第46話『無茶』
はあ・・・はあ・・・はあ・・・
(何びびってやがる! しっかりしろ!)
「くっ・・・」
息が荒れる。
一歩、また一歩と進むにつれ、不自然な感覚が四肢にまとわりつくようだ。
目の前を楽しそうに行き交う大人達が忌々しい。
ジミーはそれを掻き分け、一歩、また一歩とその巨躯に近づいてゆく。一際巨大な、その黒い影に。
◇ ◇ ◇
「君達、このお祭りでゲームをしませんか?」
その張り付いた様な白い笑顔を少しも変える事無く、イチと名乗った男は話を続けた。
「誰がリーダーに相応しいかを決めるゲームを・・・」
真っ直ぐに、ジミーに向かって・・・
「何ぃっ!?」
「別に、無理にとは言わないですよ。自信が無いなら逃げたって構わない。逃げる事だって大事な事ですよ」
ぷっとせせら笑う気配がパク達から。
サッとうなじが逆立ち、ジミーは吐き捨てた。
「逃げる!? 誰がっ!!?」
イチの細い目が、いっそうに細くなり、ゆっくりとパクの方へ向く。
「君は逃げないかね?」
「ふふん。そんな奴に負ける筈が無い!」
「んだとっ!!」
ピッとジミーを指差すパクに、思わず噛み付きそうになるのを必死で堪えた。
「じゃぁ~決まりだ。ルールは簡単!」
右腕をスッと上げて、イチが宣言する。
「このお祭りが終わった時、ここに持ち寄った品の価値で勝負する! 如何なる手段でも構わない! 如何なる品でも構わない! たった一品! ただ純粋に、どちらがお前らにとって凄い品かという勝負だ!」
◇ ◇ ◇
ぴ~~~~ん・・・
小さなうねりが、風を切って飛ぶ。
「馬鹿野郎っ!! もうとっくに始まってんだぞ!! 持ち場につけぇっ!!」
わあっと、まるで蜘蛛の子を散らす様に、四方八方に走り出す丘小人達。それらを追い掛け回したホークは、不意に立ち止まった。頭の辺りで、何かを掴み。
ぐいっと、押し出す様に指先へ。
それは1枚の金貨だった。
「な~んのつもりだ!?」
金貨の先に、一人の男を認め、ホークは憮然とにらみつけた。
「手付けだ! もし、戦場で会う事があったら、俺の所に来い! 俺の隊に加えてやる!」
ガシャン。胸の黒い板金を打ち鳴らし、向こうでゲイルが笑っている。
「冗談!」
にやけた面に叩き返してやろうと思ったが、そいつは一文の得にもならない。むしろ、あのにやけ面に返す義理も無い。
投げかけて手を止め、ぴ~んと空に弾いた。
そして、落ちて来た所をパシッと掴む。
「あれぇ? 空から何か降ってきやがった。おおっ、オザン様のお恵みだぜ!」
すっとぼけた面で、ふふんと鼻で笑ってやった。
「はっはっは! 勝手にしろ! ・・・じゃあな! おい、行くぞ」
二番星のゲイルは、馬首を巡らせ、ガンツを促した。
ガッシュとアウリーリンの姿は、とっくにこの広場から消えている。少しは邪魔をしないでやるのも、仲間の気遣いというものだ。
◇ ◇ ◇
コツコツとイチの靴音だけが、薄暗い路地に響いていた。
その沈黙に耐え切れず、パクは不安な胸の内を漏らさないではいられなかった。
「でも、大丈夫でしょうか? イチさん・・・」
全く自然な口調で、イチの言葉が返ってくる。
「大丈夫ですよ・・・君も不安だろうが、ジミー君も相当不安なんだよ・・・」
「はぁ・・・」
「あれは、自滅するタイプだね・・・君とは違ってね・・・」
「・・・そうでしょうか・・・」
自尊心をくすぐられ、パクは少し口ごもる。
そんな少年をちらりと眺め、イチはさも楽しそうに声色を響かせた。
喉の奥から転がす様な、そんな艶めいた、危険な音を・・・
「まあ、見てなさい・・・」
「・・・」
「彼はきっと無茶をするから・・・」
◇ ◇ ◇
それは、のんびりとした祭りの風景だった。
旅芸人に、吟遊詩人、大人に、子供に、老人に・・・
物売り、ばくち打ち、娼婦に旅人・・・
雑然とした賑わいに、突如それらを引き裂く悲鳴があがる。
空に小さな影が、ぷらぷらと浮かんでいた。
まるで冗談みたいに、体から黒い棒が生えていた。
その棒は、地面へと近付くにつれ太さを増し、一人の騎士の腕に握られていた。
湯気を立て、その影より降り注ぐそれを受け、二番星のゲイルは皮肉に頬を歪めた。
「とんだ、オザン様からのお恵みだぜ・・・」
「あ、兄貴ぃ~!?」
目をむいたガンツが、口の端から泡を吹きながら吼えた。
何しろ振り向き様に、ゲイルのランスが己の脇をかすめ、空に突き上げられたからだ。
ガンツはゲイルの目をただただ呆然と見ていた。それから、まるで壊れた機械が動き出すかの様に、がくがくとランスの切っ先へ。
その影は、少年だった。
人々が息を呑むさなか、少年の手から黒い物が滑り落ちる。
ガスン。
それは、ゲイルが左腕に掲げ持つ、水平にしたシールドへと突き立った。
「そ、それはっ!?」
ハッと息をのみ、ガンツは己の右足のブーツを見た。
「ガ~ンツ、0点!」
皮肉たっぷりの一言に、脂汗だらだらのガンツは、わななく手でそれを掴む。
「こ、このガキィ~~~~俺様のナイフを盗みやがったぁぁぁぁっ!!!」
刃渡り20数センチはあろうナイフを振り上げようとして、抱えていた二本のランスを取り落としそうになるガンツ。
それでも殺意に満ちた顔は、茹で上がったザリガニみたいにまっかっかで、正に悪魔の如し。
「馬鹿野郎っ!!!」
「あ・・・兄貴ぃ~・・・」
ゲイルの一喝に、途端に萎れた茄子みたいにしぼんでしまう。
が、そんな弟分に、ゲイルの表情もいつになく優しげになる。
「馬鹿野郎・・・一人前の騎士が、ガキの悪さにそんなでけぇ声、あげるもんじゃねぇぜ・・・」
「兄貴ぃ~・・・」
涙目になるガンツに苦笑しつつ、ゲイルは更に続けた。
「まぁ、このまま突き出してやろうぜ。明日の朝は公開処刑だ。その前座に、腕の一本ででも許して貰えるだろうさ」
「それもそうだな、兄貴!」
ころっと喜色満面になるガンツは、それでもと憎憎しげにランスの先に突き上げられた少年を見上げた。
「でもさあ、こいつ腕一本叩き切ったら、両方無くなっちまうんじゃ~?」
「ふむ・・・」
見上げてみれば、少年の体はランスの穂先に取り付けられている布製のガードに巻き込まれている様に見えた。
瞬間、余程の回転が加えられていた事を物語るのだが、どう見ても左の肩から先が、異常な方向へ折れ曲がっている。
「やり過ぎた・・・かもな」
自嘲気味にそう呟くと、ゲイルは馬の腹を軽く蹴って、先へと歩ませた。




