第24話『悪漢グルド』
「うわわっ!?」
二人を追う様に馬車の後ろから飛び降りると、目の前にポニーの鼻面があってびっくり。御者の居ない馬車が、ガラゴロとゆっくりアーリアに迫り来る。
「うわっ!? え? え?」
周囲をカサカサっと、草原を走る無数の気配。それを追おうと、左右に首を巡らせようと・・・
「早っ! っと・・・」
ぶるるっとポニーの熱い鼻息がかかり、あわや髪を噛まれそうになって、思わずのけぞった。
その間も、声も無く気配はばらばらに散って行くので、ちょっとどころか、かなり焦る。
わだちの深い石畳に足を取られながら、空を見上げると、正に上空をその怪異がぬるぬるっと滑って行く。
「ちょ、ちょっとみんなっ!」
道の脇に走り出ると、もう草の揺れも見当たらない。それどころか、先に走り出た筈のホークやヒースの姿も見失ってしまった。
(どこ!? どこに消えたの!?)
そこかしこ、悲鳴を上げながら右往左往する人々。荷物を投げ出し、泣き叫ぶ子供の上から覆いかぶさり、必死に隠そうとする者もいる。まる見えだけど。
「大変だ・・・」
くるっときびすを返してターン。再度、周囲を見渡すけれど、全然判らない。
仕方ない。
息を吸って、思いっきり呼びかけた。
「みんな~っ!! あんまり馬車から離れないで~~~~ってさ~~~~っ!!!」
「・・・あいつ・・・馬鹿だ・・・」
草むらに隠れた五人程の集団の中で、目を細めてホークは呟いた。
ちょっとした物陰に、小人達は実にうまく隠れている。確かに、彼らにアーリアの声は良く届いていた。実に伸びやかで良く通る高音だ。その時だけ逃げ惑う人々の悲鳴なんか掻き消えてしまったみたいに。
そして、みんなの目線がじ~っと追った。金に輝く髪をたなびかせ、走り出したアーリアを。なんか、真っ直ぐに空の化け物も追いかけている様な・・・
「い~、吹流しじゃん・・・」
にやりと笑うホークに、周りの小人達は目を丸くして尋ねた。
「助けなくていいのか?」
「あいぼう、なんだろ?」
「そうそう」
「可愛そうじゃないか?」
そんな問いに、今度はホークが目を丸くする。そして、顎に手を当て、またもにやり。
「ん~・・・そうだな。助けてくれって言って来たら、助けてやらなくもないか」
「それって無理じゃ・・・」
一人は口にしたが、残る三人は頭の中でなんとなくそう思った。
なんか、真っ直ぐに追いかけられている様な。
「何で!!? 何で何で何でぇ~~~~っ!!!!?」
胸の空気を一気に吐き出して、思いっきり吸った。吐いた。吸った。吐いた。吸った。
その分、手足をこれでもかってくらいに振り回して駈けに駈けた。
小柄ならではのほっそりとした四肢が、弾む様に大地と空を、目の前に生い茂った枯れ草を掻き分けてゆく。
それでも背後に迫るそれの気配は、奇妙な空気音と共にますます迫り来る様で。
「や~だやだやだやだやだ~~~~っ!!!!」
全力拒否の心持なれど、背後のそれは一向に、それを気遣ってくれる訳が無い。
ゆら~り、半透明の触手が、まるで薄っぺらな掌の様に広がり、上空からアーリアの全身を覆いつくしてしまいそうに、ゆっくりと近付いて行く。
風そのものの如くゆらめくそれは、今まさにアーリアを捕らえようとしていた。
スッと弓を引き絞ったホークは、それに狙いを付け・・・そして、引き絞った弓から矢を戻した。
「ちげ~な・・・」
そう呟いて立ち上がったホークに、他の小人達も続いて立ち上がる。
そんな彼らと目線を交わしつつ苦笑するホーク。
「遊ばれてやがる」
ホークや小人達の、長年の狩猟で培われてきた感が、その仕草が肉食獣のそれでは無いと言っていた。つまりは、捕食する意図無しと思えたのだ。
「あの化け物も、良いおもちゃを見つけた訳だ」
「違いない!」
他人の一生懸命な様は、時には滑稽に思える事もある。
その場にぞろぞろ集まりだした小人達は、結構遠くまで走って行くアーリアを眺め、ドッと笑い出してしまった。
その大気の振動は、逃げ惑うアーリアにも即座に届いた。
「どーしてどーして!!? ひっど~~~~いっ!!!!」
走りながらも結構息が持つ自分に驚きつつ、遠くで笑ってる小人達の薄情さに、若く純真なハートがざっくり傷付いた。と思う。
と思った瞬間、目の前に黒い革のブーツが。
あっと思ったら、いきなり草むらから突き出た足に自分の足が引っかかった。
「痛ぇっ!!」
若い男の声だと思った。
そう感じながらも、アーリアの身体はまるで樽でも転がるかの様に、綺麗にすって~んと数回転。
視界は大地と空とを幾度も入れ替わり、ようやく大空を見上げる形で停止した。ちょっとだけ、飛び去って行く化け物の尻尾みたいな物を、視界の隅に捕らえ。
冗談みたいに、呆気なく。
ちょっと可笑しいって気分。そんな、浮ついた気分に、いきなり冷水を浴びせる様に、男の敵意が響き渡った。
「痛ぇ~よぉ~っ!! 痛ぇ~よぉ~っ!! どうしてくれんだよぉ~っ!!」
ずんずん近付いて来る気配は、明らかに自分へと。
まだ、くらくらする頭で、何とか立ち上がろうとした、その胸倉をむんずと掴まれて、男の片腕だけで引き上げられてしまった。
「痛ぇじゃねぇかっ!! このアマ!!」
「ご、ごめ・・・」
反射的に謝りかけて、足を引っ掛けられたと思い返し、言葉を飲み込む。それ以前に、胸倉掴まれてるので、息が苦しくて言葉も思う様に出ない。
「ふっざけんなっ!! 明日の武道大会に出ようってぇ~、このグルド様に、怪我ぁ~させるったぁ~、どう落とし前つけてくれんだ!!? あ~ん!?」
「く・・・」
目の前の、浅黒い肌の男に、ぐいぐいと絞り上げられ、宙ぶらりん。
手足をばたつかせるが、ものすごい力でびくともしない。まるで、水の張った樽でも蹴ってるみたいだ。
ぎらぎらと敵意に燃える黒い瞳が、アーリアの目の奥の奥までめちゃくちゃに引っ掻き回すみたいに、凄い迫力で睨み付けて来る。
その圧力が、不意に和らいだ。
「な~んだ、おめぇ~結構良い顔してんじゃねぇか」
ゾッとした。
酒場で酔っ払いが変な気を起こしてるみたいな響きで、グルドと名乗った男は、右腕でアーリアの胸を鷲掴みにし、それから腹周りをこねくり回しにかかる。
「や、やめろ~・・・」
苦しい息で、好き勝手に蠢き回る、気色悪い男の動きを止めさせようとするが、一向にお構いなし。それどころか、とんでも無い事を口にした。
「これなら、少しは高く売れそうだ。それで勘弁してやる」
冗談じゃない。




