第26話『グルド再び』
「シルフー・・・ボクの名前はシルフーに決めた・・・」
地に足をついてもなお、ふらふらと揺れる様は普通ではない。白く透き通りそうな肌は、ほんの少し前は明白に透き通っていた訳だし、恐ろしく整った顔立ちも、たった今形を成した訳だ。名前だって明らかに今決まったくさい。
アーリアと三十人くらいの小人達は、どろ~んとしたまなざしで、この白い素っ裸の妖精さんを眺めた。
そして、シルフーはそれに微笑を返す。ニヘラ~っと。
青みがかった白銀の髪が、さらさらと流れる。それもまた、ついさっきまで、ぬめぬめとした皮膚だった部分。
「うっ・・・ううっ・・・」
明らかに異質なそれは、異質な精神性を示しているかの様に、痛みをこらえるアーリアには思え、正に血の気が引く思い。実際、引いてるんだけど。
「いかん! 気をしっかり持つんじゃ! 傷は浅いぞ!!」
くらっと来るアーリアを、ハーリー爺さんが素早くシェイクヘッド。さらに、頬を二三発張った。
<STに1ダメージ>
「よせ! 爺さん! 本当に死んでしまうぞ!!」
その手を制し、ホークはその首を素早く左右に振った。
「医者に見せよう! 街は近いんだろっ!?」
担ぐ様に、ぐったりするアーリアの脇に腕を入れ、少し立たせてから、前にかがむ己の背に乗せるホークを、無数の腕が手伝った。
その時、足元に黒革の巾着が落ちていた。
「ん? こいつのか?」
じろり背に乗ったアーリアを肩越しに見、咄嗟に懐へ放り込む。
「教会もいいかも~!」
人ごみの後ろから、ヒースは背を伸ばしながら、老人たちの背越しにその光景を見守っていた。
「教会!? まだ早いぞ!」
「違うよ~! 徳の高~いお坊様が何人も来てるって話だから~!」
「合点承知!」
得心入ったと頷き、バラバラと足元に己の弓矢を落とし、アーリアを背負うホーク。
「後で、誰か届けてくれ!」
「りょ~か~い!」
「判った!」
「行って来い!」
「おい! しっかり掴まってろい!」
両脇に、アーリアの太ももを抱え込み、首に回った腕がわずかに力の入るのを確認してから、ホークはその場に居る全員から背中を押される様に、軽い傾斜地を走り出す。
「ど~けどけどけどけぇ~いっ!!」
細い獣道に行き当たると、前をのんびり行く人を押しのける様に、古い街道目指してひた走った。
それを見送る三十人からの小人の中、一人シルフーだけはニヘラ~っと笑みを浮かべていた。
「ククク・・・ど~こへ~行くのカナ~?」
ゆら~り、首が真横に折れ、眼球が落ち窪む。
ぬるり。
再び人の姿を捨て、たちまち空の怪異と化したシルフーは、体内に大気を思いっきり吸い込み、それを後ろへと噴出して空を滑る。空は自由だ。
逞しい鼓動が、アーリアのそれを鼓舞するかの様に、力強く脈動していた。
酷く気分が悪かったが、えらく落ち着いてもいる。
胸の上下とあいまって、腕に吹きかかるホークの息が、ただ熱くて・・・
「怪我人なんだ!! 先に通してくれっ!!」
無我夢中で目に映った城壁目指してひた走ったホークは、苦しい息でも門に押しかけていた人々の間を縫って前へ前へと進み出て、徴税役人の前まで転がり出ていた。
「ん~?」
まるで汚い物でも見る様な大きな男達。ドブ板の上を走るねずみを見た方が、まだマシなくらいだ。
「お前、金あんのか~?」
「人間様の町に入るんだ。特別料金を頂戴しねぇ~となあ~?」
せせら笑う徴税役の兵士達は、手には長槍、着崩した胴着は街の紋章入りの革鎧。兜はかぶらず、首から後ろにぶら下げている者がほとんどだ。
「あんだ~? そっちのくたばり損ないは、人間なのか~?」
「ホントかよ!? 俺には、その辺のドブドワーフのチビにしか見えねぇぜ!」
「触んなっ! 危ないだよ!! 急いでんだ!!」
「あ~ん? 急いでんのは、みんな同じなんだよな~」
意地悪く、中でも一人、腕に緑の布を巻いた男が言うと、周囲での~んびり仕事をしていた同僚達が、なんだなんだと集まって来る。
「隊長~! 変な病気持ちだったら、ヤバイですぜ~!」
どうやら、この腕に布を巻いているのがこの場の責任者らしい。
ひょろっとした顔色の悪い兵士の言葉に、目を細め、さらに意地の悪い光を浮かべて来た。
「そうか~、キチンと調べんとなぁ~!!」
すると、この意地の悪さは集まって来た全員に伝染したらしい。
かなりやばそうな雰囲気だ。
「金ならある! 俺の懐に巾着がある筈だ! そこから取ってくれ!」
ホークは、この隊長さんとやらの目を見すえた。他のを相手にしても多分無駄だ。
「ホントか?」
何かの油で、ぎとぎとした感じのずんぐりした腕が、無造作にホークの胸元に差し込まれ、そしてアーリアのだろう黒革の巾着を取り出した。
「なんだ~、変な臭いがするぞ~!」
「ネズミの匂いじゃないですか、隊長?」
「違ぇ~ねぇ!」
「ちゅーちゅー! ぶっ叩いたら、もっと良い声で鳴きますかねぇ~?」
隊長は鼻をつまみながら、一同をニヤニヤと見渡し、それから結び目を解くと、そっと覗き込む。
それから、思いの他、素早い動きでそれの中身を掌に開けて握りこむ。
「ま、いいだろう」
すっと遠くを見る隊長。他の全員の表情が凍りついた。
(すっげぇ~シンプル・・・)
目を細めて作り笑顔のホーク。
「ありがとうございます! あ~りがとうございます!」
「ま、ちっと足りねぇ~が、勘弁してやる」
そう言ってから、ホークの懐に空の巾着をねじ込んで来た。
それから気持ち悪いくらいに、人の良さそうな笑顔になって。ポンと軽く肩を叩いて来た。
「女房・・・大事にしてやんな・・・」
「え? あ、はい・・・あ、ありがとうございます・・・」
かなり作り笑顔を維持するのが困難になりつつも、頭を低く低く下げて、そのままの姿勢で門をくぐりに進み出た。
(い、いったい、どれだけ入ってたんだ?)
頭の中に、盛大な?マークを多数舞わせながら、ホークは街に入る。
「ま、こいつの金だしな」
そう独り言を口にし、教会の屋根を探して、大きな人の街並みをぐるり見渡した。
土ぼこり舞う大きな人の街は、相変わらず空気も悪く騒々しい。
広い庭も無く、家と家との間は隙間無く窮屈そうで、戸口も妙に高くて威圧的に思えた。
行き交う人々は、ぶつかる寸前で、根負けした方が道を譲るみたいだ。
それでも、道を聞けば教えるくらいの事はしてくれて、何とか明るい内に大きな門構えの、やたら装飾でごてごてした木造の建物の前に立つ事が出来た。
「う~ん・・・ここが、教会か~・・・」
七柱神のホーリーシンボルが整然と配置された装飾は、古デュール派のそれらしく、それらを同等の神格として配している。また、立ち並ぶ原色さながらの立像は、それぞれの神格を表現しているのだろう。ホークはそれぞれに一礼した。
「待ってろよ~、今坊さんに会わせてやるからな~・・・」
背中でぐったりしてるアーリアから返事は無く、どうやら寝ている様子。
片方が開け放たれたままの扉から、そっと様子を伺うと、中はかなりの人で混雑している様だ。大勢の話し声がざわざわと聖堂らしき空間にこもり、見渡せば多くの旅装束らしき人々が、そこかしこに腰を下ろしていた。
明かり取りの窓が全て開かれているが、篭った人の熱気は重くよどんでいる。
宙を舞う埃が、静かに光の軌道を描き出していた。
「すんませ~ん!!」
数歩踏み込むが、返答する者はいない。皆、それぞれの会話に夢中らしい。
歩みを止めた足を再び動かし、ふわふわとした疲労感を無視した。
「すんませ~ん!! ここの方はどなたか~!!?」
「はい」
え?
思わぬ程近くから、女の声。
ハッと声のした左を向くと、目の前に真っ赤なとかげの顔が。
「ぐ・・・」
それはお面の様だった。赤い宝石の双眸が、ゆらり怪しい軌跡を描く。
「怪我人ですか?」
「あ、ああ・・・」
生半可な返事を返しつつ、ホークは目の前の怪人を上から下まで見ると、やたらごたごた着込んでる中に、首から下げてるホーリーシンボルから、どうやら大地神のガルパニ信徒らしいと・・・
「診ましょう」
一瞬、渡してしまって良いのか迷う。そんなホークの戸惑いを通り越し、確かに女らしき白い腕が、やたら光沢のある紫色の外套より伸び出て、軽やかにアーリアの身体を持ち上げてしまった。
疲れていたとは言え、こんなに近くまで接近されて気付かないのは初めてだった。
スッと動く女の気配は、静かで緩やかでありながら、ほんの僅かな驚きの隙に、聖堂の奥にある戸口の前まで移っていた。
仕草で、こちらですと告げていた。だが、その間には大勢の巡礼者が座り込み、楽しげに振舞っている。
一体、どこをどうやって、この一瞬であそこまで歩いたのか?
ホークとて、狩猟や何やらで、気配を消したり、物陰から物陰に移動したり、仲間内でもその手の技には長けているという自負があった。ましてや、図体ばかり大きな人に負けよう筈も無い。
なんか変だ。
汗はかいていたが、後から嫌な汗がどっと噴き出て来た。
妙に身体が重く感じるのは、疲れの性か、この嫌な空気の性か。
辛うじて、二人を見失う事無く、教会の奥へと。
中庭を貫く渡り廊下を抜けて、教会の居住区らしき場所へ。どうやら、その中でも食堂にあたる場所の様だったが、今は巡礼者達の為に開けてあるみたいだ。
アーリアの身体は、幾つも並ぶ、大きなテーブルの上に横たえられた。
「誰か、水を・・・」
「こちらです! 司祭様・・・」
明らかに教会の信徒らしき男が、そそくさと水の踊る木のボールを手に近付いて来る。
それを、顎で使い、アーリアの頭の横へと置かせた。
「ありがとうございます」
「い、いえ!」
面の下から響く、くぐもってはいるが丁寧な口調に、恐縮する男。
この妙な格好をしている女は、どうやら司祭らしいが、どうもここの人間では無さそうに思えた。
アーリアの衣装を紐解く司祭の指は、まるで働くもののそれでは無いかの如く、柔らかに見えて、それでいて動きは正確無比に、たちどころにその身に穿たれた矢傷を露にしてしまう。
大きな人とは言え、若く未婚の女性の肌をこの様な形で見入る趣味は持ち合わせて無いホークであったが、それにも増して好奇心と警戒心が、この司祭が何をどうするのか見極めてやろうと、そうさせていた。
「手当ては申し分ありませんね。これならば・・・」
そう言って、司祭は手拭いをボールに浸し、それを絞った。そして、赤黒い点の様な三つの傷口にあてがうと、鼻歌まじり、まるでそれを拭い去るかの様に。
実際、傷口は消えていた。
跡形も無く。
残るのは、応急手当に使われた、薬草の黄ばんだ汁の跡。
「はい。お終いです」
ポンと手を叩くと、アーリアの目がぱっちりと開く。
「あれ?」
「魔法か!?」
目を見張るホークを尻目に、その司祭はアーリアの顔や身体を黙って拭いている。
そして、そんなホークの傍らに、教会の信徒らしき人物が、別のボールを手にそっと差し出して来た。
「それでは、当教会に貴方様のいくばくかの志を・・・」
「あ、あ~・・・寄付ね・・・」
言われてみれば、そりゃそうかと、慌ててそこかしこかに手を入れた。
そして、そんな様を、物陰からじっと見つめる男がいた。
グルドである。




