第27話『祭り前夜』
歌が歌が歌が遠くに。
仰向けにされ、ぐったりと力の入らない身体を。
熱いままに、冷たく固い板の上へ。
まるで、地下の山小人達が、ハンマーでカンコンカンコン叩いて伸ばして叩いて伸ばして、アーリアも小さく薄く平たくのっぺらぼうに打ち広げられちゃうんじゃないかとおもいましたんですよほんとうに・・・
はっきりと意識を取り戻したのは、濡れて冷たい何かが、熱くずきずきとうずく部位に触れたと思った途端の事。
「あれ?」
なんじゃこりゃ!?
目の前にはトカゲの顔。と思いきや、お面だったんだけど。
天井が妙に低くて、変な気分。
上体を起こされて自分が大きなテーブルの上に寝かされていたからだと納得した。
周囲に大くの気配。
でも、火照った肌に、冷たく絞った手拭がな~んとも気持ち良くて思わずうっとり。
「はああああ~・・・」
脇の下から背中へ抜けて、満遍なく丁寧に。これはなかなかに手馴れた手付きですぞ。
口から大事な何かが抜け出してしまいそうな気分。なんともだらしなく開いてしまう。
駄目だ~、頭の中が真っ白になるぅ~♪
なるぅ~♪
なぁ~・・・
細めた瞳でまん前を見ていたら、そこに立っているのをようやく頭が認識した。小人のホークがこっちを見ている。シルエットの解析に続き、表情の解析が終了した。なんかにやけている。
それから首を下へ・・・あ~、拭いて貰ってるから、上半身裸だ~・・・は・だ・か・・・???
「うおっと!」
思わず両腕で我ながら粗末なものを覆い隠した。
「よお、良かったな!」
にこやかに声をかけて来るホークに、我ながら混乱した。
助けてくれたんだって感謝の気持ち。
裸を見られたんだって羞恥の気持ち。
どんだけ見てんだって憤怒の気持ち。
「ぼつぼつ出てないから、あの水飲んでも大丈夫だったんだな!」
「それかい!!」
瞬間、憤怒の形相で傍らのボールを投げつけた。プラスアルファで三馬身差で振り切ったってトコ。
「若いって、良いわね~♪」
お面の下で、確実に年上のお姉さんなクスクス笑い。ことり、傍らに水の入ったボールが置かれた。
「え?」
投げた姿勢で凍りつくアーリア。
確かに投げた腕と、投げつけた筈のボールと、ちゃぷんと揺れた水面を見てから、声の主であるお面の女らしき人を見た。
投げた筈・・・
確かに~・・・投げた筈・・・
一瞬、パッと広がる水に濡れながら、額にスコーンと木のボールが当たるホークのしかめっ面が思い浮かんだのに、当のホークも目をぱっちり開けてこちらを見てるわ、何か変!
ワッとアーリアの中を駆け抜けた怒りは、思いの外にスッと引っ込んでしまい、残ったのが羞恥心と感謝の気持ち。そしてなんだか不思議な事に、はいと言う素直な気持ちが残った。
残った・・・残った・・・
(あわわわわあ・・・何だこの始末に終えない妙な気分は~~~~っ!!?)
改めて両腕で胸元をガード。お面の女の人は、ボールで手拭をちゃぷちゃぷ濯いでる。
(何、この妙な間!?)
うつむき、自分の胸元を見つめていた目線を、ちょっと上目遣いに上げてみれば、あの小憎ったらしいホークがこっちを見てる。
見ているんだけど、そんなに嫌な気がしなかった。
「あ・・・」
口を半分開きかけて、思わず言葉を濁した。
「どうした?」
な~んか余裕の表情で聞いてくるホークに、ちょっとまだむかっとしながら。
「ありがと」
「ん~?」
早口で言ったら、聞き返してきやがった! まったくホークのくせに!
スッと息を吸ってみたら、全然苦にならないじゃない。さっきまで辛かったのに。
・・・しょうがないなあ~・・・
妙に肩の力が抜けました。
「助けてくれて、ありがとうねって言ったの!」
「今度は長いな!?」
「やっぱり若いって良いわね」
横からの不意打ちに、くわわっと頭に血が昇っていく! 頬がすんごく熱い!
「は、恥ずかしい事、言わせないでよ!」
わななく口で言い放つと、思いっきり二人に笑われた。くぅ~っ!
「俺達、一応、相棒だろ?」
う・・・
「一応ね・・・」
しぶしぶその事を認めざるをえない。だが、それは祭りの期間限定であって、今はまだ祭り前日!
「だったら、助けるのは当然だろ?」
うう・・・
悠然と微笑みながらそう言われてしまうと、返す言葉が見つからないアーリアでした。
完敗です。
そう、心の中で白旗を上げるけど、このままじゃ収まりが利かない部分もある。
「ちょっと・・・」
「何だよ?」
手招きすると、とことこと傍らに近付いて来たので、胸倉をつかんだ。
「お、おい?」
「一応、お礼はしておくわ。ありがとうね」
ぐいっと引き寄せてから、これまでのごたごたの全部をぶちこんで、思いっきり右のほっぺたにキスをおみまいしてやった。ざまーみろ!
本日、三回目になる若いっていいわね~と言われて、本日は教会で一夜を明かす事となり・・・
結局は、大勢の巡礼者と共に雑魚寝であるが、御代はかからない。明日になれば、誰かが荷物を届けてくれるさ~とばかりに身を寄せたは良いが・・・
「何だ? これくらいで・・・」
壁に背もたれながら寝ているホークの元へ、わたわたと逃げて来たアーリアは、随分な一言に迎えられてしまった。
「だ、だって・・・」
「ガキ・・・本当にガキだったんだな・・・」
「う・・・」
夜更けと共に、月明かり星明かりのみとなったこの教会。暗がりの中で、大勢の巡礼者がもぞもぞと何やらおっぱじめてしまって、アーリアも巻き込まれそうになったのだ。
だのに、ホークはやたら冷たい。
暗がりで、身振り手振り、小声で話し出した。
「あのな、巡礼って事は、神様に色々お願いしたりする事があるから、わざわざ危険な旅をするんだろう?」
「うん・・・」
こくりこくりうなずくアーリアに、判ってねぇなぁ~とばかりにため息のホーク。
「年寄り連中は大体物見遊山だが、若い夫婦もんは大体がこれだ」
「え? ひゃっ!?」
腹をポンと叩かれ、思わず飛び退った。
「家を守るには跡継ぎが必要だろ? 子供がなかなか出来ない夫婦ってのは、場合によっちゃ女の方が家を追い出されたりもする。もっと悲惨な事だってあるんだ」
「ううう・・・でもこれは刺激が~・・・」
恥かしくて涙目になる。
この食堂だけでも3~40人は居たと思った。本堂やらそこかしこの廊下でも、なかなかに激しい事に及んでいる。
「巡礼先で授かった子は、神様の子って事になる。そして一家は安泰。村のもんだって、父親に似てないガキだろうが暗黙の了解で、村の子として育てるんだ。そんな事も知らねえで吟遊詩人かよ?」
「だってだって・・・」
これまで先生に色々と守られていたんだと、痛感するアーリアだった。
「しょうがねぇ。外に出よう」
「うん・・・」
もぞもぞ四つんばい。人々の絡まる様を避けながら廊下へ出ると、ようやく空気が清涼感を取り戻す。
胸いっぱい、空気を吸い込んでは吐く。
「あは~ん♪」
「ば~か」
せまっ苦しさと濃厚な密度から開放され、ホッと一安心。手足を思いっきり伸ばした。
「んぐっ!?」
何かの鈍い音が。同時に、ホークらしき声も。
そして、目の前に黒い影が。ギラリと光る双眸が、凶悪な害意をみなぎらせている。
雲が動いたか、サッと月明かりが射す。
それはグルドだった。




