第49話『しじゅうくるしむ』
ガシャン! ガシャン! ガシャン! ガシャン!
連続して、左右の目が交互に開いては閉じる。
「左回転1!!」
ダンチョーの踏むペダルがガラガラと金属板を回し、砕けた細かな石片が大量の火花となって吐き出される。
「「「「「うおおおおおおっ!!!!」」」」」
一斉に担ぎ上げられた巨体はわずかに浮き、一気に一回転。
周囲に火の粉を撒き散らし、路上は一際歓声に包まれた。
振り回される白い衝角に触れようと、もろに火の粉をかぶって転げ回る者。それを助け出そうと引っ張る者。また、その滑稽さを笑う者。
「続き! 右回転1!!」
「「「「「おおおおおおっ!!!!」」」」」
鮮やかな円を描いた赤い光跡が、一瞬の間を置いて、休む事無く逆回転。
流石の大技に、これまで継続して動かしてきた担ぎ手達の息も乱れた。
「こーたーいっ!!」
人々の歓声にかき消されつつも、一斉に毛皮の隙間から飛び出しては、後ろに続く面子と楽器を持ち替えての交代劇。
男達の体からは、湯気がもうもうと立ち上り、お囃子の鐘太鼓の音も機軸の音以外が一瞬だが鳴り止んだ。
「右、一番ヨーシ!!」
「左、一番ヨーシ!!」
「右、二番ヨーシ!!」
「左、二番ヨーシ!!」
「右、三番ヨーシ!!」
「左、三番チョーッス!!」
「右、四番ヨシ!!」
「左、四番よしっす!!」
「右、五番ヨシ!! 右舷ヨシ!!」
「左、五番ヨシ!! 左舷ヨシ!!」
この頃には、眺めている人々の騒ぎも多少収まる。
覗き穴の向こう、この場に配置されていた小人が腕を大きく右になびかせている。
「右1速!! 左2速!! パンツのアホー!!」
「「「「「パンツのアホー!!!!」」」」」
回転技は、まったく元の向きに戻るとは限らない。
額から滴る汗に目を瞬かせながら、ダンチョーは左右のレバーを押して、いのししの目を大きく見開かせた。
太鼓一つに対し、右は1歩。
太鼓二つに対し、左は1歩。
巨体は、ガリガリと石畳を削りながら、ゆっくりと左へ曲がって進む。
そこで、先導の腕の振りが真っ直ぐに。
「左1速!!」
一斉に、左側の五人の歩調が、揃って右側と同じになり、巨体は通りとほぼ沿った形で、賑やかな音を発てつつ進んでいった。
◇ ◇ ◇
目の前で起きたあまりの光景に、いくら楽器を奏でていても心は晴れなかった。
「一休みした方が良さそうだね」
ルイスにそう言われて、ハッとする。
いつの間にか、手が止まっていた。共演してた筈なのに・・・
そこは今まで居た筈の噴水の前だったが、妙な違和感を全身で感じてしまうアーリア。
誰もあの子供の事を気にするでも無く、忘れてしまっている。とても楽しそうに過ごしている。
ほんの少し前までは、あんな酷い出来事があったのにも関わらず。
噴水の淵に座っていると、そっと左の頬を撫でられた。
静かにアーリアを見る、ルイスの細い指だ。
「感じる事は悪く無い。感じなければ伝える事は出来ないからね」
「ルイスさん・・・」
「そんな悲しい目をしないで、アーリア。私も悲しくなってしまうから・・・」
この人は、私の瞳の色を読んでスイッチを入れて来るんだな・・・
こうしていると、せんせいとの訓練が思い浮かんで来る。あの時は、良く判らなかったけれど、今は何となく・・・
「そう。私達は心を装わなければならない。どんなに酷い状況でも、楽しい気分にしてくれと言われたら、どんなに心が辛くても、楽しい気持ちになって歌う。歌は心で歌うものだからね」
「・・・」
言葉にせず、表情で判っていますと返答するアーリアに、ルイスもまた人を魅了せずにはいられない微笑で頷いた。
「今は出来なくても構わない。判っていれば良いんだ・・・」
そう言って、ルイスは指先でなぞる様に、アーリアの頬から手を引いた。
この間合いすらも計算の演技・・・
(それでは、ルイスさんの本当の心はどこにあるのだろう?)
傍らに座った、ルイスの静かな横顔を眺めながら、ふと、そう思った。
自分はやっぱり、心から誰かを愛したい。
全身でぶつかっていきたい。
それが、とても子供っぽい事だと、頭では判っているのだけれど。
せつないなぁ・・・
まだ、良く判んないんだよなぁ~・・・
すると、ぺたぺたと走る音が近付いてくる。
「アーリア! アーリア!」
自称風の妖精、シルフーだ。今は妖精らしい姿に変化している。
やがてアーリアの目の前に立つと、不思議そうにこちらを覗き込んで来た。今はこの能天気さに随分と救われている気がする。
「アーリア、どうした!? 歌わないのか?」
「シルフーはいつも元気だな・・・」
「男達と夜更かししてたからな、アーリアは」
「おいおい。誤解される様な事、言うなよ」
前言撤回。こいつはどこかに埋めて置くべきだった。
傍らで静かに微笑んでいるルイスさんの微笑が、ちょっと作り笑いっぽくなってきた。特に目が!
「ホークだろ~、グルドだろ~、あとあと女が一人~♪」
「違うって、アレは全然そういうのと違うって!」
「四人でくんずほぐれつ。すんごい振動で、シルフー。屋根から転げ落ちそうになった」
「お、おま・・・お前なぁ~っ!」
思わず立ち上がって、こいつの口を塞ぎにかかる。
「おっ、やるか!? シルフーともやるか!?」
たちまち組み合った腕が、にゅるるる~んとなってアーリアの動きを封じてしまう。
「ふ~っふっふっふっふ・・・雑魚とは違うのだよ、雑魚とは」
「ぬあぁ~!」
「アーリア・・・一言良いかな?」
「あ、はい!」
この不利な戦況を挽回せんと、必死のアーリアは必死の形相でルイスさんを見た。
とても穏やかな表情だった。
「病気には気を付けるんだよ」
「違いますっっ!!!」
も~~~~~我慢の限界だぁ~~~~~っ!!
「うわあああああああああああああああああっ!!!!」
唐突に、まるでアーリアの心の叫びを代弁してくれるかの様な女の絶叫が、この広場に響き渡った。
くんずほぐれつのアーリアとシルフーも、そのまんまの姿勢でその声の主を見た。
見れば、身なりの貧しそうな女性が、顔を覆い全身を振り回して泣き叫んでいる。嗚咽している。
あれは・・・
さっきの子供が・・・
「ジミーーーーーッ!!! ジミーーーーーッ!!! 馬鹿な子だよロクデナシだよどうしてどうして騎士様にだなんてとんでもない事をろくでもない事を腕を無くしちまったらどーすんだい腕がなくなっちまったらどーすんだい誰が年老いたらこの母親の面倒を見てくれるってゆーんだいいやだよいやだよなんの為にあんな痛い想いしてあんたを産んでなんの為に苦労して育てて来たって言うんだよぉーーーーーーーーー全部あたしが働けなくなった時に食わして貰う為に産んだんだよ食わして貰う為に育てたんだよそれがどうしてこんな馬鹿な事になっちまったって言うんだい馬鹿だよぉーーーーー馬鹿だよぉーーーーーほんとにほんとに馬鹿だよぉーーーーー!!!!」
「おお・・・母の悲しみ岩をも通す・・・」
すりすりと無数の腕で合掌するシルフー。
「そういうのと・・・違うかな・・・」
毒気を抜かれた気分のアーリアは、髪を振り乱してのた打ち回る母親らしき人物を、あんまり見ない様にと顔を背けた。
腕に力が入らず、シルフーも絡みつく腕を放すと、透明な粘液がつ~っと伸びた。
「アーリア・・・」
見ると、ルイスさんは目を閉じ、首を小さく左右に振った。
「私達が気にしても、仕方の無い事だよ」
「うん・・・」
「アーリア・・・」
無数の腕が、無理矢理シルフーの方へとアーリアの首を巡らせた。
「な、何をしている・・・?」
「えっと・・・」
こいつ、考え無しだな。
「シルフー! アーリア! 親いない! いっしょ!」
「うん・・・」
「いっしょ!」
「そうだな・・・」
「いっしょ!!」
「し~つ~こ~い~・・・」
「ん~~~~~!」
引き離そうとして諦めて今度は抱き寄せた。
「わ~い」
「ほんと、あんたが何なのか、それがあたしの一番の疑問だよ・・・」
シルフーの肩をぽんぽん。
アーリアの肩をぽんぽんぽんぽん。
泣き叫んでいた母親らしき人物を、仲間らしきくたびれた表情の女達がなだめながら立ち去って行く。
薄っすらと開いた瞳に、そんな光景が映り込む。
「ルイスさん・・・」
「何だい?」
そのままの体勢で、呟く様に口にした。
「私って何の為に生まれたんでしょうね?」
「何の為、ですか・・・」
ふとルイスは眼前に広がる青い空を見上げた。
「二百年くらい前の話ですけど、鉄拳のミルティアと呼ばれた勇者の伝説を聞いた事がありますか?」
「女鉄拳伝説ですか? 少しなら・・・」
女の勇者の物語は、あんまり人気が無い。
戦うのは男の仕事であり、男達の間では英雄グンドの様な憧れの存在を歌にしたものが好まれる。そして、美しい妖精との悲劇的な恋の物語も。
「そう。その拳は空を裂き、その蹴りは岩をも砕くと歌われた、ガルパニの神官戦士。西方の海洋国家ストラディウムの主教の家に生まれ、吟遊詩人として世界中旅をし、北方のデュラが南進した折はラムザス馬を駈ってその最前線で戦い、南方にあってはヒュノーの海賊をマーメイドと共に次々と打ち破ったという」
「滅茶苦茶ですよね」
苦笑するしかない。
それが本当なら、一人で乗り込んでいって魔王の首をとって来れそうなものだ。
「そんな英雄でも、実際のところはどうなったかは判らない。仲間の半妖精と共に妖精境へ去ったのか、はたまた戦いの中で落命したのか、それともひっそりと隠遁生活を送ったのか」
「素手でドラゴンをひねり倒したって話もありましたから、かなり眉唾ものですよね」
伝説の巨大なドラゴンを素手でなんて、ありえないを通り越して滑稽ですらある。
「それだけの勇名を馳せた人物なら、その子孫を名乗る者が出て当然だからね。でも、こんなエピソードもある」
ルイスは改めてアーリアを見、それから言葉を続けた。
「これはどちらかというと、女性の吟遊詩人に人気のある英雄譚ですけど、せんせいは余り教えてくれなかったかな?」
「はい?」
「何しろ、君達女性の吟遊詩人にとって、彼女は大先輩にあたる訳だから・・・」
なるほど。
「せんせいは、あんまり。この歌は金になる!って感じで、ごりごり男向けのポピュラーなものしか・・・」
ちょっと恥ずかしい。
「なるほど」
妙に納得されてしまった。そりゃ、共演しようって話になった時、レパートリーを聞かれたし・・・そりゃそうです・・・
恥ずかしさに口元が微妙に歪んでしまいます。
そんなアーリアの表情を読み取ってか、気にする事はないよとばかりに微笑むので、ますます恥ずかしくなってしまった。
「まぁ、神々の末席に加わったんじゃないかとか、早朝ガルパニの神殿へ行くと不意に現れて稽古をつけてくれるだとか、そんな噂もありますけれど」
「ありますけれど?」
思わず身を乗り出し、くすりと笑われてしまった。
気付くと、くーくーとシルフーが寝息と涎を垂らしている。仕方ないなぁ~も~・・・
「彼女は、魔王の四天王と呼ばれる強力な魔物すらその拳で打ち倒してしまい、ある日、魔王から招待状をもらったそうなんです。それには『死の舞踏会へ招待する』とだけ書かれてたそうで、早速、その準備に取り掛かる訳なんですね」
「へぇ~、どこかで聞いた事がありますね。その話」
あ~、あの女主教さんからだ・・・
なるほど、あの人も吟遊詩人として旅をした事があるって言ってたから・・・
右手にメイス。左手にリュートだったかな?
「そこで、普通なら、強力な魔法の武具を調達すると思わないかな?」
「思います! 思います!」
ん~~~~~どんな武器を調達したんだろう?
「そこが何とも言えない所なんだよね」
「どうしてです?」
そこで、ルイスは普通だったらこれはたまらないでしょうとばかりの魅力たっぷりのウィンク。ピッと右の人差し指を立てた。
「だって、彼女が用意したのは、たった一着のドレスだったと言うんですよ。しかも、何の魔法もかかってない、黒いドレスを一着。ほら、丁度君が今、身に着けている様な、胸の所にデュールのシンボルをあしらった、闇色のドレスをね。だって、おかしいでしょう? 大体、ガルパニの神官戦士なんですから、色は赤でなければいけない。彼女は、炎の魔法が一番の得意だったって話しですしね。それが、人を創造したデュールのシンボルを胸に抱いて、その招待に応じたというのは、実に意味深だと思いませんか?」
「え・・・」
なんか、すぅ~っと血の気が引いた。
じっと胸元を見る。
確かに、今まで着た事も無いすべすべでぴかぴかの光沢のドレス・・・だった・・・これって、いくらするんだろう?
判らない・・・
確かに、とても綺麗な糸でしっかりとした刺繍が一面に施されてる・・・でも今はシルフー汁でガビガビ・・・これって、いくらかかるんだろう?
判らない・・・
「だから初めて君を見た時、かなり奮発してその伝承を模しているんだとばかり・・・実に意味深だよね・・・彼女は、舞踏会への招待に、ガルパニの神官戦士としてでは無く、一人の英雄としてでは無く、一人の人間の女性として応えた訳だ。長い戦いの末、最大最悪の仇敵でもある魔王の招待に真っ向から応じた豪胆さ、本当だったら惚れ惚れしますね。ですから、この伝承は、生まれて来たからには、何を求めているのかと・・・あれ? アーリア? アーリア? アーリ・・・」
その辺りで、アーリアはもの凄く気分が悪くなって、苦しみの内に意識を失った。




