表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/13

13

女性にとって不快な表現が出てきます。

申し訳ありませんがどうぞご了承下さい。

クリザンテームとカトレアの婚約期間は約一年だった。

王との結婚にも関わらず、準備は恐ろしい早さで進められていく。

あらかじめすでに用意されていた事項もいくつかあった。

もっと先延ばしにしようとクリザンテームは食い下がったらしいが、それでようやく一年である。

もし何もしなければ準備が整い次第、即結婚となっていたかもしれない。

彼の周りに残念ながら味方はいなかった。


カトレアはクリザンテームに改めて協力を求められた。

今度こそ内容をしっかりと話してくれたが、カトレアとしてはもっと早くそれを聞きたかった。

聞いていたら了承なんてするはずもない。

だがどちらにしろ相手は王であり、やはりカトレアには拒否権はなかっただろうけど。


カトレアはジプソフィアが見つかるまでのあくまでつなぎだと言う。

彼としてはどうしても彼女以外を妃に迎えたくはないという、なんともカトレアにとっては自分勝手で失礼な話であった。

しかしそう思う一方で羨ましくもある。

カトレアにはそこまで熱く胸を焦がす相手などいないし、哀しいかな今までいたこともない。

譲れない唯一の女性(ひと)

王として許されない思いではあるが、なんとか応援してやりたい気持ちにさせられる。

思いがけず知ってしまったジプソフィアの安否も気がかりであった。

多分それをねらってのことでなので、カトレアはまんまとクリザンテームの策略に引っかかってしまったといっていいだろう。

なんだかんだ言ってカトレアもまだまだ年若い娘なのだ。


カトレアは結婚準備に追われつつ、こそこそとジプソフィアのことを探り始めた。

けっして父に知られないよう、口の堅い信頼ある友人を頼りに。

王でさえ探し当てることは難しかったことをカトレアが出来るとは思っていなかったが、このままではカトレアは嬉しくないことに晴れて王妃となってしまう。

実はこの時点ではまだ足掻いてなんとかこの事態を逃れようとしていたのだ。


そこでカトレアは貴重な人物を仲間に引き入れることに成功する。

コルヌイエである。

彼は裏で動いていたと思われるメシャンス家の長男だ。

何か知っている家を探ってもらうには、これ以上に強力な協力者はいないように思えた。


だが健闘むなしく、ジプソフィアの行方に行き着くことなかった。








大聖堂の大きな扉がゆっくりと開かれていく。

王とその花嫁の登場を今か今かと待ちわびていた人々はようやく姿を現した2人に注目し、どこからともなく感嘆の溜息が漏れた。


クリザンテームもカトレアのドレスと同様に白い軍服を着用していた。

立襟と袖口には金と銀で刺繍が施されており、胸元の胸章は王家のエンブレムが輝く。

肩章には金色のエポーレット、片肩からは金糸で出来た飾緒が吊り下がる。

手には真っ白な手袋を嵌め、その手はカトレアの華奢な手がしっかり握られていた。

パイプオルガンが美しい音色を奏でる中、2人はゆっくりと青い絨毯が敷かれた中央の通路を歩いていく。


一歩一歩足を踏み出し祭壇に近づくごとに、結婚が現実味を帯びてきた。

カトレアはなるべく視界に入ってくる人々を見ないようにただまっすぐ前だけを見つめる。

元々人の注目を集めることに抵抗がある彼女は、突き刺さる視線にベールの下で時々顔を引き攣らせていた。

その度にカトレアの様子を察したクリザンテームが、ぐっと手に力を込めてくれる。

大丈夫だと勇気づけるように。

事の発端である彼にされるのはなんだか癪に思うのだが、悔しいことに今は何より心強い。

そう思いながらカトレアも握り返した。


祭壇間際の最前列には父親であるプリュダント侯爵も列席しているはずである。

それとなく目線をやると彼とばっちり視線が合い、カトレアはぎょっとして素早く目を逸らした。

プリュダント侯爵はすでにグスグスと涙を流していたからだ。

控室で様子を見に来た時も涙ぐんでいたが、まさかの事態だ。

いや、恐れていた事態といってよかったのかもしれない。

隣からもくすっと笑い声が聞こえて、一気に顔に熱が集まる。

声の主はいわずもがなクリザンテームだ。

父親に悪態をつきながらも、そのことでカトレアの心が解れたのがわかった。


ステンドグラスからの温かな光が祭壇で2人を迎え入れる。

式を進行するのは聖職者最高位である教皇だ。

自分の結婚式に教皇が司式とはなんとも恐れ多いことだとカトレアは思う。

王が相手だとこうなるのだと遠い目をしてしまった。

だが教皇はなかなかお茶目性格をしているようで、カトレアと目が合うとウィンクをくれる。

隣でクリザンテームが呆れている様子が伝わってくることから考えると普段からそうなのだろう。

王と教皇は親交が深いと聞いたことがあるから、孫と祖父のような気安い関係なのかもしれない。

式は何事もなく進んでいく中、カトレアはクリザンテームとの会話を思い出す。








「3年?」

「そうだ。最長3年間、君の時間をもらいうけたい。」

「・・・陛下は私に手を出さないつもりなのですね。」

「察しがいいな。そのつもりだ。」


カトレアの答えにクリザンテームは苦笑した。

3年―――つまり子が生されない場合、暇を出すまでの期間だ。

しかしそうなるとカトレアにとって“石女(うまずめ)”というレッテルが貼られてしまう。

それは後々カトレアの再婚にも支障をきたす。

その考えを読んだかのように、クリザンテームは言葉を続けた。


「無論それまでにジプソフィアを必ず見つけ出してみせる。君の名にはなるべく傷をつけないように努力する。」

「(なるべくって・・・なんだかなぁ)王のお手付きとなれば名誉となるのでしょうけれど・・・。」

「それもあるだろうが、君の美しさならばすぐに求婚者が大勢やってくるはずだ。よければこちらで君の相手を見繕ってもいい。確か侯爵のところは君が1人娘だったから婿にいける人間がいいのだろう?」

「(愛がないとはいえ結婚する前からすでに私の再婚相手の話をされても・・・)。」


複雑な思いで目の前にいるクリザンテームを見るカトレア。

それまで黙っていたクロキュスが無言でクリザンテームの頭を叩いた。

思わぬことにカトレアは目を見開くが、クロキュスは平然とした顔で「すみません、虫が」などと言っている。

クリザンテームはというと最初はむっとしていたが、はっとカトレアの顔を見て「すまない」と謝った。


「いくらなんでも無神経だった。申し訳ない。」

「い、いいえ。わかって頂けたなら良いのです。あのどうか頭を上げて下さい。本当に。」


なんだか先日から仮にも王に頭を下げられっぱなしで居た堪れない。

いつまでも頭を上げないクリザンテームにカトレアが困っていると、クロキュスがさらっと爆弾発言をする。


「カトレア嬢は私が幸せにしますからそのような心配は無用ですよ。」

「「!!」」


それは確かにクリザンテームの頭を上げさせることに十分な言葉だったが、今度は見事2人を凍りつかせてしまった。

その後、クロキュスは茶のおかわりをもってくると言って退室してしまったので、彼の真意は定かではない。







そんな経緯があったからか、カトレアは誓約書に署名する時に一瞬手が止まってしまった。

終わる先が見えているのに署名してもいいのか。

そもそもこんなに盛大な式を挙げてしまってもいいのか。

しかしすでに式も最後にさしかかっており、ここで書かないという選択肢はない。

書きなれているはずの自分の名前がまるで自分のものではないような感じがした。

苦労して書き上げた時は小さく息を吐いてしまうが、次に待ち受けていることを思うとまだまだ可愛いものに思えてくる。


最後のクライマックスは誓いのキスだ。

公衆の面前でキスをするのだ。

しかもカトレアにとってはファーストキスである。


観衆は皆静かにその時を待っている。

2人は向かい合うと、クリザンテームがカトレアのベールに手をかけた。

遮るもののない今日初めての対面。

クリザンテームはふと優しい笑みを見せ、ゆっくりとカトレアに顔を近づける。

麗しい顔を見ているのも限界でカトレアが目を瞑ると額に柔らかい感触が。


教皇の祝福の言葉と途端に沸く歓声。

そんな中カトレアがぽかんとクリザンテームを見上げると、してやったり顔のクリザンテーム。

すっとカトレアの耳元で囁く。


「そこは大切にとっておかなくてはな。」








この結婚式での誓いのキスは貴族は元より平民の間でも話題になり、額にキスをするという爽やかな誓いは大流行することになる。

デコチューが描きたかったんです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ