表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アリシアの剣  作者: 森陰 五十鈴
第十四章 背徳の術師
62/62

危ない橋

 ときにアリシエウスの騎士に取られながらも、リズを相手にしていたのは、ユーディアだった。だから、ラスティが(つるぎ)を振るったとき、ダガーが巻き込まれたのをしっかりと見ていたのだ。魔術で造られた〈精霊〉も破壊神の剣の前では無力なのか、と残念に思っていた。

 目の前に、金の炎を瞳に宿した、黒い少年が現れるまでは。

「……すごい。無事だったんだ」

「おかげさまで。ご心配をおかけしました〜」

 ひらひらと手を振るダガーに、息を吐く。それから周囲に視線を向けた。あのあとユーディアは、アリシエウスの城に戻ってきていた。ルタを返し、正方形に切り取られた中庭に出る。噴水の水音が聞こえるその場所だけが、唯一ユーディアが一人になれ、息を吐ける場所だ。とはいえ、誰も来ないわけではない。熱くはあるが、ここに部外者がいると知られたら、面倒なことになる。

 ユーディアの懸念を察したのか、ダガーは姿を消した。シャナイゼにいたときのような〝見張り〟の状態だ。

『これなら見つからないだろ』

 姿は見えないが、声は聴こえる。ユーディアにしか聴こえず、他人がダガーの声を聞きつけることはないらしい。

 その状態のまま、ダガーはリズたちの近況を教えてくれる。

『悪かったな。せっかく案内してくれたのに』

 無表情を努めていたユーディアだったが、これには表情を曇らせずにはいられなかった。ユーディアは、外より侵入してきたグラムたちを、自分を追わせる形で城まで手引きしようとしていた。できるだけクレール兵やアリシエウスの騎士たちに接触しないような道筋を通っていたつもりだったが、最後の最後でよりによってラスティたちとぶつかってしまった。

 神剣の力の暴発は自分の責任でもある、とダガーからリズの見解を聞いたユーディアは思っていた。何と言っても、合成獣(ルタ)のことを隠していたのだから。

 責任を感じている。

 だからこそ、ここで絶対に――。

『それで、手記の場所は知ってんの?』

 ユーディアは首を横に振り、小声で答えた。

「残念だけど、何処にあるかまでは、知らない」

『心当たりは?』

 ユーディアは答えず、城内に入った。屋外と打って変わってひんやりとした空気の中を歩く。窓から入った風が心地よく感じる中、アリシエウスの騎士とすれ違った。みな、ユーディアを胡乱な目で見ていた。クレールの人間だからというだけではない。ユーディアが、地下への立ち入りが許された数少ない人間だからだ。ルタのこともあるだろうか。ラスティが吹き飛ばしてしまった騎士は、一人。残りは無事に戻ったはずだから、合成獣のことを仲間に広めているだろう。

『なんで、そこまでしてあの合成獣と一緒にいた?』

「……見捨てられなかった」

 地下への階段に差し掛かると、人の数が少なくなる。気にする者もいないだろうと思い、ユーディアは返答した。

「あの子だけ理性があった。そして、向かい合ってみると、レンくんのことや、アーヴェントさんの集落で見た人たちが思い出されて」

 元の記憶が戻るかも分からないし、戻ったら絶望してしまうかもしれない。だが、少しでも穏やかに生きられる可能性があると思うと、とても手にかけることなどできなかった。

『気持ちは分かるけど、そんな危ない橋を渡んなくてもさぁ』

「そんなことを気にして、また他人任せにしていたら、何も変わらないもの。少なくとも今の世界では」

 地下牢の前に立つ。燭台を手にして、暗闇を行った。もう何度も来た、忌々しい場所。鉄格子の前を通り過ぎるときに湧き上がるものを抑えるのにも、もう慣れた。

 地下牢の区画の奥へと行くと、石壁が立ちはだかった。そこに、粗末な木の扉が設けられている。ユーディアは息を殺して向こうの気配を窺うと、その扉を乱暴に開けた。

 寛ぐにはとても狭い部屋だ。壁沿いの本棚一つと少し大きめの机が精々、といった広さの部屋。本棚と石壁に挟まれて、とても息苦しそうな場所だ。木でできた調度品はいずれも古く、肌が毛羽立っている。本棚にいろいろと敷き詰められているというのに、机の上にも本が山積みになっていた。その横にはペン立て。無人にもかかわらず、インク壺は開けっ放し。足元に散らばった走り書きの紙を見れば、主の性格が分かってしまう。

『ここは?』

「観察した合成獣の記録をするための場所だと聞いているけれど」

 本棚に入っているものは生き物についての学術書ばかりで、書き散らかされているのも、それらしいものだった。用途としては間違いないと思う。

「なんでこんな場所に?」

 ユーディアの真後ろの辺りに熱を感じた。振り返ると、ダガーがその姿を現していた。胸を撫で下ろし、ユーディアはもう一度部屋の中に視線を戻した。机の上と本棚に視線を走らせる。

「クラウスの部屋にも、フリアの部屋にも、〈セルヴィスの手記〉はなかったの」

「〈手記〉は表紙をはぎとられてる。一目で判るもんじゃないと思うけど」

「それは前に聞いてた。だから、ちゃんと中身も確認したの」

 分からないなりに、努力してみたのだ。それでも、なかった。ユーディアも神殿騎士として、軽く魔術を噛っている。だから、理解まではいかなくとも、本の趣旨を把握することくらいはできる。

「それでもなかった。隠しているんだと思う。何処に、って考えて、思いついたのが、ここだった」

 大事なものは目の届くところに置いておくだろう、と思っていた。でも、そうでないなら。考えられるのは、ここだと思っていた。地下に入れる人間は限られており、さらにこの部屋はフリアくらいしか用がない。――生憎、今日までこの部屋を確かめる機会はなかったのだけれども。

「なるほどな」

 応じながら、ユーディアの前に割り込んだダガーは、手近な本を取り開いていく。本棚は一つだけとはいえ、一冊ずつこの作業をしていくのは、侵入者の身としては時間と手間がかかりすぎる。ダガーもそう思ったからか、一冊目の本をしまったあと、棚に並べられた背表紙を一つずつ確かめていた。

 ――一目で判るものではないって言ったくせに。

 それでも理由あってのことだろう。

〈手記〉捜しはまじまじと本棚を見つめるダガーに任せ、ユーディアは身体を反転した。フリアがいつ何時来るかもしれない。見張りのつもりだった。

 だが、暗闇に浮かび上がったのは、先ほどまで一緒にいた少女の姿だ。

「……ルタ?」

「……ユー……」

 闇の中でぼんやりと白く浮かび上がったルタは、声も微かでまるで幽霊のように朧げだった。

 どうしたのか、と訝しむ前に理由が分かる。彼女の一歩後ろに、髪の毛を刈り込んだ、暗色のローブ姿の眼鏡の男が立っている。

「一応、予想はしていたつもりだが、念のため訊いておこうか。何をしている?」

「……フリア、さん」

 名前を呼びながら、ユーディアはゆっくりと、いつでも剣を抜けるように身構えた。背後ではまだ、ダガーが捜し物をしているはず。少しでも時間を稼ぎたいところだ、と思っていたが。

 暗闇の中でもはっきりと分かるほど、フリアが嗤う。

「動いたら、こいつがどうなるか」

 ルタの首元に刃が煌めいたのを見て、ユーディアは歯ぎしりした。ユーディアがルタに情を掛けているのを放置していたのは、こういうときのためだろう。弱みとなると知っていて、無視できなかった。せめて対策を練っておけば良かったのだろうが……こういう中途半端さが、ユーディア自身の首を絞める。

 ――それでも、もう少し時間を……。

「執着してるくせに、いざできると人間扱いしない。だから、俺たちみたいなのに邪魔されて、お前の目標(ゆめ)はいつまで経っても叶わないんだよ」

 ユーディアの背後にいたはずのダガーの声は、あらぬほう……それこそ、フリアの背後から聴こえた。人質を取る彼の後ろで、炎が燃え上がる。黒い少年が、金の眼をギラつかせながら姿を現し、フリアの短剣を持つ手を捻り上げた。短剣が落ちる音が、暗い中で響く。

「双子の、使い魔ぁ……っ!」

 振り向いたフリアが憎々しげな声を絞り出すが、ダガーは構うことなく彼をルタから引き剥がし、そして手を離してすぐさまフリアの身体に蹴りを入れた。壁に飛ばされたフリアは、重力に引かれてずるずると座り込みながら痛みに呻いた。

「奇しくも俺たち〈精霊〉がその証拠、ってな」

 ダガーは呆然としているルタの背を押した。よたよたとこちら側に来たルタを、ユーディアは抱き留める。

 満足そうなダガーを睨みつけたフリアは、目を瞠った。痛みも忘れたのか、少年を指差す。

「貴様、その本!」

 まさか、と思って、ユーディアもそちらを見た。ダガーは片手で持った本を頭の高さまで持ち上げ、見せつけるように左右に揺らした。

「すり替えた本の表紙をそのまま使うなんて、抜かってんな。しかもその本、〈木の塔〉でよく使われる教本と来た。おかげさまで、すぐにどれか分かっちまったんだよなぁ」

 つまり、ダガーは〈手記〉を見つけたのだ。

 ルタは助けられ、〈木の塔〉から盗まれた本は取り返した。それならば、もうこの場所でのユーディアの役目はない。

「ダガーくん、行って!」

 ルタを抱きかかえたまま、ユーディアは叫ぶ。あと残るのは、ユーディアの問題だ。

「必要ない」

〈手記〉を持ったダガーの手がしなる。本は彼の指先を離れ、宙に放り出され――そして、燃え上がった。

 フリアは、そしてユーディアも、絶句した。石床の上で赤々と燃え盛る炎のなかで、徐々に炭化していく本。あれは魔術に関する智の宝庫、〈木の塔〉の貴重な財産。それを、こうもあっさりと火に焚べるなんて。

「き、貴様、なんということを……」

 フリアが受けた衝撃は、相当大きなものだったのか、彼は炎を見つめながら譫言(うわごと)のように呟いた。膝を付き、手を付き、まだうまく動けない赤子のように這いながら、燃える書物に手を伸ばす。それを阻むように、ダガーはフリアが付いた手の前に、足を強く踏み下ろした。腰に手を置いてフリアを睨み下ろす彼は、彼自身が燃え上がっているかのように苛烈な眼をしていた。

「贖いの準備をしておけよ。お前たちがしてきたことへの報い、しっかりと受けてもらうんだからな」

 そうだろ? リズ。

 ダガーの視線の先には、いつの間にかリズやラスティたちがいた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ