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アーリア  作者: 猿蟹月仙
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第51話『アーリアの決意』

 人々の歓声が益々響き、第一段階の目標地点が近い事を告げていた。

「オーケー! オーケー!」

 誘導係りの小人達が、腕を振りながら次々に沿道の人垣へと飛び込んで消えていく。

「ゴー!! ゴー!!」

 一瞬、仲間の声が大きく響き、すぐに後方へと小さく流れ、音の渦へと飲み込まれ、消えた。


「やはりな・・・」

 ダンチョーは、激しい振動に揺さぶられつつ、のぞき穴からの光景に疑念を確信へと変えていく。

(間違いない。この街の連中は、我々の出し物に慣れている・・・確かに、去年も来ていたとの報告があったが、人が増えていくにも関わらず、この進み易さはなんだ? もっと手間取る事を覚悟していたのだが・・・)

 眉間に深く刻むしわに、だらだらと汗が伝い落ちる。それを手で拭いながら、ダンチョーは違和感の正体を見極め様と目を凝らす。


 ガラガラと石畳の上を滑る様に進み、丘小人達の巨大ないのししは、たちまち街の中央へと差し掛かった。


 遠く、弾ける様な音が聞こえたと思った。

「二速!!」

 広場へ突入する速度を緩める。次第に例の音も高まってくる。それと共に、こちらとは別の歓声も。


 ワッと視界が開けると同時に、音の正体が明らかとなった。


 ほぼ同時、別の大通りから派手な音と煙を上げ、黒光りする何か巨大な影が、この広場に突入する。

「左一速!! 右三速!!」

 右に急旋回するや、ダンチョーは即座に左旋回を命じた。

「逆速!!!」

 一気に、車体はうねる様にして、広場を右折し、中央の噴水を左手に見て左旋回に移った。


 大歓声。

 立て続け、何かが飛んでくる音がする。

 人々の悲鳴と共に、何か液体の弾ける様な音も。

 そして、この騒ぎにも関わらず、はっきりと響くだみ声も。

「てーしっ!!」

 すかさず停止させ、正面のカバーを跳ね上げた。



 酷い大声だ。

「トードー!!! トードーを出せぇっっっ!!! そこに居るんだろうっっっ!!!」

 何やら板ばねがこすれる様な音がし、風を切って何かが飛んで来た。

 近くで爆ぜて、悲鳴と笑いが沸き起こる。


 見れば、相手も噴水をはさむ形で停止していた。

 背後から幾本も覗く煙突からは、もうもうと黒煙を上げ、正面に配した鋭角な三つの突起が、不気味な金属光沢を放っている。そして、頑丈そうな四輪装甲車を連想させる金属張りの車体から、一人の髭もじゃな山小人らしき男が、真っ赤な顔でこちらを睨んでいた。

「トードー!!! 去年の礼をしに来てやったぜ!!! 面ぁ~見せろぉぉぉぉっ!!!」

 男の背後から、黒い覆面をした二人の山小人がひょいと乗り出し、手にした小型のカタパルトからカシュンカシュンと何かを打ち出した。

 それは、弧を描いてその辺りに着弾すると、弾けて液体を飛び散らかす。人々は、慌ててそれから逃げるのだが、風に乗って猛烈な異臭が漂って来る。


「これは・・・」

「特製のたまねぎ弾だ!!! が~っはっはっはっは!!! たっぷり、ご馳走してやるぜぇぇぇぇっ!!!」

 正に狂気の山小人。こんな物の直撃を受けては、異臭が充満してたちまち行動不能に陥ってしまう。

「止めろ!!」

 すかさず身を乗り出したダンチョーは、左腕を突き出した。

「止めるんだ!!」

「何だてめぇはっ!!!? トードーだ!!! トードーを出せぇぇぇぇぇっ!!!」

「トードーは・・・先代はもういない!!」

 くっと噛み締める様に言い放ち、思わずダンチョーは瞳を閉じた。

 一瞬だが、窓辺でパイプをくゆらせながら、赤いワインをグラスで楽しむ、先代リーダー、トードーの苦みばしった笑顔が思い浮かぶ。


 だが、いないと言われて落ち着く相手ではない。

「ふざけるなぁぁぁぁぁっ!!! どこだっ!!? どこに居る、トードーぉぉぉぉぉっ!!!」

 ぐるり周囲を見渡して、叫びまくった。

 この展開をはらはらと見守る人々。先程の大歓声はすっかり姿を消し、いまは静寂がこの広場を支配していた。

 息をのむ響きが、異様に空虚に・・・


 そこで、ダンチョーはもう一度、重ねてその事実を告げた。

「トードーは、もう居ないんだ!!」

「んだとぉ~・・・」

 かっと目を見開いた山小人は、ようやくここに来て、ダンチョーの言っている言葉の意味を悟った。

「あいつが、死んだ? ・・・あの糞野郎が死んだって・・・?」


 おおおお・・・・・・

 その展開に、固唾を呑む人々からもどよめきが沸きあがる。


「何がお前と先代の間にあったか知らないが、もうトードーは居ない・・・あきらめろ・・・」

 ダンチョーはこれで終わればと思ったが、どうやらそうは問屋が降ろさないらしい。


 その山小人は、己の顔を押え、うつむいて肩を震わせていた。

「そうか・・・」

 くるおしい程の激情を搾り出す様に、その山小人はどす黒い感情を言葉に乗せた。

「そうかそうかそうかそうかぁ~~~~~・・・あいつ、死んだか!!? 死んだ死んだぁ~~~~~!!! ふっざけるなっ!!!」

 カッと見開いた赤黒いまなこは、最早誰も見ていない。

「この霧吹き山のガダル様に勝ち逃げだぁぁぁぁぁっ!!!? こうなったら、も~~~~う関係ねぇっ!!! お前らまとめてこの場で地獄に叩き落してやるっっっっっ!!! 地獄の悪魔に骨の数でも数えて貰いやがれぃぃぃぃぃっ!!!」


 ドルルルルン!!!

 更なる黒煙と共に鋭角な三つの突起が回り出す。

「掘削機ホルホルマーク7!!! これで貴様らのマシンもバラバラよっ!!!」

「ホル!!!」

「ホルホル!!!」


 ドッと歓声と拍手が沸き起こる。みんなこれを待っていたのだ。

 だが、そんなものはお構いなし。大見得切ったガダルはやってやるぞと大空に両腕を突き上げて大笑い。

 今やこの広場というステージの主役になったかに思えた。


 だが、その高笑いに、もう一つの甲高い笑い声が重なる様に響きだす。

「ん?」

 最高潮の気分だったガダルも、流石にこれには気付き、その笑いを止めた。

「誰だ!?」

「誰だ誰だ!?」

 周囲を見渡し、この嘲笑の主を探すのだがそれらしい人物は見当たらない。見当たらないのだが、観衆の目は更にもう一つの大通りへと向けられていた。

 更には物悲しいリュートの音が響きだし、それが止む。

「どこのドイツだ!!!?」

 ガダルの台詞に答える様に、笑い声も止んだ。

「醜く臭い小人共が!! ここは人間様の祭りだぞ!! ホルホルするなら山の中へ帰れ!!」


 その声は不思議な響きを以って、この広場中に広まっていく。

「それとも・・・」

 すると、ゆっくりとだがそれは、何も無い空間からその舳先を突き出した。


「幻影、魔法だと?」

 ダンチョーは、否、お祭り巡礼隊の面々は、ガダルのマシンの向こうより現れたそれを驚愕の眼差しで見つめていた。


 光があふれた。昼間なのに。

 その光り輝く舳先には、虹色のマントを羽織った、一人の男が立っていた。

「この私が、自らの手で叩き出してくれようか?」

 ぬっと下から突き出した衝角は、美しい女性の祈る様な姿。

「この光り輝く、ルー様がなっ!!!」

 ばっとマントをはためかせると、一瞬、その中から中年太りの頭の薄い小男が現れるのだが、それを圧倒するかの虹色の光量が人々の目を焼いた。



          ◇   ◇   ◇



 そのニラニラと脂ぎった輝きを腕で防ぎ、アーリア達と中央の噴水に陣取っていたルイスは思わず口にした。

「ルー? 川賊の頭目、人買いのルーか!?」

 光り輝く白い船は、その船体から6つの車輪が突き出し、何で動くのかは不明だが、ゆっくりとこの広場に進み出てきた。

「川賊!? 川賊が何でわざわざ陸に上がってるんだよ!?」


「祭りある所に人さらいあり。人さらいある所に、人買いあり。だが、連中がこうも表立って動くって事は・・・」

 ホークへの返答に窮するルイスだが、ホークはあっさり結論を出した。

「単なる馬鹿か」

「・・・そう、かもね・・・」

 苦笑するルイス。だが、その脳裏では、まるで手品師のネタを暴く様に、右手に注目を集めつつ、左手で何がしかを行う様を連想する。だが、情報は圧倒的に少ない。


 そんな光景だったが、気を失ったアーリアの傍らにあるシルフーは、その輝きを、体内の発光体を明滅させながら楽しそうに眺めていた。

「~♪」


 アーリアの前には一面の暗黒が広がっていた。

 その向こう、何かがある様な気がするのだが、見通せない。見通せないのだが、何かの気配がある。恐怖は無い。だが、何か埋める事の出来ない空虚さが・・・

 誰かの声がする。

 悲しい声が。

 その、届かぬ声の主を求めて、一歩、いま一歩と歩み出ようとするのだが、突然、圧倒的な虹色の輝きが、この暗黒を吹き飛ばした。


「あ・・・」

 もの凄い振動が石畳から直接アーリアの骨に響いた。

 目をこすり見渡すと、アーリア達のいる噴水を中心に、三台の異様な形をした車両が、ぐるぐると遠巻きに回っている。

「何これ? 凄い・・・」

「ああ・・・だが、やばいぜ・・・」

 ホークの心配は、人員の疲労だ。明らかに巡礼隊のいのししは動きが鈍っている。交代のチャンスも無い。


 だが、他の二両も相手の動きを伺っている様子。


「明日だ!!!」

 唐突に、ガダルが咆えた。

 ルーもダンチョーも返答せずに、じっと見返す。

「酒が足りねえ!!! 腹も減った!!! 仕切り直しだ!!!」


「いいでしょう! 私も悪魔では無い! 一日くらいは、その命預けておいてあげましょう!」

 すかさず、ルーも余裕を見せる。

「何しろ、祭りは明日もある。観客も多い方が良い!」


「ふ・・・なるほどな・・・その話、乗った!!」

 ダンチョーも、これに応じた。

「ならば、明日の昼!! 公開処刑が終わった後だ!!」

(それまでに、相手の手の内を少しでも知っておけば・・・)


(うまく潰し合わせるには・・・)

 ほくそえむルー。


(俺様のドリルが負ける筈が無い!!! それにしても腹が減った・・・)


(((そして、勝つのはこっちだ!!!)))


 ガラガラとこの広場から退去する三台。

 それを呆然と見送るアーリア達。

 人々は明日の予想を声高に話し合い、賭けに興じる者が人だかりを生む。

 だが、アーリアは空虚だった。

 確かに、ダンチョーさん達みんなの戦いの行方は心配だ。でも、それ以上に気になる事があった。


「まったく、どうなってるのか。やれやれだぜ・・・」

 頭をぼりぼり、ホークがこぼすのを見上げ、どうしようかな~と逡巡するアーリア。

「まったく、やれやれだぜ・・・」

 頬をすりすり、腕を絡めてまったり。アーリアの横でちょこんとしてる、何を考えてるのか判らないシルフーにクスリ。

 それから、もう一度、ホークを見上げた。

「ん? なんだ?」

「ホークは行かないの?」

「ああ・・・その内、召集がかかんだろ?」

「だよね・・・」


 ちょっと間をおいてから、もう一度。

「あのね。ホーク・・・」

「あんだよ?」

 それまで周囲を眺めていたホークが、どっかりシルフーとは反対側、アーリアの右側に座り込んだ。

「あの子・・・覚えてる?」

「ん?」

 一瞬、何を言ってるのか判らないといった表情で、ふと思い到ったみたいだ。

「ああ、あのガキか? ありゃ、助からないだろうな・・・」

「でもさ、かわいそうじゃない?」

「世の中にゃ、かわいそうが溢れてる。気にしてちゃ、切りが無いぜ」

「そうなんだけど・・・」


 ふと、あの母親らしき人物を思い出した。

 自分の事ばかり嘆いていた。

 もし、自分の親が、あんなんだったら、とても悲しいけれど・・・

「でも、何か一言、伝えたい事があるんじゃないかなって・・・これが最後だと思ったら・・・」

 じっと手を見る。

「これが最後だと思ったら・・・」

 自分はどうするだろう。

 ホークだったらどうするだろう。

 せんせいはどうしたかっただろう。

 シルフーだったら・・・

 このドレスの人は・・・


 不意に右のほっぺを抓られた。

「痛い」

「馬鹿だな」

 次に鼻をぐいぐいっとひねられた。

「何、泣いてんだよ」

「痛いもん」

 思わず目頭が熱くなっていた。

「そんなん、行って確かめりゃいいだろ?」

「え?」

 見返すと、静かな瞳がじっとこちらを見つめていた。


「俺達ゃ、あいぼうだぜ。それくらい付き合ってやっても良い」

「ホーク・・・」

 鼻で笑われたけど、腹が立つ訳が無い。

「もしかして、今まで一番良い男になってない?」

「腐れ豚野郎だよ」

「誰がそんな酷い事を!?」

「そこの噴水を覗いて見ろよ」

 振り返って覗いてみた。

「うわっ!? こりゃ酷いわ・・・」

「うにゅ~、アーリア酷いね~」

「こら!」

 横に並ぶシルフーの変顔。そしてホークの変顔も並ぶ。

「顔洗って出直そうぜ。ダンチョーにも断り入れなきゃな」

「うん!」


 パンパンと埃を払い、立ち上がった三人をルイスさんが待ち受けていた。

 両腕を組み、少し難しい顔で。

「もしかして・・・何か楽しい事から、僕をハブにしてないかい?」

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