第50話『武闘大会』
そこはもう既に人の熱気でごったがえしだ。
砦の門を潜ると、中には柵で仕切られた広場があり、観客はその柵の周囲にびっしりと立ち並ぶ。
一際奥の数段高い舞台が貴賓席で、色鮮やかな布で飾られ、領主やその親族、近隣の貴族等が集う。
わっと熱気が膨れ上がった。
その眼下に広がる楕円形の舞台で、たった今勝ち名乗りを受けた者が勇んでその得物を掲げ、雄叫びをあげている。
ぐったりとした敗者が数人の手で運び出され、血の筋を幾条も大地に刻み込む。
厚い胸壁に囲まれた、密閉された空間で、誰もが勝者の名を叫ぶ。
敗者の名は皆無だ。
己の力を誇示し、存分にその声援を浴びた勝者は、やがては領主の席へ一礼し、下がる許可を戴く。
それは同時に、次の試合への合図。
領主の腕が進行を促し、急激に声が静まると同時に、兵士の一人が声高に組み合わせを読み上げた。
「ひがぁ~しぃ~~~!! 無頼拳!! 流浪のぉ~~~グゥ~ルルルルルゥ~ドォ~~~!!」
沸き立つ声援の中、一人の浅黒い肌の青年がスッと右腕を突き上げて現れると、戸惑いに揺れた。
無駄の無い肉付き、精悍な顔立ち、黒い瞳は戦意に燃え、素早く右、左、右と拳を繰り出して見せる。
が、鎧はほとんど身に着けず、黒革の額止めと、拳をガードするなめし皮を巻いてるだけ。上半身裸で、下は薄い布地のズボンに革紐のサンダル。
熱い戦いを期待していた民衆のそれにそぐわない、貧弱な装備だ。
「にぃしぃ~~~!! トライデント!! ダマオのぉ~~~マァァァァァァァァ~シュゥ~~~!!」
ワッと大気が揺れた。
不満を払拭せんとばかりの大声援に、ぬっと天を突く三叉槍が、にぶい光沢を放った。
土埃が舞う。
ずるずると左腕には投網を引きずり、うろこ状の金属鎧をちゃらちゃらと鳴らしながら、その巨躯は闘技場へと踏み入って来る。
口元の開いたヘルムからはたっぷりの口ひげがあふれ、眼光鋭く対戦相手をにらみつけた。
相手の装備を見て、グルドは少し思案した。
右のトライデントに、左の投網。恐らく投網でこちらの動きを封じて、とどめはトライデントだろう。それらをかいくぐって、間合いを詰めなければ勝負にならない。
そこで一礼。
試合開始の合図が成された。
「始めっ!!」
その声に、双方ゆっくりと身構える。
グルドは、胸の前で両の拳を握り、やや猫背に小さく構えた。
次第に声援が治まってゆく。
マシュウは不敵な笑み。ひゅんひゅんと風を切り、投網が回る。それは次第に回転を上げ。
パッとマシュウの脇で土煙が上がった。
ドッと沸き立つ声援。
飛沫を避け、目を守りながら、グルドはトライデントを嫌い左へとステップ。それを追いかけ、マシュウは二度、三度と大地を叩いた。投網の錘となる鋭い金属片が大地を削り、飛沫を撒き散らす。
勢い、投網が広がる。
グルドは素早いバックステップで、僅かに避け、ザザッと網を踏む。すかさず、マシュウはトライデントを抜き放った。
左腕の投網を引くと同時に、上体の回転力で突き出すトライデントは、鋭くねじ込む様にグルドの足を狙う。
が、ピンと網が張るより早く、グルドは足を引っ込めて後ろに逃げる。
互いにそれは判ってる。
「ふっ!! ふっ!! ふっ!!」
立て続け。グルドを追う槍先は、足先、膝元、腹と狙いを上げ、同時に鋭くきりもむねじれを失う。間延びする。
「はっ!!」
短く息を吐くグルドは、バックステップから素早く上体を下げ踏み込んだ。
もぐりこみ、突き出す左拳が、ぱあ~んと槍の柄を叩き、肩肉えぐられ血飛沫飛ぶも、構わず突っ込んだ。
「うおおおおおおおおおっ!!!」
すかさずマシュウは、全身ねじる様に回転させ、両腕の得物をやたらめったら振り回す。振り回しながら感覚で後方へと逃げた。
間合いを稼ぐ。
その反応に、グルドは頭から突っ込んだ。
どよめく空気。
横っ腹にグルドの頭突きが決まり、上体が泳ぐマシュウ。
飛来する投網よりも早く、グルドが吼えた。
「おおおおおっ!!!」
胸、腹、顎と打ち込まれる拳。
背や頭にたわんだ投網の錘がバラバラ当たるが、肉は裂けない、骨は砕けない。
ゆっくりと倒れ込むマシュウの巨躯に、半歩近付き、血みどろのグルドは、赤く滴る拳を振り上げた。
「そこまで!! 勝者、無頼拳のグルドッ!!!」
◇ ◇ ◇
突き上げた右の拳が、ふるふると震えている。
「見たか! 見たか見たか!!」
大番狂わせの大歓声を背に、意気揚々と引き上げたグルドだったが、流石にその足取りはおぼつかない。
汗と共にだらだらと流れる血の感覚が、更に拍車をかける様だ。
「い、痛ぇっ!! 痛ぇっ!! 今の誰だ、馬鹿野郎!!」
観客にパチパチと背中や頭を叩かれ、転げ込む様に選手が控える天幕へ。そこは汗と血生臭い修羅場と化していた。
何しろ大概の選手は無傷ではすまない。
「ふぃ~・・・ひでぇもんだな・・・」
どっかと粗末な長いすに腰掛け、震える指先でつまむ様に拳に巻いた豚の革をはがしにかかる。
するとようやく、治療師が回って来たらしく・・・
「よっ! 負けたか!?」
スパーンと背中を叩かれ、余りの激痛に身悶える。声にならない声。試合の興奮からか、怒りのボルテージは瞬間沸騰でマックスだ。
「・・・馬鹿野郎!! てめえ、脳みそ腐ってんじゃ・・・」
そこまで言いかけて、言葉を飲み込んだ。飲み込まざるを得なかった。
目の前に、赤い僧衣をまとったガルパニの女司祭らしき人物がニヤニヤと立っていた。
「どうした~? 夕べみたいに、ママ~ン、僕のママ~ンが~って泣いてみないのか?」
「殺すぞババア!!」
「なるほど・・・そんなに死にたいか・・・今、楽にしてやろう・・・」
「うっ・・・」
途端に、女司祭の右手が赤く、左手が青白く輝き出し、それに伴い熱気と冷気が同時にグルドの肉体に伝わって来る。
「なぁ~に、温熱治療という奴だ。治療中、たまたま! たまたま! 心臓が停止しましたと報告しておいてやろう」
「あ・・・僕、次の試合があるんで、普通の治療お願いしま~っす」
途端に棒読みになるグルド。
「どうしよっかなぁ~・・・」
目を細め、なぶる様にグルドを眺める女司祭は、ふっと普通の笑みを浮かべた。
「冗談だ。グルド君。先ずは君を祝福しようじゃないか。良くぞ勝ち残った。先生は嬉しいぞ~」
「誰が先生だ、ボケ!」
「ほほ~う。傷口にからしを塗り込んで、包帯で血の流れが止まるくらいに締め付けて欲しいのか、変・態・君!」
「誰か~! この人、やばいからチェンジ!!」
「黙れ、変態!!」
すかさず女司祭は腕を縦横十字にクロスさせ、白い光をグルドにずびびびぃぃぃぃっと浴びせかけた。
残念な事に、グルドの若い肉体は、見る間に血糊の浮かぶ傷口が溶けて消えてゆく。
一瞬で痛みが引いて行く様に、内心驚嘆しつつも、どうにもこいつにだけは頭を下げたくないグルドだった。
「あのさぁ~・・・」
「残念だったねぇ~・・・身悶えして喜ぶ恥ずかしい顔を衆目に晒す事が出来なくて・・・」
ふふんと鼻で笑う女司祭に、がっくり降参。
「もっと普通に出来ないの?」
「馬鹿か、君は!?」
「馬鹿はお前だーっ!!」
「馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿!!」
「ババアババアババアババアババアババア!!」
「・・・酷い・・・女の人に向かって、年の事を言うなんて・・・」
およよと泣いてみせる女司祭に、なんかもう全てが馬鹿馬鹿しくなって呆れ帰った。
「面白がってんじゃね~よ!」
いい歳こいて、と言い掛けてそれは言わない事にした。
「ふふ~ん・・・面白くなきゃ、生きてる意味なんて、無いじゃ~ん・・・」
そう言って、すっとぼけた顔でグルドの横に女司祭は座り込む。
「そりゃそうだが・・・」
そう言い掛けたグルドの顔を、女司祭は何か面白い事を見つけたと言わんばかりの顔で覗き込んだ。
「そうだ! じゃあ・・・君の次のカード、面白い組み合わせに調整しておいてあげるよ」
途端に小声になる女司祭。
「あたしは野暮用が出来たから、もう行くけど・・・試合、がんばってね!」
年齢不詳の可愛らしい系の笑みを残し、妙にハイテンションな女司祭はそそくさと立ち去るのであった。
微妙な空気に包まれた、グルドを残し。
「おうおう! 見せもんじゃねーぞ、こらぁーっ!!」
周囲の、グルドとは目を合わさない様にする雰囲気に悪態をつき、思いっきり舌打ち。
「まったく、夕べとまるで別人じゃねーか! なんなんだ、あのアマ!」
頭をかきむしると、乾いた血がパラパラと落ちた。




