第31話『祭りの朝は三文の得?』
「ワッフー!!」
ばふんと吹き上がる白い粉塵に、頭から突っ込んで両手をぱちぱち。他の子供達も頭から真っ白にして、自称風の精霊シルフーは、時をおかずしてやりたい放題モードに突入していた。
「や、やめ・・・」
「ワッフー!!」
アーリアが制止するより早く、もう一度とばっふ~ん!
麦の粉をこねようと、小山を作って、頂上にカルデラを作って、そこにお水をたっぷり注いで~と、みんながそれをこねこね始めたら、シルフーがあたりもやりたいと言い出したのはほんの少し前の話。
今や大噴火中。
「あ~っはっはっは!! た~のし~っ!!」
べっちゃべちゃの白い塊を、ぽ~んと放り上げると、べちゃり、天井に張り付き、そして・・・ドスンと落ちて、また白い粉塵を舞い上げる。
「ちょ、シルフー!」
そして、当然の如く真似し出す子供たち。
ぽ~ん! べちゃ!! ドスン!! ぽ~ん! べちゃ!! ドスン!!
ワッと弾ける笑い声に、アーリアも普通だったら一緒にふざけてしまいたいところだが、ここにはあの女主教さんが居る。きっと拳固で頭をゴツンとやられたら、首まで地面に埋まってしまうかもだ!
しかし、こっちはこっちで、もうどうにも止まらない。
「あわわわ・・・」
こうなると石臼を回す手も止まり、思わずアーリアはお面の女主教さんが居る方を向いてしまう。
さっきまで、そこの特大石臼の所に居たのだが、今は包丁片手に大なべの方で鳥をさばいている。大きな石臼は、動き始めたらどういう訳かず~っと回りっぱなしで、時折、麦を真ん中の穴へ盛ってあげれば勝手に挽いてくれるのだ。
「あわわわわ・・・」
お面の女主教は、肉厚な包丁右手に腕を組み、柄の辺りであごをぐいぐいと撫でていた。こっちを見て。
(包丁ですか!? 包丁でですか!?)
アーリア的に、一瞬の戦慄。ドッと冷や汗脂汗。
「いやぁ~、火が点いたら、ドラゴンブレス並に燃えそ~う」
赤いサラマンドラのお面の下から、不気味な笑い声が。今にもその口から、火でも吹くんじゃないかってくらいに。
「ま、待って下さい!」
制止しようと、身をよじって駆け寄ろうとするアーリアの足元を、ばたばた興奮するシルフーの不可思議な脚が一本、ひょいっと引っ掛けた。
「い~~~~~っ!!?」
思いもよらぬ浮遊感に、自分の影に向かってみるみるダイブ!
あわや、床石で顔面強打かと思ったら、ぴたり、寸前で停止した。
「わ・・・あれ?」
「こらこら。厨房は危ないから、走っちゃダメダメ」
声の主を見上げると、包丁の鋭い切っ先が目の前にあった。
「あひっ!?」
「おっと、ごめんごめん」
脂でぎとぎとの包丁をひょいと引っ込め、同時に左手でアーリアを軽々と引き起こす。
アーリアは、おっかなびっくり、何も無い空間にある手ごたえに手を着いて起き上がった。
「力場の円盤よ。ダンジョンで、荷物を運ぶ時とかに使うのだけど・・・」
「あ、ありがとうございます・・・」
「どういたしまして」
小首を傾げる女主教。
この変なお面の下で、どんな表情をしてるのだろうと、ちょっと考えてしまった。
そして思いのほか穏やかな雰囲気に、改めてまじまじと目の前の変なお面の女主教を見た。
「何?」
「えっとぉ~・・・怒って無い?」
バツの悪い気恥ずかしさに、口ごもりながら、ちらと横目であちらの騒動を見た。
「あ~! あのお祭り騒ぎね?」
「はい・・・」
「だって、今日はお祭りでしょ?」
「・・・はい・・・」
「あの子達は、もう既に今年の実りの感謝を、その思いの丈を感じるがままに表現している。そう思わない?」
そりゃそうか・・・
変に納得するアーリアだった。
「感じて、表現して、伝わる。それが大事だと思うわ・・・」
そう言って、女主教はアーリアの胸に、心の臓の上に手を置いた。暖かな温もりと共に、穏やかながらも不可思議なイメージが、ふわり伝わって来て・・・。
「物事を頭で考える事も大切だけど、感じる事も、感じた事をそのままに受け止める事も大切だと思うわ」
口調も穏やかだが、何やら宿題めいたものを出されてしまった、そんな感じがしたが、今日のアーリアにはとても意味のある言葉に思え、まじまじとそのお面の目に埋め込まれている赤い宝石を覗き込んでしまった。
同じ頃、教会の聖堂前では、この教会付きの司祭と城から使わされた騎士達とが、一つの儀式を行っていた。
街の人々が見守る中、厳かな雰囲気で、城からの口上を述べる騎士は、上等のマントにぴかぴかの鎖帷子、赤い大きな羽飾り、腰には儀礼用のきらびやかな剣を挿している。
恭しく片膝を着き、教会への礼を示すと、張りのある野太い声も高らかに響かせた。
「されば、このめでたき日に、領主ヘブンリー男爵より、七頭の牛、七頭のヤギ、七頭の犬、七羽の鳥、七袋の麦、七袋の豆、七人の奴隷を献上するものであります!!」
「七柱の神々も、領主殿の厚き信仰心をお喜びなるでしょう」
返答する司祭も、儀礼用の金糸銀糸のきらびやかな姿。静かにその口上へ答えると、兵士たちが次々とホルンを吹き鳴らし、人々の前に城からの献上品が引き出され、人々はこれを盛大な拍手で迎えるのだ。
「ワッフー!!」
そこへ、妙な声と子供達の笑い声が、教会から。
司祭は、神経質そうに眉をひくつかせながらも、そちらの方を一瞥してから、ざわつく人々の方へと向き直った。
「おお! 神々は事の他、お喜びになられておられる!!」
「「「「おお~~~~っ!!!!」」」」
「「「「エルアラ万歳!!!! エルアラ万歳!!!!」」」」
「聖なるかな!! 聖なるかな!!」
満面の作り笑顔で、空に聖なる紋章を描く司祭。
「このめでたき日!! 神々の祝福を以って、汝ら奴隷の身を開放し、自由の身とする!! 前に!!」
両手を広げ、前へと裸の男女七名を誘うと、手枷足枷が外され、それぞれにその色とホーリーシンボルが染め付けされた巻頭衣が着せられていく。この三日間の間、この七人の男女は神々の身代わりとなって遇されるのだ。
ひょうと風を切り、拳が唸った。
遠く、人々の騒ぎを鼻で笑い、浅黒い肌の男が立て続けに左右の拳を繰り出すと、朝もやの中を幾条ものきらめきが飛んだ。
「ふっ・・・よくやる・・・」
筋肉が隆起する程に、見事に鍛え上げられた男の上半身からは、もうもうと湯気が立ち昇り、そこかしこからぽたぽたと汗が滴り落ちた。
悪漢グルドである。
やさぐれた眼光は、拳の先に夕べの女司祭の姿を見、拳を繰り出すのだが、すべて届かない。
だが、グルドは無言で構え直す。両の拳を目の下辺りの高さに構え、しなやかな歩調で数歩前に出る。そこから左右、更には足払いを繰り出すのだが、イメージはすでにそこにはいない。
「ちっ!」
軽い舌打ち。
考えていた。
何故に、届かないのか。
踏み込みが甘いのか? 拳の速度が遅いのか? 相手がこちらの動きを読んで、先に動いているのか? ではどこを見て?
自分の中で、答えが定まらずもどかしい。
試合を前に、焦りは無い。
勝てば勝てるだけ勝てば良い。負ければそこまでの話だ。世の中には強い奴が五万と居る。だが、夕べの相手はその強さとは、何かが違う異質な気味悪さがあった。
パチパチパチ・・・
後ろで小さく拍手が。誰かは想像がついた。
ゆっくりと構えを解き、振り向くと一礼。
「これは、親分さん。おはようさんです」
「邪魔しちまったなぁ~」
そうは言うものの、悪びれる風も無く、この館の主が立っていた。
「とんでもねえ。朝から庭先をお騒がせして、申し訳ねえと思っておりやす」
グルドが居たのは、高い白壁に囲まれた、そこそこ広い屋敷の庭先。一見、貴族の館といわれても良いくらいの広さだが、庭木等の身を隠せそうな場所が少ない、シンプルな庭だ。
「良いって事よ。試合を前に、精が出るな~。俺も、もう少し若けりゃ、出てぇ~ところだが、ああいうのはもう若いのに任せようと決めててな・・・」
親分と呼ばれたひょろっとした壮年の男は、そう良いながら後ろに待機していた、グルドとそう年の変わらない若者を、あごで前に出させた。
「うちの若いもんを一人、例の返答代わりにお前に付ける。そちらさんに連れてってくれ」
片膝着いてうつむいていた男は、少し表を上げてグルドを見た。細面の冷たい目をした男だった。グルドもその眼光を受け止め、じろりその奥にある何かを読み取ろうとか、見据えていた。
「ロイと言います。見知りおきを」
「俺はグルドだ。ロイさんよ、あんた、何を使うんだい?」
「小剣を少々・・・」
そう言って、ロイは後ろ手に隠していた得物を前に置いた。
「見せて貰ってもいいかい?」
「どうぞ・・・」
ずいっと押し出された、それを手に、グルドは鞘から抜いて、刀身を眺めた。良く砥がれ、柄の握りも使い込まれている。バランスも良さそうだ。
自然と口元に笑みが浮かぶ。
「あんた、結構使うね?」
「とんでもねぇ・・・」
首を小さく横に振りながらも、目線を外さないロイに、さてどうしたものかと面白がるグルドだが、そんな二人を眺めてにやにやしている悪い大人もいたりする。
「こいつは、うちの若いもんでも一二の腕っぷしさ。良い顔合わせになるとも思ってな。ま、仲良くしてくれや」
「へい・・・」
頷き、グルドは手にした小剣を横にして返した。




