ふたりの予感
週末の午後、沙耶と待ち合わせたのは、大学近くの小さな公園だった。
「勉強会」という名目だったけれど、手に持っていたのは参考書ではなく、コンビニの紙袋だった。
「……ピクニックって、こんな軽いノリで始まるものなんですね」
芝生の上にレジャーシートを広げながら、沙耶が小さく笑う。
「たまには、息抜きも必要だろ?」
そう答えると、沙耶はほんの少しだけ眉を上げたあと、視線を遠くの池に向けた。
白いカモが一羽、のんびりと泳いでいる。
「先輩って、ほんと不思議ですよね。
時々すごく子どもっぽいのに、大事なところではちゃんと“大人”になる」
「……そうか?」
「はい。ずるいな、って思うくらいには」
ふいに風が吹いて、沙耶の髪がふわりと舞った。
俺は無意識に、手で彼女の髪をそっと抑える。
「……ありがと。……でも、そういうとこです」
沙耶がつぶやく。
「距離が近いのに、ちゃんと踏み込みすぎない。
“好きになってもいいよ”って言ってるくせに、責任は取らない感じ。
……わかってるんですか? 先輩のそういうとこ」
「……俺は」
言いかけて、言葉を飲んだ。
たしかにそうだ。俺は「みんなを傷つけたくない」って言いながら、誰かに期待だけ持たせて、何も決めないまま逃げていた。
沙耶はそんな俺を、ちゃんと見ていたんだ。
「でも……もう逃げない。少なくとも、沙耶からは」
その一言に、沙耶は目を見開いた。
そして、そっと視線を落としたまま、つぶやく。
「じゃあ……最初に、ちゃんと“私”を見てください」
「見てるよ、ずっと。今日も、こうして一緒にいるだろ?」
「そうじゃなくて――“私を”です。
莉子でも、真央でも、誰でもなく……“沙耶”という人間を、ちゃんと見てほしい」
俺は、頷いた。
今はもう、はっきりと言える。
沙耶のことが、ちゃんと好きだ。
「だったら……見ててください。
私、先輩のこと、ちゃんと好きになりますから」
そう言って、沙耶は俺の手をそっと握る。
ふたりの間に吹く風が、あたたかく、やさしく揺れていた。




