最終話
帰国した魔王からは、手当てへの感謝の気持ちとして、ルイズィトと私に大量のアクセサリーが届けられてきた。
ルイズィトは象眼細工の美しい箱に入れられたそのアクセサリーを、執務室で見せてくれた。
中には腕輪があり、ガル=アルトが私にくれたものと、よく似ていた。ルイズィトは苦笑しながらその腕輪を取り出し、私に向けた。
「そ、それは使用前に十分ご用心ください。手首を締めて、最後は魔界の冷気を放つ術がかけられているかもしれませんよ」
私がそう言うと、ルイズィトは目を細めて笑った。
「もちろんだ。貴女にそんなものは、二度とつけさせない。これただの腕輪だ」
それらの中には南で産出される貴重な宝石からできた腕輪もあったが、当然ながらもうそれにはなんの魔術も仕掛けられてはいない。私は箱に手を伸ばし、大海原のような青色に輝く石が並んだネックレスを手にとった。
窓の外から差し込む日の光にあたると、石が青色から南国の遠浅の海のような、エメラルドグリーン色に変わった。
「不思議な宝石ね。まるで魔王の目の色みたいじゃない?」
紫外線に当たって色が変化する興味深い石に見惚れていると、ルイズィトが私の手からサッとそのネックレスを取り上げる。なぜか不機嫌そうな表情をして。
ルイズィトは一度咳払いをすると、木の箱の中から別のアクセサリーを摘み上げた。
「それを貴女が身につける必要はない。欲しいなら、こちらにしなさい」
差し出された指輪を受け取ると、それは放射状に美しい星形の光を反射する、紫色の石が載るものだった。まるでルイズィトの瞳の色のような。
思わずおかしくなって、笑ってしまう。
「陛下は意外とやきもち焼きなんですね」
するとすかさずルイズィトの両腕が私に向かって来た。腰の後ろに手が回され、あっという間に抱き寄せられてしまう。
紫色の挑発的な瞳が、至近距離から私を見下ろす。
「その上、私は独占欲が強い。覚悟をしておいてくれ」
「……それでこそ、この広い聖界をお一人で統べる聖王陛下ですわ」
ルイズィトは薄っすらと笑みを浮かべながら私にグッと顔を寄せた。
「その強気は、果たしていつまで持つかな?」
聖王の唇が私の唇に落とされ、角度を変えて優しく触れ合う。
(うう、こんな強がりは、もう持たないかもしれない……。私はもう、ほとんど陥落しているんだから)
平静を装いながらも、舞い上がって密かにパニックになっている自分の心をなんとか誤魔化そうと、手の中の指輪をせわしなくもてあそんだ。
………………………
雲間から絶え間なく流れ落ちる、滝を見上げる。
庭園の芝を踏みしめ、空を見上げると湖の上に浮かぶ天空島が見える。
私は散歩に付き合ってくれているサラに話しかけた。
「こんなエンディングは、きっと『聖と魔のデュエット』のどのエンディングにも、なかったわよね」
「ありませんでしたね。ここから先は私たちが自分たちで作っていく未来です」
「ジャンティーレは落とせそう?」
するとサラは急に仏頂面になった。
「ヒロインと神官長のイベントは、手作りスープをあげることで始まるはずだったんです」
「それで、あげてみたの?」
「あげたらお腹を下されたみたいで。警戒されて、すっかり距離ができてしまいました」
「それは困ったわね」
「ジャン様を落とすのは、月を落とすのより難しい気がしてきました。もう、別の人を探そうかなと思っています。私だけの隠れキャラが、この世界にはいるはずですから」
いい心がけかもしれない。
ベル、と王宮の建物から声がした。
振り返ると二階の窓があき、ルイズィトがそこから顔を出している。
「仕事がひと段落ついたんでしょうね」
サラが呟く。
「お茶にしよう! おいで」
ルイズィトが私に向かって手を振った。
サラが小さな声で、囁く。
「聖王、デレデレじゃないですか。ゲームの中ではあんなに甘々なお顔で笑ったりはしなかったはずなんですけど。レアなスチルをめっちゃ沢山拝めている気分です」
「――ねぇ、サラ。今度、アーサーが主催している詩の朗読会に行ってみる? 若い貴族の男性も、けっこう来るらしいよ」
王宮の建物を見上げていたサラが、ハッと私を振り向く。その目が爛々としている。
「合コンみたいなもんですかね?」
「詩の朗読会ね」
「私、高校生だったんで合コンに行ったことなくて。一度参加してみたかったんですよ!」
隠れキャラを朗読会で探そう! と意気込んで叫ぶサラを静かにさせつつ、王宮の中に戻ろうと歩き出す。
季節はもうすぐ冬だ。
聖都の冬はほぼ連日雪が降り、かなり寒いらしい。王宮の建物の中に、籠る日が続きそうだ。それもひたすら暖炉の中に。
けれど冬が終われば、ルイズィトがもたらす春が来る。
冬の向こうの明るい季節を楽しみに、今を着実に歩んでいきたい。
抜けるような高く青い空の下で、ルイズィトを見上げたまま、彼に手を大きく振り返した。
これにて完結となります。
このお話を書き始めたのは、実は三年ほど前でした。当時仕事が大変で、ひたすら楽しく書けるお話を目指して、進めた作品でした。何かとストレスフルな日々の中で、少しでも読んで下さった方の癒しになれましたなら、嬉しいです。
最後までお付き合い下さり、ありがとうございました。




