第23話『空の怪異』
揺れる。揺れる。荷馬車が揺れる。
石畳に刻まれた轍の跡が、がらごろがらごろ小人の荷馬車を歌わせる。
そうやって、どれだけ過ぎたか。
空気がざわつく様な、そんな気配が、馬車の中に居ても、厚い布越しに届いて来る。
長い間、口いっぱいに頬張っていたので、アーリアはもう顎ががくがくになっていた。
酷い臭いで空気も悪いし、面子も悪い。かなりげんなり気分で作業の手と口を止めると、目線で無言の圧力。
「・・・」
「・・・」
ホークもヒースも言葉無く、お互いちらりと目を合わせると、それなりの答えが返って来る。
ウサギや犬や猫やらの小さな毛皮なら、なめすのにこんなに時間も手間もかからないだろうし、町や村に行けば皮をなめす道具を借りるなり、専門の職人に頼むなりするのだろうけれど、これはいささかでか過ぎる。
うえっと口の中の物を吐いてから、御者台へ向かって強張る四肢でへろへろと這った。少し外へと向かうだけで、顔に当たる空気が変わる。
「うわぁ~・・・」
そして、荷台から顔を出すだけで、もう別世界!
爽やかな風!
輝く光!
嗚呼、輝きのオザンよ! 疾くザリよ!
ええ加減、疲れました~・・・
ぺたり、その場にうつぶせになると、ごつごつ馬車が揺れる度に顎からお脳の方へ振動が。
「あ”あ”あ”あ”~・・・」
死んだオークかトロルかって気分で、目を細めてじゅわわっと頭の中で血流が回復する音を聞く。
(あ、トロルがお日様に当たると、石になっちゃうから、こりゃ逆だわ)
にへら~っと脳内麻薬に犯されながら、アーリアはほんわか気分を堪能した。
「なんだ、ご機嫌じゃないか?」
「ダンチョーさん、生きてるって素ん晴らし~と思いま~す♪」
「大げさな~」
「いやいや、まったくまったく」
カラカラ笑う御者台の御者さんと護衛役のダンチョーを見上げると、ダンチョーは愛用のクロスボウを構えているのだろう、その後ろ姿は声とは裏腹に周囲を油断無く見据えている様だった。
で、アーリアの休憩に合わせて、ホークもヒースもぐったり一休み。
横目でアーリアの方を見て、ホークがぼそり。
「ほっせぇ~なぁ~・・・」
「森のエルフだってかなり細いよ~」
への字口のホークに、苦笑するヒース。
「一緒にすな~! あちらは貴いお方。こっちは・・・あれだ、あれ・・・」
「あれって?」
ん~~~と難しい顔をしてから、ホークはぽんと手を打った。
「畑仕事もろくに出来ん・・・穀潰し! 村の女どもはもっとどっしりしとったろ~が~。あれが良い女ってもんよ~」
農村ならではの話だ。
「そうかな? うちだったら、社交的で弁の立つ方が役に立つな。大きい人との交渉とか、気押されたら良い様にされちゃうからね。気性がしっかりした人が良いかも。その点、アーリアさんは大きな人にしておくには勿体無い。いやはや、残念残念」
「言ってろ。あんなのトロルと一緒だぜ」
ぐいっと腕の噛み傷を見せるホークへ、ヒースはにこやかに。
「それくらいの度胸が無きゃ、家を守れないよ」
「言うねぇ~」
目を細め、ホークは参りましたと両方の掌を上へ向けた。その脳裏に、村に残して来た人々の顔を想い浮かべ。
片やアーリア。
周囲へ視線を彷徨わせると、例の街が近づいて来たのだろうか、そこかしこに野営をする小さな集団が目につく様になってきた。
「ダンチョーさん、もう近いの?」
「ああ、近いかもなぁ~」
う~ん・・・なんか、山とか峠とか越える時の先生を思い出す。ちょっとしんみりだけど、こういう時の近いかも~はあんまりあてに出来ない。
「今夜は、町に入るの? それとも、近くで野営?」
脚をぱたぱた遊ばせながら、後ろから飛んで来る、とげのある単語は無視していた。
「そうだな。近くで野営といきたいが、大きな人達の町だからな。あんまり近付いてのトラブルも避けたい。その辺は適当な所で・・・」
そこまで言ってから、ダンチョーはそっと左手を上げ馬車を止めさせた。
「どうどう!」
御者が手綱を引くと、小人の馬車を引く栗毛のポニーは、ゆっくりとその歩みを止めた。
そうしてから、ダンチョーは手にしたクロスボウの安全装置の留め金を、カチャリと外す。
アーリアはダンチョーの目線の先を追って身を起こした。
「何? あれ?」
「ホーク!」
アーリアの呟きを打ち消す様に、ダンチョーの一声。
すでに後ろで、ぱたぱたと乾いた足音が。
「どけ!」
「何よ!」
もっと良く見ようとするアーリアを押しのけて、割って出るホーク。手には小さな弓と矢筒を。
「なんだありゃっ!?」
飛び出すや、ホークは馬鹿みたいに素っ頓狂な声をあげた。
雲の無い青い空に、ぬらぬらと白くて長いものがたなびいている様だった。
そう。それは、飛んでいた。
身体を大きく蠢かせ、脈動させ・・・するするっと、まるで空を滑る様に。
アーリアは、水の中でも、似た様なものを見た様な気がした。でも、それはあんまり良く見た訳では無いし、なによりそれは水の中での事。
「ドラゴン・・・って訳じゃなさそうだな・・・」
矢を番えたホークが傍らでそう呟き、それに答える様にダンチョーが言葉を漏らした。
「・・・デビル・・・フィッシュ・・・」
ダンチョーの落ち着きが、そこに居る全員に感染したみたいで、不思議と落ち着いてそれを見る事が出来た。
まだこっちに向かって来るとは限らない。
それにいざとなれば、草原に身を隠せば良い。そう思えた。
ところが、周囲のそれはそれでは収まらない。
一つの悲鳴が、ワッと周囲に感染した。
人々は空を指差し、そこにある怪異に気付くと悲鳴を上げて走り出す。無我夢中で。
「不味いな・・・ホーク! ヒース!」
「おう!」「はい!」
「伝令に行ってくれ。走らず、近くの草むらに隠れろと」
ダンチョーが言い終わるより先に、後ろでもこの熱病は猛威を振るったらしく、次々と悲鳴が沸き起こる。
見れば、次々と馬車から飛び降りて、滅茶苦茶に走り出す小人達。
「やべっ!」
ホークの言葉にうなずくヒース。二人もそれらを追って駆け出した。
「私も!」
「待て!」
反射的に走り出したアーリアの後ろに、ダンチョーの静止も追いつかない。勢い、アーリアは草原に駆け出していた。




