第32話『煮えたかどうだか食べてみよう むしゃむしゃむしゃ♪』
二つ目の大鍋に移した鶏がら達は、白いあぶくを身にまとい、ゆらゆらと奇怪なダンスに興じ実に楽しそう。肉厚の鉄鍋は、人一人がたっぷり浸かれるくらいの口の広さと深さ、白濁したスープは半分よりわずかに高いくらいで、これから入れ替わりに投入されるだろう具材の山を、その大口をぽっかり開けて待ち構えている。
「よ~しよしよし♪」
それを横目に最初の大鍋で、小船の櫂程度のへらを握ってぐ~るぐる回す。鍋底の具材を満遍なくぐ~るぐる回す。
立ち昇る熱気は、如何にも脳みその奥底にある食欲端子を連打しまくってくれそうな、濃厚な旨味がぎっちりと出て、今年もまずまずの出来栄えとど~にも自我自賛してしまう。所謂、耳から手を突っ込んで、奥歯がたがた言わせてやるって奴!
「ふふふ・・・あ~ぶくたった~、煮え立った~♪」
波間に踊る根菜類が半透明の飴色に染まり、実に良い頃合!
へらをひょいと持ち上げて二三度煮汁を切ってから、隣の鍋に差し込むと、踏み台から降りて鍋下で踊る精霊達の様子を覗き込む。
深い深い地の底にあるだろう火の河から、跳ねる様に躍り出ては、鍋底をちろちろ舐め回し、どうだと言わんばかりの表情で次々と帰って行く。
『おっ、今日もいかしてるね!』
何匹かと軽く指先で握手し、パチパチと火花を散らした。実に小気味良い。
いつもの挨拶を済ませてから、流れ込む間口を少しにする。もう保温出来れば良い。後は味が染みるのを待つだけって事。
勿論、小さな子達が今のを見て、真似したらいけない。火傷しちゃうからね。だから、さっと済ませるの。
振り向くと、皆、一生懸命にタンタンザクザクと包丁を振るっててそれどころでは無い。よしよし。自然と口元が緩んで来る。
そこで、ポンと手を叩いた。
「さ! みんな、手を休めて~!」
「「「「「はーい!」」」」」
「さ! 味見の時間だよ~♪」
アーリアが女主教さんの声に振り向くと、汗が目に入って沁みた。
赤いレンガでアーチを描いたパン焼き釜の口から、焼けた平らなパンを取り出そうと前に立つだけで、そのものすごい熱気で、みるみる顔に玉の様な汗が吹き出てしまうのだ。
最初はシルフーがやりたがったが、一瞬でカサカサに干からびて、慌てて水槽に漬け込んだ経緯がある。
今では、シルフーは石臼専属当番になり、三つの石臼を管理している。何でも回すのは大の得意だそうで。これが任せてみたら良く回る。という訳で、パン焼き番になったらシルフーとは背中合わせ。後ろから聞こえていた、ど~考えても同年齢のくっちゃべりが、パッと数オクターブ高まったと思ったら、パタパタと水場に向かって移動して行くのが判った。
あっちは、良いな~♪ こっちは、もう一仕事だね♪
「あ、今焼いているの焼きあがったら釜から全部出して~」
「あ、は~い!」
アーリアは言われるがままに、長柄の木へらを操り、狐色に赤く浮かび上がるパンの頃合を見計らって、スッとその下に差し込んでは引っ張り出した。それを、そのまま大きな籠の中へと手早く放り込む。これがいっぱいになると、誰かが新しいのと交換し、次々と調理場の一角へ積み上げていた。
「これで・・・」
そう呟きながら、最後の一枚を、へらの端で焼き具合を突っつきながら確認していると、みんなはどんどん手を洗って集まってるみたい。
この教会で焼く平焼きの丸いパンは、両の掌を開いたぐらいの大きさで、外周に土手があり、その中に紐状のパン生地でそれぞれの神様のホーリーシンボルが描かれている。
こぽこぽと絶え間なく水の流れ落ちる水槽で手を洗い、程良く冷めた一枚のパンを手に、アーリアは最後尾に並ぶ。
前の方で、シルフーが小さな子達と一緒になって、嬉しそうに体を揺らしている。
どうにもこの大きなくせに、頭の中が子供と一緒というギャップには戸惑うものの、これも妖精族というものなのかな?
一瞬だけ、シルフーのふわふわと髪が漂う後頭部を変な目で凝視したアーリアは、取りあえずこの疑問は心の棚に収めて、これから始まるちょっと嬉しい事に集中する事にした。
「ね、ね! お腹空いたよね!」
「うん!」
目の前に並ぶちびっこに声をかけると、ぴょんと飛び跳ねる様に振り向いて、それにつられてその前の二人もこっちを向いた。
「お姉ちゃん、おいも好き!?」
「これ、ボクのパン! ボク作ったヤツ!」
「ね! ね! ね!!」
いっぺんに来た! 興奮交じりの歓喜。
「好き好き! うん、すごいね~! お顔よりおっきいよ!」
こっちも負けじと、いっぺんに返す。一人一人の顔や頭をくにゅくにゅさすりながら、少ししゃがんで同じ目線に。キラキラした6つの瞳がまっすぐに向かって来るので、一人一人言葉をかけながら思いっきりハグしたら、余りの細さにびっくり。
「美味しそうだね~♪ あ、番だよ!」
「「「わ~い!」」」
大事そうに自分達のパンを持ち、パッとほんの数メートルを駆け出す子供達に、アーリアも目を細めながら続いた。
「あわわわわ・・・」
平焼きのパンを皿にして、そこへ熱そうな鳥と根菜のスープが注がれると、各人こぼさない様に慌てて口元に持って行く。
「熱! 熱!」
「ふーふー!」
「ふは~♪」
「さあさあ。みんなの努力の賜物は、どんなお味かな?」
お面の下で、女主教さんも笑ってる。
皿はスープが染みると、ほんの数分でとろとろのぐずぐずになってしまいそうなので、みんなそれぞれの場所を見つけてははふはふ始めている。
最後にアーリアもオザンのホーリーシンボルにどぼどぼっとかけてもらい、慌てて小さな子を押しやらない様に注意しながら空いてる場所に移動しながら、既に口元に運んでいた。
濃厚な根菜類の甘さに、鳥の骨から良い出汁が出ていて、これがまた適度な塩気とあいまってなんとも美味~い!
お口の中が、お祭り騒ぎや~♪
うふふ~と幸せのお味を堪能しつつ、ふと気づくとシーンとしている厨房を不思議に見渡した。そして、食堂への間口から、何人かが覗き込んでる様に、思わず吹きそうに。
「あぐ・・・っと。おはようございます」
軽く会釈すると、向こうも返して来る。どう見ても物欲しそうな巡礼の人達。この香りに、この騒ぎだもの。隠しようが無いよね。
「えっと~・・・」
どうなのかな~と振り向くと、判ってるわ、とお面の下から青い目が楽しそうに言ってきた。
「皆さ~ん、ちょっとお待ち下さ~い。今、そちらにお持ちしますから~」
そう言って、お面の女主教は、アーリア達には食べてて良いわと促しつつ、少し小ぶりな丸底の銅鍋を取り出して、それにスープを移し始めた。




