第97話『こいつは人間じゃねぇっ!!』
今回は辺境騎士の息子ハインツのシーンになります。
それから、ハインツはフースと手分けしてどたばたと村中を回ったが、あの老婆の姿は見当たらなかった。
「そういやあ~、一人で村から離れて行く人影を見ましたな」
「オーク鬼かと思って目を凝らしたら、違うみたいだったんで」
「はあ~・・・」
何か拍子抜けだ。
「いけませんでしたか?」
「いや、いいんだ。ご苦労様」
もう一つの門で見張りをしてる村人に話を聞いたら、オーク鬼じゃなかったので放っておいたらしい。
村の真ん中にある狼煙跡でフースと落ち合い、その事を告げると、あからさまに一つやっかり事が消えたと苦笑を浮かべた。
「そうですかい。まあ、婆さんブラウボウへ行く途中だって言ってましたからねぇ~・・・お坊ちゃま?」
「・・・大丈夫かな?」
「そりゃあ~、大丈夫じゃないでしょうけどね。あたしらに出来る事ぁ~、ここまでで、後は自分で何とかするんでしょうさ。・・・引っかかるんですかい?」
如何にも困りましたねぇ~と皮肉めいた表情のフースに、ハインツはこくりと頷いた。
「父上にはお前から伝えておいてくれないか? 隣の村へ無事に着けたかどうかを確認したら、直ぐに戻ると・・・」
「いや! いけませんって!! お一人で行かせたなんて事になったら、あっしが旦那様に手打ちにされまさあ! いけません!!」
「うえっ!?」
両手で×の字を作り、ぶんぶんと頭を左右に振るフースのあまりの迫力に気圧され、たじろいだハインツは思わず後ろに転びそうになった。
「大丈夫ですかい、お坊ちゃま?」
「それは止めてよ!」
がははと笑うフースに、不貞腐れたハインツはぷいっとそっぽを向き歩き出す。
「もういいよ・・・」
苦笑しながら後を行くフース。
「仕方ないですなぁ~・・・ようがす! あっしもお供致しましょう!」
「いいって!」
「そういう訳には参りませんって!」
馬を留めてある方へ歩み行くハインツを見送り、フースは慌てて傍らの村人を捕まえて伝言を頼んだ。
「なあに、婆さんの足だ。直ぐに追いつきまさあ!」
「だと良いんだけどね!」
半時も経たず村を出た馬上のハインツと徒歩のフースは、少し足早に西へと、古い轍のある細い小道を急いだ。
「確かに、つい少し前に馬車が一台行った跡がありますね!」
「人の足跡は・・・おお、あるある! ありますぜ、お坊ちゃま!」
お坊ちゃま呼ばわりはいつもの事なのだが、人前で言われるとどうしても恥ずかしいのだ。どうにか改めさせられないものかといつも思うのだが、まだまだ子ども扱いだ。どうにも困ったものだ。
それでも一生懸命に尽くしてくれるフースを悪く思う事は出来ないハインツだが、ふと顧みた表情に違和感を覚え、フースが足を緩めるに合わせて馬を止めた。
「どうした?」
「いえ、何ね・・・この足跡は・・・」
そう言ってその場にしゃがみこむと、フースは足跡をしげしげと眺めた。
「お坊ちゃま! こいつは老人の足跡じゃありませんぜ!」
「ええっ!? 別の人!? じゃあ、あのお婆さんは!?」
馬首を巡らせ降り立つと、馬を引きつつフースの見つめている地面に目を。
「ご覧下さいな。この歩幅は、老人のものにしちゃ広過ぎる。それに、この足の裏。確か、あの婆さんは木靴と思ったが、どうにも柔らかい。それと体重のかかり方がおかしいですぜ!」
「おかしい?」
ええ、と相槌を打ち、ぎょっとするハインツを仰ぎ見たフースは、首を左右に振った。
「いいですかい? 人の足の裏ってのは、歩き方にそれぞれ癖ってもんがありましてね。踏ん張ったり、蹴り出したりでその分、地面のへこみに差が出来まさあ」
そう言って、掌で足裏の体重のかかり方を表して見せるフース。
「だがね、あっしはこんな足の裏をした奴を見た事がねぇ!!」
「え? どういう事!?」
う~んと難しい顔で考え込むフースに、最初は別人を追いかけていたのだと焦りを覚えていたハインツだったが、妙な言い回しに更なる不安を覚えた。
かっと目を見開いたフースは、ピッと足跡の一部を指差す。そこは、かかとの辺り。そこだけ丸く妙にへこんでいたのだ。
「お坊ちゃま。これはね、ここだけで全部の体重を支えているって事なんでさあ! 確かに足の裏の形に地面がへこんでますがね、そこにはほとんど重さがかかってねえっ! つまりは、何か丸い棒みたいな物で・・・」
ぴんと立てた両手の薬指を下にして、とんとんと歩く様を表現してみせる。
「人の足跡じゃない?」
「ええ。お坊ちゃま! こいつは人間じゃねぇっ!!」
『お前ら人間じゃねぇっ!! たたぁっ斬ってやるっ!!』は時代劇の有名なセリフですが、ちょいとそのフレーズをお借りしましたw
いやあ~、ひょんな事から何か変なものがうろついている事が判ってしまうものですねぇ~