団長ガルビデと、副団長プリメラ
2巻の第5話です
ふと、観覧席の方がザワついていた。
例の白制服の集団――教導士団が、闘技場のフィールドに降りてきていた。
そして、まっすぐ、俺たちに向かって歩いて来る。
自然と、通り道を塞いでいた生徒たちが横に移動し、人の波が分かれていた。
団長のガルビデが先を歩き、副団長のプリメラがその後ろについている。
そしてさらに後ろに、ネイピアいわく「名前も知らない平の団員」が三人、続いていた。
「お前が、ジード・ハスティだな」
団長のガルビデが、確認するように声を掛けてきた。
険しい視線で、俺を睨みつけている。
だが……。
俺はどうも、その後ろが気になって仕方なかった。
プリメラが、ガルビデの死角に立ちながら、ネイピアに向かって小さく手を振っていた。満面の笑みで、見るからに嬉しそうだった。
対するネイピアは、何とも言いようのない複雑な表情をしながら小声で「だから厄介なのよ」と呟いていた。
……『厄介なのが来てる』って、そういう意味かよ。強さじゃなくて、性格ね。
お陰で緊張感なんてなく、こっちも頬が緩みそうになる。
「どうも初めまして、教導士団長どの。俺の授業を見てくれてたようで、せっかくだから感想を聞けたら有り難いな」
「質問をするのは私だ」
ガルビデは切り捨てるように言ってから、
「今回、この賢者学園一回生の演習授業をわざわざ見学していたのは、他でもない。『帝都の英雄』などと名を馳せている、ジード・ハスティに確認しなければならないことがあるからだ」
そう言って、俺のことを睨んできた。
値踏みしようとしているのか、あるいは、威圧しようとしているのか。
いずれにせよ、俺は気にしない。
「まぁいいけど、話をするなら、この授業が終わるまで待っててほしい。みんなに魔法を教えるっていう約束が先にあるんだよ」
俺は、約束や契約をとても大切にしている。
人間関係だって、精霊との関係だって、約束や契約は大事なんだ。
それに、魔法の力の基礎にも、契約が重要なんだから。
だから俺は、緊急事態でもない限りは、相手が誰であっても先の約束を優先するようにしている。
どんなに偉い奴が割り込んできても、たとえ命令だとしても、そこは譲らない。
「そんな約束など、何の意味もない――」
ガルビデは無下に言い捨ててから、
「――この賢者学園において、異端の理論を教えることなど、そもそも許されていないのだからな。こんな授業紛いの洗脳行為など、即刻やめなければならない。当然、今後同様のことをすることも許されないのだ」
そんな無茶苦茶なことを言い放ってきた。
「俺の魔法理論が、異端だと?」
「そうだ」
「だったら、あんたは魔法のことをどれだけ理解しているんだ?」
「そんな議論など、するまでもないことだ――」
ガルビデは鼻で笑うように、
「皇帝陛下が、そうお決めになられたのだからな」
……あぁ、なるほど。
実に教導士団らしい意見だ。
教導士団の使命は、帝国における教育秩序の維持・管理。
そしてこの人間界において、『秩序』とはつまり『皇帝の意思』と同義だ。
そんな『皇帝の意思』を実現していくのが、彼らの職務でもあるわけだ。
しかも皇帝は、魔法理論や歴史の内容にまで、自分の意思を混ぜ込んできている。今の歴史や魔法理論は、すべて、皇帝が決定したことに従っているってことだ。
さらに言えば、『皇帝の意思』に逆らったら国家反逆罪になる。
歴史も、魔法理論も、皇帝と異なる『事実』を指摘することは許されない、と。
こんなことをしてたら、正しい魔法理論が広まることなんてありえないじゃないか――
そこに皇帝が居る限り。
そりゃあネイピアも、革命を考えたくなるわけだ。
この世界を変えるには、皇帝を――そして賢帝絶対主義を――壊さなければならないのだと。
俺が呆れて言葉を返せないでいると、ガルビデは勝手に話を進めてきた。
こうなったら仕方ない。ガルビデの話に付き合うことにした。
「まず最初に、お前は、この帝都の街を魔法で浮上させ、聖山シュテイムの崩壊から街と市民を護ったと聞いている。そのことについて、何より謝意を示したい。ありがとう」
ガルビデはそう言って、頭を下げてきた。
プリメラや他の団員も、律儀に揃って頭を下げている。
急に予想外のことを言われたものだから、俺は思わず戸惑っていた。
「あぁ、えぇと、どういたしまして。……でもまぁ、強い魔法の力ってのは、人を護るために使いたいからな」
そう正直な気持ちを伝えた。
「護るための、魔法……」
そう呟いていたのは、プリメラだった。
ただすぐにガルビデに視線を向けられて、「あ、私語は慎みます。すみません」と謝っていた。
ガルビデはごほんと空咳をしてから、表情を険しいものに戻した。
「改めて質問をする。報告によれば、お前は『精霊界で666年を過ごした後、この人間界に戻ってきた』という話になっている。……これは本当なのか?」
まるで犯罪者を尋問するかのような口調と表情だった。困惑というよりも、むしろ怒りとも思えるくらいの雰囲気で、微妙に声も震えている。
……まぁ、俺は実際に、国家反逆罪で懲役666年をくらってた犯罪者ではあるんだけど。
「もちろん本当だ。そんなことで嘘をついたって、何の得にもならない」
「いや、異端の魔法技術に説得力を持たせるため、己を強大に見せようとしている作り話、という可能性もある」
「なるほど。そんな考え方もあるのか」
思わず感心していた。
「これが本当だと言うのなら、お前は――お前たちは、精霊界から人間界へと来る際に、『次元の狭間』を通ってきたことになるはずだ」
「まぁ、そうだな」
「そしてそこには、賢帝マクガシェル様による封印魔法が、何重にも張り巡らされていたはずだ」
「ああ、その通りだ……」
……その通りだけど、やけに詳しいな。
この時代の人間は、そもそも間違った歴史を教え込まれていて、『精霊』について知らないんじゃなかったのか。
ましてや、皇帝の意思に従うはずの教導士団長が、666年前のことを的確に把握しているなんて。
そんな違和感を覚えたが、それを考える暇もなくガルビデの質問は続いた。
「その『次元の狭間』に、何か異変は無かったか?」
「異変?」
そんなことを言われても、俺は通常の『次元の狭間』を知らないっていうのに……。
……いや。
待てよ。
あのとき、俺は確かに『異変』を感じていたじゃないか。
「あのとき、俺は、妙な気配を感じていた」
「妙な気配だと?」
「敵意……害意……いや殺意と言ってもいいかもしれない。そんな気配を感じて……」
「それは気のせいではないのだな?」
食い気味にガルビデが言ってきた。
質問というよりは、確認しているかのような。
俺が答えようとすると、先に別の声に答えられてしまった。
「それなら私も感じたよ。……まるで、憎悪の塊みたいな気配」
そう答えたのはエレナ。
「私も感じた。気のせいじゃない」
セラムも同意する。
それを聞いたガルビデは、
「むぅ……やはりそうか」
と呟いた。
「『やはり』ってのは、どういうことだ?」
「質問をするのは私だと言っているだろうっ!」
いきなりガルビデは怒りをあらわに叫んできた。
まさに急変。
その様子に、闘技場にいた全員が――プリメラや他の団員までも、困惑したようにガルビデを見つめていた。
「……今はひとまず、それが解れば良い」
周囲の様子に気付いたのか、それともそもそも気にしていないのか、ガルビデはバッサリと切り替えたように淡々と言って、
「最後に、確認しておくことがある。この帝都を救ったというお前の魔法の力、それを試さなければならない」
「試さなければならない、ねぇ。それなら模擬戦でもするのか?」
「その通りだ。そしてその相手をするのは――」
ガルビデが団員たちを振り返る。と同時に、
「はいはーい。私が相手になりますよー」
と、プリメラが笑顔のまま手を上げていた。
なるほど彼女が相手になるのか。
「――お前じゃない」
「ぅえ?」
違った。
そしてプリメラではなく、隣の男性団員が一歩前に出てきた。
と思ったら、プリメラが二歩前に出てきて、
「団長。私に相手をさせてください」
と直訴していた。
ガルビデは、不快感をあらわにした表情になっていた。
さらに他の団員からも、
「副団長だからと言って、身勝手が許されると思うな」
「お前にはそんな権限はない」
と次々に咎められていた。
咎めるというか、叱るというか。
副団長のはずなのに、まるで新入りみたいな扱いだ。
……そういえばネイピアの話だと、彼女は2、3ヶ月前に副団長に抜擢されたばかりなんだっけ。
そのことが関係しているのかもしれない。
するとガルビデは、
「ならば解った。プリメラがやってみろ」
一転して、そう命じていた。
団員が困惑してガルビデを見つめ、だけどみんな顔を見合わせるだけで、何も言えないでいた。団長には逆らえないんだろう。
「ありがとうございます」
と、プリメラはお礼を言ってから、改めて俺に向き直ってきた。
「お待たせしましたね。それじゃあ、私と模擬戦をしてください」
その表情は、妙に自信にあふれているように見えた。
次話の投稿は、本日(6/10)20:30を予定しています。




