《土》のプリメラ
2巻の第6話です。
闘技場の中央にある舞台の一つに、俺とプリメラが上がった。
それ以外は――エレナもセラムも含めて――ガルビデの指示で観覧席まで避難させられている。
この闘技場は、走力や跳躍力などを測る肉体陸上競技にも使われているほど広大だ。この舞台から観覧席までは、最短でも30mは離れている。
さすがに、離れすぎている気がするんだが。
今から始まるのは、俺とプリメラの、一騎打ち。
精霊の力は、披露しない。
というのも、ガルビデは「あくまでジード個人の力量を確かめたい」と言ってきたのだ。
これはちょっと想定外だった。
帝都を救った力は、エレナとセラムの協力あってこそ――それだけじゃなくてネイピアの『糸』による魔力供給があってこそだった。だから、てっきり教導士団はそういう総合的な力を調べていると思ったんだが。
どうもガルビデの意図は、そこには無く、俺個人にあるらしい。
別に俺としては断る理由もないから、一人で舞台に上がった。
対するプリメラは、これから模擬戦をするというのに、微笑みを絶やさない。
ネイピアの従姉だと言うけれど、改めて見てもあんまり似ている感じはしない。それは、この柔和な表情のせいかもしれない。
「やー。さっきのジードさんの授業、興味深く聞かせてもらってました」
のんびりした口調ながら、どこか楽しげだった。準備運動をしながら、後ろにまとめられた髪の毛がしっぽのように揺れている。
「そりゃどうも。でも、俺の話に興味を持っちゃって大丈夫なのか? あれって『異端の理論』なんだろ?」
「あー。大きな声では言えませんが、それは建前なんですよ」
プリメラは口の前で人差し指を立てながら、
「教導士団は、皇帝陛下の意思に従って、その意思を実現するべく動くのが仕事ですから。なので、皇帝陛下が『異端』と言っているモノは異端なんです。そういう秩序のための基準を、教導士団が勝手に覆すことはできません。教導士団は、それに従うことしかできないんです」
「あぁ、なるほどな」
団長の立場上、ガルビデは俺のことを異端と呼ぶしかない。その上で、俺が本当に異端なのかどうかを確認しに来た、といったところなんだろう。
……にしても。
そんなことをあっけらかんと言ってのけるプリメラは、皇帝陛下の意思に従うという教導士団の職務に反している気もするんだが。
当の本人は、悪びれた様子なんてなく、普通の内緒話をするみたいな感じだった。
そういう意味では、なるほどネイピアに似ているかもしれない。
よく言えば自立していて、悪く言えば協調性がない感じとか。
「準備はできたか」
審判役となったガルビデが、遠く観覧席から《風》の魔法で声を掛けてきた。ガルビデ自身が《風》の使い手のようだ。
俺とプリメラは、合図として手を上げた。
「それでは、模擬戦開始!」
ガルビデの声が響く、と同時に、俺が想像もしていなかったような、とんでもなく異様なことが起こった。
屋外闘技場の地面一帯が、眩いばかりの光を放ち始めていた。
「なっ……⁉」
思わず声に詰まる。
これは、魔法陣⁉
プリメラを中心として、この屋外闘技場の地面全体を覆い隠すほど巨大な魔法陣が展開されていた。
それがまるで光の絨毯となって、この屋外闘技場の地面を覆っているのだ。
なるほど。ガルビデがわざわざ全員を観覧席まで退避させていたのは、このためだったのか。
これほど巨大な魔法陣――『魔力の注ぎ口』を作り出すプリメラ。
それだけでも膨大な魔力が消費されてしまっているはず。効率化とは程遠いような魔力の消費。なのに、プリメラは涼しい顔をしている。
……いったい、どれほどの魔法を放ってくるつもりなんだ。
俺は警戒をしながらも、つい楽しみに思っていた。魔法研究をしていた人間の性なんだと思う。
そしてプリメラが、不敵な笑みを浮かべていた口を開いた。
「母なる大地より作り出されしヒトガタよ、我が忠実なる僕となりて、我が意のままに付き従え――『土人形』!」
「…………は?」
思わず間の抜けた息が漏れた。
『土人形』――
それは文字通り、土からゴーレムを作り出すことができる魔法――《土》の初級魔法だ。
そして呪文の通り、プリメラの足下からゴーレムが出現してきた。
「おぉ……」
そのゴーレムを見て、感嘆の声が漏れる。
地面から頭部が盛り上がってきている、そこだけで、プリメラの身長を優に越えていた。
なるほど、普通の土なら、生成と制御の魔法は難しくない。その分、巨大さに魔力を割り振っているのか。
あの初級魔法で、このレベルのことをやってのけるのは並大抵のことじゃない。巨大な魔法陣は、さすが、見せかけだけではなかったようだ。
まぁ、俺に対してそれが通用するかは、さておいてだが。
やがて、闘技場全体を日陰にするほど巨大なゴーレムが聳え立っていた。
その肩に、プリメラが乗っている。
「さぁ、行きますよ!」
プリメラが叫ぶと同時に、巨大ゴーレムは巨躯に似合わず軽快に飛び上がった。どうやらそのまま俺を潰すつもりらしい。
舞台よりも巨大なゴーレムが、落下してくる。
よくよく見れば、ちらほらと鉄やミスリルの欠片も混じっている。初期魔法でありながら、その威力は高レベルだってことだ。
俺を目掛けて、空を覆うほどの巨体が降ってくる。
逃げ場はない――
だが――
そもそも逃げる必要がない。
俺はそのまま、ゴーレムの落下を浴びた。
巨大ゴーレムの質量に、人間界の重力が合わさっていた。
土砂の滝が降り注ぐ。
闘技場の舞台が、ミスリルを含む岩石の重圧に耐えきれず、ボコボコとへこみだした。さらに地面をも抉るように降り注ぎ続ける。
そんな中で、俺は、妙な懐かしさを覚えていた。
これくらいの衝撃を、俺は前に喰らったことがあったんだ。
あれは、そう……
精霊界の、海の波だ。
エレナとセラムと一緒に、初めて海水浴に行ったときのこと。
ふたりが楽しそうに、そして少し恥ずかしそうに、水着姿を披露してくれた。
エレナはパステルカラーの水着を着て、空中も海中も同じように、飛ぶように泳ぎ回っていたっけ。
そしてセラムはマリンブルーの水着を着て、水に溶けない《氷》のベッドを浮かばせながら、本を読みつつ海上を漂っていたっけ。
ふたりとも、すごく似合っててホントに可愛かったなぁ……。
……なんて思い出話はさておいて。
そのとき俺は、初めて精霊界の海に入って、生きるか死ぬかの瀬戸際にあったんだ。
精霊界にとっては、いたって穏やかな海水浴日和。
だけど人間の俺にとっては、波が押し寄せるたびに、それこそ土石流が直撃するかのような衝撃になっていた。
少し深いところで、頭から波を被っちゃったときなんか、本当に首の骨どころか全身が砕けて潰されるんじゃないか、ってくらいの衝撃だった。
あのときの波の重圧が、まさにこのゴーレムの一撃にそっくりなんだ。
つまり、言い換えれば。
そんな精霊界で666年間を過ごした俺にとっては、この程度の衝撃なんて日常茶飯事でしかなかったってことだ。
あれから、何度も何度も、俺たちは海水浴に行っていたんだから――
何度も何度も、エレナとセラムと一緒に泳ぎたいから――
ふたりの可愛い水着姿が見たいから!
必死に頑張ってきたんだ!
だから今の俺は、この程度の攻撃なら何もしなくたって耐えられるし。
こう軽く腕を振っただけで――
バシュウッ!
――簡単に振り払うことができる。
「えっ⁉ ……きゃあっ⁉」
ゴーレムの巨躯が、一瞬で弾け飛ぶように消失した。土も岩もミスリルも、文字通りに粉砕されて、ただの砂となって降り積もっていく。
その結果、肩に乗っていたプリメラが足場を失くして落下してきた。
俺はその下に移動して、衝撃を殺しながらプリメラを抱き止めた。
俺に抱き上げられる格好になったプリメラは、小動物のように丸まったまま固まっていた。
「怪我はないか?」
「え? あ、はい」
プリメラは視線を外しながら、コクコクと頷いていた。
俺は安心しながら、そっとプリメラを下ろした。
「どうする? まだ模擬戦を続けるか?」
「え? ……えぇと、うーん」
プリメラは、どうも困惑してしまっているようで、会話もままならないようだった。
少し落ち着くのを待つか。
と思っていたら、《風》の声が届けられた。
「それまで。もう十分だ」
ガルビデが、模擬戦の終了を宣言した。
途端、観覧席の一部から歓声が上がっていた。
それは、いつも授業で駆け寄ってきてくれる女子生徒たちのものだった。
ただ、ほんの少しだけ男子の声も混じっていたような気がした。だとしたら、少しずつ男子生徒とも距離を詰めていけるかもしれない、なんて思った。
次話の投稿は、本日(6/10)21:00を予定しています。
キリが良いので、次々回の投稿は明日(6/11)になります。




