第42話『黒い騎士』
「「「「「アーリアちゃぁ~~~ん!!!!」」」」」
一斉に吼える高齢の丘小人達二十余名。
この騒ぎに、なんだなんだと広場に集う人々は一斉に、噴水の淵に立つ一人の少女へと注目した。
風にひらひらと漂う漆黒のドレスに身を包み、眩いばかりの笑みで颯爽とリュートを構える少女に、人々は未知の戦慄を覚え、ある者は熱病にかかったかの如くよろめきつつ前進し、またある者はその場に立ち尽くした。
(これ、実はやばいんじゃないか・・・?)
内心びびるアーリアだったが、呑むなら呑むな、呑まれるなら呑め!とばかりに、押し迫る重圧に対し半歩、肩幅程度に足を開いた。
ゆっくりと単調なリズムを刻み、その響きに言葉をのせる。そしてスイング。スイング。
も~、挨拶は抜きだ!
「日々の暮らしは退屈です その分 祭りの日は憂さ晴らし
どうどう巡りの毎日に お話しましょう 隣の世界
あなたは果たしてご存知かしら 地の底 川底 空の上
私も一度だけ たった一度だけ お邪魔した事ありますよ」
先ずはジャブと、身振り手振りを織り交ぜての、オリジナルのアドリブ演奏。
(有名どころの伝承とかは、比べられちゃうからな~)
同業者達からの刺すような視線に、目を合わせないで。
目を合わせないで・・・
目を~・・・
スッと胸の中に、あの人の姿を想い描いて・・・
忘れようにも忘れられない、あの暖かな微笑を・・・
「どうしてそこへ行けたのか それは秘密 秘密です
そこは深き水の底 水草揺れる水の底 底なる底へとそこそこに
貴方は静かに微笑みます 流れる水の煌きを そのままにした水の乙女
流れる小川の精霊よ 緑のお屋根のヒスイの館 そこに住まうは~・・・」
◇ ◇ ◇
その日は、遠い親戚が何人も遊びに来ていました。
お供は連れずに、気軽な訪問です。
気心の知れた仲同士での、他愛も無い会話が楽しくて、夜と昼とが何度も巡り・・・
ふと、呼ばれた様な気がしました。
振り返ると、目の前に何とも可愛らしい女の子が。
少し前に、少しの間だけ、一緒に過ごした人間の女の子が、不思議な輝きを放ちながら、私の名前を呼ぶので・・・
「アウリ~リ~ン~・・・」
「ア~リア~・・・」
私は、夢の中で夢を見ているかの気分で、そっと囁いてみる事にしたのです。
◇ ◇ ◇
水面が持ち上がる様に、水そのものが、次にはそれはたった今、胸の中で描いてみせた水の乙女。ウンディーネのアウリーリンへと。
そして、歌う様にこちらの声に返して来たのです。
「ね? 心の魔法に距離は関係無いでしょう?」
あの女主教に、耳元で囁かれた、一瞬だがそんな気がしました。
アーリアの立つのは広場の中央にあるちょっとした大きさの、二頭立ての馬車程度は丈があろう円形の噴水であり、その中央の岩から水がなみなみと滴り落ちている。そして、滴る水がたまる深さ膝くらいだろう所に、今やあのアウリーリンがちょこんと座って、こちらを見上げているのだ。
「アウリーリン・・・」
「アーリア?」
少し不思議そうに小首をかしげ、全てを包んでしまいそうな穏やかな笑顔で、またアーリアの名前を呼ぶのです。
半透明の体は、まるで水の様。水そのものが形を成したみたいに、すっと差し伸べられた両腕に、アーリアは一歩足を踏み入れると、優しく抱かれていました。
これには見てる方もびっくりです。
ただ、声高に叫ぶと、魔法が解けてしまうのではとおっかなくて、誰も声を荒げて騒ぐ事が出来ません。
一瞬の静けさに、アーリアはこれは不味いと、リュートを濡らさない様にと持ち上げながらの抱擁から身をよじり、ちょっと目で良いよね?とたずねてから、小さく頷いたアウリーリンに感謝の微笑み。
「ご紹介しましょう!! 友達のアウリーリンです!!」
人界で水の妖精がそんなに珍しい訳では無い。
ただ、こういうタイミングでの出現は、流石に驚かされる。
しかも、他に4人も!
人々がわあっと歓声で歓迎する様に、何とも誇らしい気分になるアーリア。
アウリーリンは、優雅にお辞儀をして見せた。
そこでようやくアーリアは、周囲の目線がアウリーリンだけじゃなく、幾つもの対象に泳ぐ様と、背後の気配とに気付いた。振り返ると、更に増えているのだからびっくりだ。
歓声にかき消され、彼女らが順繰りにお辞儀をして、名乗っているらしい事が判るのだが、残念ながら聞き取れない。
皆、それぞれに独特の雰囲気を持った、見目麗しいお姉さま方。
その声の響きだけで、とても魅力的な方々と感じられた。
そして、その熱狂に、どっと人々が噴水へと押し寄せようとしたその時、突如、黒い塊がその間に割って入った。
余りの事に、度肝を抜かれた人々は、悲鳴と共に逃げ惑い、ウンディーネ達もアウリーリンを除いて全員が水の中へと消えてしまう。
蹄の音も高らかに、黒い騎士が三騎、黒いランスを高々と掲げ、噴水の周りを、そこにいるアーリアとアウリーリンの周りをぐるぐるぐるぐる反時計回りに駆け抜けて、それは次第に並足となり、最後には二人の前で止まった。
夜の様に暗い、黒い鎧とマントをまとった、完全武装の鎧騎士が三騎もだ。
「こ・・・黒竜騎士団・・・」
誰かが、その恐怖の名を口にした。




