第39話『キラキラがいっぱい』
傍らで肉を奪い合ってるホークとシルフーの喧騒が、奇妙に遠く感じられた。
全てが後ろへ突き抜けていく。
遠く、遠くへと。
「まぁ、その気になれたら、祭りを楽しんでいきなね」
「あ・・・ありがとうございます」
不意に立ち上がるカペラ婆に何か言いかけ、アーリアは月並みな言葉しか思い浮かばなかった。
ひらひらと手を振り、威勢よく新たな客を出迎えるカペラ婆は、独楽鼠の如く動き回る。
そんな様を眺めつつ、アーリアはそっと頬に触れてみた。先ほどまで、カペラ婆が触れていた頬を。
「ま~、強烈な人だな・・・」
苦笑に目を細め、言い直した。
「強烈なノームさんだ。うん」
フッと吹き出してしまう。それ程に、アーリアが受けたインパクトは大きかった。
まだ頬にカペラ婆の手の感触が、その熱気が残ってる様だ。
(何だろう、この感覚?)
何でこんなにと、自問自答するのだが、目の前で跳び回ってるから思い出しちゃうのかな?と思ったりもする。
すると、女主教の言葉が、その声が思い浮かんだ。本当にえらい目にあった。
(次に会ったら、な~にされるんだろう?)
自分自身の、今の姿に苦笑する。
今日は昨日から本当に色々あり過ぎる。
小さな手が。小さな手が幾つも、小麦粉をこねては伸ばして笑ってた。最初は、強張った目を、表情をしていた子供達が・・・
(そういえば、疲れてみ~んな寝ちゃってたな・・・)
別室で細い手足がごろごろ転がってるのを、ちらり見た気がした。
不意に、ホークがテーブルの上に乗って、どたばたと。
(昏倒する中、神殿まで運んでくれたのはホークだったし・・・この小さな背中に・・・)
そう見上げながら、意識せず、テーブルのカップを傍らの椅子に退避させた。
目前で影が躍る。ホークとシルフーの体が、明り取りの小窓を遮る様に。
その明滅が。
(う・・・)
ゾクリ。
闇に瞬く凶眼。
それは、こちらを押しつぶそうとする、粗暴な意思の嵐。
頭を左右に振った。忘れようと。目と首に手を置いて。
あの男の声が。
すると。
『・・・リア』
押し迫る闇のイメージが、ほの暗い水底へと。
『アーリア』
アーリアを呼ぶ穏やかな女性の声を。
(アウリーリン・・・?)
何故か、思い出すのは水の妖精、アウリーリンの静かな微笑み。
水草のゆらゆらとゆらめく林へ、輝く陽光が差し込む様に、次には眩い水面にぐいっと引き上げられた。
『アーリア!』『よっ! アーリア!』『アーリアちゃん!!』『アーリア・・・』
爆発するみたいな丘小人達の、邪気の無い笑い顔。
『なにやってんだ、ば~か!』
本当に目の前で言われた気分で、吹き出しそうになる。
指先が立てかけてあるリュートに触れ、それを引き寄せた。
人々の喧騒が唸る様な濃密で重い空気の中で、アーリアは不思議な高揚感に満たされていて、まったく気にならなかった。
そっと、左手でコードを押さえ、右手の親指で一番上の弦に触れてみる。
『そう。そこを押えて、弾いてみなさい。アーリア・・・』
アーリアの手に、先生の手が重なって感じられた。
ああ・・・これって・・・
先生の膝の上に腰掛け・・・
初めてリュートを教えて貰った時の・・・
赤い炎が暖かで・・・
・・・初めての音・・・
それは小さな音だった。
僅かに口元を緩めたアーリアは、静かに、ゆっくりと、躊躇する事無く、自分の中にあるイメージのままに、その声を解き放つ。
(そうだ・・・わたし、これを・・・)
それは確信。
何を伝えたいのか。誰に伝えたいのか。
・・・どうしたいのか。
知らない内に。
意識しない内に。
みんなから貰っていた、大切なもの。
(ああ・・・キラキラがいっぱい・・・)
それは少女が、ほんとうの意味で少女で無くなった、最初の音だった。




