第43話『黒い流れ星』
キリキリときしむ音が風に響く。
黒いランスが、その穂先に短い弓を引っ掛け、くるくると回転させもて遊ぶ音だ。鋼に弓の弦がこすれ、さながら悲鳴の様に。
苦々しげに痺れる左腕を庇い、ホークはその場に尻餅をついていた。
眼前には、黒い騎士の一人が、馬上から、その面頬の下から黒い瞳を光らせている。
「い~い勘だな。悪く無いぞ、こわっぱ」
「ガキじゃねぇっ! 俺は大人だ!」
酒焼けしたガラガラ声がくぐもり、嘲笑の声音を鈍らせた。
負けじと吼えるホークに、その黒騎士はランスの穂先を突き付け、たった今、電光の早業で奪い取ったホークの弓を滑らせる。
「なるほど。丘小人か・・・」
「ちっ!」
舌打ちし、穂先に巻かれた布の保護具に引っかかった己の弓を取ろうと、右手を伸ばしたホークの手に、まるで生き物かの様に跳ね、それは戻った。
あれは容赦の無い突きだった。
咄嗟にホークが構えるより早く、まるで人馬一体の動きで繰り出されたそれは、最悪、弓を砕き、ホークの肉体をもバラバラに砕いていたかも知れない。
だが、腕の痺れと、尻餅で済んでいる。弓も一見無事だ。その事を『悪くない』と言われても、褒められた気がしない。
褒められた気はしないが、その騎士から吹き付ける様な威圧感は感じていた。
歴然とした実力差。
その観点からの『悪くない』は『そこそこ』程度だろう。嫌な気分だ。
「静まれいっ!!」
「お、おう!! 静まれいいいっ!!!」
残る二人の騎士が、カバーの付いた穂先を天に掲げ、フルフェイスヘルメットの面頬を押し上げた。
もの凄い大声だ。
割れ鐘の如きだみ声は、頬を張らんばかりの衝撃となる。
浮き足立った悲鳴が止み、逃げ惑う人々の足も次第に止まり、広場は冷たい静けさを帯び始めた。
「如何にも!! この鎧は、先の大戦にてデュラの黒竜騎士より奪った物!!」
「我等の武勲の証よ!!!」
かんらかんらと高笑い。
北方のデュラは魔王を頂き、人間世界を破滅させんと幾度も侵攻を企てる恐怖の国。黒竜騎士団とはその中核を成す、邪竜に乗った最強最悪の敵騎士団。この三人は、三人共に少なくともその一人を倒して来た英雄と言う事になる。
馬首を巡らせ、一人が手にする盾を掲げた。その黒い盾には、四方八方に黒い光を放つ大きな星一つ。
「我等『黒き流れ星』!! 俺は一番星のガッシュ!!」
ガン!!
手にしたランスをガントレットごと胸の板金に叩き付け、黒騎士はその胸を反らしてみせた。
伸ばし放題の黒いヒゲがまるで針金の様。赤ら顔の男は、そのぎょろりとした丸い目で周囲を見渡し、最後に噴水の中にいるアーリアとアウリーリン達を見た。
「俺は二番星のゲイル!!」
ホークの弓を奪った騎士が、己の盾を掲げながら静かに面頬を押し上げる。
皮肉めいた眼差しが、斜めに描かれた二つの星の下に隠れ、盾の向きを変えると、その下からホークに向かって真っ直ぐに、改めて向けられた。
「お、俺は三番星のガンツ!! 一番の力持ちよっ!!! がぁ~っはっはっはぁ~っ!!!」
その騎馬が可愛そうなくらいに、三人の中でひときわでかい男が、頭の中まで筋肉が詰まってるんじゃないかと思える傷だらけの顔から泡を吹きながら、己の筋肉を誇示する様に両腕を振り回した。
手にするランスと盾は、まるで小枝と木の葉の様。
盾には三条の黒い流れ星。そして、三者三様、その羽織るマントに同様の紋章を刺繍している。
「「「我等『黒き流れ星』!!!」」」
一瞬、馬の嘶く声だけが、静かに響いた。
「我等は、ここの領主殿より招待を受けて参った・・・が、娘・・・」
ガッシュと名乗った黒騎士は、ぐるぐるとアーリアやウンディーネ達の顔を見渡し、最後にアーリアを格別の形相で見据えて来た。
もの凄い威圧感に気が遠くなりそうなアーリアだったが、傍らにはアウリーリン達がいる。力無く震える体にむち打って、何とか立ち向かう。
「な、な、何でしょうか?」
声が裏返るのを必死に堪えながら返事をすると、唸る様にガッシュは口を開いた。
「危ないところだったな」
「え?」
ぽかんとするアーリア。頭の中で、ガッシュの言葉を解析するのに数秒はかかった。
「戦場では、よく人が人の重みで潰れて死ぬ。それとも、お前はどこぞの闇司祭で、わざとそう仕向けたか?」
「とんでもない!!」
ぷるぷると首を左右に振り、アーリアは否定するのだが、ガッシュは相変わらず馬上より刺すような目線を送って来る。
「私はまだまだ駆け出しの吟遊詩人でございます。何か誤解をなさっておいででわ・・・」
「で、あろうな・・・」
ふぅぅぅと深く息を吐き、ガッシュはその丸い顔を斜めにし、更に覗き込む様に身を屈めてきた。
「一つ訊ねるが・・・」
アーリアの膝は、も~ガクガクぶるぶる。全身、変な汗でだ~らだら。も~~~~我慢の限界だっ!!
視界が急激にぼやけ始めたその時、アーリアの眼前を遮る様に、青い髪がたなびいた。アウリーリンの透き通る様な青い髪が。
無数の手がアーリアの体を背後から支えていた。それまで、アウリーリンが居た所を。
『アーリアは悪くありません』
一言、妖精語で告げ、アウリーリンは少しだけ首を左右に振って見せた。真っ直ぐに、ガッシュの丸い目を見据えて。




