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アリシアの剣  作者: 森陰 五十鈴
第十三章 振り下ろされた剣
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疑義

 アリシエウスを囲う森の中の野営地は、騒然としていた。城壁を襲っていた部隊も帰投していたうえ、この野営地も敵襲に遭ったようで、いくつかの天幕が張られている中を人が右往左往していて慌ただしい。ラスティが引き起こしたことも、影響しているようだ。

 街の中に入り込めたのは、結局グラムたちだけだったようだから、具体的なことは伝わっていない。でも、何かがあったことは察知したからこそ、こう落ち着きのない空気に包まれているのだろう。

 グラムは、シャナイゼから一緒に来た友人たちと無事を確かめ合いながら、リグの姿を探した。ラスティのこととリズのこと、おそらく狼を介して当人から聞いているとは思うが、いろいろと話しておきたいことがある。

 普段見慣れている以上の人数の顔をひとりひとり見ながら、救護部隊の天幕を探しているうちに、近くの天幕から出てきた目的の人物のほうが先に声を掛けてきた。

「リズは?」

 聞けば、ラスティの家にいるという。そこでレンとも合流したそうだ。ラスティは今は落ち着いているらしい。それには安心したが、口の中にはやはり苦いものが残る。あのとき止められれば良かったのに。

 悔やんでいても、仕方がない。頭を振って、思考を切り替える。

合成獣(キメラ)がいたんだって?」

 リグが助けを入れてくれた。

「うん。翼を持った人型の奴がいて。ユディが連れてた」

「合成獣は予想してた。けど、なんでユディが?」

 グラム自身、その理由が判然としていない。予想していることはあるが。

 それを口にしようとしたところで、野営地の一角が騒がしくなった。興奮と動揺の気配に、グラムとリグはそちらへと顔を向ける。

「クレールの奴が、新兵器を持っているんじゃないかって」

「ええ!? また?」

 通りすがりの声に、グラムはリグと顔を見合わせた。物言いたげなリグに、グラムは首を振って否定してみせた。ラスティが神剣を使ったことは、誰にも話していない。そしてあの場には、グラムとリズ以外の、連合軍の人間はいなかった。

「じゃあ、何処から出た話だ?」

 リグもこの場にいて破壊神の剣の力を察知したらしいから、そこから広まった話だろうか。ルクトールのときの魔物(合成獣)のこともあり、連合軍は『クレールはいろいろやばいことをやってる』認識を持っているので。

 ――まあいいか。

 話を戻す。

「とりあえず、〈手記〉だよな。トラブルの所為で〈継承者(エリティエ)〉のとこまで潜り込めなかったし……今度はおれ一人かぁ?」

「不安だな」

 真顔で言うので、グラムは傷ついた。

「冗談はさておき。それについては、ラスティたちが〈継承者〉のことを気にしているらしいから、あっちに任せるのも一考だ」

 正確には、ユーディアが連れていた合成獣のことだ。アーヴェントがいるという話も聴いている。だから、そのあたりを調べたいというのだろう。グラムたちの目的とは若干逸れるが、目標はほぼ同じならそちらに任せてもいいかも知れない。

「じゃあ、あとはリズがいないのをどう周りに説明するか、か」

「そこはそう難しくないだろ。目撃者は少ないし、この混乱だ」

 戦いの最中にいなくなった、場合によってはラスティの破壊行為に巻き込まれたことにすればいい、とのこと。

「それ、ラスティさん怒らない? 大丈夫?」

「そのくらいの(したた)かさも必要だろ、今後あいつには」

 グラムは時折、リグとリズの愛の鞭が怖い。しれっとしたリグの顔が恐ろしくて、視線をリグの背後に逸らした。逃げ場がないほど木が迫る森の中。澄まして立つ青々とした広葉樹に癒される。夏の暑さも忘れてしまいそうだ。

 だが、その癒しも存分には満喫できなかった。さっき無視した騒ぎが、無視できないほどに大きくなっているのだ。野営地内の全員が焦ったり混乱したりしているような雰囲気。

 リグと二人、眉を顰めていると。

「レーヴィンはいるか!」

 雷が落ちたかのような大音声(だいおんじょう)が、騒然とした空気を割る。

「は? 俺?」

 珍しく姓を呼ばれたリグは、目を瞬かせた。

 グラムたちの視線の先で、人波が割れる。現れたのは、鈍重そうな見た目の、丸いおっさん。額の深い皺と睨むような眼つきと、唇の上の妙に整った髭が癇に障る。魔術師嫌いのクレマンスという名前の、リヴィアデールの軍人さんだ。

「街で起こったことは知っているな!」

 苛立った様子にグラムもリグも首を傾げるが、素直に頷いた。クレマンスは何故かさらに興奮し、鼻息を荒くした。

「街を破壊した人物を、貴様の妹が連れて行ったそうだが、どういうことだ!」

「……は?」

 リグがぽかんと口を開く。物言いたげなリグの視線を受けて、グラムは冷や汗を掻いた。嘘は吐いてない。あのときグラムたちの近くには、他に誰もいなかった。……でも、グラムが気付いていなかっただけという可能性は、大いにあり得る。

「何ですか、それ。知らな――」

「知らないはずないだろう! そいつが傍にいたというのだから!」

 リグの言葉に被せて追及する様子からして、相当興奮しているようだ。クレマンスの顔は、湯を沸かすことができそうなほど真っ赤になっている。

 クレマンスの大声の所為だろうか。周囲にいた人がこちらに集まりはじめた。連合軍の人たちもいれば、〈木の塔〉の連中もいる。どちらも何事か、と様子を窺っていた。

「どういうことだ! 説明してみろ!」

 指を差されたのは、グラムのほうだった。こういうときは余計なことを言わず黙っているべきだと思い、口を閉ざしていたのだが、こうされるとさすがに逃げられない。

 グラムは必死に頭を回転させて、それっぽい言い訳を組み立てる。

「リズが、また何が起こるか分からないからって、ひとまず味方から引き離そうと――」

「なら、貴様が敵を逃がしたというのは、どういうことだ」

 クレマンスがまた矛先をリグに戻した。でっちあげた言い訳を追及されない安堵より、話を遮られることへの怒りが湧き上がる。さっきからグラムたちの話をまともに聞こうともしない。そのくせ、責め立てる。事情を聞く気など、まるでないのだ。

「『戦争どころじゃない。アリシエウスが大変なことになる』。そう言ったそうだな」

 グラムの知らない話だ。だが、あからさまに振り返るようなことはせず、こっそり視線だけをリグに向ける。

「ラミーのやつ……」

 リグは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべていた。

「お前たちは、何を知っている。まさか、敵と内通しているんじゃないだろうな!」

 その場に沈黙が落ちる。クレマンスの言葉に驚く者、疑う者、早くもこちらを敵視する者、反発する者、怯える者、不快感を示す者。言いがかりだとも知らず、誰もがクレマンスの台詞から好き勝手想像している。

 混沌とした空気を打ち破ったのは、リグだった。

「――〈木の塔〉をお疑いですか?」

 その静かなたったひと言で、場の空気が――勢力図が塗り替えられた。周囲にいた〈木の塔〉の連中が、気色ばんでいる。ピリピリした雰囲気で、誰も彼もが今にも得物を抜きそうだ。

 対して、連合軍側は〈木の塔〉の怒りように狼狽えていた。まさか内部分裂になるとまでは思っていなかったのだろう。迷惑そうにクレマンスに視線をやっているのは、きっとサリスバーグからの者たちだろう。

「お捜しなのは、その破壊者ですか。行き先を知っていたとして、どうするって言うんです?」

 単純に考えると〝排除〟だろう。あんなこと、二度目があってはたまらない、と誰もが考える。

 が、クレマンスは答えなかった。口を中途半端に開くも、声を出すことはなく、視線をあちこちに彷徨わせている。『言葉に詰まった』様子。グラムは眉を顰める。

 そして、同じようにクレマンスの様子に気付いたリグは、表情を失い、少し目を細めながらクレマンスを真っ直ぐに見つめた。

「そもそもそれは、何処からの報告ですか」

「我が軍の――」

「あの場にいたのは、うちの妹と、そこの隊長だけらしいですけど?」

「侵入に成功したのが、お前たちだけとは――」

「では、そちらは今何処に? 是非、当人から話を聞きたい。なにぶん私は現場にいなかったので、こいつとその方のどちらが本当のことを言っているのか、判断できません」

 胸を穿つようなリグの視線に、クレマンスは冷や汗を掻いているようだ。

「できませんか。何故です? もしかして、そちらが敵と通じてたりします?」

「馬鹿な!」

「でしょう?」

 リグは首を傾ける。嘲笑する様子を見せず、純粋に同意を求める仕草で。

「……こんなくだらないことで、揉めている場合じゃないでしょう。とにかく、状況把握が必要です。お互いの疑義も併せて、情報の共有を――」

 してくれるかなぁ、とグラムが視線を遠くに向けた傍らで、鈍い音がした。途端周囲の空気が硬直する。グラムは、急に動きが悪くなった首をなんとか無理矢理動かして、リグのほうを向いた。

「……リグ?」

 リグの胸に剣が生えていた。その先が――柄にあるのは、クレマンスの手だ。鍛えてはいるようで、ずいぶん武骨な手が、震えを抑えるように両の手でしかと柄を握りしめている。

 目を見開いて自らの胸を見下ろすリグの顔は、だんだん青くなっていった。一方、リグを刺したクレマンスの顔はどんどん赤くなっていき、目には狂気と混乱が宿る。

「お前たち敵の、好きにはさせない!」

 グラムの脳内に雷が閃いた。

「……てめぇ!」

 すぐさまクレマンスに跳びかかり、相手を殴り倒す。クレマンスの手が剣から離れ、支えを失ったリグの身体は、崩れ落ちるように草地に横たわった。

 周囲から、悲鳴とどよめきの声があがる。

「リグ!」

 痙攣しながら横たわるリグに飛び付いて、グラムは胸に刺さった剣の柄を掴んだ。

「抜くな!」

 ひと際大きな怒声を発しながら、カーターが人混みを掻き分けて現れる。

「抜くんじゃねぇ! そのままにしてろ!」

 カーターはグラムの傍らにしゃがみ込む。リグの傷を覗き込み、そして〈木の塔〉の一団が固まっているほうを振り返った。

「誰か治療術が使える奴! それと、誰かこの馬鹿を取り押さえろ!」

 中途半端に身を起こしたクレマンスを誰かが拘束し、何処かに引っ張っていった。何か喚いているのが聞こえたが、内容はグラムの耳に一切入らない。

 どうでもいい。

 そんなことより、治療術が使える奴が、誰も傍に来ない。

「なあ、誰かいないのかよ!」

 リグの傍に手を突きながら、悲鳴に近い声でグラムは叫ぶ。リグの痙攣は止まらない。肌が青白くなり、体温がどんどんと下がっていくのを、ただ見ていることしかできなかった。

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