4:二度と会いたくないと思う事が気になる証?
年末に3話まで書いて続きを書くのをすっかり忘れていました……。
あの不快な視察日から1ヶ月と半月あまり。とある伯爵家の茶会に招かれて出席していた。此処の伯爵家の現当主は爵位こそ伯爵ではあるけれど、文官と武官の派閥がぎこちない関係であるのを上手く纏めてくれる繋ぎ役で、父上も頭が上がらないようだ。しかも公爵家・侯爵家・同じ伯爵家も一目置く上に下位貴族である子爵家・男爵家や準男爵家・騎士爵の面倒見も良いらしい。
何とも得難い存在のようなので、躊躇なく参加を決意した。そういった相手に敬意を払うのは大切である、とマナーのビル教師が以前仰っていた。……ビル教師、お元気だろうか。私がミーティア嬢を筆頭婚約者候補者に決めた頃にかの教師は、もう教える事はないから……と家庭教師の座を下りてしまわれた。とても忙しなくて碌に礼も述べられなかった事を覚えている。父上はビル教師が辞められた事について「仕方ないな」で済まされたが、あんなに急に辞めてしまわれるものなのか……と寂しく思った。
「殿下」
主催者の伯爵に挨拶をして少し歓談していた所、伯爵にそう呼びかけられたので。
「ここで殿下は無しにして欲しい。高位貴族の皆は私の顔を知っているが、下位貴族の皆は知らない者もいるからね」
「かしこまりました。ではアーサー様?」
「アーサー“君”で良いよ。身分がバレてしまう。それに私は第一王子とはいえ、未熟者。伯爵には色々と教えて頂く事が多いと思う。年長者が若輩者に対して様付けはしないだろう?」
「ふむ。……殿下のそのお考えは良いですな。ですが、それならば話し方を変えませぬと身分が解ってしまわれるか、と」
「そ、そうか。いや、そうですか。以後は気をつけます」
「素直で宜しいですな。時にアーサー君。筆頭婚約者候補者殿とはいかがですか?」
いきなり話題を変えられて私は少し驚く。ミーティア嬢との仲ということか。当たり障りなく答える事にした。
「恙無く。とても勤勉な令嬢で優しいですよ」
「それは何よりだ。……実は彼女の父とは幼馴染みでしてね。大臣職を退くどころか、私と同じ“伯爵位”が欲しいと常々零しているもので。ただ、アーサー君の婚約者だと公式に発表された後に大臣職を理由無く退く事も、降爵する事も出来ないですからね。是非何事もないまま婚約者になって欲しいのですよ」
「父上が以前、そのような事を仰っていたが……本当にそうだったのか。実は伯爵だからお話しますが、この婚約は……」
「ああ、アイツが断っていたのでしょう? ユグノーは心底娘が王子妃なんて、大変な地位につけたくない男ですからね。ただティアちゃんは頭の良い娘ですから、断るなんて考えていないと思いますけど」
それは違う。私は即座に突っ込む。
「それが……ミーティア嬢から直接辞退をしたい、と言われた事がありました。そこをなんとか待って欲しい、とお願いしまして」
「ティアちゃんが? それはまた珍しいな。……ああでも。あの子は穏和な性格ですからな。足の引っ張り合いなどは苦手だったはず。そうかそういった事に尻込みしているのか」
私の意見に伯爵は成る程、と頷いた後。ちょっと同情した目で言う。
「それはまぁ苦労されてますな。……だがまぁ素直なアーサー君に一つ、良い事を教えましょう」
「良い事?」
伯爵がニヤリと笑いながら、私にある事を教えてくれた。
「……それは本当ですか?」
「ええ。本当ですよ。遅れると言っていたので、これからユグノーとティアちゃんが来るはずですから試してみなさい」
伯爵が笑って他の招待客へ向かうのを見送った。それから少しして、側近候補の一人が私の元に来たので話をしていた所。
「あ! あなた!」
やや大きめな声で話しかけて来たのは、私を不快にさせたあの男爵令嬢だった。だがあの時は偽名だったから、この令嬢とは今日が初対面だ。私は知らない令嬢という事にするつもりである。
「ええと、どちら様かな」
側近候補が私の空気を読んだように、令嬢に話しかける。令嬢は私から視線を逸らさずに私に近寄る。
「無礼だな。どちらの令嬢かは知らないが、淑女としてはしたないとは思わないのか」
側近候補が質問をしているのに、それを無視している事も淑女として教育されているはずなのに(そうでなければ、茶会に出て来られない)無遠慮に近寄って来る事に私は不快で冷たく指摘する。
「まぁ偉そうに。商家の子息でしょう?」
「何を言っているのか分からないが、私はあなたと初めてお会いしたよ。どなたかと間違われているんじゃないか?」
ちょっと膨れっ面をするあの男爵令嬢を見て、私は初対面だと言い切ってやる。それにしてもいくら引き取られた令嬢とはいえ、貴族である男爵家の娘がこんなに感情を剥き出しているなんて、本当に淑女教育が終わっているのか? どうもそんな感じはしないのだが。
とにかく不快でしかない。側近候補に視線をやって2人でその場から離れようとする。
「どちらの令嬢かは知らないが、私は侯爵家の者だ。君は高位貴族のお茶会で見かけた事が無い事から私より身分は下だろう? 身分を弁えた態度を取るべきだね。彼も同じく高位貴族だ。君は誰かと間違えているんじゃないか。失礼」
側近候補が牽制をしながらその場から私と共に外れようとしているのに、高位貴族と聞いて目の色を変えて男爵令嬢は近寄ってきた。しかも堂々と私の腕に腕を絡ませようとするので、たとえ冷たいと言われようとも、紳士的ではないと言われようとも、この令嬢に優しくするつもりはなく、腕を取られそうになったところで叩いた。
「いったぁい。何をするのよ! 私は令嬢よ? 令嬢には優しくするべきでしょう⁉︎」
「令嬢? どの口が言うのかな。どこの令嬢か知らないが、淑女教育を受けている令嬢であれば、婚約者でもない男の腕に腕を絡ませるなどはしたない、と知っているはずだ。それとも令嬢とは名ばかりで淑女教育も受けていないのか? この国では確か、騎士爵だろうと準男爵だろうと爵位待ちの令嬢・令息はどれだけ家が裕福でなくても、淑女・紳士教育は無償で施される事になっているはずだが」
さすがに私も2度も腕を組まれたくないので、冷たく突き放す。男爵令嬢は顔を怒りで真っ赤にさせて、フン! とそっぽを向いたと思ったら
「こんなに可愛い私を叩いた事を他の皆に話してあげるから! 皆から酷い目に遭えばいいわ! 私、これでも皆から可愛いってチヤホヤされているんだから! 皆から酷い目に遭わされてから謝っても遅いのよ! 後悔しなさいね! まぁ足元に這いつくばって謝ってくるなら許してあげるけどね!」
などと憎まれ口を叩きながらドスドスと足音を立てて去って行った。屋内でさえ足音を立てるのは有り得ないのに、屋外ーーしかも他家の庭であのように足音を立てるなど、はしたないにも程がある。その行き先は高位貴族が集まるお茶会で見かけた事が無い顔ぶれだから、おそらく子爵位以下の令息達だろう。令嬢が居ないのは、あんな性格では友人が出来ないからか。
私がため息をつけば、側近候補で先程から共に居る令息も同意するようにため息をついた。
「殿下」
「アーサーと呼べ」
側近候補の呼びかけに名前を呼ぶように命じる。やや躊躇っていたようだが、あの令嬢に王子だとバレると厄介だ、と言えば納得したように頷いた。
「アーサー。先程の令嬢とは知り合いで?」
知らない、と言うのは簡単だ。おまけに側近ならば話しておく必要もあるだろうがあくまでも側近候補。話さない選択も有ったが、この侯爵家の令息が本当に信頼出来るのか見極める為にも、敢えて以前城下の貴族街で会った事を話した。
「ああ、そういうことですか。お忍び視察の折に……。その時は平民だと?」
「きちんと平民と告げたわけではない。ただ服装は裕福な商家の子息には見えただろうな」
「成る程。その時は、あのご令嬢のことをお気に召した、とか……」
「無い。あの時もあんな感じ……いや、もっと酷かったな。平民だと身分をかさにきて見下すような言動だった。寧ろ会いたくなかったな。二度と」
「アーサー。二度と会いたくない、と思う程に印象深かったのなら、それが逆に会いたい気持ちの証明にもなりかねません。発言には慎重におなり下さい」
「二度と会いたくない、という不快な気持ちが何故会いたい気持ちに取られる⁉︎」
側近候補の侯爵令息の発言に、私は混乱する。彼は兄から聞いた話として、話し出す。
「兄は侯爵家の跡取りとして父に彼方此方へ連れ回される事が多いのですが。その彼方此方というのは、まぁ兄の足固めのようなもので挨拶回りですね。その兄曰く、貴族同士水面下で足の引っ張り合いもあるそうで。発言の裏を読もうとするようです。ですから会いたくない、顔も見たくない、というのが、本音なのか建前なのか。そういった事も見極める必要があるようで。アーサーは後に国王陛下となられるお方。そういった建前と本音を見極める能力や、その貴族が本当に信用出来るのか調査もしなくてはなりません。同時に貴方の言葉一つで多くの国民や貴族達の将来が決まる事もあるので、発言には気をつけねばなりません」
私は真実、自分のためを思って発言してくれている、と思えるこの令息が気に入った。だが、彼の言葉から察するにそれすらも裏がないか確認するべきなのだろう。だから私は「分かった」とだけ返答した。
その発言を吟味しているところで、ミーティア嬢とその父が主催者である伯爵に挨拶をしているのが見えた。伯爵から聞いた良いことを私は思い出す。
「ティアちゃんは、女の子だからか花が好きでして、ウチの庭も大好きですよ。だからティアちゃんを誘って庭を散歩するとかなり仲良くなれると思いますよ」
「……それは本当ですか?」
耳打ちされた内容に、私は胸を高鳴らせる。本当だ、と頷いた伯爵のそれはきっと本音だろう。だから。私は伯爵に挨拶を終えて自分を視界に入れたミーティア嬢が、こちらにやって来るのを見て、侯爵令息に軽く挨拶をしてから、彼女を迎えようと足を踏み出した。
「で……」
ミーティア嬢が殿下、と言いかけたから自分の唇に人差し指を付ければ、ミーティア嬢が黙る。
「アーサー、と」
ミーティア嬢が困ったようにあちこちと視線を彷徨わせているが、その頬や耳が赤く染まっているのを見れば、恥ずかしいと思っているのかもしれない、とこちらの胸が暖かくなる。それから遠くに例の男爵令嬢が見えたからか、ハッとして私に視線を向けて頷いた。……やはりミーティア嬢は聡明だな、と嬉しくなる。
「アーサー様。ご機嫌麗しゅうございますか?」
カーテシーと共に挨拶をしてくれる彼女に「ミーティア嬢と会えたからね」と素直に言えば、顔を上げた彼女が更に困ったような表情と更に真っ赤になってオロオロと狼狽えている。本音なんだけどな。可愛い。
ーー可愛い? ああそうだ。ミーティア嬢は、とても可愛いのだ。彼女に会えるだけで胸が高鳴るし、声を聞くだけで幸せになれるし、笑顔を見れば全ての努力が報われる。彼女は、そんな存在だ。
「ミーティア嬢。散策をしないか?」
「……はい、喜んで」
腕を差し出せば、視線を彷徨わせながらも頷いてそっと手を置いてくれる。この距離がまた、嬉しくて胸が高鳴る。彼女にこの胸の高鳴りが聞こえないか不安になりながらも、伯爵家の庭を散策する。ミーティア嬢は本当に花が好きなのだろう、輝いた笑みを浮かべていて、あの男爵令嬢の一件で荒んだ心が吹き飛んでいた。
お読み頂きまして、ありがとうございました。
次話はなるべく早く……出来れば明日更新します。無理ならば……来週辺りの予定です。




