第41話『ブラックぺけぺけ団』
少年は肩で息をしていた。
気持ち悪い汗が、まだ肌寒い朝の名残に冷ややいで感じる。
「まだだ・・・」
ダン!!
白く握り締めた拳が、左の腕が漆喰の壁を僅かに揺らした。
「こんなんじゃ・・・駄目だ!」
青い瞳を苦悩に染め、吐き捨てると共に、顔に巻いたぼろ布を毟り取った。
はらり、ぼさぼさの金髪が舞う。
「ジミー・・・」
そのか細い声に、少年はハッと息を呑んで、声の主を見る。
まだ、10歳かそこらの風貌は、明らかに焦りの色をにじませていた。
この細い路地は、数歩踏み入れば表通りの喧騒から隔絶されたかに静まり、足元もぬかるむむき出しの土となる。
そして、少年をジミーと呼んだ声の主は、その更に路地の奥より歩み出てきた。栗色の髪と瞳の、同じくらいの背丈だが、やや細い少年だ。
「ジミー・・・やばいよ・・・今回の賭けは・・・」
「判ってらいっ!」
二人の身なりは、一見してみすぼらしいものだ。だが、この街中であれば普通の事。大多数の貧乏人。ボロの衣服にむき出しの素足。
「判ってらい・・・あいつら、最初っから企んでやがった。・・・きっとだ!」
「だったら、今回の賭けは無効って事で・・・」
「んな事、今更こっちから言えるかよっ!!」
ジミーは一喝すると、右手の物を投げつけた。
「ジミー・・・」
ちゃりん。
受け取ったもう一人の少年は、それに目を移す。
それは、ごくありふれた皮製の巾着だった。多少の中身は開けてみなくても重さで判る。大した額じゃ無さそうだ。
「それはくれてやる。だから、もう口出すな」
「でも、勝算あるの!?」
「あったりめぇ~だろ! 俺様を誰だと思ってんだ!?」
「ジミー・・・」
ふんと鼻で笑って見せるジミーに、更に不安の色を濃くして見せた。
「でも、あのイチって人、絶対普通じゃ無いよ! おかしいよっ!!」
「だからって、びびってどうする! アル! 俺たちゃぁ『ブラックぺけぺけ団』だぞっ!! 大人に舐められたら、おしまいなんだよっ!!」
◇ ◇ ◇
話は少し戻る。
街の表立った通りは人々の賑わいが渦巻いているが、一歩路地裏へと足を踏み入れれば、そこは騎馬も走る事がままならぬ入り組んだ細道が交錯する。
真っ当な商売人なら表通りにそれなりの居を構えるが、裏通りともなると途端にみすぼらしくもなり、平屋が多くなる。中には屋根が抜け落ちたまま放置され、まっとうな人間なら近寄るのもはばかられる、そんな危険な地区がある。貧乏人、やくざ者、盗人、強盗、人殺し、そんな連中の吹き溜まり、俗に言うスラム街だ。
ジミー達、10数名の少年グループは、そんな屋根が抜け落ちた、辛うじて家の残骸が風除けになる程度のあばら家に集っていた。
二三名が小さくまとまって、だべりながら時間を潰している。そこへ、新たな一団が現れた。
「おせぇ~ぞ! 呼び出しておいて、随分じゃねぇ~か!?」
そう言って立ち上がったジミーは、両腕を組んで出迎える。周りの仲間も、警戒心を隠そうとしない。
「まぁ~、そう急くな! 器が知れるぜ!」
「何ぃっ!!」
にやり。狐目の少年を中心に、五人が立ち並ぶ。皆、黒い髪と瞳で面差しも似ている。
後から現れたのは、この数ヶ月にこの街へやってきた新参者達ばかり。
事ある毎に意見が別れ、対立する様になっていた。
「おい、パク! 今度は何だ!?」
「いえね」
ふふんと鼻で笑い、その細い目を僅かに開き、居並ぶ『ブラックぺけぺけ団』の面子を右から左へと眺めて回った。
「そろそろ、このふざけた名前を変えないかと思いましてね」
「ほほう。この名前がふざけてるってぇ~なら、どんな名が良いってんだ? まさか『パクパクパクリ団』じゃねえだろうな?」
「ほ~う。それはなかなか良いセンスですね。流石はこれまでここのリーダーを張ってただけの事はあります。でもね、あなたはその器じゃないんですよ」
その言葉に同調する様に、不適な笑みを浮かべる残りの狐目達。
「器、器、うるせぇ~なぁ~!! だったら、木彫り職人に弟子入りして、でっかい木の器でも彫ってりゃいいんじゃねぇ~のっ!!」
ペッとつば吐くジミーに、五人は余裕の笑みを崩さない。
するとだ、それまでこの対立を眺めていた、二三人のグループが不意に歩き出し、パク達五人の左右に、二人、三人と加わって見せた。
「なっ!?」
驚くジミーに、傍らのアルも狼狽を隠せず、悲鳴の様な上ずった声をあげた。
「お、お~ぃっ! どういう事さっ!?」
たちまち、パク達は10人。ジミー達は8人と、少数派になってしまった。
「お前達!」
「だってよ~、お前、リーダー風吹かせて、面白くねぇ~んだよ」
「そそそ・・・」
「大体よぉ~、ブラックは判るとして、ぺけぺけって何よ?」
へへへとせせら笑う10人に、ジミーも腹を据えた。
スッと息を吸っては吐き、懐から得物を、刃渡り10cm程のナイフを取り出して見せた。
「それが君の器かい?」
「どうした? びびったのか?」
「まさか?」
嘲笑するパクも、懐から同じ程度のナイフを抜き出して、その刀身の鋭さを、切っ先をジミーへと滑らかに突きつける事でアピールして見せた。
互いに身を屈め、左右の連中を目で威嚇する。
一人、二人と、パクとジミーの周囲から離れていく。
無言で、勝った方が次のリーダーであると。そして、負けた者は・・・
じりじりと距離を詰める二人。
左右に位置をずらしながら、その切っ先をどう相手の肉体に滑り込ませるのか、全身全霊をかけた駆け引きが・・・
が、そこでジミーはこれまでにない違和感を覚えた。
余りにも鈍すぎる。
こちらの誘いや、威嚇の動きに、やや大げさに距離をとって、踏み込もうともしない。
(おかしい・・・)
たかだが十数年だが、このスラムで淫売の子として生まれ育ったジミーは、それなりの場数を経験してきた。無論、団の面子も大概である。
(こいつは・・・裏があるな・・・)
だが、周囲に気を散らしてる程、余裕がある訳じゃない。
相手が攻めて来る気が見られなくても、他に気を散らそうものなら、不意にその気になりかねない。
「ちっ・・・」
軽く舌打ちし、右に、左にナイフを持ち替えて見せるが、相手の嘲笑する狐顔は真っ直ぐにこちらを・・・
その目が不意にぶれた。
ジミーはとっさに、後ろに飛ぶ。
空気が揺れ、ガラガランと、まるで屋根の梁に使われていたみたいな、焼け焦げの目立つ大きな木材が、たった今、二人が対峙していた場所に放り込まれた。
「誰だっ!?」
見れば向こう側の少し後ろに、見慣れぬ男が立っていた。
張り付いたみたいな白い笑顔。舞い上がる土ぼこりの向こう、それが印象的だった。
ジミーの問いに答える様、男はぱちぱちと拍手を返す。
「いやぁ~、君、いいねぇ~」
「誰だって訊いてる!!?」
頭が沸騰する様だ。
パクとその男を素早く見ては、周囲の気配も気にかかる。その退路も。
「うん。私の名前はイチ。親しい友人はイッチーと呼んでくれる。だから、そう呼んでくれても構わないよ」
このスラム街に似合わないパリッとした服装。だが、その男から感じるのは金持ち連中や貴族連中の多少緩んだそれとは違い、裏の世界特有の隙の無さを感じた。
「イチさん。わざわざイチさんが出向かなくても、こんな奴は・・・」
「パク君。いいんだ、いいんだ」
手で制し、ゆっくりと歩み出て来るイチは、二人の間に立った。余りにも無防備に。
だが、その一見無防備そうに見える様は、とても危険な存在に、ジミーには感じられた。
「話は聞かせて貰ったよ。だけどね。若い君達が血を流すのを、大人として見過ごす訳にはいかなかったんだ。邪魔して悪かったね」
そう言って、張り付いた様な笑みをジミーへと向け、更に言葉を続けた。
「確かにね。腕っ節でリーダーを決める。それは大事な要素だよ。でもね、腕っ節だけじゃリーダーは務まらない」
そこで言葉を切って、自分の頭を指で軽く小突いた。
「頭もね。それに度胸も必要だ。そこでどうだい?」
「君達、このお祭りでゲームをしないか?」
『ブラックぺけぺけ団』と『ジミー少年』は、昔、テラネッツのWTRPGで港湾都市での冒険を描いた時に使った設定で、確か秘密の抜け穴で白骨化していましたね。なんとも懐かしい話です。
イチさんのキャラクターは、結構悩んでいたのですが、昨日の朝方、会社の先輩に話しかけられ、こんなにビンゴなキャラクターはいないぞ!!と、その場でキャラの拝借を承認戴きまして、ねっとりはりつく様な笑顔で子供達を邪悪と混沌の世界へ導く存在として今回爆誕して戴きました♪
41話は遊戯王ARC-Vの新弾パックの発売で、ついつい執筆が伸びてしまいましたが、お楽しみ戴ければ幸いです。




