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アーリア  作者: 猿蟹月仙
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第38話『魔法』

 店内は、少し前までの喧騒を取り戻していた。

 厨房には巨大な影が潜み、時折、静かにカウンターへ湯気の発つ料理を並べていく。

 空いたテーブルを片付けていたカペラ婆の小さな体は、老婆を自称するに程遠い俊敏さで行き交い、例のドスが効いた声で酒杯や料理の乗った鉄皿の代価を取り立てて回った。


「うわぁ~、これは凄いよ・・・」

「おっきなふくらみ」

 仏頂面で丸テーブルに座るホークを、天井からぶらさがったままのシルフーと、傍らでクッションが無いシンプルな木の椅子に膝立ちするアーリアが、その頭部を覗き込んでいた。

 カペラ婆により、突起の無い方とは言え、しこたまぶっ叩かれたそれは、まるで饅頭でも乗っけたかの様に、見事なまでに赤々と膨らんでいた。

「これは、たんこぶ」

「たんこぶ!? たんこぶ!」

「イエス! い~発音よ」

「たんこぶ! たんこぶ!! ホークたんこぶ!!」

 大真面目。アーリアが教えると、まるで幼児の如く無邪気にシルフーは復唱する。

 すると、その仏頂面も赤から青、青から黒へと色を変え、まるでオーク鬼かゴブリンかと見まごう程に変貌した。

「やっかましいやいっ! うあっ!? くそっ! やめっ!」

 ちょいちょいと好奇心からかイカにも楽しそうに突っつくシルフー。たまらず手でガードするのだが、真上からの死角を突いた触手的攻撃はオールレンジで、さしもの弓の名手ホークであってもラストシュート一発でケリという訳にはいかないようだ。


「う~ん・・・つば付けとけば何とかなるかなぁ~・・・」

「ならんならんっ!」

「きゃはっ! たんたんたんこぶぅ~!」

「のはっ!? あ~っ・・・あ・・・」

 じゃれあってるホークとシルフーはどこ吹く風。アーリアはその左右に揺れる大きなたんこぶをじぃ~っと見つめていた。

「取り合えず、舐めとこうか?」

「舐めんなよっ! こらぁ~っ!!」

 一瞬、店内の空気が静まり返り、ここに集う何十人もの目がじっと見つめるのだが、次には興味を失ったらしく自分達の会話へと戻っていった。

 毒気を抜かれたホークは、身を硬直させてその視線に耐えていた。が、アーリアはやっぱりたんこぶをじぃ~っと見つめ、更にじぃ~っと見つめ、がっしりとホークの頭を両手でホールドした。

「やめろっ! やめろっ! 三日! 三日洗ってないぞ!!」

「しょっぱいかな? 苦いかな?」

「馬鹿野郎っ!! 臭いだろっ!!」

「これだけ大きいと、血がたまってるのかな? 吸えば小さくなるとか?」

 ふっと息をふきかけてみた。

「い、医者に診て貰おう。な、な、医者に診て貰おうな!」

「ナイフどこだっけ?」

「お~前、話聞けよっ!!」


 こうなると、シルフーは、一体何が起こるのだろうと、近付いていくアーリアとホークの頭部をじっと見つめる事に専念してしまう。正に興味津々。という訳で、おまけでホークが逃げない様にと手足を巻きつかせたままなのだ。


「あ~あ、忘れてたよ」

 不意にカペラ婆の声がして、テーブルにドンと。美味そうな熱気をまとう湯気が立ち上ったと感じるのとほぼ同時。白い光がホークの頭をうがった。


 ずびぃぃぃぃぃぃ・・・む


 それはカペラ婆の右手の人差し指から、真っ直ぐにホークのそれに突き刺さり、そして消えた。

 唖然とするホークとアーリア。やっぱり、ただじっと見つめるシルフー。

 くたり。

 目を閉じたホークがその場にへたり込もうとするのを、アーリアは大慌てで首根っこ押さえて引っ張った。

「げふぅ~っ!!?」

「生きてるっ!! ホークが生きてるぅっ!!」

「当たり前さね。さっきは勘違いして悪かったよ。ささ、冷めない内に食った食った! あたしのおごりさ。遠慮しなさんな!」

 二人の様をさもおかしそうに、カペラ婆は左手に持っていた、これまた甘い香りの湯気が立つ銅のカップを、順繰りに、ホーク、アーリア、そして少し離してシルフー用にと置いた。

「ジンジャーハニーのホットミルクさ。あったまるよぉ~!」

 見れば少し泡立った白い液体がなみなみと注がれている。

 だが、ホークは少し面白くなさそうに。

「ガキの飲みもんだな・・・」

「何か言ったかいっ!?」

 ギロリ。

「わぁ~美味しそうだなぁ~♪」

 わざとらしくカップに口を寄せ、白い口ひげを作って見せた。

「宜しい」

 満足そうに目を細めるカペラ婆は、今度はテーブルに突き立ったバトルパンを、その上に乗っかった七面鳥の丸焼きらしき物体に色々な色彩の根菜野菜がぱんぱんに捻じ込まれてこんがり狐色に染まってるそれをホークの鼻面に突きつけた。

「い~子だ。こっちも食ってきな」

 ドスン。再びテーブルに突き立つバトルパン。その上で、結構な質量がぷるるんと震えた。

「あたしの自慢料理だからね」

「はい・・・いただきま~す・・・」

 借りてきた猫みたいにカペラ婆を見上げ、大人しく返事するホークの少しぷっくりした指が、まるで二本の脚の様にちょこちょこ動いてそれに近付くと、ギラギラとした手前の太ももをつまむ。

「いただきま~す!」

 同時に真上からも声がして、無数の触手が、シルフーの手がそれを見事なまでに絡みとった。

「おおいっ!」

「ご~は~ん~!」

 丘小人の少しぷっくりした体ごと持ち上げるシルフー。これに対抗して、ホークも脚をばたつかせて引っ張った。


 そんな様を、目をまん丸にしながらも眺めていたアーリアは、ちらり大笑いのカペラ婆を見、ぎゅっと手にしたカップを握りしめ、そしてそれをテーブルに下ろした。

「あの・・・一つ聞いても良いですか?」

「なんだい?」

 目の前の馬鹿騒ぎを上機嫌に眺めていたカペラ婆は、ゆっくりとアーリアへ向き直った。

「今のは魔法? ですか?」

「ああそうだよ。回復の魔法さね。白き調和の加護により、あるべき姿に戻れとね」

「へぇ~・・・」

 あの時、小さく呟く声がした様な気がしていたが、全然そんな風じゃ無い様に思えた。

 そのすっきりしない疑念が声色に出てしまったのか、カペラ婆は頭を少しかいてから、徐にテーブルの空いてる椅子に座った。

「一応、あたしも大地の精霊ノームなんでね、多少の魔法は使えるって訳さ。ノーム。判るかい? ノーム・・・何でノームが酒場やってるかって? ま、たまにはこ~いう生活ってぇ~のもイイ~もんだからね」

 背もたれを前に、抱え込む様に座るノームのカペラ婆は、一瞬、遠くを見る様な眼差しになる。それはほんの一瞬。

「魔法ってのはね。人間のあんたにゃ判らんかも知れないけど、誰だってどこにだって関わってるもんなのさ。何しろ、な~にも形の定まって無い最初の時に、空と大地と色々なものを形作ったのが最初の魔法だからね。何かあるって事自体が魔法なんだよ。あたしらが使えるのは、そのほ~んの一欠けらだけ・・・」

「え・・・?」

 驚くアーリアに、穏やかな微笑を浮かべつつ、カペラ婆は前に組んでいた両腕を広げて、正に全てがと身振り手振りで伝えてくる。

「最初に歌があったって言うねぇ~。そこから七柱の大霊が生まれ、尊き方々の七つの歌が様々な形を与えていったと言われてるよ。という事は、あたしもあんたも、こいつらも全部ひっくるめて魔法って事さ」

「魔法・・・?」

 アーリアは、すっかり引っ込んだホークのたんこぶを見る。

 先程までの膨らみがまるで嘘の様。

「嫌だねぇ~、この子は。大体あんただって、結構な魔法を身に帯びてるじゃないか?」

「私が? ですか?」

 思わず前のめりに腰が浮く。それを、何を言ってるんだい?とばかりに、不思議そうに見つめて来るカペラ婆。

 目線をそらして、じっと手を見る。

 その頬を、少しごつごつしたカペラ婆の手が、そっと撫でた。

「あんだけ泣いてたのに、全然化粧が溶けて無い。おやおや。それどころか、あんたの顔に乗ってる粉になった石は、も~嬉しそうに輝いてるよ。ラピスラズリに水晶に金剛石、エトセトラ、エトセトラ。あたしなんかにゃ、到底かなわない位に力強く、見て! あたしを見て! ってね。あんた、どこの塔の賢者様にいたずらされたんだい?」


 憧れにも似た響きをカペラ婆の声に覚え、アーリアは半信半疑。自分の指で、そっと頬に触れてみた。

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