第29話『一緒に食事の準備をしないカイ?』
夜が明けると共に、街は動き出す。
空が白みだし、人の気配が次第に静寂を削いでゆく。
マントに包まるアーリアは、教会の中庭で膝を丸め、踏み抜かれた敷石を見つめていた。
冷気が染み入るものの、ここなら風はそれ程無く、旅の空なら良い方の所。横にはホークが同じようにマントに包まり、茶色い団子から足がにょっきり飛び出してるみたいだ。
あれはどういう事?
ていうか、なんて迷惑な奴・・・
通りすがりの暴れ牛に跳ねられた気分。しかも、一度ならずも二度までも!
結局、あの女司祭に目の前で石を踏み抜かれて、びびって逃げてっただけの事じゃない!
自分が変な顔をしているのが判る。不機嫌って奴。
そっと、あの足跡に近付いて、指を差し入れてみた。え~っと・・・中指より深い・・・って、やっぱり普通じゃない。
すると、空気が動いた。何となく察しがついたけれど、何となく気分じゃ無い。
「ナニしてる?」
ゆっくりと目の前に降り立つそれは、自称シルフのシルフー。ここの教会の白い法衣を羽織っていた。
「ナニも」
再び膝を丸め、視線を逸らした。
「ナニも~?」
からかう様な響きで、こちらの顔を覗き込んで来るシルフー。その時になって、普通の生物では考えられないくらいに首をなが~くして回り込んでる事に気付いた。
「バ!?」
「ビ!」
「ブ! じゃなーいっ!!」
思いっきり、マントをそいつの頭から覆い被せた。
こんなところでまたあの騒ぎじゃ、こちらの身が持たない!
「酷いんじゃないカイ?」
にゅ~っとはみ出るシルフーの頭を、むんずと掴んでねじり込む。ぬちゃっとした感触で、イノシシの内臓よりも掴み所の無いぶよぶよ感!
「あら? もう起きたの?」
とたとたとたと軽やかな足音と共に、昨夜の女司祭が・・・なんで十人も子供連れなの!?
軽やかな足音の正体は、三四歳くらいから十台前半くらいまでのひょろっとした子供達。みんな、シルフーと同じ衣装をまとい、胸からデュールのホーリーシンボルを下げている。
「大人の人達は、色々忙しいの。それで、この子達と食事の支度をするんだけど、一緒にどう?」
一人だけじゃらじゃら色々な物をぶら下げて、例のお面もしているし、しかも小脇に大きな麻袋を随分と軽そうに抱えてるんだけど、それって・・・
この人、人間のふりをしたドワーフか何かじゃなかろうか?
「はーい! やりまーす!」
そう答えてからしまったと思った。
「ハイ! ヤルであります!」
にょ~っとマントの下から手が伸びて、とうとうこれを日の下に曝してしまった。
悲鳴が鳴り響くんじゃないかっていうアーリアの予想に反して、教会の子供達はぽか~んと眺めているだけ。
「あら珍しい」
そう言って、女司祭は不思議な響きの言葉を口にする。どうも妖精達の言葉と、もう一種類別の言葉みたいだったけれど、アーリアにはちんぷんかんぷん。
「エ~ト・・・ナニ?」
「あら? 人の間で育ったの、貴方?」
「チ、チガウヨ・・・シルフー、チガウヨ・・・」
「やっぱり偽者・・・」
動揺するシルフーに、アーリアは口の端をニヤリと歪めた。思えばこいつの性でえらい目にあってるんだから、ちょっとくらい意地悪したって良いじゃない? そう思えて。
「ニセモノ、何? ニセモノ無いよ! シルフー、ホンモノヨ!」
作り物じみた綺麗な顔が、奇妙に歪むのを目にし、やっぱりシルフーは普通でないと思えた。それは、水の妖精であるアウリーリンのそれと、余りにかけ離れた内面の歪みを感じてしまったから。そして、アーリアは対応のし様が無くて困惑した。
「貴方は貴方。そうでしょ、シルフー」
なんて優しくて心地良い響きだろうと、思わずうっとりする女司祭の言葉に、アーリアは一瞬だが思考が停止した。
「貴方はシルフー。それで良いじゃない」
普通でない声の響き。魔法を使ったんじゃないかという疑念と、ちょっとシルフーをうらやむ気持ちが沸き起こる。
すると、見る間に眼球周りから水らしき物体を滴らせて、シルフーはその女司祭に組み付いた。
「オ、オカアサ~ン!!」
横からガンと頭を殴打された気分。
「あらあら、こんな大きな子は初めてね~」
(ありですか!?)
小脇に抱えていた麻袋を、ドスッとその場に置き、女司祭はシルフーをよしよしと抱き締め、優しくあやし始めた。
一瞬の躊躇が、後悔を生む。
周りにいた子供らも、シルフーと一緒になって、その女司祭に抱きついていた。仮面でその表情は見えないが、優しげに語りかけるその言葉と抱擁は、アーリア自身が求めてやまないものと同一に感じられた。
先ほどまで、硬直した様に硬かった子供らの表情が、年相応のそれの様に思え、アーリアは確信めいた何かを胸に描いてしまう。
この子らは、自分と同じなのだと。
「さあさあ。みんな~、一緒に巡礼の方々の為に、パンとスープを作りましょうね~♪」
「「「「「はーい!」」」」」
それぞれの鼻をくいくいっと摘んで回る女司祭に、シルフーと子供達は元気に返事。
「しー・・・まだ寝ている人がいるからね・・・」
女司祭が小声で口元に人差し指を立てると、ぱっと口元を押さえる子、真似して口元に指を立てる子。子供達の感情が鮮やかにパッと花開いたみたいで、胸が詰まる想いのアーリアだった。
手伝おうと誰も持ち上げられない麻袋を、ひょいひょいと軽々持ち上げ、女司祭はアーリアへ声をかけた。
「さあ、いきましょう!」
それだけで、胸に掛かった鉛の錠が、がちゃりと外れた気分で、アーリアもその子らの後へと小走りで続いた。
ぱたぱた、とたとたと軽い足音が遠ざかり、その様を確認する様にもそりと持ち上がったマントの下で、眠たげなホークがやれやれと小首を揺する。
「朝から騒々しい事で・・・」
微笑を浮かべ、再度大あくび。もう一眠りと決め込んだ。




