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アリシアの剣  作者: 森陰 五十鈴
第十三章 振り下ろされた剣
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破壊のあと

 先ほどと打って変わった景色がそこにある。

 瓦礫の山と、浅くも広く彫られた穴。石畳は掘り返されて土が剥き出しに。周囲を囲っていた木々の円は一部が欠けた。そこにあった木は文字通り消し飛んだ。

 リズたちがユーディアを追いかけて走ってきた街並みにも、破壊の跡は及んでいた。誰かが日常を営んでいただろう場所も、今は瓦礫の山だ。道も断たれている。

 破壊の後は、扇状に拡がっていた。その起点には、剣を振り下ろした体勢のままのラスティがいる。

 周囲は戦闘を忘れ、水を打ったように静まり返っていた。

 上半身が浮き、腰から下は石畳の地面に擦り付けられた体勢となっていたリズは、自分の襟元を咥えているハティの横面を軽く叩いた。ラスティの破壊の(つるぎ)の脅威を察した異世界の狼は、射線上にいたリズを急遽拐って避難させてくれたのだ。とはいえ、こういつまでも仔犬のように襟を咥えられていると、首元が締まって苦しい。狼は意を汲んで放してくれた。

 俯せ状態から手を付いて身を起こし、座る。ハティはギリギリ逃れられたようで、足の向こうは土が剥き出しになっていた。

 ラスティの正面には、他に誰もいなかった。リズが相手をしていたアリシエウスの騎士も、リズの造った〈精霊〉も。

「……ダガー」

 地面に座り込んだまま魔力を練り気配を探るが、彼の存在を感知できなかった。最悪の予感に、リズの頭に血が昇る。不安と怒りと焦燥が怒涛のように襲い掛かるのを、拳を握りしめて耐えた。目を閉じ、意識して大きく呼吸をし、頭を冷やす努力をする。そしてもう一度目を開ける。ラスティは、よたよたと後退して、間近にいたグラムにぶつかっていた。グラムが何か声を掛けているが、ラスティは我を忘れているのか、破壊の痕跡を見つめたまま動かない。

 やっぱりぶち切れた。

「この、馬鹿っ!」

 怒鳴りつけて立ち上がり、ラスティに駆け寄ってその胸ぐらに掴みかかろうとした。しかし、ラスティは躱すかのようにその場に座り込んでしまった。手は宙を掴む。

 アスティードが石畳の上に落ち、乾いた音が鳴った。

 ラスティは、いわゆる茫然自失の体。座り込みかたからして、足の力を失くしたのだろう。ずいぶんとまあ、()()()()()。こんなのが迂闊に神剣を握り、振るうなんて。――若干、自分たちにも責任があることには、気付いていたけれども。

 友人との戦場での再会。故郷に存在していた合成獣(キメラ)。ユーディアと一緒にこの広場に飛び込んできたときの反応からして、彼女が合成獣と関わりがあることも知らなかったのだろう。この繊細さん、平常心ではなかったのだ。だから、剣の力が暴発した。魔術を使えないくせに、身に余る魔力を制御できなかったのだ。

「まずいな……」

 乱暴を働こうとしたリズを止めることなく、様子を見守っていたグラムが溢す。周囲の空気が徐々に変わりつつあることに、リズは気付いた。ラスティと同じように呆然としていた兵たちが、時間の経過によって我に返り、今起こったことを認識できるようになったのだ。

 ラスティは、仲間を一人巻き込んでいる。同じ故郷の生き残った仲間たちは、それをどう見るだろうか。

 ふと、グラムと目が合った。そのままじっと見つめ合う。考えていることは、たぶん一緒だ。

「……あとは任せた」

 苦笑いすると、グラムは唇を強く結び、頷いた。

 リズは、ラスティの襟首を掴むと、そのまま引っ張り上げてハティの胴に横から覆いかぶさるように乗せた。そして杖を背に戻し、神剣を拾い上げて、自分もハティの背に跨る。リズとラスティを乗せた黒狼は、石畳を強く蹴って街のほうへと駆けた。瓦礫を登り、無事な建物の屋根の上に飛び乗る。そのまま屋根の上を駆けてなるべく現場から離れ、行方をくらますつもりだ。

 おそらく、ラスティが引き起こした惨事は、どちらの軍にもすぐに伝わるだろう。そしたらどうなるか、を考えてリズは最悪を想定した。ラスティを守れる味方は、たぶんいない。だから、こうしてリズがお節介を働いてしまったわけだ。グラムが動かなかったのは、利便性の問題。あと、名目上隊長であるグラムが離脱するより、リズのほうがまだ外聞が良い。

 ――は、いいけど。何処に行けばいいのやら。

 とりあえず周囲を窺おうと、一度狼の足を止める。周囲に敵影はなく、少しなら立ち止まっても大丈夫そうだ。狼から降りようとすると、何処か引っ掛けたのかラスティの身体も一緒に落ちた。思わず頭を押さえて、首を振る。仕方なく脇を支えて起こしてやると、ラスティはふらふらと屋根の縁のほうへ歩き出してしまった。

「ああ、もう!」

 手を引っ張って止める。

「離せ!」

「馬鹿?」

 今落ちそうになっていたのは誰だというのだ。

「ほらラスティ、行こう。今はとにかく逃げないと」

 腕を引っ張り促すと、その手が乱暴に振り払われた。

「お前の所為だ! お前が仲間を殺したから……」

 神剣が辺りを破壊する直前、リズはアリシエウスの騎士と戦っていた。殺したつもりはないが、斬った覚えはある。それが起爆剤だったか、と納得はするが、それはそれとして。

「だから、〝自分は悪くない〟って……?」

 拳に力を入れ、まだ手に神剣を持ったままだったことを思い出した。忌々しい。リズはその剣を放って、ラスティの胸倉を掴み引き寄せた。頭突きをかませるほどの至近距離で睨み上げる。

「目を逸らすな。不可抗力だろうが、あんたがあの惨事を引き起こしたんだ」

 ラスティは目を見開き固まる。少しは頭が冷えただろうか。身体を突き飛ばすと、彼はそのまま屋根の上に尻もちをついた。

 立ち上がろうとせず俯くラスティは、痛ましい。なかったことにしてやりたいくらいだ。だが、それは良くないことを、リズは知っている。

「受け留めろ。でなきゃ、自分の罪に押し潰されるばかりだぞ」

 リズも一度罪を犯した人間だ。だから、少しは解る。

「心配しなくても――離れていきゃしないから」

 戦争では〝敵〟だったが、リズたちは友人を止めたつもりはない。それに今、リズは〝味方〟を捨て、逃亡した身だ。心置きなく、ラスティの味方でいられる。

「……本当に?」

 そう言って見上げる瞳は、迷子の子犬のようだった。不安に揺れていて、しかし縋るようにじっと見つめてくる。本当に、純粋で繊細な奴だ。

 リズはラスティを安心させるよう、微笑んだ。

「あんたの性根が腐らないよう、何度でも叩き直してやるよ」

 冗談めかして言うと、ラスティはぽかんとした後に少し笑った。ようやく自分を取り戻したようだ。その頭をぽんぽんと叩いた。

 すっかり穏やかな表情を取り戻したラスティは、立ち上がると頭を垂れた。

「……八つ当たりして、悪かった」

「……うん」

 ただ頷いた。気にするな、とは言わない。

「さて、今はとにかく逃げるよ。償う方法を考えるのは、それからだ」


 相談の結果、とりあえずラスティの自宅に戻ろう、という話になった。ラスティの仕出かしたことが伝わったあとに家族を宙ぶらりんにさせないため、そしてレンたちと合流するためだ。

 承諾して狼を駆けさせたリズだが、目的地に近づくうちに不安になってきた。周囲に、恐ろしく大きな家ばかりが増えてきたからだ。

「……集合住宅とかじゃなくて?」

 ラスティが案内した先を示して尋ねる。その家は、シャナイゼの〈木の塔(トゥール・ダルブル)〉の寮より大きいのだ。大きさを問わなければ、百人分の部屋が入りそう。この建物の大半が木でできていることも、リズには信じ難かった。

 だが、彼はこれを自宅だという。

「嘘だろ、これに一家族?」

「木の中にいくつも研究室を作っている組織の奴に言われたくないな」

 言葉の冴えが戻っているあたり、少しは立ち直っているようだ。安心した。

 大きな扉の向こうは、おとぎ話のような光景が広がっていて。貴族というのはこういうものなのか、とと呆れたような感心したような気分になる。シャナイゼにはこういう貴族の邸はない。過去にはあったらしいこと、シャナイゼの西にはこういうものがあるらしいことしか知らない。『百聞は一見にしかず』を体験して、リズは少々興奮する。

「これでも都市の中の邸だから小さいほうだ。大国の地方領主の邸宅はもっと大きいらしいぞ」

「マジで!?」

 リズにとっては無駄に広い廊下を進み、辿り着いたのは、どうやら食堂のようだ。大きなテーブルと、並べられた椅子。テーブルが一つであることと装飾過多であることを除けば、〈木の塔〉の食堂と大きく印象が変わらない。

 しかしオレンジの部屋なんては似合わない、などと思っていると、甲高い声が耳に入った。ラスティの胸に飛び込んできた少女に、リズは目を丸くする。

「兄さま、怪我は!?」

 どうやら、この可愛らしく着飾った少女は、ラスティの妹であるらしい。あまりに似ていない。というより、似ていると認めたくない。仏頂面のラスティを見て、どうしてこんな表情豊かな妹がいると思うのか。

「さっき大きな音がしたわ。いったい何があったの!?」

 兄の胸に縋る妹を見て、リズは目を逸らす。いかにも女の子らしい女の子は苦手だった。女だが、男よりも粗暴である自覚があるので、普通の女の子はリズにとって壊れ物に等しい。

 視線を逸らした先には、レンがいた。その向こうには、

「……リズがどうしてここに?」

「……いやそれ、こっちの台詞では」

 昔から集落を出て街をぶらつくのが好きな奴だったが、まさか沙漠を越えてこんな西のほうまで来ているとは思わなかった。

「まあ、いろいろと」

 気まぐれかと思ったが、彼は軟派に見えて保守的な男である。ここに何かあるのだろう。……いや、問うまでもないか。リズも合成獣に会ったのだから。

 家族の前で話す話でもないだろう、とのことで、リズたちは揃ってラスティの部屋へと移動した。彼の自室を見て、ようやくここがラスティの家なのだと実感した。必要最低限の物しかなく、臙脂のカーペットを除き色合いが地味であるところとか、いかにも〝らしい〟。

 レンたちが好き勝手に座るのに続き、近くにあった椅子に腰かけた。

「アリシエウスの住民は何処かに避難してると思ってたけど」

「僕らも説得したのですが。思うところがあったのでしょう」

 それはそうと、リズがラスティとここに来た経緯を語る。

「さっきのはそれか?」

 ラスティの妹も『大きな音がした』と言っていた。ラスティの引き起こした破壊行為は、広範囲に知れ渡っているのだろう、と推測する。……変に、犯人捜しとか起こらなければ良い、と改めて思う。その最悪を想定して、リズはラスティを連れて逃げ出したのだが。

「そう。ラスティがこの剣を使ったとき、刃先に大きな魔力の塊が乗っていたんだ。それを振り下ろした」

「力を叩きつけて破裂したわけか……」

 魔術の才がないので忘れがちだが、この男は魔力だけは並み外れているのだ。それこそ、リズたち双子よりも少し劣るという程度。魔術師としても良い才能のレンを上回る。

 ただ、ラスティは魔力を使うということが、下手だった。喩えるなら、『粘土をいくら捏ねても形を作ることができない』という感じ。宝の持ち腐れと思いつつ、害もなさそうなので放置していたが――それが、こんなところで影響が出た。

 ベッドに座ったラスティが腰に手を持っていく。逃げ出したときにはリズが持っていた神剣は、すでに彼に返してあった。魔具の一種だったとは、想定していなかった。魔力も魔術も創り直された世界で生まれたものだから、関係ないだろう、と思い込んでいた。

 ぬかった。その所為で、エリウスの筋書き通りになってしまった。きっとこのあとも、ラスティはエリウスに付け回されることだろう。それが、剣を奪い取るためか、それともラスティを破壊神に仕立て上げるためかは、判断がつかないけれども。

「さーて、これからどうするか……」

 本当は、何とかして〈継承者(エリティエ)〉のところに潜り込みたかったのだ。でも、それどころではなくなった。

 まだまだ自分たちは、エリウスの掌の上。小さなガキの手の大きさに、リズはまた頭を抱えた。あれもこれもと欲張るのが原因だと理解してはいるのだ。一つ捨てれば、身体も心も楽になる。それなのに、

「ラスティは、どうしたい?」

 こうして尋ねてしまうのは、ラスティを助けたいからか。それとも、彼が自分たちに都合よく動いてくれることを望んでいるからか。

 おそらく自分が世界で一番安心できる場所で、今一番自分を脅かすものを握りしめ、ラスティは床を睨みつけている。

 視線を上げた彼の眼差しは、抜き身の刃のように不穏に輝いた。

「……俺は、合成獣の存在が、許せない」

 意見が合致してしまうとなおのこと、その区別がつけられないので、本当に困ってしまう。

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