第30話『教会の厨房』
食堂の奥にある厨房へ至るには、雑魚寝する人々の合間を縫っていくしかない。
すたすたと先を行く女司祭を追いかけ、薄暗がりをわたわた人を跨ぎながらぞろぞろ続く、アーリアとシルフー、そして十一人の子供たち。
こういう時の為なのだろう。
広い厨房は、奥行き幅広さからして、ここの住人だけの為でない事は明白だ。
「えっと・・・確か・・・」
パキン!
少し見渡し、女司祭が指を鳴らすと、大小様々な光が幾つも灯り、大きなかまどとそれに見合った百人分は軽く調理出来そうな大鍋達、そしてどう見ても広過ぎる作業台を浮かび上がらせた。
「コマンドは変わってない、と・・・」
そう呟きながら、真っ直ぐ水回りへと向かい、洗い場の上に手をかざすと、壁の一角からつ~っと水が流れ出す。
「じゃ、君と君はお鍋に水を張って。あと二人は、こっちの水槽で根菜を洗ってね」
女司祭は振り返ると傍らの作業台に麻袋をどさりと置き、手招きしては手近な子供から仕事を割り振ってゆく。
「はい・・・」
「・・・じゃ、お水を・・・」
きゅっと口元を結び、背の小さな子達は作業台の下を覗き込み、それぞれに小さな手桶と踏み台を手にした。
「おい・・・」
「今日はこっちだな・・・」
根菜洗いの担当に選ばれた、少し大きめの子達は、壁に干してあった網目の大きな笊に手を伸ばし、それを手に裏手の方へと小走りで出て行った。
次に女司祭は空の大鍋がかけられた、二つあるかまどの前に立ち、それぞれに手をかざして何事かを口にすると、ポッと火が入る。それと入れ替わる様に、子供が小さい桶を手に大鍋へ水を注ぎ始めた。
「あの~、私達は・・・」
最後尾に続くアーリアは、麻袋、目の前にいる自分より明らかに小さな子供達、それらを統合して何とも嫌な予感がし始めていた。
「ごめんなさ~い。ちょ~っと待ってて~。先にこっちに火を入れるから~」
手をひらひら振りながら、歌う様に更に奥へと。そこにある赤いレンガのオーブンの前へ立った。
「さてもガルパニは偉大なり!」
そう言ってから、下にある小さな鉄の扉を開けると、何やら一言。それだけで、奥の方で火が付いたみたいだ。
「さて!」
くるり振り向いた女司祭は、思いっきり腕まくり。
「えっと・・・全部魔法で・・・」
「当たり前じゃない。教会なんだから」
不思議に思うアーリアに対し、きょとんとする女司祭。それからクスリとお面の下で微笑んだ。
「魔法とは、神々が世界に形をお与えになった時の理であり、その断片なんですから、これくらいは普通なんじゃないかしら? 宗派に依っては色々あるでしょうけれど」
「それは判るんですが・・・」
「神々の知恵を人々の役に立てるのが教会。神々の知恵を己の探求に用いるのが魔術師。その程度の違いじゃないかしら?」
そう言いながら、女司祭は作業台の下に頭を突っ込むと、そこから一抱えもある大きな石臼を、軽々と引っ張り出して見せた。
「いいっ!?」
驚くアーリアだが、その女司祭は一向に気にする様子も無い。
明らかに、普通の大人が数人がかりじゃないと持ち上げられなさそうな石臼を、この女司祭はとんでも怪力で上下二枚ともいっぺんに持ち上げて、全くふらつく様子も無く台の上に、静かに置いた。
「かく言う私は、どっち付かずに旅の空。腕っぷしばかり上がっちゃって」
続けて、普通サイズの石臼を左右に一組ずつ持ち、作業台の上に置いた。
「ストラディウムの実家じゃ、親父殿が主教なんぞやってるけれど、帰れないのよね~。カタッ苦しくて」
「でも、たまには顔を見せてあげたら良いんじゃないですか?」
すると、すうっとアーリアの前に、普通サイズの石臼が滑って止まる。
「ひょろっとした温室育ちのボンボンと結婚させられたり、即後を継いで女主教だなんて、ぞっとしない話よ~」
そこで、女主教は自分話を止めた。
「さあ、大人は石臼係! 後の子達は轢いた粉を集めて丸めて行ってね! 焼くのはオーブンの熱がそこそこ上がってから! 目指せ、365食! 一年の感謝を込めて調理しましょう!」
どうやらシルフーも大人という事らしい。二人して、目の前の石臼に手を置き、ため息一つ。
「あら~? こんなに軽かったかしら?」
女主教は、片手で特大の石臼をくるくると軽やかに回して見せた。
左手をあごにあて、小首を傾げる様は、女性らしいっちゃらしいけれど。




