第48話『風物詩』
響く。
響く。
大気を揺らし、太鼓が響く。それと同時に無数の小さな鐘太鼓が打ち鳴らされた。
街の大門で順番待ちをしていた人々は、街道を進むその異形に気付き出す。
巨大な黒い毛皮。白い牙を二本生やし、大きな丸い目は赤く、まるで炎の様に爛々と輝いている。
それが、唐突にガラガラと割れ鐘の様な音をあげ、火を噴いた。
火というより、小さな無数の火花だ。
「あ~あ・・・また今年も出やがったか・・・」
これを街の兵士達は、まるで季節の風物詩かの様に、遠い目をして眺めた。
「また、だいぶ凝ってるなぁ~・・・」
「今年はいのししか~・・・」
そんなのんびりした兵士達は、悲鳴を上げて門内へ逃げ込もうとする人々を、手にした槍で押し返す。
「はいは~い。大きいのが通るよ~」
「道開け~! 道ぃ~!」
ゆっくりと前進し続ける巨大ないのししは、やがて大門へと到達する。後ろには陽気に踊る10名程の小人達。手に手に鐘太鼓を打ち鳴らし、奇声を上げて楽しそう。
いのししの額の部分が押し上げられ、その下から一人の丘小人が顔を出す。角刈り頭に鋭い目、ダンチョーである。
「てーしっ!!」
その一喝に、ギシギシと巨体は動きを止めた。
「今年も邪魔をする」
「人数は22名で良いのか!?」
兵士の問いかけに、丘小人達は一斉に吼えた。
その凄まじい雄叫びは、街全体に響き渡る。何事かと驚く者。来たかと頬を歪める者。
「どうやら、良いらしいな!!」
負けじと声を張り上げる兵士に、ダンチョーは敬礼。
左右のレバーを操作すると、ゆっくりといのししの巨大な目が開き、その奥で爛々と輝く炎が、まるで本当に生きているかの如く揺らめいて見えた。
それから、正面の分厚い獣皮を下ろすと、覗き穴から薄い布越しに街の様子が見てとれた。
中の住人達は、如何にも好奇の眼でこちらを眺めている。
「お~、いるいる! これには応えてやらんとなぁ~!」
思わずほくそ笑むダンチョー。
「いっちょ、やりますか!?」
後ろに控える十一人も、不敵な笑いを浮かべているのは明らかだ。こもる熱気が、備え付けの丸いガラスのフラスコを曇らせ、中で水がちゃぷちゃぷ音を発てている。
「太鼓!!」
動作の基本となる太鼓が打ち鳴らされる。
「三速!!」
拍子に合わせた動作の速度が告げらる。
「パンツのアホー!!」
「「「「「パンツのアホー!!!!」」」」」
非常にゆっくりと、人の大人より頭二つ分は大きい、巨大な人工のいのししは門をくぐり出す。
「大門通過ーっ!! 大門通過ーっ!!」
先ほど、合図を送った小人が、声を張り上げながら街を、人ごみの中を、驚くべき速度で駆け抜けていった・・・
◇ ◇ ◇
その雄叫びに、人々はその声の方へと思わず目を向ける。
「始まったみたいですねぇ~・・・」
「ええ・・・」
雑然とした広間で、正にまっ昼間から宴もたけなわと盛り上がる席。
酒盃を置いた男が、人々の群がる窓辺へと近付こうと腰を浮かせた時、その肩をぽんと叩く者がいた。
「?」
「ちょ~っといいですか~?」
どすん。
立ち上がりかけた腰は、まるで椅子に根が生えたみたいに動かない。
「な・・・て、てめえ!?」
「今日は~、親分さんにお願いがあって参りました~」
そう言って、擦り寄る様に隣へと腰を下ろしたのは、赤い衣をまとった司祭風の女だった。
胸には大地の大霊ガルパニのホーリシンボルをきらりと揺らし、そこへ男の右腕を抱える様に。
「おや、親分さんもお安くないですね」
「じゃあ、ちょっと我々は・・・」
それまで酒盃を交わしてた赤ら顔の連中は、何の疑いも無く、そのままの流れで外の騒ぎの方へと。
男は周囲の目を気にする様に、小声で迷惑そうに言い放つ。
「なんであんたみたいなのが、ここに居るんだよ?」
「居ちゃ悪い~?」
さも面倒そうに顔をしかめる男に、その女はさも愉快そうに。
「居ちゃ悪いんだ~。そうよね~、悪い事だらけだもんね~」
「勘弁して下さいよ。俺だってね、もうここじゃいい顔役なんですから」
あっさり白旗。これには相手もがっかり。
「も~ちょっと、遊んでくれてもいいんじゃない?」
「そして、うちのかみさんが猛り狂うって・・・ジョーダンじゃない」
「あははは・・・坊やもお元気?」
「いえね。実は今、二人目が・・・」
途端に表情が緩んで、お腹の辺りが大きいよってジェスチャーを。
これには慌てて女も手を離し、目の前で手を合わせ、瞳を輝かせた。
「あら、おめでたいじゃない! じゃぁ~、ここは是非とも・・・」
「また、金ですかい? あんたが顔出すと、大体その・・・」
ドスンと、女はテーブルに石を出す。
「これって・・・右足みたいに見えますが・・・」
「夕べね、おかしなのが神殿で暴れてねぇ~・・・」
「あんたでしょ」
「安普請の性かしらねぇ~・・・あちこち・・・」
「いや、全部あんたの仕業でしょ」
指でつんつん。きれいに足の裏の形に踏み抜かれた平たい石を前に、男は目を細めてじ~っと相手の目を見据えた。
「だから、前にも言ったけど、さっさとてきと~なのだまくらかして、捕まえときゃ、こんな事をせんでも・・・」
「あんた、あたしのおとーさんかよ!」
なんのかんので、安産祈願の石碑をある程度の寄付と交換条件で建てられる事となったらしい。
◇ ◇ ◇
「なぁ~んだ、バカヤロー!」




