございます
今回は、もう少し話を進めたかったのですが、予想以上に脳内で脱線してこの様な形となりました(笑)。
すぐに武闘大会のシーンにと思っていたら、私自信もアーリア達と同じ心境になりまして(苦笑)。
感想などありましたら、お聞かせ下さい。
ありがとうございました。




