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アーリア  作者: 猿蟹月仙
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第25話『僕の名前を知ってるカイ?』

 苦しい息の中、アーリアは、胸倉を掴む野太い腕の向こうにある、男の顔をまじまじと見た。

(こいつ、人さらい!?)

 にやにやと人を小馬鹿にした笑みを浮かべる、妙に厚い唇の南方風の顔立ち。瞳の色と同じ黒い髪はくるくるとした巻き毛で、男のくせにやたら伸ばしてる。きもい!

 昔から、大きな祭りがあると人さらいが出るって言う。見知らぬ者がうろついても、そんなに怪しまれないから。

 そしてその背後には、さらった商品を売りさばく裏の社会があるらしい。

 アーリアにはそこまでの知識はあった。

 先生が新しい町に着くと、時折挨拶に立ち寄る事もあった、街の裏の有力者『OYABUN』。たぶん、それはその一端。

(こいつの先に、どういった繋がりが・・・)

 それを聞き出したい所だが、現状、それどころでは無い。


 グルドの締め上げから逃れようと手足をばたつかせるが、腕の動きがそれを相殺する。慣れた手つきだ。

「はっ・・・」

 一瞬、胸への圧迫が緩み、一呼吸。

 それが欲しかった。


 アーリアはそれまでグルドの腕を引っかいていた右手で、スッとその顔を指差した。

「何の真似だよ?」

 相変わらずの余裕ににやけたグルドの顔に、アーリアは短い音を発した。


 始まりの世界は、形の無いどろどろとした不定形な存在だったと言う。そこへ最初に降臨した存在が、声を発し、7体の神を創造したと言う。世界を形作る手伝いをさせる為に。そして、それらが全ての事象に形を与える際に、やはり声を発したという。魔法は、その時に発した声の欠片。断片の様なものかも知れない。


 人に向けてはいけないと言われた音を、アーリアは発した。

 それは、先生から教わった一つの戒め。

 恐ろしい、変異の響き。


 その指先より生じたのは、紫色の霧。渦巻く霧が、グルドの顔めがけ、吹き付けられた。


 ポイズンブロウ。


 霧が吹き付けられた周囲の草花は、みるみる腐食して黒ずんでいく。発生源を中心に、扇状に。その真っ只中にあって、グルドは左腕を、拳を突き出し立っていた。

 顔面を右の掌でカバーし。その皮膚を黒くただれさせ。ゆっくりと目を開ける。そして、足元を見た。

 そこには、口をパクパクさせるアーリアが仰向けに倒れていた。


 はっ! はっ! はっ! はっ!

 空気を求め、口を開くが吸い込めない。体に力が入らない。空がやたら青く眩しい。


「こりゃ、思いの他、難物だな」

 構えを解き、じっくりと己の右の掌を眺め、呟くグルド。指は動く。だが力が十分に入らない。

 咄嗟に、目を守った。女の胸倉を掴んでいた手を放し、寸でで心臓を打った。この手ごたえなら、少しの間は動けない筈だ。

(毒入り団子は誰も食うまい)

 ちょっとした小遣い稼ぎになると思ったが、あてが外れた。

「ま、細かい事は、後でだな・・・」

 そう言って背嚢を手にしゃがみ込み、獲物の口にぼろきれを詰め込み、後ろ手に革紐で縛る。足もだ。

 そうしながら、これをどうしようかと考える。

 最初は、色町で売ろうかと思ったが、だまでこんなのを売ったら後が大変だし、話をしようものなら買値が付かない。いっその事、もっとやばい連中にとも思ったが、やっぱり消耗品扱いで二束三文だろう。殺し屋家業とはそんなもんだ。

 頭の中で、ある一人の人物が思い浮かぶ。あてが無い事も無い。


 頭から麻袋を被せ小脇に抱えると、周囲に気を付けながらゆっくりと。草の丈から、頭一つ分覗かせる程度にしゃがみつつ。

 まだ空を飛ぶ化け物の騒ぎが続いている。今なら、この獲物を人知れずに運び出す事は容易に思えた。

 が、グルドの感覚が、違和感を訴える。雑然とした空気に混じる、敵意のような。

 ゆるりとした歩調でわずかに体をずらすと、風音が鳴り、たった今まで立っていた場所を一本の矢が貫いた。

 舞う様にくるくると体を裁くグルドのその後を、次々と矢が飛来して追いすがる。

「いいのかっ!!?」

 グルドは手にした麻袋を、まるで盾の様に突き出す。すると、そこへ二三本の矢が突き立った。

「いいのか~!!?」

 ニヤリ。グルドはゆっくりと、びくりびくりと動く麻袋を、右へ左へ掲げて見せる。

 すると案の定、草むらから小さいのがひょこひょこ顔を見せた。


「おいおいおい・・・随分とにぎやかじゃねぇ~か?」

 多くても三四人とふんでたグルドの予想を遙かに上回る、十から二十の小人達。

 それが手に手に武器を持って立ってるのだから、ちょっとは困る。

 だが、こちらとしては、はったりを利かせるものだ。


 その小人の中でも一際目つきの鋭いのが、手に数本の矢を持ちながら矢を番え、凛と響きの良い声で言い放った。

「そいつを降ろせ!!」

「やだね!!」

 即答である。

「大体だなぁ~、こいつを降ろしたからって、俺が助かるか? お前ら、俺に何もしねぇか!?」

「知るか!! そいつを降ろせ!!」

「おいお~い、そんなんじゃ降ろせねぇぜ~!? それとも、いいのか~!?」

「何が!!?」

「手当ては早い方が、良いと思うんだが~!!?」

 ぐったりした麻袋。すっかり鮮度が落ちた魚みたいだ。

「良いだろう!! その場に降ろして、三歩下がれ!!」

「ちょいまち!! その前に、そっちがこっちに見える様に下がれ!! 包囲を解け!!」

 じりじりと左右に広がりつつ、草むらを盾ににじり寄る小人達にグルドは睨みを利かせ、これに交渉するホークも頷き、顎で指示を出す。

 そして、ゆっくりと下がり始める小人達。

 その様を、ふんと鼻で笑うグルド。

 それらの表情が、不意に戸惑いを浮かべる。


 ゆったりとした影を落とす空の怪異。

 それが正にこの上空へと滑り込み、まるでこの有様を興味深く眺めているみたいに、その体内の器官を明滅させていた。

 体表に浮かぶ不可思議な文様が、笑っているかの様にふよふよ歪み、徐々に大きく、ゆっくりと下降して来る。


(こいつは・・・ラッキーかも)

 あざとく小人達の動揺を見てとったグルドは、そっとその場にアーリアを置き、薄笑いを浮かべて下がりだす。

 上を見る者、男の動きを目で追う者、しかしホークは追うなと手で制す。

『ナ・・・ナ・・・ナニ・・・?』

 光の明滅と共に、声らしき響きが、その体全体から発せられた。

 体表を震わせていると、明らかに異質な存在から、伝えられた意味のある言葉に、小人達は愕然として、この浮遊する大きな物体を眺めた。


 麻袋が切り裂かれ、再びまともな光を目にしたアーリアの瞳に映り込んだのはまともな光景では無かった。


 戒めを解かれ、その場で矢を引き抜かれ、手当てを受ける最中、それを真上からじっと見つめる巨大な白くて半透明でぶよぶよした不気味な存在。触手らしき器官をふよふよ漂わせ、それを降下させて来るのだ。

「何なのこれ?」

「しっ・・・黙ってろ・・・」

 そう誰かに囁かれ、アーリアは頷くしかなかった。それにあちこち痛くて、もう元気が出ない。


『ナニ・・・ナニ・・・シテルノ?』

「お前は何だ!? お前こそ何をしてる!?」

 いつでも矢を射れる様に構えるホークは、この物体と対峙していた。明らかにこちらの数倍はあろう化け物だが、攻撃して来る気配は無い。むしろ楽しそうな響きがある。

『ボ・・・ボ・・・ボクハ・・・サン・・・ポ・・・』

「あん?」

『サンポ・・・シテタ・・・』

 なんだかドッと疲れを覚えた。

「じゃあ、これからは人の居ない所で散歩してくれよな。みんな、お前の姿にびっくりしちまったんだ」

『ビックリ・・・ワカラナイ・・・ビックリワカラナイ・・・ナゼ・・・ナゼ・・・?』

 何故と言われて答えに困るホークだったし、話をしていると段々に相手の体内で発生している光源の明滅が加速している様にも見えるから、かなり気味が悪かった。

「そりゃぁ~、お前があんまり俺達と違い過ぎるからな。俺達は空を飛べないし・・・」

『ドウシテ?』

 どうしてと聞かれたら、こっちもどうして空を飛べるか聞きたい気分だ。

 眉間にシワ寄せ、困った顔で周りの仲間を見渡して、誰も替わってくれず、答えが得られない事を再確認したホークは、仕方なく口を開いた。

「そりゃぁ~、生まれた時から空は飛べないからな」

『コウスレバ・・・イイノ?』

 そう言って、見る間に地上へと降り立ったそれは、多分脚なんだろう二本の触手から地面に触れると、ぶよぶよと波打ちながら形を変えていく。

 その有様を、驚愕の眼で凝視していた大勢の小人達は、ある者は口を押さえて吐き気を我慢し、またある者は初めての光景に恍惚の微笑を浮かべていた。


 半透明の体はそのままに、手足はまるで人のそれの様に変化し、二つの光体が眼球の様にその位置に収まると、それらはまるでその様な形に変化した。

 そして、試す様に片足を持ち上げて、ぎこちなく一歩前に。

「コノ一歩はタダの一歩だが、僕にとってはオーキナ一歩・・・」

 口らしき場所に口が開き、目鼻立ちがはっきりしてくると、それはまるで人やそれの様な、かなり整った顔立ちになった。

「な、な、何者なんだ、お前!?」

「ン~・・・」

 ホークの問いに目を閉じると、まるで皮膚があるかの様に、むき出しだった女性らしき半透明の体は、水色がかった艶々した皮膚感へと変化していく。

「ボクは風のヨーセーさんさ・・・」

「え?」

「ホントだよ・・・」

 思わず聞き返すホークにくすくすっと笑みを浮かべるそれは、小首をかしげる仕草と合い間って何だかからかわれている様な気分だが、誰も風の妖精さんとやらに会った事が無いらしく、そういうものなのかと得心するしか無い様に思われた。

「・・・僕の名前を知ってるカイ?」

 次第に言葉のイントネーションも安定して来た、自称風のヨーセーさんは、なんともふわふわした口調で文字通り煙に巻いて来そうな会話を続けた。

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