感情開発実験の闇
列車は博多駅に到着し俺と知奈は赤髪を恐れて、逃げるように地上へ上がった。
運動不足の知奈も火事場の馬鹿力で階段を駆け上がることができたみたいだ。
「涼亮!こっちだ、こっち!」
颯太が大きな時計の下で手を振っている。
「待ってろよ!今行くか……ぐはっ」
颯太のいるところへ走り出した時、俺は誰かに横からグーパンチを食らわされてその場に倒れた。
殴った犯人の髪を見ただけで、それが誰なのか直ぐに理解した。さっきの赤髪少女だ。
「あんた……なんであんたが!」
彼女は俺の胸ぐらを掴んで、俺の頭をコンクリートへ打ち付ける。
「この野郎……やりやがったな赤髪女!!」
颯太がそこへ走って来て、彼女を地面へ蹴倒した。
知奈は心配そうに揉み合いになった俺含む3人組を見つめている。
「あんたら……高専生か。よくも私の妹を!」
「い、妹?待って、あなた……」
「うるさい!うるさいうるさいうるさい!!」
赤髪少女は自らの髪をわしゃわしゃと乱れさせてから颯太にグーパンチを、俺には連続ビンタを食らわせた。
何事だ、と思った駅前を歩いている人たちがぞろぞろと集まってくる。
「落ち着いてください!」
声を上げたのは妹の知奈だ。脚はガクガクと震えている。
「落ち着くも何も……私の妹を映し出している変態がいるんだから落ち着けるわけないでしょう!」
赤髪少女が知奈に手を上げようとした瞬間、通りすがりの高専生の戸畑先輩に彼女は羽交い締めにされた。
「お前は何をやっているんだ。うちの学生に」
「……何もやってないわよ!いやっ!触らないでっ!」
赤髪少女が抵抗している声を聞いて、はっとした。
綾音だ。綾音の声にそっくりだ。
髪型、髪色こそ違うが顔が綾音によく似ている。
(待てよ……制服に刺繍がされてあるぞ。お嬢様学校である太宰府中央女子高の校章と苗字の刺繍か。そこには「鹿屋」と書いてある。か、鹿屋……⁈)
「鹿屋さん……ですよね?」
恐る恐る、俺は抵抗している赤髪少女に訊いてみた。
「くっ……これも制服のせいか。しょうがないわね。私の名前は「鹿屋朱音」よ!」
やはり、綾音の姉だろうか。綾音は人工知能だが……前に彼女の身体がこの福岡に存在するだとか言っていたことを思い出した。
「これ以上抵抗すると……こうだぞ」
戸畑先輩は朱音を持ち上げると、そのまま手を離し地面に彼女の身体を叩きつけた。
「すみませんでした……痛くしないで下さい!」
朱音は涙を流している。
ここらでは、太宰府中央女子校と糸島高専とは仲が悪いので多少の口喧嘩が起こるのは珍しくない。
ただ不仲の理由は分からないが。
県内で1位2位を争う、優秀な学校同士の口喧嘩だ。
しかし俺たちを守ってくれた戸畑先輩だが、さすがに女の子に暴力を振るうのはやりすぎだ。
腰を強打したのか朱音が立ち上がれないままでいる。
「先輩、やりすぎではないでしょうか。手、退けて下さい」
俺はとっさに朱音を殴ろうとしていた戸畑先輩の腕を掴んだ。
「……たしかにこのままじゃ、埒が明かない。停学になっても困るし、これくらいで済ませておくか」
◇◇◇
戸畑先輩が去った後、しばらく時間が経ち朱音が泣き止んだ頃。
「その……守ってくれてありがとう」
朱音は斜め下に視線を向けながら言った。
「どういたしまして。あの、いきなり悪いんですが……綾音さんってあなたの妹なんですか?」
すると朱音は暗い表情になり、俯いてしまった。
「綾音は……」
小さな声なので、最後まで聞こえなかった。
「え、今なんて?」
「綾音は……綾音は交通事故で亡くなったの!!」
嘘だ、嘘に決まっている。こんな不謹慎なジョークを誰が信じるかと思っていたが朱音は大声で泣き出してしまったので、多分……これは本当のことだろう。
そんな事情も知らずにただ綾音に恋愛感情を抱き、不埒な目で彼女を見ていた自分を責めたくなる。
「なんか……色々すみません」
颯太が何故か朱音に謝っている。
「謝るのは俺の方だ。亡くなった人と知らずに友達関係を親族の許可なく築いてしまって……本当にすみません。」
「私も……そこの三人に危害を加えて、本当にすみませんでした。その……良かったら、みなさんにお詫びで昼ご飯奢りますよ。食べてリフレッシュしたいですし」
◇◇◇
気持ちが少し沈んだまま4人で、朱音曰く、とある博多駅の超安いと有名なレストランへ向かった。
朱音が指差したのは博多には縁もゆかりもなさそうな店だった。
「はぁ……『純粋屋』?これって鹿児島の有名なかき氷屋ですよね」
颯太は若干困惑した態度を取りながらそう言った。
「そう。私と綾音との故郷が鹿児島だから、気が少し楽になるかなって。あと、かき氷だけじゃなくってカレーもあるから行こうよ!ね?」
「うち、かき氷食べたい!大好きだもん」
どうやら知奈は『純粋屋』で食べたいようだ。
店内へ入ると4人組だったので、個室に案内された。
「個室があるなんて、やっぱり来て正解だったわね」
朱音は1番奥の席に座り、颯太はここぞとばかりに彼女の隣に座った。
「かき氷以外食べる人います?」
一応質問はしておいたが、今日は暑いので俺含めた4人は満場一致で『純粋屋名物のポーラーベア』という大きなかき氷を食べることに。
若干お腹が痛いが、気にする必要はない。
「注文を待っている間に、自己紹介しましょ」
朱音の表情は少し柔らかくなっていた。




