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アリシアの剣  作者: 森陰 五十鈴
第十五章 紫紺の狼
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中途半端

 ふと気が付くと、天幕の中で横たわっていた。

 何故こんなところに、と天幕を見あげながらリグはぼんやりと過去をさらい、クレマンスに刺されたことを思い出した。

 胸をさする。覚えのないシャツの感触。布越しでも傷がないのが分かった。誰かが治してくれたらしい。

 寝ていても仕方がないので、身を起こす。途端、頭から血が下がっていく感覚があった。視界が端のほうから黒く塗りつぶされ、耳鳴りがする。身を起しかけた状態で肘をつき、その姿勢のまま眩みを耐えた。軽い吐き気とくらくらする頭に耐えていると、

「大丈夫かよ」

 背に誰かの手が回った。助け起こされる。背中を丸めたままぼんやりと座っているうちに視界が戻ってきて、グラムの顔が目に入った。心配そうにこちらを覗き込んでいる。

 何度か目を瞬かせると、こちらの状態が少し良くなったのを察したのか、グラムは屈んでいた状態から背を伸ばし、腰に手を当てた。

「すぐ起きれるわけないってのに、無茶しやがって」

 そのまま寝かしつけられそうになったので、抵抗する。具合が良くなってようやく気づいたのだが、寝かされているのは地面の上に布一枚引いただけの、布団と呼ぶにも粗末な物の上であり、寝転がるには硬いのだ。贅沢を言う気はないが、積極的に休みたい場所でもない。せめて座らせてほしい。そう訴えて、なんとか敷物の上に胡坐を掻かせてもらった。

「調子は?」

「……血が足りない」

 そりゃそうだ、と呆れた風にグラム。どうやら相当の出血があったらしい。痛みで気絶して覚えてないが。

「それで、どんな様子?」

 天幕はグラムとリグ以外はおらず、耳を澄ませてみても、騒ぎらしきものは聞こえない。どうやら状況は比較的落ち着いた様子ではあるようだが。味方同士で対立する騒ぎもあったし、そもそも今はアリシエウスへの侵攻中。気の休まらないことにこのまま収束に向かうわけではないだろう。

「一触即発……ってほどじゃないけど、〈木の塔(トゥール・ダルブル)〉と連合軍の間に罅が入ってる。その連合軍も、だいたいの奴は嫌気が差してるみたいだな。おまえが刺されたことで、リヴィアデールに不信感持っている奴らが増えてるよ」

 だから今は戦闘状況にはないという。士気が落ちているのなら、そうだろうな、とも思う。

「あ、クレマンスは簀巻きにして木に括り付けられてるから」

 思いがけない捕捉に、リグは噴き出した。味方に剣を向けるような相手だ、拘束されるのは当然としても……少々扱いがひどいのではないだろうか。おそらく〈木の塔〉の連中がやったんだろう、とリグは思う。逆さ吊りで晒されていないだけ、まだ上等か。

「そんなこんなでビミョーな空気になったから、攻めるのも撤退するのもできなくて、みんなここで暇してるんだ」

 内輪揉めに加えて、アリシエウス側の状況も分からない。膠着状態になってしまうのは仕方のないことか。このまま終わってくれれば楽なのだが、とリグは肩を竦めた。

「……リズは?」

 さて。肝心の、妹の話を聞いていない。ここにいないのなら、何も終わってはいないのだろうが。

「さあ。おれじゃ分かんねー」

「そりゃあそうか」

 自分が意識を失ったことで、連絡が途絶えてしまった。もしかしたら心配させているかもしれない。スコルを()ぼうか、と考えていると。

「あんま無理はすんなよ」

 膝を抱えてしゃがみ込んだグラムが、半眼でじっとこちらを見つめてきた。

「つってもな、ぼーっとしてるわけには――」

「だから、無理無茶すんなってーの! ボーっとしてろよ、むしろ!」

 再び立ち上がり、上からこちらに人差し指を突きつけ叱りつけるグラムの姿に、リグはたじろいだ。いつも叱る立場なのは、リグ側だというのに。

「いや、でも、じっとしてらんないし」

「そーだろーけどさぁ……」

 共感はしてくれるのか、むすっと口を尖らせる。しかし、ジトっとした視線は変わらなかった。そんなに無理なことだろうか、とリグは首を傾げる。ただ魔術を使うだけだ。

 そんなリグを見下ろしていたグラムが、引き攣りと苦々しさを混ぜたような表情をしている。

「ずいぶんと騒がしい」

 エリオットが入ってくる。

「よく入ってこれたな」

「ご挨拶ですね」

「いや、単にうちの連中に止められなかったんだなって話」

 エリオットはリヴィアデール軍側で、〈木の塔〉の連中の反感を買っているのではないかと思ったが。

「止められましたよ。話しているうちに、『グラムがいるなら良いか』となってましたけれど」

 リグはグラムを見上げた。彼はきょとんとした顔をしている。

「……頼りになるな、うちの隊長は」

「照れるぜ」

 にやけ顔で頭を掻いている。

「褒めてると思ったか?」

「泣いていいですか」

 いじけ虫は無視して、呆れ顔のエリオットに向き直る。

「で?」

「アリシアの(つるぎ)のことです」

 今度はリグが顔を顰める番だった。

「……まだこだわってるのか。だから、なんで俺たちに訊く」

「貴方たちが剣の所有者をご存じだと伺ったので」

「だから、誰に!」

 思わず声を張り上げる。体調が万全でないこともあって、いつもより自制心が足りないかもしれない。とはいえ、この『自分の知らないところで自分たちのことが知られている』状況が、不愉快であるのも事実だ。胡坐を掻いた膝が揺すられる。

「さっきから妙なんだよな。なんでそっち、そんな中途半端に情報握ってんだ?」

 などと訊いては見るものの、実のところおおかた予想は着いている。直接だろうと間接だろうと、奴が関わっていないはずがない。

「……答えたら、全て教えてくれるのか?」

 リグは眉を持ち上げた。無礼ながらも慇懃だったエリオットの態度に変化が現れた。ゆらり、と彼の影が不穏に揺れる。

「こちらだって困っているんだ! それこそ中途半端な情報しか与えられず、そのくせ思わせぶりで意図を掴みかねる指示だけを与えられ!」

 立ち尽くしてはいるものの、俯き気味のエリオットは目を吊り上げて歯を食いしばり、両の拳を震わせていた。知らぬうちに、彼は鬱憤を溜めていたようだ。

「餌で釣っておきながら、こちらはただ良いように使われるだけ。見返りなど何もない……いい加減うんざりだ!」

 どうやら本当に、エリオットは良いように利用されているようだ。子ども染みた提案をされ、それに乗っかった。報酬を期待して催促するも、適当な言葉であしらわれたのだろう。釣った魚に餌をやらない、子どもならではの愛玩以下扱いは、リグたちに対するもの以上だ。

 ――だから、反発する奴が増えるんだよな。

 千年世界を納めた神であろうと所詮子ども、ということか。エリウスはそのあたりが分かっていない。彼の身勝手さは何処までも幼く、どれほどたちが悪くても狡猾さを持たない。

 リグはエリオットに対して哀れみを抱き始めた。

「アリシエウスの街中で何があったのか、大まかなことくらいは把握してんだろ? そんな剣を手に入れてどうする気だ」

「使い道なんていくらでもある。敵国を排除し、国への侵攻の抑止力にもなるだろう」

「そうさせないために、神様は剣を隠したんだけど」

「秘匿は発展を妨げる。だからお前たちも、禁術に手を出したんだろう」

〈継承者〉と対峙したときもそうだが、リグたちもこの考えには共感するところがあったために何も言うことができない。リグたちは過ちを悟ったわけだが、いくらそれを訴えたところで、〝同じ穴の狢〟だと判断されてしまえば、誰も耳を貸してくれなくなる。

 この苦い思いは一生付きまとう。それは覚悟しているが、こういうときの無力感ばかりはどうしようもない。

「禁忌を見せびらかすように使っておいて、否定などしてくれるなよ!」

 スコルのことを指しているのだ、とすぐに分かった。〈セルヴィスの手記〉に書かれた禁術。〈木の塔〉の魔術師でないとはいえ、エリオットも魔術師だ。リグたちの使用する〈召喚術〉の異常性には気付いていることだろう。そして、それが禁忌だと知るのも容易。

「参ったな……痛いところを突かれた。これは反論できない」

 リグは腕を組んで項垂れた。リグもリズも、ところ構わず狼たちを喚び出している。禁術なのだから自嘲すべきだ、という言が的外れではないことは事実なのだから。ぶっちゃけそう思われても仕方ないとさえ思っている。

「反論して! おれじゃ口で勝てない!」

 焦った様子で肩を掴むグラムを、リグは醒めた目で見つめる。

「頼りになるなーうちの隊長は」

「マジで泣くぞ!」

「ふざけてるのか!」

 怒りで興奮が収まらないエリオットが、憤る。地団太を踏む勢いだ。ふざけてはいるが、別にエリオットを侮辱してのことではないのだが。いや、結果蔑ろにはしているが。くだらない会話をしないことには、正気を保てない。

「別に知る必要もないことだけど――」

 そう言いつつ語ってしまうのは、エリオットに対して多少同情を覚えているからだ。それに、まだほとんど()()()()()()()()彼に、引き返す余地があるからともいえる。

「優越のために見せびらかそうと思って、喚んでいるわけじゃない。俺たちがこの世界に喚んだことで、ハティとスコル(あいつら)は元の世界で存在することができなくなった。そのくせ、この世界でも、俺たちの助けなしではまともに存在を維持できない。だから俺たちは、あいつらが消えないようにたびたび喚んでいるだけなんだ」

 その度に便利に使ってこそいるが、これでも必要があってやっていることなのだ。決して自尊心や実力の誇示が目的ではない。

 他の誰も真似できないから、と傲慢さがあったことは、否定の使用もないけれども。

「世界の門を開けるのに、尋常じゃない魔力を使う。いくら俺たちが人並外れた魔力を持ってるからって、そんな酔狂を頻繁にやるとでも?」

 リグがスコルを〈召喚〉するのは、実のところ幽霊のようにその辺を漂っている彼らに実体を与えているのに過ぎない。理を歪めて異世界同士を繋ぐのに比べると、はるかに優しい作業。

「なら、俺たちが〈幻獣召喚〉を実行しても――」

「居られるのは一瞬だけ。あとは霞と消える。一存在を儚くさせる罪深さを他所に置いても、明らかに燃費性能(コスパ)が悪い」

 かといって、そんな中途半端な存在をずっとこの世界に繋ぎとめるにも魔力がいる。リグたちは、狼たちのためにずっと魔力を差し出している状態だ。

「そんな……」

 愕然とした様子のエリオットは、膝から崩れ落ちる。そのまま地面に手を付き、項垂れた。

「アリシエウスに居る同志が〈幻獣〉を喚び出しても、結局何も為さないというのか」

 真実を知り消沈したエリオットがぶつぶつと何か呟いているのを、リグはグラムとともに凝視し、それから互いに顔を見合わせた。

「…………なんだって?」

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