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アリシアの剣  作者: 森陰 五十鈴
第十四章 背徳の術師
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 レンは鉄格子に飛びついた。

「リズ!」

 扉を引っ張って開けようとするも、はじめから接合されていたかのようにくっついて、動かない。耳障りな音さえもしない。

 分かったのは、これが罠だということで。

「……こいつ!」

 リズをこの中に閉じ込めたのは、この娘だ。牢の入口をいくら揺らしてもキリがないと分かると、今度はルタへ掴みかかろうとしたが。

「やめ!」

 格子の中から、リズがレンを制止する。

 いつの間にか、リズが作っていた魔術の灯りが消えていた。代わりにレンが同じものを作り出す。

 リズは、牢の中で石床の上に座り込んでいた。膝を折り、手を付き、歯を食いしばり、まるで見えない誰かに頭を強引に押さえつけられているかのようだった。

 レンは再び、格子に飛びついた。

「たぶんその子、何も知らない」

 レンは首だけ振り向き、しっかりとルタを観察してみた。胸で抱えるように両手を握りしめ、若干身を捩りつつ目を見開いている様子は、驚きと怯えの反応だった。リズの言うことは、本当のようだ。

「…………ごめん」

 ばつが悪くなって、謝る。嫌な思いをさせてしまった。

「えっと、それで。リズ、これ、どうにかなりそうですか?」

 辛そうにしているが、彼女はとんでもない魔術師で。普段なら、魔術の一発で鉄格子を吹き飛ばしたりなどできると思うが。

 リズは首を横に振った。

「無理。これ、魔法陣でね。私の魔力を吸収してる」

 床に引かれた白線。あれは魔法陣だったらしい。牢の入口が閉まったのも、リズが動けないのも、その魔法陣の所為なのか。

「しかも魔術を霧散させる効果もあるらしくて」

 無理に魔術を使おうとしても使えないし、使っている魔術も消えてしまう仕掛けがされているのだろう、とリズは推測しているようだ。 だからハティを呼び出せないし、アーヴェントと一緒に合成獣(キメラ)を追いかけていったダガーもおそらく消えているだろう、と。アーヴェントと、もしかしたらラスティたちも、今頃慌てているかもしれない。

「……ったく、フリアの奴……。厄介なもん残していきやがって」

「フリアですか?」

「フリアだね。その子に吹き込んだのは、クラウスって奴だろうけど」

 レンの眉間に皺が寄る。気になるのは、ルタを利用してクラウスが誰かをこの中に入れようとしていたということで。あまりに綺麗な流れでリズが罠に掛かったものだ、と思う。いったいどこまで読んでいたのだろうか。どこからどこまで仕向けられていたのだろうか。

「たぶんだけど、別の場所で何かの魔術が働いていると思う」

 繰り人形になっている不快感に思いを巡らせていると、疲れた様子でリズが言った。今、彼女が掛かっている魔術の魔法陣は、シャナイゼにある、魔力を汲み上げる遺跡にあるものと似ているのだという。

 その遺跡では、魔力を汲みあげて、大掛かりな魔術の儀式をしていたらしい。

「そんなたくさんの魔力を必要とする術って……」

 戦時中の今、使われる可能性があるのは――

「たぶん〈召喚術〉」

 フリアが〈セルヴィスの手記〉を手に入れた理由。〈継承者〉たちもまた、〈召喚術〉を使えるらしいとのことであるし。何かしら異世界から()ぶつもりなのだろう。ハティとスコルを見れば、彼らが如何に使えるかがよく分かる。

「レン、悪いんだけど……」

「上に行けば良いんですね?」

 何が起こっているか、確かめないといけない。そして、止めなければいけない。だけど、リズは動けない。ハティやダガーを喚べないから、外の人たちに伝えることもできない。

 この場で動けるのは、レンだけだ。

 今もなお、魔力を吸い取られ続けているリズが気になりはするが、彼女をどうこうするよりは、みんなと合流して術者を止めようとしたほうが早いかもしれない。

「頼むよ」

「私も行く」

 ルタが追いすがる。彼女は魔術云々よりもユーディアが心配なだけだろうが、合成獣を操れる力を持つことであるし、役に立つかもしれない。

「悪いね。尻ぬぐいばっかり」

 二人で地上に向かうことを決めて、いざ、といったときにリズが苦々しげに言う。

「あとでちゃんと責任取ってもらいます。全て終わらせたら」

 別に彼女たちが直接悪いわけではないが、わりを食っているのは確かなので、レンだって何かしら見返りが欲しい。

 リズは苦笑する。

「全てが終わったら、ね」


 地上は、蜂の巣をつついたような大騒ぎだった。レンたちが地下で相手をしていたのは、ユーディアが倒した個体以外にあと三体。あの人型が一番大きな奴だったが、他の個体だって楽な相手というわけではないし、ここにいるのは魔物の相手さえ慣れていないような人たちばかりなので、騒然とするのも無理もない。

 アリシエウス城内の人たちは、明らかに場にそぐわない人物であるレンと、異形のルタを敵とみなして襲い掛かってきた。非常に面倒くさいので、ろくに相手もせず逃げる。とりあえず仲間の誰かを見つけたい。魔物の相手をするのに建物内は向かないので、外に出ただろうと考えた。

 おおよその目星をつけて、窓から外に出る。勘は当たったようで、城の外庭に出られたようだ。耳を澄ませ、騒ぎの大きい場所を探る。生垣もないような、背の高い木が均等に植えられているだけの場所は、前に忍び込んだ時にも通った道だ。壁沿いをまっすぐ走り、南の前庭に出たところで、ようやくユーディアを見つけた。

 さっき剣を折った彼女は、合成獣の一体を何とか相手しているという状態だった。相手の気を引きつけはしているものの、短い刀身ではどうすることもできず、しかも狼を(ベース)にしたすばしっこい相手に防戦一方。

 少し離れたところで、座り込んで怯えている悪徳魔術師の一人がいて、その向こう側でアーヴェントが戦っているのが見える。ラスティは――門前にいた。合成獣たちを城の外に出さないようにしているらしい。

 ユーディアを見つけたことで気を(はや)らせるルタを宥め、アーヴェントのもとに行くよう説得した。合成獣に関しては、彼に任せたほうが良い。レンのほうは、道中できちんと拾ってきた鉾槍(ハルベルト)でユーディアを助けに行く。

「リズは!?」

 斧頭で狼型の合成獣を吹っ飛ばすと、ユーディアはレンの後ろに下がりながら尋ねた。とどめを刺しながら、応じる。

「まだ地下に!」

 ユーディアは、ダガーが突如いなくなったことが気掛かりだったようだ。リズに何かあったのではないか、と心配している。

 おおよそ合っている。ただ、彼女が想像するようなことではないだろう。良し悪しは難しいところだが。

 ひとまず〈手記〉の禁術が使われそうだということだけ伝え、心当たりを尋ねる。ユーディアは首を振るものの、すぐに近くに転がっていた魔術師を問い詰めた。

「私は――何も」

 彼の目が泳いでいるのが見えたので、レンはその男の近くに鉾槍を投げつけた。穂先が足元に突き刺さると、彼はものの見事に座った状態で飛び跳ねた。

「嘘をいうと為になりませんよ!」

「一部の魔術師しか関われなかったんだ! 私は選ばれなかった! 詳細は知らない!」

「だとしても、もう少し何かあるでしょう! 誰がやるとか、何処でやるとか!」

 とにかくリズの魔力の行き先を知りたい。あとは、そこの魔術師をどうにかしたり、設備を壊したりで、禁術の使用を邪魔することくらいはできるはず。

「シャナイゼの遺跡では汲みあげた魔力を使う祭壇があった、って聞きました」

 まさかそれすら知らない、などということはないだろう。大掛かりな準備を、この狭い国で、仲間内にさえ知られずにこなすなんて、さすがにできるはずがない。

 と、思ったが。

「だけど、今回汲みあげているのは、しょせん一人分の魔力だからね」

 意外に隠すのは簡単だ、というのは、第三者の声だ。

「入口が小さく、通す量もほどほどであれば、出口だって小さくていい。だから、こんな小さな物で代用できる」

 顔を上げた先で、城の正面玄関から堂々と出てきた男が目に入る。整えられた茶金の髪。柔らかく琥珀色に光る眼。白の騎士服が神官服に見紛うほどの高潔さを漂わせた彼こそが、件のクラウスであるとレンは悟った。こんな混沌恐慌した中で、ここまで涼し気な表情をできる人間などそうはいない。

 彼は、小さな箱を持っていた。片手で持てる大きさの立方体。大理石のように白く表面が磨かれている。

「主犯がのこのこ出てきましたか」

「これだけお祭り騒ぎとあっては、気になるだろう?」

 早速ぶっ飛ばしてやろうか、と思った。

 しかし、クラウスのほうは、荒んだガキにはさほど興味を示さなかった。彼の視線は、身を強張らせ覚悟を固めたユーディアに向いた。

「残念だよ、ユーディア。幼馴染を喪うのは、さすがの私も悲しい」

「……私はこの数ヶ月、ずっと悲しかった」

 彼女は静かに目を伏せる。

「さすがにもう、何を言っても傾きそうにないね」

 地面に刺した鉾槍を抜きながら、レンは少しだけ意外に思う。苦笑じみたそれは未練なのかもしれない、と思ったのは、ユーディアに向けた言葉には白々しさがなかったからだろうか。

 だが、それでもユーディアは揺らがなかった。クラウスの見立て通りに。

「私は、自分で理想を叶える。――まずはこの街から」

「ではまず、これを止めてみることだ」

 クラウスの持つ魔具が光を放つ。立方体の蓋が開き、側面も開いて展開され、中から魔法陣が浮かび上がった。なるほど、小さな祭壇というわけか。

 レンやクラウスたちの頭上に描かれた陣は、線の光が強くなり、やがて中が白く染まった。光が盛り()がり、粘液のように地上に落ちてくる。レンとユーディアは光から逃れるように後退した。役に立たなかった魔術師の首根っこも掴んで。

 落ちてきた光の塊は、縮小しながら徐々に形を変えた。四つ足の生き物。光が弱まってようやく見えたその姿は、狼だった。ハティやスコルとは違う。大人の背丈と同じ位置に頭がある、紫紺の毛並みを持つ大きな狼。

「……おお」

 首根っこを掴んでいた魔術師が感嘆の声を上げる。地面に座り込み、膝前に手を付いた彼は恍惚とした表情で、その狼を見上げていた。レンはなんだか腹が立ち、投げ捨てるようにして、その男のローブの襟元を離した。

 まさかそれが、英断となるとは。

 喚び出された狼が、つみきを崩すかのように前脚を振るい、魔術師を(はた)き飛ばした。もしあのままだったら、レンも巻き込まれたかもしれない。そう思うと、身体も強張ろうというものだ。

 そんなレンの傍らで、一部始終を目撃した者たちの空気も凍りつく。

「クラウス!」

 どういうことだ、とユーディアが咎める。

「〈手記〉に書かれていたのは、門を開いて相手を呼び出すまでだそうだよ。従わせるのはまた別だそうだ」

 知らなかった事実に、レンの肝が冷える。双子たちがあまりに当たり前に狼や〈精霊〉たちと仲良くしていたものだから、てっきり〈召喚術〉とは喚び出すのと使役するので一式(セット)だと思っていた。

 違ったのだ。異世界から喚んだ生き物がこの世界で好き勝手して止められない可能性があるから、〈召喚術〉は禁術なのだ。

 それを知っていてなお〈召喚〉したクラウスは、どこまでも他人事のように事実を告げる。

「フリアはその方法を見つけることができなかった。だから――」

 使役の方法を見つけるか倒すかをしない限り、あの狼は止められない。だが、果たしてどちらも可能だろうか。

 無理、だと言っている余裕さえなかった。紫紺の狼は、既に暴れ出している。ラスティたちが手こずっていた合成獣を倒し、〈継承者〉の魔術師たちを踏みつけ、近くにいた騎士たちを痛めつけていた。

 ヤバい、という言葉だけが、レンの頭をよぎる。鉾槍を握る手に汗が浮かび、柄が滑る。

「私は、貴方が何をしたいのか、分からない」

 そう溢すユーディアの声に、顔を上げる。彼女の顔にはやはり怒りはなく。諦念と困惑だけが浮かんでいた。

 クラウスもまた、似たような様子だった。裏切った彼女を憎むでもなく、無理解を嘲るのでもなく。己の感情を乗せずに事実だけを突きつける。

「道はすでに違えた。君が神の意を知ることはないだろうね」

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