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一番大切な、ヒト

2巻の19話です。

3 


「ネイピア。体調回復のために、何か俺にできることは――」

「無いわ」

「――ないか? ……って無いのかよ⁉」


 エレナに対するものと同じ提案をネイピアにしようとしたら、食い気味に拒否された。

 まぁ、ちょっと想像はしてたけど。

 そもそも、彼女は体調が悪いはずなのに、今日も生徒会室に出てきていた。

 休むということを、ネイピアは考えていないんだろう。


「せめて作戦決行の直前には、しっかり身体を休めておいた方が良いだろ。体調は万全じゃないんだし」

「あら。そもそもの話、私はあまり体調を崩していないわ。それで学園を休むとか、魔法の力が衰えるとか、そんなことも起こさない。エレナが回復したら、さっそく地下へ行くことにするわよ」

「まぁ、そう言うだろうなとは思ってたけどさ」

「解っているなら、この会話は時間の無駄だったじゃない。それとも、無駄話をさせて私を無駄に疲れさせるつもりなのかしら?」


 まったく、相変わらずの、皮肉の切れ味だ。

 俺は両手を上げて「降参」の意思を示してから、

「それじゃあ、せめてこの書類だけでも目を通してくれると有り難い」

 と、持参してきた小さい冊子を制服のポケットから取り出し、ネイピアの作業机の端に置いた。


「ちょっと、勝手に置かないでちょうだ……。これって?」

 怪訝そうに冊子を見やったネイピアは、その表題を見て表情が揺れていた。

「これは、俺が個人的に研究していた『魔力回路の活性化体操』についての、未発表の考察をまとめたものなんだ」

「……貴方の、未発表の?」

「ああ。前に、魔力回路と血流との関係性を考察した論文は書いていただろ」

「……ええ、そうね」

「それを基礎にして、一つの応用研究として進めていたものなんだ。まぁ、まだ机上の空論部分も多くて、あくまで一考察でしかないものだから、もっと臨床データも集めないといけないんだけどさ」

「……それを、私に?」

「まぁ、忙しいところに新しい厄介事を持ち込んじゃって悪いんだけど。もし万が一、気分転換の時間とかが作れたときなんかに見てくれたら有り難い」

「……なるほど。それだったら丁度いいわ。今、貴方がここでその『活性化体操』をやって見せてくれないかしら」

「……え?」


 予想外の提案をされて、反応に困った。

「現状、論文を読んで理解するほどの時間は無いけれど、視界の端で何かが動いているのを見ることくらいはできるもの。むしろ、その方が理解も早くて合理的じゃないかしら?」

「まぁ、それでネイピアの体調が良くなるなら、喜んでやるぞ」

「え?」


 今度はなぜかネイピアが困惑していた。

 いやいや、実際にやれって言ったのはお前だろうに。

 て言うか、そもそも――


「ネイピアが元気でいてくれないと、やっぱ困るからな」

「…………」

 ネイピアは、なぜか機嫌が悪くなったように俺を無言で睨みつけてきた。

 ……え。俺、何か怒らせるようなことしちゃってるのか?


「……ふん」

 ネイピアは、聞こえよがしに鼻で笑って、

「貴方たちにとって、私は人間界での大事なコネだものね。それが元気でなければ困ってしまうのは当然だわ」

「へ? いや、まぁ、立場が大事だってことは否定しないけどさぁ――」

 何やらひどい皮肉交じりで自嘲気味なネイピアに、思わず苦笑しながら、

「それより、俺だけじゃなくてエレナもセラムも、お前のことをすごく心配してるんだよ。エレナとセラムにとってネイピアは、二番目に親しい人間でもあるし、俺にとっては、一番親しい人間ってことになるからな。ほら、俺ってば666年前から友達なんて居なかったしさ。あはは」

そう自虐を返して、何とか空気を和ませようとしてみた。


「……貴方にとっての、一番」

 ネイピアの反応は、予想外に薄かった。消え入りそうなほど小さな声で、俺の言った言葉を確かめるように、繰り返していた。

 そのまま、微妙な静寂に包まれてしまう。


「べ、別に嘘は言ってないからな。本当に、俺にとって一番親しい人間はネイピアなんだよ。一応、666年前には育ての親もいたけど、親は親だし、それに今は、ネイピアの方が気楽に話せてる気もするんだよ。……って、気楽にしすぎて怒らせてばっかりだけどな」

 そんな空気に耐えきれなくなって、いろいろと付け加えて言った。


「……なるほど。それは、とても光栄だわ」

 ネイピアは、まったく光栄じゃなさそうに言い捨てると、

「そもそも、貴方たちは人間じゃない知り合いが多すぎるのよね。それを人間で一番だとか二番だとか言われても、ほんのちょっとも嬉しくなんてないわ。……まったく嬉しくなんてないわよ」


 早口でまくしたてながら、プイッと弾かれるように顔を身体ごと背けてしまった。

 ……あれ。むしろ空気が悪化した?

 どうも最近はネイピアを怒らせてばかりだなぁ。

 そう自戒しつつ、ただ正直な気持ちだけは伝えておく。


「俺もエレナもセラムも、忙しかったり体調を崩しているネイピアのことを、本当に気に掛けてるんだからな。あまり無理だけはしないでくれよ。今回の体操は、そのためにみんなで考えて編み出したものでもあるんだから」

「……ええ。そのことは、ありがたいと思っているわ」


 ネイピアは、相変わらず背を向けたままだけど、少し柔らかい声で答えてくれた。

 いつもはまったく素直じゃないネイピアだけど、たまに隠し切れない素直さとか真面目さとかが見えると、何だか嬉しくなる。

 年相応の可愛らしさ、みたいな。


 ……なんてことを正直に口走ったら、またいろいろ言われるだろう。

 俺はすぐに話をすすめて、『魔力回路の活性化体操』を実践することにした。


「それじゃあまずは、活性化体操の第一セットから」

「第一セット? いったい幾つまであるのよ?」

「今のところは、第三セットまでだな」

「今のところって……」

「いやあ、いろいろ考えてたら楽しくなっちゃってさ、つい作りすぎちゃったんだよ」


 何だか子供みたいにはしゃいじゃってたものだから、気恥ずかしくなった。

 それを誤魔化すように、俺はさっそく、最初の体操を披露した。

「まず、腕を前から上にあげて、背伸びの運動からだ」

 俺は言葉で説明をしながら、実際に腕を前から上にあげた。

「こうやって伸びをした状態で、上にあげている両手を握り合わせて、綺麗な輪を作るんだ」

 そう言って、俺は両手の指を組んで、肘を曲げながら輪を作った。

 これは、血液が全身を巡回するのと同様に、魔力回路の魔力を巡回させるイメージを作ることになる。


「両手を組むことで、右と左の魔力回路がつながって、魔力が巡回するようになるんだ。ちなみにこのとき、靴を脱いで足も同じように輪を作って合わせると、効果がもっとアップするぞ」

 そう言いながら、俺は靴を履いたままポーズだけとって見せた。


 両手で輪を作って頭の上にあげながら、足もガニ股になって輪を作る。

 体操をしながら、俺の身体の中で魔力回路が活性化するのを実感できていた。それくらい効果的な体操なんだ。


「このポーズをすれば、両手足の先みたいな魔力回路の末端にも、きちんと魔力が巡回するようになるんだ。ここまでで、何か質問とかはあるか?」

「質問ではないのだけど、正直に言ってもいいかしら?」

「え?」――ちょっと怖いけど、「……ああ、正直に言ってくれ」

「そのポーズ、人前でやるのは恥ずかしいと思うわ」


「……う」

 俺は思わず、言葉を失くしていた。

 両手を上げて輪を作りながら、足でも輪を作ろうとしてガニ股になっている。実際、けっこうバランスが悪くてプルプル震えたりしていた。

 ……うん。確かに。

 これは人に見られるのは、恥ずかしいよな。

 特に、年頃の女子にとっては、少なくともガニ股はきついだろう。

 ……って言うか、俺も恥ずかしくなってきてるし。


「……ま、まぁ、他にもいろいろ、この冊子には書いてあるから、時間があったら読んでみてくれよな。そ、それじゃ、体調には気を付けろよ」

 俺は慌ててそれだけを伝えてから、早足になって生徒会室を後にした。

 心臓の鼓動が激しい。恥ずかしさと、魔力回路の活性化とが相まって、身体がカッと熱くなっていた。


 ……ちゃんと、読んでくれると嬉しいんだけど。

 最後がドタバタしていたせいで、なんだか胡散臭くなっちゃってるような気がして不安だった。

 もし、あれを実践してくれたら、少しは体調も改善してくれるはずなんだ。

 その自信はあるんだけど、そもそも読んでもらえなかったら何の意味もない。


 生徒会室から離れていくごとに、不安が増えていく。思わずジッとしていられなくなって、胸に手を置いたりポケットに手を突っ込んだり、落ち着かなかった。

 カサッ――

 ポケットの一つで音が鳴った。そこには、一枚の紙が入っていた。びっしりと書かれた文字。


「……あ、あの冊子の最後のページが、破れて落ちちゃってたのか」

 そこには、体操のクールダウンとか、おすすめの時間帯なんかも書かれていた。寝る前に活性化させると眠れなくなるとか、そういう話も書いてあって重要なページだ。

 俺はすぐに廊下を引き返して、生徒会室へ戻っていった。

 1分も経たずに引き返してくるなんて、きっとまたいろいろ言われちゃうんだろうな。

 そんな気まずさもあって、早く済ませてしまおうと、生徒会室をノックしてからすぐに扉を開けた。


「悪い。さっきの冊子だけど、ページが抜け落ちちゃってた……」

「え?」

「え?」


 そこには、両手で輪を作るようにして腕を上げながら、律儀に靴を脱いで足でも輪を作っているネイピアが居た。

 まさに、俺が『魔力回路の活性化体操』に記した『最初の体操』のポーズのまま。


「…………」

「…………」


 お互い、無言のまま見つめ合ってしまう。

 なんだか、視線を逸らしたら負けのような気がした。

 なのでここは、俺から視線を逸らすことにした。


「……俺も、体操がやりたくなっちゃったなぁ」

 俺は独り言のように呟きながら、さりげなく『第一体操』を始めた。

 生徒会室で、無言のまま、手と足で輪を作る二人。

 なんとなく、身体がポカポカと温かくなってきたような気がする。

 それが体操のお陰なのか、それとも恥ずかしいからなのかは、解らなかった。


「一つ、貴方に言っておかなければならないことがあるわ――」

 ふと、背伸びをしたままネイピアが言った。

 何を言われるのか、戦々恐々としながら頷く。

「わざわざ、私なんかのことまで気遣ってくれていること、本当に感謝しているわ」

「え?」

 予想外の言葉をもらって、思わずうろたえた声を漏らしてしまっていた。

 だけどすぐに落ち着かせて、

「どういたしまして」

 と返すことだけはできた。


 本当に、素直で、真面目な子なんだよな。

 だから俺は、ネイピアのことが人間で一番好きなんだ。

 相対評価じゃなく、絶対評価として。


 身体が、ポカポカと温かくなる。

 それはきっと、体操をするよりも強力な活性化をもたらす、嬉しさのお陰だ。

次話の投稿は、本日(6/12)20:30を予定しています。

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