第36話『悪魔の歌』
教会の大きなアーチ状の扉。その向こうの大通りは、もうすでに行き交う人々で大そうな賑わいだ。
エルアラは人間の街だが、行き交う人々の中にホークやヒースと同族の丘小人や、輪をかけてずんぐりとした山小人、時折は妖精族らしき風貌の者も見かけられる。
皆、陽気に語らいながら、時折そちらこちらで乾杯の音頭があがった。
「わあ~っ、すっごく賑やか!」
既にどこからか楽の音も響いてくる。
はやる心に突き動かされ、その喧騒の中へと一歩踏み出した。
「んんっ!?」
蛙が潰れたみたいな変な声に、思わず教会の扉から扇状に広がる石階段の隅に目をやると、そこには真っ赤な顔のハーリー爺さんが、大きな銅のカップを大切そうに抱えながら、髭をエールの泡でびちょびちょにしながら座り、こちらをびっくりまん丸まなこで見つめていた。
「な、なんじゃ~っ、その格好はっ!!?」
ハーリーの大声に、群集の目もざっと集まり、まじまじと見られて顔から火が出そう。
「ちょ、ちょっとハーリー!」
「なんじゃそりゃ~っ!!?」
こっちの非難などおかまいなし。大声でわめきながら立ち上がったハーリーは、がくがく震える脚で石段を一歩、また一歩と歩み寄るのだが、ぐらり脚がもつれて体が斜めに泳いだ。
「んあ~?」
「お~っとっと!!」
咄嗟に飛び出た小さな影が、ハーリーの体を脇から支える。それはホークだった。
「なんだ、もうできあがっちまったのかぁ~っ!?」
「わりぃわりぃ~。あ~んまり遅いからついついなぁ~」
ゲラゲラ笑いながらカップを一気に・・・一気に・・・ぐいぐいあおると、ぷはぁ~っと息を継いだ。
「あ~・・・この分なら、も~大丈夫じゃな?」
「あんたの方があぶねぇよ!」
「はぁ~っ!? ああ、わりぃわりぃ。もうカラだ」
すっとぼけた口調で、ハーリーはホークに空のカップを逆さにして振って見せた。
「しょうがねぇ~な~・・・おいっ、ヒース! 任せた!」
「え~、そりゃ僕の相棒だけどさぁ~。そのまま交換しない?」
そう言ってアーリアの横に立ったヒースは右手の親指を立て、くいくいっと振ってアーリアとハーリーを交互に指差した。
「あ~駄目駄目! アーリアは俺の相棒だ。そしてっ!」
どんとハーリーを突き出すと、そのままヒースの胸元へべっちゃりと。
肩をすくめるヒースは、さもがっかり気にアーリアを見やった。
「いい感じ。正にベスト!」
「え~、振られちゃったぁ~?」
とほほなヒースに親指立ててサムアップ。アーリアは小首を傾げ更に一言。
「ガンバ!」
ぺろっと舌を出し、愛嬌たっぷりのウィンク。
気が抜けたところへ更なる追い討ちが。
「そーだこーしちゃおれん!!」
「わっ!?」
唐突にヒースの胸元から跳ね起きたハーリーは、エールの飛沫を拭き付けながらその手をぐいっと引っ張った。
「みんなに知らせるんじゃ!! みんなに知らせるんじゃ!! アーリアが!! アーリアが大変な事になってるぞーぃっ!!」
「わ、わわあわわっわわわっ!!?」
あの小さな体のどこにそんな力があるのか、若いヒースをまるでものともせず、更にぐいぐいっと引っ張るハーリー爺さん。
「ハーリー!! ハーリー!!」
「あ、あああ~・・・ホーク! アーリア~! 助けてぇ~・・・」
そのまま人混みに消える二人。
ぽか~んと見送る二人。
「え?」
ようやく、ハーリーの言葉がアーリアの脳裏で意味をなしてきた。
「私が・・・大変な事って・・・え?」
ようやく、ハーリーが何をしにすっ飛んで行ったのか判った気がした。
「あ~あ・・・大変だな、お前」
「え?」
「大変だな」
大切な事なので、二回言ってみたホーク。とり散らかったアーリアの為の着替えをせっせと畳み直し、小脇にかかえた。
すると、更に別の悲鳴が。
悲鳴と共に指差す方向を見る二人。
教会の建物の上。
そこには、まるで半透明の巨大な大王イカの如きぐねぐねした物体が、ぬるぬるっと外壁を這い降りて来るではないか!?
それの這った後には、きらきらと何やらぬめりの様な痕が残り、まっすぐアーリアの頭上へ!
サッと避けるアーリア。
べちゃりと濡れた音を発て落下する謎の物体X。
びったんびったん。
びったんびったん。
びったん・・・
・・・
・・・っ!?
・・・・・・・・・・・・・・・!!!!!!!!!!
人々が声にならない悲鳴を上げて逃げ惑うさなか、その怪物体はみるみる不自然な蠢きで起立し、口らしき器官をぱくぱくさせながら徐々に人らしき姿を取り出した。
「あ・・・りあ・・・・・・あ・・・リア・・・」
「あなた、シルフー?」
「イエス! マイフレンド」
「ノー!!」
「オウ、イエス! マイベストフレンド」
「ノーーーー!!!!」
新た芸風を身に付けた、自称シルフのシルフーが謎のシルフ汁を滴らせながら、両腕でばってんクロスするアーリアへ一歩また一歩と近付いて来る。
「歌ってアーリア。歌って・・・」
「ちょ、ちょっとタンマ!!」
ぴたりと止まるシルフー。不思議そうに頭をぐるっと縦に一回転させて元に戻って見せた。
「判ったわ、シルフー。歌う。アーリアは歌うから、大人しくして」
「アーリア歌う。アーリア歌う」
前足らしき2本の腕をぴちゃぴちゃ打ち鳴らし、嬉しさを全身震わせて表現するシルフー。
「良い? シルフー。アーリアは歌うから、人の姿になろうね。みんな、びっくりしてるとアーリア歌えないから」
「うん。うん」
嬉しそうに今度は前後に激しくヘッドバンキング。次第に、左右に開いていた眼球が、その形も一見してそれらしく顔の正面に寄って来て、最終的には人が服を着て立ってるかの姿に落ち着いた。
だが、それは、人々が一部始終を見る結果となる。
「魔女だ・・・」
「魔女だ・・・」
ざわざわと、人々の不安げな囁きがアーリアの耳にも届いていた。
(いけない。このままでは・・・シルフーが・・・シルフーが大変な事に!!)
その思考は次の一言で瓦解した。
「魔女が悪魔を召還した~っ!!」
ぶはっ!?
思わず振り返ると、どうも彼等の魔女というのは自分の事らしい。恐怖と絶望と憎悪に満ちた顔が、一斉にアーリアを指差していた。
そしてホークはいつの間にかあちら側に立って、ぼーぜんとした表情でこちらを眺めていた。
(う、裏切りものぉ~っ!!)
(わりぃ。俺にはもう無理だ)
目で会話する二人。既に、その域まで二人の相棒レベルはアップしていたのか?
(さ、さっすがは魔王と死のダンスを踊る為のドレス・・・)
アーリアは己の肉体を覆う、完全武装の布切れにその汗ばんだ掌を這わせ、世界がぐんにゃりと歪んでくる様を実体験した。
不可解な姿勢。ありえないポージング。このままひっくりかえるのか、それよりも人々が投げ出した石つぶてにミンチと化すか・・・
暗転する刹那、死を覚悟した瞬間、アーリアの目がギラリ、異様な輝きを帯びた。
(死だ!!)
「そうだ!」
(死だ!!)
すっと右手の人差し指を一本、天へ向けて突き上げた。
「今日はめでたきエルアラの収穫祭!!」
(死!! 死!! 死!! 死!!)
ゆっくりと上体を起こすアーリア。
イメージの奔流に、ただその身を投げ出した。
その言葉の衝撃に、更に響けとリュートを掻き鳴らした。
「輝く精霊がお前達を祝福する!!」
大胆なステップで、教会の階段を数段飛び降りて、人々の中へと飛び込んだ。
「祝福が欲しいか!? 祝福が欲しいのか!?」
あざ笑う様に、目の前の男を罵倒する。男は、その場にへたり込んで失禁した。
「輝きの大霊が、お前を祝福すると本気で思うのか~~~~っ!!?」
アーリアの突き抜けるシャウトに、人々が手にしていた、今正に投げつけられようとしていた石がガラガラと転がり落ちる。
その声に乗る、死のイメージが恐怖と絶望を膨らませ、憎悪を萎らせた。
「だが、今日はめでたき収穫祭!!」
ふわっと全身投げ出す様に跳ねると、人の群れがさっと割れていく。
「輝く精霊がお前達を祝福する!!?」
「祝福が欲しい!! 祝福が欲しいよな!!」
「輝きの大霊が、お前を祝福すると本気で思うのか~~~~っ!!?」
アーリアの嘲笑が響き、アドリブで太陽たる精霊を讃える歌が悪魔の歌となる。
「祝福してやろう!! 祝福してやろう!! 祝福してやろう!! 祝福してやろう!!」
「常に見てる!! 常に見てる!! お前のする事すべてを!! お前のする事すべてを!!」
「祝福してやろう!! 祝福してやろう!! 祝福してやろう!! 祝福してやろう!!」
「お前のやった事すべてを!! お前のやった事すべてを!! 常にだ!! 常にだ!!」
えらく脱線しました・・・orz




